第9話『スライムの森③』
レオは剣を抜き、スライムに向かって走っていった。スライムはその場で何もせず、表面をうねらせながらレオを待つ。
レオが剣を振りかぶり、スライムの上から三分の一あたりに斬撃を加える。しかし切断面は一瞬後に綺麗に接着し、ダメージは無い。
(末端じゃなきゃ切断もできねえのかよ‼︎)
スライムはその体を変形させ、人間の腕の形を作った。
(しまっ‼︎)
振り抜かれた巨大な拳がレオに直撃した。レオは走ってきていた方向に吹っ飛んでいき、マリアの横を通って地面に転がった。
「レオ……‼︎」
(追撃はさせない……‼︎)
マリアはスライムに接近すると、生成した紫色の球体をスライムの中に突っ込んだ。そして魔力を爆発させ、聖属性を打ち消すことのできる毒属性を直に流し込む。
しかし、放たれた毒属性は聖属性を相殺するどころか逆に押し返され、スライムの体内に埋め込まれた紫色の球体は消滅した。
直後にマリアに向かって巨大な拳が迫りくる。それを回避しようとマリアが足に力を込めた瞬間、両者の間にレオが飛び込んできた。スライムの拳はレオを打ち抜き、レオはマリアを巻き込んで吹っ飛んでいった。
「ガハッ‼︎」
「あぁ……ッ‼︎」
レオは空中でマリアを抱きかかえ、地面を転がった。
「大丈夫かマリア!」
「うぅ……」
マリアは既に全身を蝕む痛みに苛まれている。蓄積されたダメージによりもう派手に動き回ることはできない。もしレオが間に入っていなければ、その程度はさらに酷くなっていただろう。
「……マリアはなんでもいいから魔法を最大出力まで高めろ。二人で接近してもまとめて殴り飛ばされるだけ。時間をかけるだけオレらが不利だ。オレが付かず離れずの距離で耐久して誘導する。その後は任せたぞ」
「了解……合図したら急いで離れてね……」
「分かった。頼むぜ相棒!」
「あ、あいぼ……」
レオは小恥ずかしそうなマリアの肩に手を置くと、スライムに向かって全力で走っていった。直後にマリアは魔法の溜めにはいる。スライムはまたもやレオに向かって拳を振りかぶった。
両者の距離が三メートルまで縮んだ時、レオはスライムの上を飛び越えるように跳躍した。同時にレオはなんと右手に持った剣で左手首を五回ほど斬りつけ、大量の血をスライムに振りかけた。
レオはスライムの背後に着地。直後に左手をスライムに伸ばし液体の中に突っ込む。
(目は無くても意識はある! それを反対に向けさせれば!)
突っ込まれた左手首は不規則に動き回るスライムの核の一つを掴んだ。それを引き摺り出し、レオは後ろに跳躍する。
(しめた! これで核五つ!)
左手に核を持ったまま、レオはバックステップでスライムから距離を取る。そこからスライムの奥にいるマリアの姿が見えた。杖をスライムに向けたマリアの周りに、紫がかった白い光が渦巻いている。恐らくマリアが保有する魔力だけでなく、周りの植物からも魔力を吸収しているのだろう。
そんなことを考えた直後、レオの左手にある核が小刻みに震え出した。さらに次の瞬間、核からスライム上のあの液体が一気に出現し、レオの左手を包み込む。
「な⁉︎ ……クソッ手が開かねえ……‼︎」
スライムはレオの左手に凄まじい圧力をかけており、レオの膂力を持ってしても左手が開かない。この核を切り離し、回復薬の回収用に取っておこうとしたのだが、こいつまで攻撃してきてはあのデカいスライムと戦うのは厳しくなるだろう。
(……仕方ねえ……!)
