第15話『魔物の館③』

「……エイジャックはライフとフランを守れ。マリアは回り込んで背後から……ッ⁉︎」


 その時、レオは背後に悍ましい気配を感じ、振り返った。


 そいつはフラウドとは別の威圧感を持っていた。体長30センチ弱の白い魚が空中に浮いている。それも1体では無く、100体以上の魚が大量に集まりさらに大きな魚を形成している。それは体高2メートルにまで達し、目に当たる部分のみ二匹黒い魚になっている。


 マリアもレオに釣られて振り返り、そいつ……B級モンスター天空魚・群を視界に入れる。群はE級モンスター天空魚が100〜300体集まることで形成される。数が階級に影響する分かりやすい例だ。


「……マリア、こいつなんだ」

「……150ぐらいの群」

「説明になってねえよ……じゃあそっちは任せたぞ」

「うん……そっちは大丈夫?」

「……多分あのスライムよか強えけど……多分なんとかなる」

「多分ばっかり……」


 そう呟くと、マリアは群の元へと歩いていった。目の前まで迫ったマリアを、“群”は気にもとめずに辺りを漂っている。


(……どうして天空魚の群がこんなところに……この付近に水辺は無いはず……)


 と、マリアが思考を巡らせた瞬間、


「ヴァアアアアア‼︎」


という叫び声が館に響き渡った。背後から極太の木の根を抱えたレオが押し出されて来る。


「この野郎‼︎」


 レオは思いっきり地面を踏ん張り、木の根を引きちぎろうとすがびくともしない。


「チッ!」

「レオ⁉︎」

「平気だ! そっちにゃいかせねえ……‼︎」


 レオは渾身の力で木の根を抱え、押し返そうとした。しかしその瞬間、レオに横方向の力がかかり足が浮く。レオは木の根により振り回され、玄関の扉に叩きつけられた。


「グッ……!」


 そんなレオを横目に、マリアはこちらに尾を向けて漂っている群に杖を向けた。


(火事になるかもしれないから炎は使えない……でも他の属性はまだ習得途中……どうしよう……)


 天空魚は宙に浮くことができる魚型の魔物だ。エラでも肺でも呼吸ができ、主に水辺で小さな魚を主食とする。何故浮いていられるのかについては謎であり、魔力を放出しているだとか、地面や自分に磁気のようなものを発生させているだとか言われている。

 

 群になるのは体を大きく見せ、襲われるのを防ぐためだ。この数を一気に攻撃できるのは炎属性ぐらいだが、ここは木造の屋内。かといってマリアは他の属性は上達できていない……一つを除いて。


「……ウル・サンダー」


 掲げられた杖の先から青白く輝く雷が伸びる。それは群の尾から顎の辺りまでを貫き、約10匹の天空魚が地面に落ちてくる。その周りも感電し、群全体の動きが鈍る。


 すると群はようやくマリアを敵と認識した。群を形成する100体以上の天空魚が四方八方に散らかり、群を解体。マリアを全方向から取り囲む。直後、それら全ての天空魚がマリアに向かって特攻してきた。マリアの腕や脚、腹部やうなじに噛みつき、その鋭い牙が肌を破り血が垂れてくる。


 マリアは体の要所の鋭い痛みに顔を顰めた。しかし第二陣が突撃しようとしてくるその時。


「……ウル・デフュージョン・サンダー」


 マリアがそう唱えた瞬間、握られた杖の先端からおびただしい数の雷が四方八方に伸びた。四面楚歌だったマリアに1メートルほどにまで接近していた天空魚はもれなく雷が直撃。噛み付いていた天空魚も口を離して地面に落ち、被害を免れた残りの天空魚は一度退散し再び群を形成した。


(……だめだ……これじゃ倒し切る前に魔力が切れる……)


 群が再生されると同時に、マリアは群に突っ込んでいた。走りながら杖を振りかぶる。群の鼻面に振り下ろし、その部分の天空魚が群を突き抜け地面に叩きつけられる。群本体は後方へと下がり、銃のように天空魚が1匹ずつ凄まじい勢いでマリアに向かって射出される。


 次々と迫ってくる天空魚をマリアは持っている杖で地面に叩き落としていく。しかし天空魚の射出速度はドンドンと上がっていき、肩や脇腹にかするようになっていく。


(追いつけない……!)


