第13話『魔物の館①』
記録
解放歴1127年4月28日。ファス東の集落の通称魔物の館と呼ばれる廃屋にて、B級モンスターフラウドの姿を確認。翌日B級冒険者2名を派遣するも行方不明。同年5月4日、今年度の特別新人訓練部隊7名を派遣し、内3名が死亡した。
その日は比較的気温の高い日だった。レオとマリアはオスマン、特新部隊の面々と共にファス東の草原を歩いていた。
「……オスマンさん」
イタリは歩きながらオスマンに声をかけた。
「今日の任務ってどんななんですか? いい加減教えてくださいよ」
「……あれ、言ってませんでしたっけ?」
「言ってませんよ! 昨日も明日教えるっていって!」
「すみませんすみません……ここを進んだ先に、小さいですが集落があります。そこには長年放置された廃屋があり、先日たまたま集落にいたギルドスタッフがB級モンスター、フラウドを確認しました」
「なるほど……つまりそのフラウドを討伐しろと」
「ええ。しかし油断してはいけませんよ。既にB級冒険者2名が行方不明になっています」
オスマンのその言葉に、イタリ達は唾を飲む。冒険者の死についての認識は先日変わり、自らが“そうなる”覚悟はできた。しかしそれでも意識すれば体が強張るのは止められない。実に同期の3分の1が死んでいるのだ。仕方がないだろう。
「……フラウドはどういう魔物なんですか?」
「体高3メートルほどの人型で、体は白く身体中から木の根が飛び出ています」
「ば、バケモンじゃないですか……」
「魔物には該当する姿の動物がいるのに対し、上位種は稀にいないこともあるんですよ。竜種とかもそうですね……っと、見えてきましたよ」
そう言うとオスマンは前方を指差した。その先には蔦が絡みつき、明らかに年季の入った大豪邸が聳えていた。苔も所々に生え、周りの木々は虫に喰われ部分的に穴が空いていた。
人が住むにはキツそうだが、普段自然に囲まれて生活している魔物にとってはそれはもう至高の空間なのだろう。
「すみませんね、同行できなくて。これでも忙しいので」
「いえ、俺達だけで戦わないと成長はありません。……よし……行くぞお前ら」
エイジャックが皆を引き連れてその館へ向かっていく。
「……木の根が生えたバケモンか……面白そうだな……!」
レオはその場で体をほぐし、準備体操をした。屈伸、伸脚、ふくらはぎ伸ばし、肩入れ。一通り終わり両の拳を叩きつけ、レオも館に向かおうとした、その時。
「……レオくん、マリアさん」
オスマンは館に向かおうとした2人を引き止めた。
「突然かもしれませんが……冒険者に必要なものは何か……分かりますか?」
「え……?」
「……強さ……?」
「……マリアさんは?」
「……強さ」
「は、はは……まあ、間違いではないですが……。正解……と言っていいのか分かりませんが……」
「……おいお前ら何やってたんだ」
「悪い悪い。ちと準備体操を……」
「まったく……ほら、行くぞ」
エイジャックが取手を捻り扉を押すと、金具が錆びているのか異様なまでに軋んだ。両開きの扉を開け放つと、日の光が館の中に入り込む。
やはり元々は相当な豪邸だったのだろう。玄関ホールからかなり広く、小さめの家ぐらいありそうだ。正面に階段があり、扉が一つ二つ三つ四つ……それが2階分。これを全て捜索するのは時間がかかりそうだ。
