第12話『交流』

 レオとマリアは闇に染まった街の大通りを歩いていた。


「……魔力を燃やして力を得る……か……マリアもやってるのか?」

「うん……そうしないとあんなに動けないよ」


 歩きながら、目を瞑り深呼吸をする。己の体の中にある魔力を意識し、それを燃やすイメージをする。しかし体に何も変化は無く、やはりまだ魔力の使用というのは難しいようだ。


 レオは新人とは思えないほど肉体は仕上がっている。レオの無茶というか、楽しむためだけに戦闘に赴くという性格でここまで生き残っているのはそれ故だ。しかし、冒険者の大多数、上位冒険者なら皆魔力による身体強化を行なっている。冒険者で上位に食い込むには、魔力操作の会得は不可欠だ。


(……そういやオレ、スライムの森で魔法を……)


 約二週間前、スライムの森での任務中、レオは一度だけ魔法を発動させた。最も基本のファイアではあるが、レオが初めて魔法を発動させた瞬間だ。無我夢中であったが、あの時の感覚はよく覚えている。


 あの感覚を反復練習で呼び覚ませば、魔力操作を会得できるかもしれない。


 レオは目を瞑ってそう思考を巡らせていた。しかしとある路地裏に差し掛かった時、レオは立ち止まった。


「……そこで何してんだ?」

「……あら、どうして気づいたの?」


 すると、その路地裏から長い黒髪を垂らした女性……フラン・グレープが歩み出てきた。


「オレはガキの頃から魔物と戦ってたからな、五感が鋭いんだ。その気になれば大体十メートル先まで気配察知が出来る」

「へ〜。凄いわね」

「……で、何してんだ? つか後ろにいただろ」

「いいじゃない細かいことは。あなたに用があってね……ちょっとこっちに来てくれないかしら?」

「用? ……まあいいけど。すまんマリア、先帰っててくれ」

「分かった……」


 マリアを先に帰らせ、レオはフランに連れられ、路地裏に入っていった。一番奥まで連れられると、そこは塀によって塞がれており何も無い。


「……おいマジで用ってなんっ……」


 その時、振り返ったレオに向かってフランが飛びかかった。二人は地面に倒れ向かい合う……つまりレオはフランに押し倒されたのだ。


「……は?」

「ふふふ……夜の路地裏よ? 無警戒すぎね」


 美しい、妖艶という言葉が似合うフランは今全身から色気を漂わせ、レオを至近距離で見つめている。レオは困惑の表情を浮かべ、フランを見返している。


「何のつもりだ」

「分かってる癖に……」


 フランは顔を赤くして、手をレオの体に這わせた。その手が体を走り、下半身に向かう……直前、レオはフランの肩を掴み、馬鹿力でフランを押し退けて立ち上がった。


「あら?」

「いきなりやめろって気持ち悪い!」

「ちぇ、連れないわね」


 フランは地面に座り込んだまま口を窄めた。しかしすぐに含みのある笑みを作る。


「……やっぱりマリアちゃんがいいの?」

「え? ……まあ……好きではあるよ」

「いつから?」

「半月前に共同任務があってな。そん時に……な、なんだよ」

「……覚悟しておいたほうがいいかもしれないわよ」


 含みのある笑みに少しの真剣さを混ぜた顔を浮かべ、フランはレオを見た。


「……さっきオスマンさんも言った通り、冒険者はすぐに死ぬ……本当にくっつきたいなら、2人揃って冒険者をやめることね」

「……それは無理だな」


 レオはニヤリと笑みを浮かべた。


「オレはマリアの強さにも惚れたからな」

「……ふふっ、そうなのね……あーあ、私18にもなってそういうの全然無いのよね〜」

「数秒前に襲った奴の台詞かよ」

「だから色んな人を襲ってピンと来る人を探してるのよ」

「……は?」

「さっきと同じこと言わないの。ま、いいわ。それじゃ、またね」


 そう言うと、フランはレオに手を振り、路地裏を出ていった。一人取り残されたレオは路地裏の出口を見つめ、溜まっていた息を吐き出した。


「……なんだったんだ……」

(……まあダチにはなれた……ってことでいいのか?)


