第11話『特別新人訓練部隊』
「……お二人とも、そろそろお開きにしましょうか」
日の傾いてきた頃、オスマンは一日中ボッコボコにされていたレオとマリアに声をかけた。
「よ、ようやくか……」
「……疲れた……」
身体中汚れた二人は地面にへたり込んだ。そこに大量の霊魂が襲いかかってくる。途端にその全てに高圧縮された水の矢が突き刺さり、消滅した。
(……レオくんはまだですかね……)
「……マリアさん、お疲れのところ悪いのですが少しいいですか?」
「はい……?」
マリアは立ち上がり、服についた汚れを払った。
「一度私と手合わせしてみませんか?」
「え……オスマンさんと……手合わせ……? ……やります」
「では、レオくんはすこし離れてください」
「は〜い」
オスマンとマリアは墓地の比較的開けた場所で対峙した。レオは墓地の端っこで塀にもたれかかっている。
オスマンは後ろ手でマリアと対面する。マリアは杖をオスマンに据え、ピタリとも動かさずに開始を待つ。
「……いつでもいいですよ」
「ウル・ファイア」
オスマンから開始の合図が出た瞬間、マリアは三メートル級の火球をノータイムでぶっ放した。全く容赦が無い。
オスマンは紫色に光る防御壁……結界を生成しそれを受けた。黒煙が立ち込め、墓地が覆われる。
と、黒煙の奥から高圧縮された水の矢が五本飛んできた。オスマンは華麗なステップで全て回避。
(当たりどころが悪かったら死ぬというのに、全く容赦が無いですね。私なら避けられると思ってのことか……)
オスマンがそう思考を巡らせるのと同時に、マリアが杖を振りかぶってオスマンの背後に現れた。これまた躊躇いなく杖を振るう。
オスマンは振り向きざま生成した金属の棒で杖を受け止めた。さらに反対の右手に生成したナイフをマリアの喉元に突きつける。
「あ……」
「はい、これまでにしましょう」
(水の矢の詠唱は無し。まだ荒いが積極的に接近戦も取り入れてくる……これをたった一日で……やはりマリアさんは天才だ)
二人の戦いを見ていたレオはこの戦いを見て一気に目が覚めていた。初手の爆発で迫力に押され、短かったが二人の一挙手一投足の速度がとんでもない。戦闘好きのレオは目を輝かせていた。
「す、すげえ……速え……!」
「……オスマンさん」
マリアは黒煙を風属性魔法で払ったオスマンに声をかけた。
「なんですか?」
「……オスマンさんは私でも勝てないぐらい強いのに、どうして元B級なんですか……?」
今朝ギルドスタッフに聞いた情報によれば、オスマンは元B級冒険者だ。しかし今手合わせした限りならその実力はA級でも充分に通用するレベルだ。
「……私は近接戦闘がいささか苦手でして……A級はあくまで例外であるS級を除けば冒険者の頂点に立つ存在。生半可な実力でなれるものではありません。マリアさんも、A級を目指すのであれば、魔法の特訓だけしててはいけませんよ」
「……はい」
マリアの決意のこもった返事を聞くと、オスマンは微笑んで教会の方へと戻っていった。
「二人ともお疲れ様です。実はあなた達にちょっとしたプレゼントがあるんですよ」
「プレゼント?」
そう言ってオスマンはレオとマリアを教会の中へ連れていくと、一人の聖職者に声をかけた。彼は倉庫から平べったく重厚な箱を持ってくる。オスマンがその蓋を開け二人に見せると、それは白と黒の勾玉のネックレスだった。綺麗に磨かれ艶が出ており、ある程度値の張る高級品だと思われる。
「これは……」
「特別な鉱物を加工して作ったネックレスです。その中には魔力が宿っており、外付けの魔力の備蓄となります」
「へえ凄え! 本当にもらっていいんですか?」
「もちろんですよ」
「ありがとうございます!」
レオが黒、マリアが白の勾玉を首にぶら下げる。オスマンはそんな二人を少し眺め、
「……お二人とも、よく似合ってますよ」
とどこか満足げな様子で呟いた。