 マリアが一体の天空魚を殴りつけたその時、前方で宙を漂っていた群本体がマリアに向かって突撃してきた。マリアは咄嗟に杖で防御しようとするが、細い杖で防ぎ切れる訳もなく、体の全面に大量の天空魚が噛み付いてくる。さらにその勢いは止まることなくマリアの体を押し進め、マリアの脚はその力に耐えきれずに床を離れた。


(浮い……)


 そのままマリアは群に押されながら空中を移動。加速してできた勢いをそのままに、マリアは天井に叩きつけられた。


「ガッ‼︎」


 しかし尚も群はマリアを押し続け、天井がミシミシと音を立てる。


 しかし。


「……エル・ウィンド……‼︎」


 マリアは全身にのしかかる圧力に抗い、杖を前に突き出し魔法を発動した。突如として吹き荒れた突風は群の力をも凌駕し、群は玄関扉へと吹っ飛ばされた。本来引いて開けるはずの扉をぶち破り、群が崩壊しながら外に放り出される。


 マリアは落下し、壁を蹴って玄関に着地。マリアも外へ走る。すると外から「いやああぁ‼︎ 何これええぇ‼︎」という叫び声が聞こえてきた。外に避難していたライフの声だ。


「……ようやく撃てる」


 館の外の地面に天空魚が散乱している。鱗が日の光を反射しギラついている。その光は浮かび上がり、一つに集まっていく。


 それを腰が抜けているのか、地面にへたり込んだライフが見上げていた。ライフは目と口を開け放ち、「あ、あ、な、えあああ⁉︎」などと叫んでいる。


「……ライフ、そこから離れて」

「こ、腰が抜けちゃって……‼︎」

「……じゃあ、このまま撃つよ」

「へえ⁉︎」


 マリアは再び形成されていく群に向かって杖を向けた。そして体の魔力を杖の先端へ集めていく。


「……エル・ファイア」


 マリアのその声と共に、杖の先端から直径6メートルほどの巨大な火球が生成された。空気が唸る音が周囲に響き、下部に接している草は一瞬にして焼け焦げる。小型の太陽と形容するに相応しい火球は大量の熱を振り撒き、群はその危険性を反応で感じ取った。


 その瞬間、群は解体され天空魚はバラバラの方向に逃げていった。しかしマリアは天空魚達の方へと手を伸ばした。


「……キューブ」


 すると逃げようとしていた天空魚達が、突如出現した毒々しい紫色の立方体に閉じ込められた。閉じ込められたといってもマリアがいる方向の面のみが空いている。


 パニックに陥っている天空魚に向かって、マリアは巨大な火球を射出した。


 キューブから脱出した僅かな天空魚を焼き尽くしながら火球は立方体の中へと突っ込んでいった。奥の壁にぶつかった瞬間火球は爆発。中にいた天空魚を全て焼き殺し、立方体すらも破壊した。


 砕け散った立方体の破片は紫色に光りながら宙を舞い、やがて溶けるようにして消滅した。この魔法は回復魔法と同様、魔力を物質化させ、壁や箱を作るというものだ。天空魚・群は一度バラバラに逃げられると追いかけられないため、高火力魔法で一気に倒すしかない。しかし移動速度が速いのとライフに攻撃が届かないよう、マリアはキューブで攻撃を必中にしたのだ。


