第17話『恋敵』

 敵への攻撃手段は、おおまかに二つに分けられる。


 拳や武器を使用する物理攻撃。そして魔力を媒体にして使用する超自然現象、魔法攻撃だ。


 魔物と戦う冒険者は、武器を手にして攻撃しながら魔法も使い、物理魔法両刀、もしくは魔法に全振りするのがセオリーだ。レオやエイジャックのように、物理攻撃オンリーで戦うのは珍しい。


 ロベアス・クミンを加えた特新部隊はギルドを出て街を歩いていく。緑髪を風に靡かせる新メンバーは、レオを除いて初めましてのメンバーと会話を繰り広げていた。


「……ねええっと……エイジャック?」

「なんだ?」

「さっきからジロジロ私のこと見て……何、気になっちゃった?」

「まあ、お前の戦闘スタイルは気になるな」

「あーね……あなたはどういう戦い方をするの?」


 エイジャックは自分の左腰にかけてある刀をクイッと上げてみせた。


「俺は刀による直接戦闘だ」

「刀によるって……魔法は使わないの?」

「基本的にはな。魔法はあくまで補助だ」

「へえ〜。珍しい」

「それで言えばレオはそもそも魔法使えないぞ」


 そう言って、エイジャックはレオの方をチラリと向く。それにつられクミンも振り向き、驚愕の表情を浮かべる。


「え⁉︎ レオ魔法使えないの⁉︎」

「う、うるせえ! あれだ、魔力の身体強化はできるぞ!」

「それぐらい誰でもできるんだけど?」

「グッ……!」


 レオは唇を噛み、クミンを見つめた。そしてやはり気になるのはクミンのその体つきだ。さすがに男性ほどムッキムキではないが、脚も腕も余分な脂肪が削ぎ落とされている。


「……にしてもクミンお前ゴツくなったな……」

「ちょっと! 女の子にゴツくなったとか言わないでよ!」

「えー褒めてんのに……それに対して……」


 5人の中で最後尾を歩く、マリアの方を見る。


「マリアは華奢だな」

「……お肉あまり食べれないんだもん……」

「筋肉はいきなりつけるもんじゃねえよ。まずある程度脂肪を貯めてからなあ」


 と、話を広げようとするレオをエイジャックは遮った。


「今日は特新部隊恒例の実力把握戦闘だ。クミン、お前の実力をしかと見させてもらうぞ」

「特新部隊恒例って、まだ2回目だろ。そもそもお前が勝手に企画してる癖に」

「ム……」


 レオの指摘に、エイジャックは反論することができなかった。


 一行が向かっているのは、スフィーの南門、その先にある草原だ。


 人や馬が地面を踏み締めることでできた獣道のような街道は、約30キロ先の隣街まで続いている。当然その移動には数時間を要し、その間魔物に襲われる可能性は高い。


 街道付近の魔物を討伐することで、その可能性を下げることもできる。クミンの実力も知れて一石二鳥だろう。


 スフィーのギルドは街の南に建てられているため、南に歩けばすぐに門から外へ出ることができる。門をくぐって街から出ると、レオは額の汗を拭い、声を漏らした。


「しっかし暑いなあ。湖の方いかねえ?」

「別にいいが暑さにも慣れていかないとこの先やっていけないぞ」


 と、エイジャックが答えた、その時。


 後ろの街から


「誰かあーー‼︎ 止めてえーー‼︎」


 という女性の叫び声が聞こえてきた。


 振り返れば、大体30メートルほど先に道幅いっぱいに広がる羊の群れが、こちらに向けて迫ってきていた。道にいた人々は道の隅に避けているが、ちょうど門まで来ていた馬車はそれを避ける術は無い。


「羊ぃ⁉︎」

「よし、ここはあたしが……!」


 クミンは左腰にあるカトラスを抜き、その剣先を道の左端に向けた。


 しかし直後、マリアが前に進み出て杖を掲げた。


「……ウル・ネイチャー」


 その詠唱と同時に、門の外側の地面から直径3メートルほどの巨大な木の根が数本突き出てきた。それは道を埋め尽くし門を塞ぐ。地響きが周囲に響き渡り、一瞬にして木の壁が出来上がる。


