第14話『魔物の館②』

 魔物の館は無人になってから既に10年以上経っている。しかし元が大豪邸なだけに集落の者が取り壊しはもったいないと、水道や中の荷物等をそのままに放置。そして買い手もつかないまま年月が経過。魔物も住み着き、現在の魔物の館と呼ばれる廃屋になったのだ。


 館内部の灯りは壁にかけられたランタンで、燃料を含めまだ使える。レオ達はマリアのライト・ボールという、光属性魔法……その中の通り光の球を作りだす魔法を使って視界を確保していた。


 レオ達は担当する二階の半分を捜索し終え、ちょうど元の玄関ホールに戻ってくる。


「……いなかったな……やっぱり一階か……? レオ、まだ何も聞こえないか?」

「……うーん……あ」


 レオが目を開け一階を見ると、奥からイタリ達が歩いてきた。イタリ達もこちらに気づき、声をかけてくる。


「あ、お前ら! ……そっちにもいなかったみたいだな」

「ああ。これからこっち側を捜索する……お前らも油断するなよ」

「分かってる」


 その後イタリ達とレオ達はお互いに反対側の捜索へと移っていった。しかし、二階の右側と一階の左側、物音という面では満遍なく捜索したはずだが、イタリ達の口ぶりからして音も聞こえなかったようだ。


「……もしかして動いてねえんじゃねえの?」

「ありえるな……しかしそれだと厄介だぞ。部屋の扉開けたらそこにいるかもしれない」

「だな……マリア、ライト・ボールの出力上げてくれ」

「分かった……」


 マリアが頭上に浮かんでいる光の球に手をかざすと、途端に光量が増す。元々5メートルは視界に困らなかったのが、一気に15メートル以上、目を凝らせば突き当たりの壁も視認できるほどまで出力は上がった。


 すると、レオ達は突き当たりの床に何か大きなものが転がっているのに気がついた。


「ん……? ……な……⁉︎」


 それは人の死体だった。ガタイのいい、恐らくは大人の男性の死体。恐らく、というのはその死体に頭が無いため断言し切れないのだ。首の部分から上が引きちぎられたかのように無くなっており、骨が露出している。周りに広がっている血は黒くなっており、流れてから時間が経っていることが窺える。


「うわ……これ多分前ここに来たB級冒険者だよな……」

「……1人分の血じゃない……2人死んでるはずだが……こいつの頭もろとも喰われたか」


 フラウドの姿が確認され、B級冒険者2名が送り込まれたのが4月29日。今が5月4日なので既に6日経っている。殺された挙句に喰われ、体も放置されて無念だっただろう。


「……フラウド討伐後に回収する。悪いがしばらくは置いておこう」

「了解。っしょっと……!」


 と、レオが立ちあがろうとしたその時。


 館全体が揺れると同時に、何か重いものがぶつかったような鈍い音が響いた。方向は一階の反対部分……イタリ達が向かった先だ。


「ッ! 皆……‼︎」

「エイジャック! 先行くな‼︎」


 すぐさま走り出したエイジャックを追いかけ、レオとマリアも来た道を引き返した。廊下を駆け、玄関ロビーまでたどり着くと階段を飛び降り、一階に着地。


 窓には木の板が打ち付けられており何かしらの光源が無ければ満足な視界は得られない。それでもエイジャックは走っていった。廊下に入ってすぐに「あ……あぁ……‼︎」という女性の声が聞こえてくる。


 進んでいくとライフがこちらに四つん這いで這いずってきていた。


「ライフ!」

「エイジャック……! み、みみ皆……皆がああぁぁ……‼︎」

「皆……⁉︎」


 ここでようやくレオとマリアが追いついてきた。同時に、水が垂れるような音がエイジャックの耳を打つ。


「エイジャック! ……って……」


 その時、4人の頭上に浮かぶ光球が、この惨状を照らした。床や壁が一面紅く染まり、人の臓物が廊下に撒き散らされている。端には切断されたナルスの頭や、腹に巨大な穴の空いたイタリが転がっている。


 視線を上げれば、これを引き起こしたであろう化け物を見ることができた。大きさはここの天井では収まりきらないほどで、屈んだ体勢でようやくだ。人型をしているがその肌は白く、身体中から木の根が飛び出ている。


 そいつは光に照らされるとゆっくりと振り返った。歯が剥き出しになり、鼻と目は無い。一際大きな木の根が耳の部分にあり、ウネウネと蠢いている。


 そしてそいつ……フラウドは両手で何かを抱えていた。振り返った時に見えたそれは虚ろな目をしたフランであった。今まさに、フラウドはフランを頭から喰らおうとしていたのだ。