「さ、ギルドに戻って夕食でも……って」
「ん?」
「そうでしたそうでした。お二人に聞かなければならないことが」
「なんすか聞かなきゃいけないことって」
「二人とも、『特別新人訓練部隊』に入ってみませんか?」
「特別? 新人? なんですかそれ」
「特別新人訓練部隊とは、実力やポテンシャルを認められた十人の新人冒険者が誘われる部隊のことです。特別な指南役がつき、将来に向けて特訓するのです。ちなみに、今年の指南役が私です」
「そんな部隊が……」
レオは隣のマリアを見やった。すると同じようにレオを見たマリアの視線とぶつかる。
お互い、言葉はいらなかった。
「入ります!」
「……入ります」
二人の目は決意に満ちていた。
オスマンはそれを見て溜まっていた息を吐き出した。
「良かった。断られたらどうしようかと」
「なんでっすか?」
「これから今期の特新部隊の皆に会いに行くんですよ」
「ええ⁉︎ それを早く言ってください!」
三人はそれからギルドへと向かっていった。
日が落ちて薄暗くなってきた時間帯、ギルドの酒場では一日の仕事を終えた冒険者が騒ぎながら夕食を摂っている。
喧騒に満ちた酒場を進み、端の方のテーブルへ進むと、明らかに若い人達の声が聞こえてきた。
「ああ! それオレが食おうと思ってたジャガイモなのに!」
「いいじゃないジャガイモのひとつぐらい。ケチね」
「……この料理、不味い」
「おや、そこの麗しいお姉さん、お忙しいところ失礼ですが……」
「お前らうるさいぞ!」
レオはそれを聞き表情を引き攣らせた。
「なんか個性の塊みてえな声が聞こえる……」
「皆さん、新しいメンバーを連れてきましたよ」
オスマンのその声を聞き、そのテーブルにいた五人がレオ達の方を向いた。
「レオ・ナポリくんとマリア・ストロガノフさんです。お二人とも相当な腕前を持っていますよ」
「レオです。よろしく!」
「……」
マリアは無言でペコリとお辞儀をする。するとテーブルの真ん中に座っていた長身金髪の男がマリアを気取った格好で指を刺し、
「マリアさんといったね? 僕の名前はナルス・オーレン。今日は特新部隊の顔合わせの食事会だ。楽しんでいってくれ。よければ僕の隣にどうぞ?」
「……」
そんなナルスと名乗った男を見て、テーブルの面々は苦笑いを浮かべている。人見知りのマリアはその勢いに押され、ブルーから最も離れた一番手前の席へ座った。当然反対側の。
レオもその隣に座ると、オスマンが「今日は私が出しますので、遠慮せずに頼んでください」と声をかけてくる。早速メニューを見ると、レオの前に座った短髪の少年が声をかけてきた。
「レオとマリアっていったな。オレはイタリ・S・ゲーティ。よろしくな! このちっこいのがライフ・ライムで、そっちの髪長いのがフラン・グレープだ」
ライフ・ライムはイタリの隣に座っている、茶髪をショートボブにした小柄の少女だ。フラン・グレープはレオの隣にいる、長めの黒髪を垂らした色気のある女性。
「よ、よろしくお願いします」
「よろしくね、レオくん。マリアちゃんも」
「そんで……」
イタリはテーブルの端を見た。奥に座ったオスマンの近くで黙々と食事を摂る、明らかに真面目そうな男がいた。男はイタリの視線に気づくとレオの方を向く。
「……エイジャック・ターメリックだ。よろしく」
「ジャックはオレ達の中で一番強いんだぜ!」
「へ〜……イタリ達って付き合い長いの?」
戦闘力を把握していたり、ニックネームで呼んでいたり、親睦は深まっているようだ。レオとマリアのように、冒険者になってすぐにパーティを組んだのだろうか。
「まあ一週間ぐらい一緒にやってるな。最近は連携も取れるようになってきたし。レオとマリアは?」
「オレとマリアは一ヶ月ぐらいかな。冒険者になった日の内に出会ったし」