 さらにそれと同時に、レオ、エイジャック、ライフは動いていた。地面から迫り出てきた木の根の上に乗り、上昇していく。門の上に飛び降りると、迫ってくる羊の群れを観察する。


 群れの後方に、やけに暴れ回っている羊がいる。そいつをさらによく見てみれば、腹部を怪我しているのか毛が赤く染まっている。


「あいつだな。レオはあいつを止めて、ライフはマリアを呼んでこい。俺は周りの羊を離す」

「りょーかい」

「わ、分かった」


 エイジャックの指示と同時に、突如出現した木の壁に羊の群れは急停止した。しかし例の羊の興奮は収まらず、周りの羊に体当たりしている。


 2人は門を飛び降りた。エイジャックは空中で右手を例の羊に伸ばし、魔法を発動させた。


「……トルネード」


 すると例の羊の周りに風が渦状に巻き起こり、周りの羊達をゆっくりと押し出した。そしてできたスペースに、レオが飛び込んでいく。


 レオは暴れる羊を全身で抱え、必死に羊を抑えつける。


「よーしよしよし! 大丈夫だから! ……マリアまだー?」


 羊の群れの暴走が止まったことを確認すると、マリアは巨大な木の根を地中に引っ込めた。羊の群れをかき分け、レオが抑え込んでいる羊の元まで歩いていく。


 近くで見てみると、その羊は何かに刺されたような傷が左の腹部にあった。マリアはそこに手を掲げ、回復魔法を発動。怪しい紫色の光に包まれ、傷は瞬く間に消えていった。


 痛みが引いた羊は暴れるのをやめ、大人しくなった。


 するとそのタイミングで息を切らした女性がレオとマリア、そしてエイジャックの元へやってきた。


「あ、ありがとうございます! 北の牧場でいきなりこの子が暴れ出して……柵を壊して出て行っちゃったんです」

「そうだったんですか。……にしてもあの傷、刺し傷でしたよ」

「柵に大きめの棘でもあったんでしょうか……まだ別の方向に行っちゃった子もいますので、ギルドに掛け合ってみます。本当にありがとうございました!」


 女性はレオ達に深々と頭を下げて謝罪とお礼を言い、羊達の餌であろう草を食べさせながら、少しずつ羊の群れを移動させていった。


 レオとマリア、エイジャックの3人は門で待機していたライフとクミンの元まで戻っていった。


「す、凄いね、皆……」


 4人の素早い判断と動きを見ていたクミンは、目を丸くしてそう声をかけた。


「マリアの魔法に皆がついていって連携して……」

「ま、数ヶ月一緒に戦ってたらな。互いの動き方は大体分かる。エイジャックとライフとは同じパーティじゃないが、何度か一緒に依頼受けたりしてたしな」

「……そう……なるほどなるほどなるほど……」


 そう零したクミンは、項垂れ頭を地面に向けた。しかしすぐに顔を上げ、マリアの元へと詰め寄っていく。マリアに肉薄したクミンはその顔に不適な笑みを浮かべると、腰に手を当て胸を張った。


「あなたとあたしは恋敵だよ。!」

「恋敵って……え?」


 様子の分かっていないマリアを無視して話を続けようとするクミンを、レオは慌てて静止する。


「だー! やめろやめろ! オレとマリアはそんな関係じゃねえっつってんだろ!」

「レオは黙ってて! これはあたしとマリアちゃんの問題……って……もしかしてライフも……‼︎」

「え?」

「これ以上話を広げるな!」


 レオと出会った時と同じように見境が無くなりかけていたクミンをエイジャックがツッコミを入れることで静止した。


 クミンがレオのこととなって見境が無くなるのは珍しくない……それどころか学校に通っていた時には日常茶飯事だった。


 レオやクミンが通っていた学校は、ある小さな集落にあった。集落外から通っていたのはレオだけということもあり、生徒数は少なかった。必然的にクラスは6年間同じであり、そのクラス内で子供故の純粋で、それでいて不器用な恋愛が絡んでくるのは自然なことだろう。