 その瞬間、レオは動いていた。フラウドに向かって走り出し、顔面を全力で殴る。少し力が緩んだ隙にフランを奪取し、元の位置に帰ってくる。


「大丈夫かフラ……な⁉︎」


 レオは抱きかかえたフランを見下ろした。そして目を見開き、歯を食いしばる。


 無いのだ。フランの腰から下が。切断された断面から血と内臓がレオの下半身に撒き散らされる。


「……レ……オ……」


 フランは震えながらレオに向かって手を伸ばした。指先がレオの頬に触れた瞬間、スイッチが切れたかのように力が抜け、その腕は地面に落ちる。


「フラン……!」


 レオは抱きかかえたフランの肩を握りしめた。その遺体をエイジャックに預け、こちらを無い目で睨むフラウドを睨み見返す。


「……エイジャックはライフとフランを守れ。マリアは回り込んで背後から……ッ⁉︎」


 その時、レオは背後に悍ましい気配を感じ、振り返った。


 そいつはフラウドとは別の威圧感を持っていた。体長30センチ弱の白い魚が空中に浮いている。それも1体では無く、100体以上の魚が大量に集まりさらに大きな魚を形成している。それは体高2メートルにまで達し、目に当たる部分のみ二匹黒い魚になっている。


 マリアもレオに釣られて振り返り、そいつ……B級モンスター天空魚・群を視界に入れる。群はE級モンスター天空魚が100〜300体集まることで形成される。数が階級に影響する分かりやすい例だ。


「……マリア、こいつなんだ」

「……150ぐらいの群」

「説明になってねえよ……じゃあそっちは任せたぞ」

「うん……そっちは大丈夫?」

「……多分あのスライムよか強えけど……多分なんとかなる」

「多分ばっかり……」


 そう呟くと、マリアは群の元へと歩いていった。レオは自分の実力を測っているであろうフラウドに向き直った。フラウドはレオに正面を向いており、口を半開きにしている。


「さて……と。エイジャック、オレの剣持っててくれ」

「……」


 レオはエイジャックに自身の剣を預けると、拳を構えた。


(エイジャックが皆の死に予想以上にダメージ受けてるな……早めに仕留める)


 と、レオが敵意を滲ませた瞬間。フラウドの身体中から生えている木の根が引っ込んだ。直後に口が大きく開かれ、中から極太の木の根が凄まじい勢いで飛び出てきた。


「ヴァアアアアア‼︎」


 レオは咄嗟にそれを見切り、両手で抱えるようにして受け止めた。抱えたまま後ろに押し出され、マリアと“群”のいる玄関ロビーまで後退する。


(初見殺しの必殺技か!)

「この野郎‼︎」


 思いっきり地面を踏ん張り、木の根を引きちぎろうとするがびくともしない。


「チッ!」

「レオ⁉︎」

「平気だ! そっちにゃいかせねえ……‼︎」


 レオは渾身の力で木の根を抱え、押し返そうとした。しかしその瞬間、レオに横方向の力がかかり足が浮く。レオは木の根により振り回され、玄関の扉に叩きつけられた。


「グッ……!」


 その衝撃で木の根を離してしまったレオは、地面に落ちるとすぐさま体勢を立て直した。顔を上げると先端付近の木の根が地面に落ちる。見ればエイジャックが刀を振り抜いている。


 レオは玄関ロビーから廊下に向けて走り出した。切られた木の根はフラウドの口の中に引っ込まれている。エイジャックの横を通り過ぎ飛び上がり、フラウドの顔面を全力で殴り抜ける。


 フラウドは膝を突き、レオは着地しさらに腹部を殴る。フラウドは踏ん張ることができずに吹っ飛んでいき、床に転がった。


(この狭さじゃ剣は使えねえ……けど拳じゃ決め手に欠け……)