レオはまたもや剣を自身の左手に向けた。狙いを定めると剣を突き出し、左手ごと手の内の核を貫き破壊する。するとスライムの液体が瞬時に力を失い、地面に落ちる。
「いってええええ……!」
左手から血を垂らしながらもレオはスライムに向き直った。目が無いので分からないが、スライムが一瞬レオに意識を向けたと感じた直後、スライムは全力でマリアの方へと走っていった。
「……え⁉︎」
それに気づいたマリアは魔法の溜めを中断。威力は落ちるが別の魔法へとシフトする。
「ウル・ファイア‼︎」
その言葉と共に出現した三メートルほどの火球はスライムに向かって射出された。それを確認すると、スライムは体内の核を全て下部へと移動させる。
尚も走り続け、じきに火球とスライムが衝突した。大規模な爆発と共に黒煙が辺りに満ちる。しかし、黒煙を押し退けて上部が消し飛んではいるが、走る速度は変わらないでスライムが突っ込んでくる。
「クッ‼︎」
マリアは咄嗟にそこから飛び退くこともできずに、その場で両手を交差して衝撃に備えた。直後、スライムが全身全霊でマリアに衝突してきた。全身に凄まじい衝撃が走った後、マリアの全身をスライムが包み込む。
(息が……‼︎)
スライムが体内に侵入しないよう、口を手で塞ぐ。どんなにもがこうと、内にかかる圧力によってどうすることもできない。
その光景を、レオはマリアの元へと走りながら目撃した。
「テメェ‼︎」
レオは右手の剣を上空に投擲した。回転しながら飛翔する剣の落下地点はマリアを取り込んだスライムのいる地点。レオは走る速度を上げ、スライムに突っ込んでいった。
頭を下げ、闘牛のような体勢でスライムに突撃する。レオは両手をマリアを抱えるように前に出し、速度を殺さずにスライムの中へと飛び込んだ。
その勢いで二人はスライムの中から脱出。直後、落下してきた剣をレオは右手でキャッチ。全力でスライムの体をやたらめったら切り刻む。
「はああああああッ‼︎」
スライムの接合速度を上回る勢いで斬撃を繰り出し、レオは再び剣を上に放り投げた。空いた右手をバラバラになったスライムへと向け……次の瞬間、レオの右手から火球が飛び出し、爆発し、スライムを粉々にして吹っ飛ばした。
「ッハア!」
(……オレ今……魔法を……)
「ケホッ、ケホッ、ハァ、ハァ、ハァ……」
「マ、マリア! 大丈夫か⁉︎」
「大丈夫……レオ、今……」
「ああ。多分そんな強くねえだろうけど魔法撃てた……それとオレの火事場の馬鹿力なら、アイツが体くっつける前にバラバラにできるらしい……マリア、もっかい超火力魔法頼む。もうあいつは近づかさせねえ!」
「了解……!」
落下してきた剣をキャッチし、血の出る左手を振ってレオはスライムに向かって走った。
(……さっきはただオレの斬撃が速かっただけじゃねえ。さっき一個核を取ったから弱体化してんだ! なら始めよか戦いようがあるはずだ!)
一気にスライムに接近し、剣を担ぐように構える。直後にスライムの拳が飛んでくる。レオは体を前に倒してそれを回避した。核を狙い剣を振るうが核が移動。スライムを剣が素通りし、レオはスライムの背後に移動した。
(やっぱ少し速度落ちてる!)
「……フーーー……」
レオは姿勢を低くして呼吸を整えた。剣を逆手に持ち替え、スライムの核の一つをジッと見つめる。スライムの意識がレオに向いたと肌で感じた瞬間、地面を蹴り……剣を振らずに突撃し、再びスライムの背後に回る。
「はあああああ‼︎」
直後、レオはやたらめったら剣を振り回し、スライムの体をぶった切っていく。
「レオ!」
レオがさらなる追撃を加えようとしたその時、背後からマリアの声がした。後ろなので分からないが、魔法の溜めが終わったのだろう。
(どうする……核が僅かでも露出している今なら一個は潰せるが……)
と、レオが思考を巡らせた瞬間。突如スライムが今までにないほどの速度で再生した。すぐさま巨大な拳を生成して繰り出し、レオは回避叶わずに直撃した。
「グアッ⁉︎」
「な⁉︎」
レオはマリアとスライムを結ぶ直線上に吹っ飛んできている。このまま魔法を放てば、確実にレオを巻き込むこととなる。死なないにしても大怪我は免れないし、再びスライムに襲われることになるだろう。
マリアが歯を食いしばって逡巡した、その時。
「撃て‼︎」
レオの声が響いた。怪我、敵、体力、残り魔力……レオへの信頼。
マリアは魔法を放った。
「エル・ファイア‼︎」
その瞬間、掲げられた杖の先に出現した巨大な火球。その直径は十メートルにも達し、凄まじい熱風と光を周囲に撒き散らす。それは出現した瞬間に射出され、一秒も経たずにレオのいる場所まで接近した。
背後に尋常でない熱を感じながら、レオは空中で身を捩った。そのまま飛んでくる火球を足の裏で受け止め、張り付いて吹っ飛んでいく。
