第10話『オスマン・オスメ』
5月2日。レオとマリアが冒険者になってから約一ヶ月が経過していた。
人のいない、静まり返った街に朝日が差し込む。小鳥が民家の屋根に止まり囀っている。
レオは窓から差し込んできた光で目を覚ました。しかし体の疲れが取れていないのか、起きることができない。
掛け布団をかぶり直し、二度寝と洒落込もうとした、その時。寝室の扉を叩く音が聞こえてきた。
「……レオ、起きてる?」
「う〜ん……」
「ギルドから呼び出しがあったんだけど……」
「う〜ん……」
「……入るよ?」
扉が空き、そこから既に出発の準備を整えたマリアが入ってきた。マリアはレオの寝ているベッドに歩み寄る。
「……レオ、起きて……」
「う〜ん……あと2、3……時間……」
レオはそう呻き反対側に寝返りを打った。マリアは持っていた長い杖の先をレオの頭に軽く打ち付ける。
「痛い……」
「……」
マリアは何度も何度もレオの頭を打ち付ける。なかなかにいい音がリズムよく部屋に響き渡る。
「……ぬああああああ‼︎ 分かった、起きるって‼︎」
レオはそれから急いで準備をした。寝巻きから白いシャツにオレンジ色のジレへと変わり、背中に剣を背負う。
部屋から出ると、マリアは飲み終わった紅茶の入っていたティーカップを洗っているところだった。
「……んで、ギルドからの呼び出しって?」
「分からない……けど、私達の将来に関わることだって……」
「将来? なんかスケールのでけえ話だな」
現在時刻は大体七時。朝食を食べたくなる時間帯だがギルドの招集を無視するわけにもいかず、二人はお腹を空かせたままギルドへと向かった。
ギルドの酒場は朝食を食べる冒険者で溢れていた。まだ朝も早いというのに、日中と大差無いほどの喧騒だ。
そんな酒場を他所目に、レオとマリアはギルドの窓口へ向かった。すぐに若い男性スタッフが二人を見つけ、駆け寄ってくる。
「おはようございます、レオさん、マリアさん。朝早くに申し訳ございません」
「いえいえ。それで、今回はなんの任務を?」
「いえ、今回は任務ではありません」
「任務じゃない?」
「……我々はこの一ヶ月であなた方二人が強大な力をもっていることを十二分に知りました」
「だったらオレの階級上げてくださいよ」
「……そのことも、あの方が教えてくれると思います。我々はあなた方の力を認めたからそ、あなた方にはより高みを目指していただきたいのです」
「……つまり?」
「あなた方の指南役を請け負いたいという人物がいるんです」
「……指南役……」
指南役……つまりは師匠ができるというわけだ。代々冒険者をやっているというストロガノフ家のマリアは分からないが、レオの特訓は完全独学だ。確かにレオが実力を伸ばすために指南役をつけるというのは強くなる近道だろう。
「……で、どうしますか?」
「……強くなれば、より強い敵と戦える。強い敵と戦うのは最高に楽しい…… こんなおいしい話、拒否する奴なんていないでしょう!」
「……私も、もっと強くなりたい……レオの足は、引っ張りたくない」
レオもマリアも、その目は光に満ちていた。ギルドスタッフはふっと顔を綻ばせた。
「……この街の西に、小さいですが教会があります。そこの枢機卿は、元B級冒険者なんです」
「B級……?」
マリアは既にB級だし、レオも実力はB級に匹敵する。その二人の指南役にB級は心もとない気がするが。
「……B級だからといって侮ってはいけませんよ?」
そう言うとギルドスタッフは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その後、すぐにレオとマリアはその教会へと移動した。ファスの西側はひたすらに広大な草原が続いている。転々と村やちょっとした川や湖があるだけで、円形に並んだ旧都街の中心にある旧都までほとんど何も無い。
教会はファスから二百メートルほど離れた位置にポツンと存在する。裏には小さいが墓地があり、神への信仰を持つ者が時折訪れる。
教会に入ると、ステンドグラスを貫いた眩しい朝日が目に飛び込んできた。目を鳴らしてから視線を下ろす。その教会は外見通りあまり広い場所ではなく、長椅子がいくつか並んでおり、奥に豪勢な祭壇がある。