 マリアは降ってくる黒焦げになった天空魚を横目に、爆発に驚いて仰向けにぶっ倒れたライフの元へと歩み寄った。


「う、ううぅ……」

「……ライフ、大丈夫?」

「酷いよマリアああぁ……!」

「ご、ごめん……」


 すると。


「……なんだこの良い匂いは。マリア無事かー?」


 振り返ればレオが館の入り口からこちらに歩いてくる。


「ってマリア血だらけじゃねえか! 早く回復魔法を……」

「……もう魔力が無いんだけど……」

「じゃあオレの魔力を使え。できるだろ?」

「う、うん……だけど、いいの?」

「平気平気。まだ結構余裕がある……そんな感覚がある」

「……分かった。ありがとう」


 マリアは差し出されたレオの手をとり、自身の傷を回復させた。


 魔力の残量の感覚。これを知覚できたというのは大きな進歩だ。魔力の燃焼のコツも掴むことができたし、この館で得たものは大きい。


 しかし、失ったものも確かにあった。


「……皆は?」


 マリアは真剣な顔になってレオに問うた。


「……エイジャックは無傷。……他はもう手の施しようがない」

「……そう……」

「……ライフ」

「な、何?」

「ファスまで行ってギルドに報告してくれ。ここはオレらで対処する」

「り、了解!」


 こうして、魔物の館での戦いは派遣された7名の内、3名が死亡するという凄惨な結果で幕を下ろした。ギルドがこれについてどのような見解を示すのかはまだ分からない。


 しかし、この結果に近年注目が集まっていたある問題が決定的となった。









「……さてオスマン……」


 ファスギルドの会議室、そこの長机に8人のギルド上層部の人間が腰掛けている。その端にはオスマンの姿があり、その手にはいくつかの書類がある。


「……話を始めてくれ」

「……先日、魔物の館と呼ばれる廃屋にて確認したB級モンスター、フラウドの討伐に今年度の特別新人訓練部隊を派遣し、3名が死亡しました」

「……聞き及んでいるよ。これについてはいくら優秀だからといって、任務があまりにも危険過ぎたという声がほとんどだ」

「話というのはそこに関係しています……近年、魔物が凶暴化しているという噂が出回っているのはご存知かと思います。事実、ここ数年間、B級以上の魔物の発見報告はじわじわと増加しています。さらに先日の任務で出現したフラウド、及び天空魚の群……いずれも過去こんな街の近くには現れなかった魔物です」

「……つまり、その魔物の凶暴化の噂は本当である……と?」

「はい」

「その理由は?」

「……これは私の推測に過ぎないのですが……冒険者のレベルが上がっているからだと思っています」

「……」

「……ここ10年ほど、冒険者のレベルが急激に上がっているのは皆さんご存知だと思われます。その理由はおそらく10年前、初めてS級冒険者という概念が出てきたからでしょう。当時の若者の士気は上がり、実力を伸ばしていきました。現在では彼らがベテラン、先輩冒険者として新人を率いています。……先程述べたように、B級以上の魔物の発見報告は増えていますが、逆にC級以下の魔物は討伐件数が増えている……恐らく冒険者の実力の向上に合わせ、上位種の餌となる下位種がドンドンと減っているのだと思われます」


 オスマンの論述の後、ギルドの会議室には静寂が訪れた。仮にその話が事実であるとするなら魔物を倒すために力をつけていた冒険者が、逆に魔物の被害を広げていることになる。卵が先か鶏が先かという話ではないが、焦ったい話だ。


「……なるほど……その件、我々も調査をしよう。もし魔物の凶暴化を確信したなら……」

「……これは博打になるかもしれませんが……B級以上の魔物も討伐できるよう、特新部隊を中心に冒険者を強化することになると思います」









 5月7日。レオは草原を歩き、とある人物の元へと向かっていった。


「……よう、ここにいたのか」

「……レオか……」


 日が高く登り、暖かな風の吹く昼下がり。草花揺れる草原で、エイジャックは膝を抱えていた。


 レオはその隣に腰を下ろし、草原を眺める。いつも戦闘ばかりしている草原だが、こうしてみると心地よい場所だ。5月の暖かくなってきた気温も相まり、ずっとこうしていたいとすら思える。


 2人はしばらく無言でその場に座っていたが、ある時エイジャックは口を開いた。


「……レオ」

「ん?」

「……3日前……皆が死んでどう思った」

「……」


 その問いに、レオはしばらく答えられなかった。今はどう答えるのが正解なのか分からない。自分のことを素直に言うべきか、精神的に疲労しているエイジャックに気をつかうべきか。