館に入るとエイジャックは耳を澄ました。しかし物音ひとつ聞こえない。近くにフラウドとやらはいないようだ。
「……二手に分かれよう。俺、レオ、マリアでチーム、イタリ、フラン、ナルス、ライフでチーム……でいいか?」
「オッケー」
「問題ないわ」
この館は広い。一階と二階で分かれて捜索した方が効率がいいだろう。エイジャックチームが二階、イタリチームが一階を捜索することとなり、その後すぐに捜索に移った。
二階は小部屋が多く、住民の寝室に割り振られているようだった。エイジャック、レオ、マリアの3人は一つ一つ部屋を確認していった。
「……なあエイジャック」
「……なんだ」
「お前あの4人より強えんだろ? マリアの実力も知ってんなら2人は分けた方が良くねえか?」
「……はあ……」
「え、オレなんか変なこと言った?」
「……お前だよ」
「へ?」
「昨日の親睦会……という名目の戦闘は、お前ら2人の実力を把握するために俺が企画したものだ。マリアはB級スタートを成し遂げるだけの実力が確かにあった……しかしレオ、お前は分からなかった」
「……何でだ? 確かにオレはB級モンスターぐらい倒せるぜーとか言いまくってたのは胡散臭かったけどよ……C級なら余裕ってのは分かっただろ」
「……いつも飄々としているところはイタリそっくり……戦闘スタイルも似ているが……一つ違うことがあった……お前、本気出してなかったろ」
「……ま、まあ……」
「イタリはいつも笑ってこそいるがいつだって本気だ。けれどお前は昨日、一度だって本気を出していなかった。だから実力を測りかねてるんだ」
「……なるほど……」
「今後の連携のためにもメンバーの実力は知っておきたい」
「……分かった。ならフラウドと会敵した時、一旦オレがタイマンでやらせてくれ」
「……死んだら取り返しがつかないぞ」
「いいからいいから」
そんな会話を小声でしながらドンドンと捜索を進めていく。しかしフラウドの姿は影も形も無い……どころか気配も物音も無い。これは二階、ないしこちら側にはいないということだろうか。
「……いないな……ここじゃないのか……」
「……なあエイジャック……便所行きてえんだけど……」
「水道はまだ通ってるらしいぞ。入り口で見張っとくから行ってこい」
「すまん、悪いな」
すこし戻って、ユニットバスだった扉を警戒しながら開く。やはり体高3メートルの化け物や死体は無い。レオは「フゥー……」と息を吐くと、ふと目に入った鏡を見た。
垢こそ大量に付いているが、埃はそれほど付いていない。
(……死んだB級の人も使ったのかな)
不謹慎なことを考えながらレオはトイレの方を向いた。するとピチャピチャと音が聞こえることに気づく。それは段々と大きくなっており、見ればトイレの水面が揺らいでいる。
(な、なんだ……?)
レオが水面を覗き込んだその時。トイレの中から何者かが凄まじい勢いで飛び出してきた。水飛沫を巻き上げながらそれは天井近くまで飛び上がり、レオの後ろに落下した。
それは体が真っ赤な鼠だった。牙が異様に長く、爪が鋭い。
「びっくりした……! 魔物か……」
レオは背中の剣を抜いて構えた。直後にその鼠は金切り声を上げながらレオに飛びかかってきたが、落ち着いて回避して首の根本に斬撃を加える。鼠は血を噴き出しながら地面に落下し、動かなくなった。
(いや魔物かじゃねえよ⁉︎ なんで便所ん中から……って……?)