そして祭壇の前で手を後ろに組み、降り注ぐ光に包まれる男がいた。その男はしばらくすると振り返り、優しい笑みをレオとマリアに向けた。深緑色の聖職者の服を着て、小さな赤い帽子を被った細目の男だ。ある程度の歳はいっていると思うが、まだまだ若々しい。
その男は二人の立っている場所まで歩いてくると、軽くお辞儀をした。咄嗟に二人もぎこちない動きでお辞儀を返す。
「……おはようございます。……レオ・ナポリさん、マリア・ストロガノフさんでよろしいでしょうか?」
聞いていて心が落ち着くような、優しい声だった。
「は、はい」
「私はこの教会で枢機卿を務めています、オスマン・オスメと申します」
オスマンと名乗った男は終始笑顔を絶やさず、優しい口調で話している。指南役ということで、筋骨隆々の中年を想像していたレオは少し拍子抜けしていた。
「ギルドから聞いているとは思いますが、私はこれからあなた達二人の指南をさせていただきます」
「よ、よろしくお願いします!」
「ふふっ。そんな身構えなくてもいいですよ。では、さっそく移動しましょう。あなた方の修行にピッタリの場所があるんですよ」
オスマンは奥の祭壇の横にある扉に向かった。そこから出てみると、石レンガでできた塀に囲まれた、外からも見えた墓地だった。上部を丸く削った墓石が転々と立っている。
オスマンは墓地の真ん中まで歩くと、レオの方を振り向いた。
「……レオくん、一つ質問があります。先日受けていただいたスライムの森での任務……どうでしたか?」
レオはこの時、スライムの森の任務のことがオスマンの口から語られたことに少し驚いた。しかしオスマンが自らレオとマリアの指南役に立候補したことを考えると、前々から二人に目をつけており、あの任務を課したのはオスマンだったのだろうという結論に辿り着く。
「どうって言われても……まあ、あの核複数持ちはマリアがいないと厳しかったですね」
「……ではマリアさんはどうでしたか?」
「……私もあの個体の討伐は一人じゃ出来なかったと思います……」
オスマンはその細い目で二人の顔を注意深く見ていた。やがて満足した様子で頷くと、またレオの方を向く。
「……お二人とも、お互いを認め合っているのですね。……実はあの任務はレオくんの実力を判断するためのものだったんです」
「やっぱり……」
「おや、気づいてましたか」
「まあ、なんとなく」
オスマンは上出来だと言わんばかりにニッコリと笑った。
「やはり、レオくんの実力はB級に匹敵するようですね」
「やはり……って!」
「ええ。選別試験の時から私はレオくんの実力は分かっていましたよ」
「え、じゃあなんでE級に……?」
「……例外ですよ。冒険者、及び魔物の階級は強さのみを基準にして設定されます。ですが、二つ例外があるんです。そのうちの一つ。近接戦闘能力、魔法の技術、いずれかが完全に欠けていた場合、実力に関係なくE級になってしまうんです」
「……え……⁉︎」
完全に初耳の情報だ。オスマンも言ったが階級は当人の強さのみを基準にして決定されるという話だったのに。例外的な処置がとられた可能性があるとは考えていたが、保留や手違いではなく、ギルドのルールでE級に定められていたとは。
マリアの方を見ると首を横に振った。色々と博識なマリアでも知らないのだから一般の冒険者が知るはずもない。
「まあ知らなくても無理はないですね。選抜試験の時に配られる書類の端っこに書いてあるだけですし」
「え、な、なんで魔法が使えないとE級なんすか!」
別にそれ相応の強さを持っていればB級になってもいいのではないか。レオはそんなことを考えながら声を荒げた。
「……この世には、魔法……正確には魔力を使わないと干渉できない魔物もいるんですよ。ほら、そこにも」
オスマンがそう言った直後、レオの後頭部に軽く小突かれたような痛みが走った。
「いてっ! ……な、なんだこいつ……⁉︎」
振り向くと、そこには仄かに紫色に光る丸っこい物体が浮いていた。形は霊というか魂というか、おたまじゃくしのように球体にヒラヒラがついている。光る体の色は回復魔法等で魔力が物質化した時のそれだ。
「それは霊魂……F級モンスターです」
F級、つまりは戦闘能力がほとんどない魔物だ。霊魂は尚もレオの頭に体当たりをかましてくる。
「こんの!」
と、レオが拳を繰り出すが……なんとそれは霊魂の体を透過してしまった。