「マジか⁉︎ てことは同じ街で試験受けたのか……その二人が特新部隊に入れるほど強いとなると、やっぱり今年はレベル高いんだな!」
それからは談笑しながらの食事が続いた。イタリは一ヶ月間の冒険者生活を語り、周りがそれを見て苦笑している。恐らくレオと同じようなタイプなのだろう。女性陣は数少ない女性冒険者であるマリアとよく話し、そこにナルスが口を挟む。
レオは次々と肉料理を注文していった。その間にチラリとエイジャックという男の方を見る。先程は生真面目そうな風態だったが、よく見るとエイジャックが平らげたであろう皿がテーブルに積まれ、チラチラとマリアの方を見ている。なんだかんだ成長期の男子なのだろうか。
「……そういえばオスマンさん」
レオとマリアが合流してから五分ほどした時。イタリが声を発した。
「特新部隊って十人なんですよね? 残りの三人はどうしたんですか?」
するとオスマンは言い忘れてたと言わんばかりに眉を上げた。
「あぁ……一人はサボりで……残りの二人はもう既に亡くなりました」
「え……?」
オスマンのその言葉で愉快に食事をしていた者達は手を止める。フランは黒髪の下の目を細め、ナルスとライフ、イタリは驚愕の顔をオスマンへと向ける。
「既にって……まだ選別試験から一ヶ月ですよ……?」
「そんな簡単に死ぬんですか……?」
「まあ今年試験に受かった三七二人中、百人程度はもう死んでいると思いますね」
「……嘘……」
そして、この場には重い空気が流れた。周囲の喧騒も耳に入らず、食欲も失せる。それを日頃意識してきたフランとエイジャックでさえも手が止まる。
そんな中、レオとマリアが手を進める音が五人の耳に入ってくる。すぐにマリアはこの空気を読み取り、手を止めた。だが。
「……すんませーん、白狼のステーキ、えーっと……オスマンさん、これ高いんすけど……」
「いいですよ。今日は皆集まった特別な日ですから」
「じ、じゃあ遠慮しませんよ⁉︎ 大で! いや〜白狼の肉昔から好きなんですよね〜。姉貴が獲ってきてくれて」
レオは全く動じていなかった。この場の空気が読めていないのか、意識して明るく振る舞っているのか。恐らく前者だろう。
オスマンはそんなレオを見て含みのある笑みを浮かべ、イタリは顔を引き攣らせた。
「れ、レオはブレないな……怖くないのか?」
「ん? 死ぬの? ……まあ、あんまし。ガキの頃一回死にかけてるし……慣れた?」
「な、慣れたって……」
「死ぬときゃ死ぬし生きるときゃ生きるんだよ。それに、強けりゃ死なねえだろ?」
そう言ってレオは悪戯っぽい笑みを浮かべて見せた。
レオの言葉が心に刺さったのか、イタリは少し笑い、
「……そうだな……強けりゃ死なねえ! すんません! 白狼のステーキ大で!」
「……じゃあオレはこのサラダ大盛り」
「じゃあオレも同じの大盛りで」
「……」
「……」
「どっちが多く食えるか勝負だオラア‼︎」
「望むところだゴラア‼︎」
「……ハァ、まったく……あなた達吐かないでよ?」
この二人の掛け合いが、重い空気を打ち壊した。さっきまで怯えていたブルーやライフも顔に笑みを浮かべた。エイジャックはあいも変わらず仏頂面だったが。
特新部隊の顔合わせ食事会はレオとマリアが来るより前に始まっていたことや、レオとイタリの大食い対決が加速したことで早めに終わることとなった。
一向はギルド前の広場に移動した。
「うぇ……」
「苦しい……」
「だから言ったのに…」
レオとイタリは腹部を抑えて呻き声を上げている。ベンチに座り、しばらく休憩した頃、レオがふと横を見ると、イタリがライフの姿をジッと見つめていることに気づいた。
「……イタリ、お前ライフのこと好きなの?」
「へえ!?」
イタリは顔を赤くし、目を見開いてレオを見た。その後頭を掻き、
「……う、うん。まあ……」
「イタリならもっと明るい奴が合うと思うんだがな」