先程の水音はこの鼠が水中を移動し水面が波打った時の音だったのだろう。なら鼠が出てきたなら音は止んでいるはずだ。しかし、水音は止んでいない。しかも先程よりも大きくなっていっていると断言できる。
「ま、まさか……」
次の瞬間、レオが見たのは赤い壁だった。数十匹の鼠がトイレから飛び出し、赤い壁を作り出した。トイレの水を撒き散らしながらボトボトと地面に落ち、「キキッ」と鳴いて辺りを見渡している。
「なあああああああ⁉︎ ああああああああ⁉︎」
この時レオは生まれて初めて、腹の底から叫び声を上げた。
「どうしたレオ! って⁉︎」
「え……」
途端にエイジャックとマリアが駆け込んでくる。そしてその大量の鼠を見て表情を引き攣らせる。
「
「気持ち悪ぃ……!」
3人は各々の武器を抜いた。エイジャックは刀を構え鼠の群れに突っ込んでいく。地面に向かって斬撃を加え、飛びかかってくる鼠も的確に斬りつけ討伐していく。血と水が撒き散らされ、エイジャックの服を汚す。しかし一向に数が減っている気がしない。
数で攻めても埒があかないと悟ったのか、鼠達はエイジャックへの攻撃をやめ、入り口の方にあるレオの方へと走り出した。
マリアはその鼠の群れに向かって杖を掲げる。
「……ウル・サンダー」
杖の先から青白い光が放たれ、地面を走る鼠達を貫いていく。四肢を痙攣させながら絶命した鼠はレオの目の前でバタバタと倒れていった。
レオは顔を引き攣らせ、自分の足元に転がっている鼠の死体を見下ろした。
「うわっ……トラウマになるわこんなの……」
「おいレオ仕事しろ!」
「わーって……」
と、レオが剣を構え直したその時。エイジャックとマリアが仕留め損った鼠の群れが足元から逃げ出した。左右に散らばり、約10体ずつ分かれて奥に走っていく。
「な⁉︎ 追え!
「そんなにか⁉︎」
レオとマリアは部屋を飛び出し、レオが右、マリアが左に曲がって群れを視界に入れる。既に10メートル近く離れており、ボロボロの廃屋だ、普通に走ってはすぐにどこかに隠れられてしまうだろう。
「フーーッ……!」
レオは息を吐いて集中力を高め、足に力を込めた。
……直後、湧き上がってくる力。全身が軽くなる。
地面を蹴ったレオは、一瞬にして鼠の群れに追いついた。
(できた! なんかできた! ……いや
まだだ、この感覚のまま!)
魔力消費による身体強化。そこには思考を早める効果もあるのか、レオは鼠達の動きを正確に認識することができていた。魔力が燃える感覚を維持したまま、鼠に斬撃を繰り出していく。
あっという間に鼠を掃討し終えたレオは剣を振り切った体勢で静止した。
「……これか……こういうことか……!」
一方、マリアも鼠達を仕留めていた。
マリアは群れを視認し、杖を向けた。
(……館が燃えるかもしれないから炎は使えない……だったら……!)
「……ウォーター・アロー」
するとマリアの周囲に圧縮された水の矢が3本生成された。さらに。
「サンダー」
その水の矢に電気が発生。直後に矢は射出されたが、鼠には当たらずに群れの中に突き刺さった。しかし。
「……ボム」
そのマリアの声と共に、地面に突き刺さった水の矢が弾け飛んだ。それにより水飛沫とともに溜めていた電気が拡散。1発で鼠の群れを仕留めた。
ボム。射出した魔法を爆発させる技。オスマンの訓練中にやっとの思いで習得したのだ。そしてマリアはこれを使ってみたかったのだ。
エイジャックが部屋から出てきた時には2人とも戦闘を終わらせており、部屋に戻ってきていた。
「こっちは終わったぜ〜」
「しっ! 静かに」
「ッ! そうだった……!」
3人はその場で動きを止め、耳を澄ませる。しばらくその状態で待機したが、ここに向かって来る足音のようなものは聞こえてこない。
「……バレてない……か……?」
「……ここまで気配がないとはな……もしかしたら一階か?」
「……レオも聞こえないの?」
「……聞こえねえな。屋内じゃ気配察知は難しいが……ここまで無音だと一階含めこっち側にはいないと思う」
「そうか……なら移動しよう。血死鼠の死骸は後で処理する」
「この鼠ケッシソっていうのか」
「ああ。1体ならE級程度の強さだが、群れを作っている場合C級認定されることもある」
「へ〜」
魔物や冒険者の階級はその戦闘能力により決定されるが、魔物の場合群れを作る場合があるため、作る群れの大きさも階級に反映される。
3人は大量の血死鼠の死体をひとまず1箇所に集め、捜索を再開した。
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