「ッツ‼︎」
体全体に感じる熱に耐えながら、レオは剣を構え直した。あまりにも大量の魔力を使った攻撃に驚愕しているスライムの体……その核へと剣を振るう。
火球がスライムに直撃した直後、火球は爆発した。数十メートルも離れたマリアでも目を腕で守るほどの熱風、スライムの森全体に響いたであろう爆音。その爆発は、冒険者になって僅か二週間の少女が放ったものだとは俄かに信じ難かった。
そして爆発の一瞬前、レオは剣を振るい、二つの核を破壊していた。いくつかの残った核は火球の爆発により破壊。核を包んでいたスライムの肉体は、修復されることなく地面に撒き散らされた。
「ああッ……つい‼︎」
レオは爆発により数十メートル吹っ飛び、地面に転がった。爆発をモロに受け身体中が熱に包まれ、その後は地面に打ち付けられ激痛が走る。
「レオ!」
地面に倒れて動けないレオの元へとマリアが駆けてくる。レオの側へとたどり着くと座り込み、レオの体へ手を添える。すると例の紫色の光を発しながら、レオの体の傷が癒えていった。
一通り回復魔法を施すと、痛みは無くならないまでも大分楽にはなった。レオは仰向けになり、覗き込むマリアの顔を見つめた。
「……やったな、マリア……!」
「……ごめん、傷つけちゃって……」
「いいっていいって。二人ともボコられるよりマシだ」
「……結局、核全部壊しちゃったね……」
「へっへーん!」
「え?」
レオは握っていた左手を開いた。するとそこにはガラスのような球……スライムの核が乗っていた。
「そこは抜かりなしだぜ」
「……凄い……」
マリアはそれを見ると目を丸くした。
「……だけど、やっぱり無茶しすぎだよ。いくら戦うのが楽しいからって……私も近接戦えないわけじゃないから、もっと私を頼って」
そう言うと、マリアはレオを安心させるように笑みを浮かべた。その笑顔を、レオはまたしても見つめてしまう。
(……ああ……これが好きってやつか……)
この時、レオは生まれて初めて異性に恋愛感情を抱いた。それはマリアの容姿だけでなく、天真爛漫なレオを受け入れるマリアの心故であり、冒険者としての芯のある精神故であり、その強さ故だった。
「……さて……」
レオはゆっくりと起き上がると、爆発四散したスライムの残骸へと歩いていった。ある程度形の残ったスライムの中に核を入れる。するとそのスライムはすぐさまレオとマリアから距離をとった。
「ま、待て待て! 攻撃しないから! ……お前、回復薬作れるんだろ? オレ達それが欲しくてさ」
しかしスライムは怯えた様子で身動きしない。
するとレオは不敵な笑みを浮かべ、
「……作ってくれたら手荒な真似はしねえぞ?」
と脅しまがいのことを言った。スライムはビクッと体を震わせると、マリアが地面に置いた空き瓶に覆いかぶさった。しばらくしてスライムがそこから退くと、僅かに光る白濁した液体がその瓶に入っていた。
「よし……これに懲りたらもう人間襲うんじゃないぞ。さ、帰った帰った」
それを聞くとスライムは一目散に森へと走っていった。
「……フー……色々大変だったが、これで無事任務達成だな!」
レオはそう言うとマリアに向かって手を上げた。マリアは小恥ずかしそうにその手を叩くと、
「うん……!」
と笑顔で返した。
しばらくいい雰囲気に浸り、もう用のないスライムの森からはさっさとおさらばする。レオが言った通り色々大変だったので、二人とも早くギルドに報告して休みたいのだ。
「……はい、確かにスライムの回復薬ですね。任務達成です!」
「っしゃあ!」
これでギルドスタッフにより、正式に任務が達成された。その後に報酬の受け取りをするのだが、レオはその前にギルドスタッフに一つ問いを投げかけた。
「……あの、オレの階級って上がんないんすかね⁉︎」
「へ? い、いえ、私はそういったものを管理する担当ではないので……任務達成が昇級の条件なら、ギルド長が任務達成の手続きをするはずですし……もしも今回昇級できるなら、後日連絡があると思います」
「あ……そっすか……」
せっかくの任務達成の高揚感から一転。レオはしょんぼりしながら宿への道を歩いた。
「あーあ。前予想した通り、これがオレの実力を見るためのものだったらB級なれると思ったんだがなあ……」
「……大丈夫だよ」
マリアはレオの顔を見据えながら言った。
「……レオならすぐにB級になれる……び、B級の私が保証……する……」
「……はは! あんがとな、マリア」
慣れないセリフに顔を赤くするマリアを見て、レオも頬を僅かに赤くしながら笑いかけた。二人はそれから僅かに顔を赤くしたまま、宿へと戻っていった。
※※※※※
第6話〜第9話:スライムの森編
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