 などと少々見当違いなことを考えながら、レオも路地裏を出た。さすがに夜も遅い上、先にマリアも宿に帰っているのですぐに帰らねば。レオはフランが遠くへ行ったことを確認すると、ダッシュで宿へと帰った。


 宿に帰るとマリアがいない。おそらく備え付けの風呂に入っているのだろう。レオは寝室に剣を置いて居間のソファに寝転んだ。ボケーッとしながら頭側にある風呂の扉を見つめる。


(……今でこそ一ヶ月経ったが、よく最初から男と同じ宿に住めたよな……)


 マリアは人見知りで恥ずかしがり屋な癖して、こういう部分は割と大雑把だ。普通なら同い年とはいえ知り合って一日二日の男と同じ宿に住むなどしないだろう。性格がチグハグというかなんというか。意外と脳筋なマリアのことだ、どうせ襲われたら魔法をぶっ放せばいいとでも考えているのだろう。実際レオより強いのだから敢行できる。


 オスマンのスパルタ特訓でクッタクタの体と頭でそんなことを考えているうちに、レオの瞼は重くなってくる。そんな時、マリアが風呂から上がって出てきた。


「……あ、レオおかえり……」

「……ただいま……」

「眠いならお風呂入っちゃえば……?」

「だな……よっと……!」


 疲れがドッと出てきた体に鞭入れて立ち上がる。そのままゆっくりと風呂に入る。サッと髪と体を洗って、眠るといけないので湯船には浸からずに上がる。


 すると、マリアがソファで寝落ちしているのを発見した。


(……ほんと無防備だな)


 自分にも刺さる言葉を考えながらレオはマリアの寝室のドアを開ける。そしてソファのマリアを抱きかかえ、寝室のベッドへと連れて行く。


 マリアもレオと同じ特訓メニューをこなしたのだ。総合ではマリアの方が実力は上でも、近接戦闘面ではレオの方が上。恐らくレオよりも疲れは溜まっているのだろう。


(……オレも……寝る……)


 ヨロヨロと歩き、自分の寝室へと戻る。そのままベッドに倒れ込み、体勢を変える気力も無くそのまま瞼を閉じる。


(……そういや、一人サボリがいたって……どんな奴……なんだ……ろ……)


 特別新人訓練部隊。結成はその年の選別試験から約一ヶ月後。その時点で生き残りが八人いるというのは実は多い方なのである。十年に一度というB級スタートのマリアがいることもあり、今年のレベルは高い。


 メンバーそれぞれの階級は以下の通りである。


マリア・ストロガノフ:B級

エイジャック・ターメリック:C級

フラン・グレープ:C級

イタリ・S・ゲーティ:C級

ナルス・オーレン:D級

ライフ・ライム:D級

レオ・ナポリ:E級


 ここにサボリが一人加わる。マリアとレオのせいで感覚が狂うが、C級3人、B級1人というのはおそらく数十年に一度というレベルだろう。


 そのため、レオが眠りに落ちて体感数秒で夜が明けた次の日にも、今年の特新部隊は鍛錬を欠かさないでいた。


 5月3日。レオとマリアは全く寝た気がしない体でファスの西門へと向かった。せっかく特新部隊が揃ったので、親睦を深めようと予定を組んだのだ。


 既に西門には5人揃っており、皆フラフラのレオとマリアを見て目を見開いた。


「ど、どうしたお前ら?」

「寝た気がしない……疲れがとれてない」

「……うん……」


 仏頂面の真面目そうな男、エイジャック・ターメリックはその様子を見て眉を寄せた。


「そんな状態じゃ戦うのは危険だな……今日はやめておくか?」

「いや……明日皆で任務やるだろ? 眠いごときで……戦いはやめねええぇぇ……‼︎」

「無理すんなって……まあ、オレ達が率先して戦えば大丈夫か」

「もしもの時は本当に逃げなさいね?」

「はいはい……」


 一向はその後、ファスの西の草原を進み始めた。警戒と雑談を器用に同時にしながら歩いていく。数十分と長く歩いているうちに、レオとマリアの目は少しずつ冷めてきたようだった。