 しかし、レオはハキハキと話し始める。


「……まあ、多少はショックだったよ。これから皆と一緒に任務するものとばかり思ってたからな……けどそれだけだ。特に落ち込んだりとかは……」

「……」

「あ、す、すまん……」

「いやいい。……なあレオ。お前はどうして冒険者になったんだ?」


 エイジャックは草原をぼんやりと眺めたままレオに問うた。レオは少し難しい顔をしたが、やはりここは変に気をつかうところでは無いと考え、話し始める。


「……戦うのが楽しいから、かな」

「……はあ?」

「オレ昔魔物に殺されかけたことがあってな。そん時に全身全霊で戦うのが楽しいって気づいたんだ」

「……変な奴だな」

「……あと……」


 レオは空を眺め、いつものニヤケ顔とは違う、意志の宿る笑みを浮かべた。


「……あと、姉貴の背中に憧れたんだ」

「姉貴?」

「7つ上のな。今言った魔物に殺されかけた時、姉貴に助けられたんだ。その時の姉貴の背中……すっげぇかっこよかったんだ」

「……かっこいい……か」

「エイジャックは?」


 その質問を聞き、エイジャックはレオと同じように空を眺めた。


「……5年前、父さんが魔物に殺された。だから魔物に殺されて悲しむ人を、少しでも減らしたいって思って、俺は冒険者になった」

「……そっか……」


 実際、魔物に殺されて生を終わらせてしまう人は少なくない。魔物への復讐心を燃やし、冒険者になる者も。しかしエイジャックが心に掲げているのは復讐ではなく人助け。エイジャックの性格の良さが如実に表れている。


 けれどそれは、冒険者という職業においては難しいことでもある。


「……でも冒険者って……」

「ああ。人と戦うこともある」


 冒険者は何も魔物と戦うだけが仕事じゃない。探し物を探したり雑用を請け負ったり……悪人を捕まえることもある。そんな何でも屋のような一面は、絵本や小説で冒険者に憧れた者の夢を壊しがちである。


「……けどまあ、仕事だからな……その時はちゃんとやるさ」


 エイジャックは顔を草原へと戻し、続ける。


「……少し前まで、魔物を殺すことばかりを考えていた。けれど特新部隊に入ってイタリ達と出会って、盲目になっていたことに気付かされたよ。……冒険者を続ける以上、いつか自分も死ぬ覚悟は必要だ。実際任務のたびに覚悟をしていた……けど盲目になってた……自分より先に仲間が死ぬことを考えられてなかった……」


 死ぬ覚悟。その言葉を聞いた時、レオは3日前のオスマンの言葉を思い出していた。


『……冒険者に必要なものは何か……分かりますか?』

『え……?』

『……強さ……?』

『……マリアさんは?』

『……強さ』

『は、はは……まあ、間違いではないですが……。正解……と言っていいのか分かりませんが……』


「……オスマンさんが言ってたよ。冒険者に必要なものは自分が死ぬ覚悟じゃない……“仲間が死ぬ覚悟”だってな」

「……仲間が死ぬ……」

「たとえ自分が死ぬ覚悟があろうが無かろうが、死ぬ時は死ぬし生きる時は生きる。それは仲間も同じ。けど仲間が死んでも自分は生きていかなくちゃならない……だとよ」


 それを聞き、エイジャックは少しの間草原を眺めていた。するとゆっくりと立ち上がり、見上げるレオの目をしかと見据える。


「……なら俺も生きよう。あいつらの分まで。……レオ、お前が死んでも泣かなないからな」


 レオはニヤリと口角を上げた。


「はっ! ならお前が死んだ時はお前を殺した魔物をオレの剣でぶっ倒してやるよ」

「安心しろ。殺される時は敵だけは相打ちにもっていく」


 2人はその後もあれこれ言い合いながら、ファスへと戻っていった。



※※※※※


 第10話〜第15話:魔物の館編

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