 クミンがレオに想いを寄せ始めたのは2人が第3学年……9歳の頃だった。当時から約1年前、この学校の生徒5人が少し離れた森に入り、内4名が死亡するという事件が起きた。唯一生き残った生徒、それがレオだ。その日からレオは変わった。何かしらの精神障害を患ったり、極端に怖がるようになったりしたわけではない。レオは冒険者になりたいと豪語するようになったのだ。


 積極的に体を動かし、元々体育の成績は上級生含めて学校一位だったにも関わらずさらに成績を伸ばしていくレオ。性格もより明るくなっていき、そんなレオに段々と好意を寄せるようになった女の子……それがロベアス・クミンという者なのだ。


 事件が起きたのはそれから数ヶ月後。考えるより先に行動するタイプのクミンはその日、昼休みに腕立て伏せをしているレオに声をかけた。


「レオー!」

「58……59……60……!」

「レオってば!」

「ハァ、ハァ……あれ、クミン。どうかした?」

「あのさあのさ、今度の休み、2人でお出かけしよ!」

「お出かけ? でも今子供だけで外出られないじゃん」

「あたしのお母さんが来てくれるって!」

「ふ〜ん」

「で、来てくれる?」

「いいよ。ずっとここらで鍛えるより効果的だと思うし」

「やったー!」


 クミンがレオを連れ出したのは学校のある集落の北西にある花畑だった。色とりどりの花が咲き乱れ、風に体を委ねている。その光景を見たクミンは目を輝かせ、レオも「おお……」と感嘆の声を漏らした。


 クミンの母親が見守る間、2人はのんびりとその花畑で過ごした。クミンはしばらくするとレオに背を向けて何やらゴソゴソと作業を始めた。


「……じゃん! レオ見て!」


 そう言ってクミンが差し出したのは、様々な花で作られた冠だった。出来も良く、二つ作られた……つまりお揃いの冠にはクミンの想いが込められていると理解できる輝きがあった。


 しかし。


「……121……122……123……!」


 そう呟きながら、レオは腹筋をして汗を流していた。集中しているのかクミンの冠には微塵も気づかない。


 クミンは呆然とレオを眺めた後、涙を浮かべレオに殴りかかった。


「うわああああああ‼︎」

「ガハッ‼︎」


 尚も抵抗するレオにしがみつき首をガタガタと揺らし、叫び声を上げる。


「どうせレオはあたしより筋トレなんだ! あたしと一緒に遊ぶより魔物と殺し合ってた方が楽しいんだあ! きっと結婚して3年ぐらいしたらあたしのこと色々とぞんざいに扱って家庭内別居みたいになるんだあああ‼︎」

「な、なんの話だ‼︎ やめてくれ‼︎ ちょ、離して‼︎」


 結局クミンは母に宥められ我を取り戻すのに10分を要した。その日はレオに謝り解散となった。


 この件に関しては女の子と2人でお花畑に遊びに行くという、紛うことなきデートに来ても尚も筋トレを続けたレオも悪いのだが、クミンは初めてレオに関して暴走した出来事だった。


 それ以降も、クミンはレオに後ろから抱きついたりさりげな〜く手を繋いだりエッチな雰囲気で誘惑したりしたのだがどれも失敗。気を引くどころかレオはそれらに対処する能力ばかりが上がっていった。


 それから数年経った今でも、クミンはレオへの想いは変わらずに、時より暴走するのであった。


 そんな昔のことを思い出し、苦い顔をしたレオはエイジャックの元へ駆け寄っていった。


「なあエイジャック。オレこのメンツでやっていける自信ねえよ」

「慣れろ。それに幼馴染と一緒に特新部隊に入れるなんてそうそう……」


 エイジャックがそう言いながら歩を進めようとした、その時。


 背後、スフィーの各地から、地響きと共に爆発音が響いてきた。


「な、なんだ⁉︎」


 そして


「きゃあああああ‼︎」

「うあああああ‼︎」


 という人々の叫び声が聞こえてくる。


「お前ら、戻るぞ‼︎」

「わーってる‼︎」


 特新部隊の5人は踵を返し、スフィーへと戻っていった。それと同時に、5人の目の前に前方から何かが吹っ飛んでくる。


 咄嗟に先頭にいたエイジャックが受け止めたそれは、切断された女性の頭であった。

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