 太陽がしっかりと地面を照らし始めた頃、一向は小さい川を発見し、そこで休憩をした。


「結構魔物いないもんだなー」

「街の付近は魔物が追いやられているもの。けれどここらまで来ればC級程度ならいると思うけど……」


 と、フランが言った直後。ライフが茶髪を震わせた。


「なんか……地響きしてない……?」

「え? ……あっ、あいつは……!」


 イタリが指を刺した先には、こちらに向かって猛突進してくる馬がいた。体毛は漆黒に黒光り、所々にある白い小さな点が、夜空に光る星のように光を反射している。レオとマリアが過去に討伐したことのある紅脚馬の上位種、B級モンスター黒星馬こくせいばである。


「B級の黒星馬だ!」

「マジ⁉︎ よっしゃここはオレが……!」


 とレオは意気揚々と立ち上がった。しかし。


「ナルスは左、フランは右。ライフは走り回って撹乱しろ! 俺とイタリが正面から戦う!」

「了解!」

「おお?」


 レオとマリアを除いた5人は真っ直ぐに黒星馬に向かっていった。ライフが腰から大振りのダガーを取り出し、同じようにナルスとイタリは片手剣、フランは細剣、エイジャックは刀を抜く。


 ダガーを逆手持ちしたライフは走る速度を上げ、黒星馬の注意を引きつけた。目線が自身を捉えたことを確認すると、右に左に走り回る。その隙にナルスとフランは左右に分かれ、イタリとエイジャックは構えを取った。


 ヒラヒラした赤布を追いかける闘牛のように、ライフのみを猛追していた黒星馬は、ライフがイタリ達の背後に隠れたことによりターゲットを変更。前脚を大きく振り上げ、イタリとエイジャックに向けて振り下ろした。


 それを剣と刀で何とか受け止めると、左右のナルスとフランが黒星馬の胴体に斬撃を加えた。

 

「ヒィィィ‼︎」

 

 叫び声を上げた黒星馬は4本の脚をやたらめったらに暴れさせた。近くにいたライフ以外の4人は吹っ飛ばされ、地面に転がる。うちナルスとイタリは武器を取りこぼしてしまった。

 

「クッ!」

「グアッ! ジャック‼︎」

 

 その後黒星馬は唯一視界に残ったエイジャックに向かって再び突撃した。エイジャックは吹っ飛ばされた際に受け身をとっており、ノータイムで再び構えに入っている。両手で刀を握り正面に据え、目線は敵に向けて逸らさない。


「フラン! 後ろに来い!」


 黒星馬の突進を、エイジャックは左に飛んで回避。後ろに駆けていく黒星馬の胴体を刀で切り裂き、着地した瞬間に振り向き構えを崩さずに黒星馬と対峙する。


 踵を返した黒星馬はエイジャックに向かって両脚を振り下ろした。エイジャックは向かって左の脚を刀で受け止める。しかし右の脚が向かってくる……直後、エイジャックは力で左の脚を押し退け、刀を右に振り抜いた。さらに逆くの字のように返し、両脚を斬りつける。


「フラン!」

 

 黒星馬は体勢を崩し、エイジャックは身を屈めた。そしてエイジャックの背後から細剣を向けたフランが飛び出してくる。フランは細剣を繰り出し、黒星馬の額を打ち抜いた。


 黒星馬は一瞬口を開いて静止し、その後地面に倒れた。


「……フゥ……ありがとうフラン。助かった」

「こっちこそ」


 5人は各々の武器の血を拭い点検し、レオ達の元に戻ってきた。


「おお……!」

「……強い……」


 レオとマリアはその戦いを見て目を見開いた。それぞれの戦闘力やスタイルを加味し役割を決めている。連携も上手く取れており、B級相手に余裕を持って対処できていた。個々の実力も高い。


 特にエイジャック。ごくごく短時間とはいえB級相手に1人で対応していた。


「……たしかに強えなエイジャック。お前1人で倒せたんじゃねえの?」

「いや、短時間対応するので手一杯だ。皆がいなけりゃ厳しかったよ……ライフ、そいつの死体焼いといてくれ」

「分かった」


 魔力を宿っているものを食べれば魔力が補給される。魔物が魔物の死体を食って魔力を回復するのを防ぐのだ。


「よし……次はオレ達の番だな! 魔物探そうぜ!」

「……うん」


 それからは7人で草原を歩いていった。その後見つかったのはE〜C級の魔物のみ。レオ自身は沢山戦えて満足していたが、他のメンバーがレオの真の実力を把握するには至らなかった。


 そして次の日、特新部隊全員が参加する、とある任務が舞い込むこととなる。

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