「い、いや〜オレもそう思うんだけどさ……なんか、守りたくなるっていうか……レオはそういうのないの?」
「オレ?」
レオはライフ達と話しているマリアを見た。周りは暗闇だが、その綺麗な銀髪や純白のローブはまだ存在感を滲ませている。
「……確かにマリアのことは好きだけど……マリアオレより強えからな……守りたいとか微塵も思ったことないな」
「え、レオよりマリアが強い……? お前ら何級なの?」
「え、オレ〜……?」
レオは目線を泳がせ、やがて俯いてボソッと呟いた。
「……E級……」
「……え……⁉︎」
その時のイタリの顔は本気の困惑だった。例年特新部隊に入れるのは年に3人程度しかいないC級の新人や、C級でなくても相当の潜在能力を見込まれた者達だ。それだけの人材ならE級判定などもらうはずがない。
レオが苦い顔をすると、オスマンがそれについて言及する。
「レオくんは魔法が使えないんですよ。なのでどれだけ強くても例外的にE級となってしまうんです」
「魔法が使えない……? そんな奴いるのかい?」
「う、うるせえなあ!」
イタリの声に反応して近寄ってきた面々、ナルスの無意識の煽り口調にレオはただ反発することしかできなかった。さっきまで寡黙だったエイジャックまでもが目を見開いているのだから、魔法が使えないというのは相当珍しいことらしい。
「使えないわけじゃない。使い方を知らないだけだ!」
「それを使えないって言うのよ」
「グッ……!」
レオは悔しさを滲ませた顔をした。しかししばらくすると、ふと真剣な顔になってオスマンに話しかけた。
「オスマンさん……オレ、ある程度強さには自信あったんですけど……マリアにタイマンで勝てるビジョンが見えないです。やっぱり男としては女より強くありたいって思うっていうか……」
「大丈夫ですよ。魔力操作のコツさえ掴めばすぐに追いつきますよ」
「そう……ですかね」
複雑な笑みを浮かべ呟いたレオにマリアは歩み寄ってきた。レオの目をしかと見据え、力強い眼差しを向ける。
「……あなたは強い……きっとすぐに私も追い抜かれる」
「はは、そうだといい……」
「だから私も強くなる。レオに負けないように」
レオはこの時のマリアの表情に驚愕していた。普段からポーカーフェイスなマリアが、こんな決意を浮かべた顔をするとは。それはどんな上辺だけの励ましよりも、レオの心を支えるものであった。
「……へっ! 上等だ。オレもすぐに追いつくぜ」
それを聞いたマリアはコクリと小さく、しかし確かに頷いた。
「……もう遅いから、そろそろ帰ろう」
「そうだな……アドレナリンが切れて眠くなってきた……」
レオとマリアはその後すぐに共同で泊まっている宿へと戻っていった。少ししてオスマンも帰っていった。
その後。
「……あの二人は凄いなあ……」
ライフは小さい肩と茶髪を震わせていた。それを見てイタリは怪訝な表情を浮かべる。
「ど、どうしたライフ。寒いのか?」
「……冒険者なんてすぐに死んじゃうのにあんなイチャイチャして……怖く無いのかな……皆はどうなの? 明日S級とか絶対に勝てない魔物と出会たらって……その死は受け入れられる? 怖くないの?」
「……そりゃ……怖いよ。けどそんなビクビクしてたって始めらねえ! オレは絶対強くなって、故郷を守るんだ!」
イタリのその言葉に、その場にいたフラン、ナルス、エイジャックも眼差しが鋭くなる。きっと皆、危険な冒険者になるだけの理由があるのだろう。
「だからライフも元気だせ! レオも言ってた、強けりゃ死なねえ! だからライフもオレ達も強くなろうぜ!」
「……うん……」
ライフはか細い声でそう返事すると、俯いたまま宿へと帰っていった。
それは予想外の出来事だったが、レオに感化されたイタリの言葉により、その場は決意に満ちた空気が流れていた。
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