 その時、膝をついていたフラウドは頭を開け、レオの方を向いた。直後に先程と同様の極太の木の根が射出され、レオに迫る。しかしレオは上体を後ろに倒してそれを回避した。


「ヴァアアア‼︎」

「っとお! ネタが分かりゃあなんてことねえぜ!」


 射出された木の根はエイジャックに切断された分短くなっており、その先端はエイジャック達の目の前で止まる。


 レオは再びフラウドに向かって走り飛び上がり、脚を振り上げた。つま先がフラウドの下顎に命中し口が強制的に閉じられ、木の根が歯によって切断される。


 床に着地したレオに向かって、フラウドは拳を振り下ろした。レオは後ろに跳んで回避したが、その巨体が誇る膂力により床材が破壊され穴が空く。


 レオはそれを回避した後、廊下の角を曲がっていった。フラウドがそれを追いかけていくと、レオは角を曲がってすぐの部屋に入っていくところだった。扉をしめた後、カチャリという鍵を閉める音が聞こえてくる。


 フラウドはその巨大な拳を振り抜き、鍵の閉まった扉を木っ端微塵に吹き飛ばした。しかし真っ暗な部屋の中にレオはいない。


 レオはその部屋の天井に張り付いていた。フラウドが部屋に入ってきた直後、拳を振りかぶり魔力を燃焼させ天井を蹴る。拳を全力でフラウドの頭に叩きつけ、レオはフラウドの股下を潜って部屋を出た。


 フラウドは振り返ると、体からミシミシと木の根を生やしながらレオを存在しない目で睨みつけた。


「マジ……? 結構本気で殴ったんだけど……」


 直後、フラウドの肩から伸びていた木の根が伸び、レオに迫ってきた。


「チッ!」


 レオは咄嗟に飛び退くが、空中にいる間に木の根は軌道を変えてレオの左脚に絡みついてきた。途端に木の根は引っ込んでいき、しなるようにしてレオをフラウドの口元に運んでいく。


 レオはフラウドの頭に叩きつけられると同時に、口の中に下半身を叩き込まれた。直後に閉じてきた口を跳躍してなんとか回避。しかしまたもやレオが空中にいる間に、フラウドはレオに向けて拳を繰り出していた。


 拳はレオの胴体を捉え、地面に叩きつけた。凄まじい衝撃が背中と腹両方に受け、またもや床材が破壊される。


「ガハッ‼︎ ……クッ!」


 再び繰り出された拳をレオは床を転がって回避。飛び起きてフラウドに殴りかかる。フラウドの拳とレオの拳が衝突し、お互いに弾かれる。もう1発撃ち込み、また弾かれる。


「……ハアアアアアアアアッ‼︎」

「ヴァアアアアアアアア‼︎」


 そこからは両者共に何度も拳を繰り出し、手数勝負となった。


(……ああ……オレってほんと酷い奴だなあ……)


 フラウドの拳がレオの顔面を撃ち抜く。


(……仲間が死んで……自分もボロボロになって……こんなピンチの時、オレは笑うんだ)


 レオはフラウドに向けて凄みを感じさせる笑みを浮かべると、フラウドに向かって走り出した。繰り出される拳をギリギリで回避し、巨体の横を通り抜ける。


 イタリ達の亡骸の付近の床に落ちていた何かを掴んだかと思えば、レオは途端に踵を返しフラウドに向かって跳躍した。そしてフラウドの口の中に手を突っ込み、渾身の力を腕に込める。するとブチブチと筋繊維が千切れ、関節が外れる感覚の後、フラウドの下顎は千切れ血が吹き出した。


「……ゥアアアアアアア‼︎」


 叫び声を上げながら、フラウドは目の前にいるレオに両手を伸ばした。しかしレオは跳躍しそれを回避。その右手には先ほど拾った細剣……フランの剣が握られていた。


「……ハアッ‼︎」


 細剣を胸の前に持ってきて、フラウドの脳天に向かって突き出す。突き刺さっても尚脳をかき乱し、剣を抜くとそこから真っ赤な噴水が噴き出してきた。


 レオが床に降り立つと同時に、フラウドも床に倒れ込んだ。どんなに肉体が頑丈でも、脳が破壊されれば死ぬ。レオは自身の斬撃を主とした直剣より、刺突を目的としたフランの細剣が止めに適していると判断した。


 フランの剣についた血を丁寧に拭い取り、レオは廊下に座り込んでいるエイジャックの元へと歩いていく。エイジャックはフランの亡骸を抱え、肩を震わせていた。エイジャックと一緒にいたライフはどうやら先に避難したようだ。


「……エイジャック……」

「……クソ……クソッ……クソッ……‼︎」

「……エイジャック、お前は皆の……」


 ……レオが飲み込んだ言葉。


『遺体を外に運び出してくれ』


「……皆を守っていてくれ」


 それだけ言うと、レオはまだマリアが戦っている玄関ロビーへと向かっていった。

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