「はあ⁉︎」
「霊魂の体は魔力でできています。こういう墓地や人口密度の高い場所では、遺体、人々から漏出した魔力が集まり形を成すことがあるんですよ。ほら、この小さい墓地でもこんなに」
そう言うとオスマンは腕を広げて見せた。奥の方からワラワラと霊魂が少なく見積もって三十体ほどこちらに向かってくる。
「レオくんの課題は魔力操作。魔力を使用することで身体能力を上げ、霊魂を倒せるようにしてください」
「魔力を使用するって……?」
「イメージするとしたら魔力は石炭や薪。燃やすことで熱を得て体を動かすイメージです。さ、早くしないとやられてしまいますよ」
レオに向かって霊魂が押し寄せてくる。なんとか抵抗しようとするが、繰り出す拳や脚は全て霊魂をすり抜ける。よって一方的にポカスカ体当たりを食らってしまっている。体当たりと言っても大した威力も無く、子供にじゃれつかれている程度なのだが。
同時にマリアの元へも霊魂が集まってくる。マリアは杖を掲げ、火球を生成し射出。五体ほどの霊魂が消える。
「マリアさんの課題はそれです」
「え……?」
「マリアさん、私が観測した限り、炎属性と雷属性の魔法しか使ってませんよね?」
「……楽なので……」
「確かに火力で押し切るのも悪くはないですがそればかりではいけません。マリアさんは何も考えずに高火力魔法を放つ癖を直し、多種多様な魔法を操り応用できるようにしてください」
マリアがオスマンの話を聞いている間に、周りに霊魂は集まっている。マリアがまた火球を生成しようとするも、すかさずオスマンが静止する。
「マリアさんは炎属性、雷属性、及びイル以上の威力の魔法を禁止します」
「イルも……!」
「お、オスマンさん! いてっ!」
レオが霊魂から逃げ回りながらオスマンに問う。
「いる以上ってなんすか?」
「魔力の威力は前置詞によって定められています。ファイアなら、アル・ファイア、イル・ファイア、ウル、エル、オルと続いてフルが最大威力です。フル段階を自在に操れるのは、A級最上位以上の実力をもつ者だけです」
「へえ〜! あだっ!」
それからレオとマリアは霊魂にボコボコにされ続けた。
レオは持ち前の気配察知で周囲の霊魂の位置を知る。目の前に三体、頭上に二体、背後に三体。
「ハアッ‼︎」
霊魂のいる場所に正確に拳や脚を繰り出すが、その全てがすり抜ける。直後レオに霊魂達は突進してきてちょっと痛い。
「クソッ!」
(人間にいきなり尻尾が生えても動かせないのと一緒だ! 今まで知覚もしてきてない力をいきなり操れるか!)
一方、マリアはレオよりほんのちょっと先を行っていた。
霊魂の体当たりを避け、マリアはすぐさま振り向く。杖を霊魂達に向けて魔法を発動しようとする。
「ウォーター!」
マリアの体内の魔力が杖を伝って外に出され、三十センチほどの水の球を生成する。しかしそれはすぐに形が崩れ、地面に落下した。その際に霊魂が突っ込んでくる。
「クッ!」
(水が空中に止まるイメージができない!)
オスマンはそんな二人の様子を見ながら、持ってきたバスケットの中からサンドイッチを取り出した。
(魔法の肝はイメージ。杖は魔力を体外へ放出するイメージ、詠唱はどの魔法がどのように発動するかのイメージを膨らませるためのもの。マリアさんはそれを分かっているでしょうがレオくんは……)
サンドイッチを食べ、レオの方を見る。レオは先ほどからむやみやたらに拳を繰り出し、攻撃が失敗しては霊魂の体当たりを受けている。マリアもそうだが、とてもイメージを頭の中で考える余裕などないように見える。
(……すでに石炭や薪のイメージは教えてある……あとはそれに気づいて実践できるかどうかですね……)
オスマンが一つサンドイッチを平らげたタイミングで、霊魂が十体ほど背後からオスマンの元へ向かってきた。しかしオスマンまで二メートルほどのところまで近づいた途端、その全てが発火し、霊魂達は消滅した。
(……まあ、慣れれば詠唱も、杖どころか手を掲げる必要すらないんですけどね)
「……あ、そういえばお二人とも朝食がまだでしょう。一旦切り上げましょうか。私が作ったサンドイッチです。自信作ですよ」
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