第8話『スライムの森②』
目の前の男が剣を抜くと同時に、レオも金属音を鳴らしながら背中の剣を抜き放った。マリアはというと、お先にどうぞと言わんばかりにレオの後ろの方へと下がっていった。
男はがむしゃらに剣を振りかぶり、レオに向かって振り下ろした。それを余裕の表情で弾き返し、レオは足元のスライム達を見る。懐から男が持っていた魔力の液を取り出し、マリアに投げる。
「マリアちょっとこれ持ってて」
「うん……」
投げられた魔力の液を追うようにして、七体のスライムがマリアへと向かっていく。凄まじい嫌悪感を抱いているマリアを横目に、レオは再び振るわれた男の剣を受け止めた。
その後も何度も攻撃されるが、攻撃に重みも速度も無い。その全てを余裕をもって防御もしくは回避を続けていく。
「クソッ、ガキのクセして!」
「駄目じゃないっすか回復薬の転売なんて。確かに禁止されてないですけどね、それは禁止するまでもないからですよ」
「黙れ‼︎」
男の放った渾身の一撃を、レオは剣を持っていない左手で挟んで受け止めた。右手の剣を男の首に突きつける。
「グッ……!」
「別に捕まえたりしないですけど、あの魔力の液は没収しますよ」
「……ああああッ‼︎」
男はレオに捕まれた剣を投げ出し、ヤケクソになりながら走り出した。その先にいるのはマリアと七体のスライム。走りながら拳を振りかぶりる。
その拳が振り抜かれ、マリアに迫る……しかし同時に、マリアは持っていた杖をなんの躊躇も無く男の顔面に叩きつけた。横一閃に振るわれた杖は男の頰に直撃し、男は倒れた。
「ブギャア!」
「容赦ねえな……」
レオは剣を鞘に収め、マリアの元に歩いてきた。マリアと横並びでスライム達を引き連れながら、森へと向かおうとする。
「……レオ、これいる?」
「まだ魔法使えないオレが魔力補充してもな……」
二人は気づいていなかったが、男は二人の背中を睨んでいた。そしてまだ近くにいたスライムに、怒りを込めて拳を振るう。そのスライムの内部にあった球体……核が破壊され、突然表面張力が失われたように地面に広がった。
仲間の死を感じ取った六体のスライムは踵を返し男の元へ戻っていっく。
「なんだ?」
直後、そのスライムのうち一体が、立ち上がった男の右腕に飛びついた。
「な、なんだお前……ッ‼︎」
さらに今度は足、腰、背中、首と、スライム達は次々と男の体にまとわりついていく。やがてそれらは融合し、一体のスライムとして男を包み込んでいく。
「や、やめろ‼︎ 放せぇ‼︎」
男がそう叫んだ直後、一つになったスライムの塊は突如として地面に広がった。しかし男が安心できる時間もなく、それらは男の右足に一気にまとわりつき、引っ張って男を転ばせた。
「ガッ‼︎」
今度はその体積を使って男を持ち上げ、さらに地面に叩きつける。また持ち上げ、また叩きつけ、また持ち上げる。何度も地面に叩きつけられた男はとうに意識を失い、頭から血を撒き散らしていた。
その光景をレオとマリアは全身に鳥肌を走らせながら目撃した。
あれはスライム種の一番と言っていい特徴だ。スライムは一個体につき一つ核を持っている。この核を他の個体から取り込み、一個体が複数の核を保有することで、元とは比べ物にならない強さを得る。
今目の前で男を攻撃しているあのスライムは現在核を六つ保有している。その強さは元のスライムとは比較にならない。まだ新人のレオやマリアで相手になるかどうか……
「マリア! 火球撃て!」
叫びながらレオはスライムに向かって走っていった。マリアは瞬時に杖をスライムに向け、
「アル・ファイア!」
その先に火球を出現させた。スライムの男を掴んでいる部分に向かって射出。走っているレオを追い越し、寸分狂わずに腕のような部分に着弾。スライムがちぎれそうになる。
レオは走りながら剣を抜き、脆くなったスライムを切断した。切り離された部分は地面に広がり、血を流して気絶した男を抱えて再びマリアの元へと走る。
(クソッ、肌で分かる! あのスライム、黄狼以上に強え! こいつの救助で精一杯だ!)
数秒でマリアの元へとたどり着いたレオは男をマリアに預け、自らは剣を構えてスライムの方を向いた。
「マリア、そいつ抱えて街まで逃げろ!」
「ダメ! あなたも分かるでしょ、あいつは私達一人じゃ勝てない!」
「でも……!」
「見て。あのスライム、私達に攻撃してこない……」
スライムはその体を蠢かせながらその場に止まっている。
「……多分、この人を攻撃したのは降り掛かった火の粉を払っただけ。こっちからなにもしなければ攻撃はされないと思う。だからレオも一緒に……」
「……了解。けど念のためその魔力の液は飲むか捨てるかしろ」
「うん……」
マリアは手に持っていた魔力の液の入った瓶の栓を抜いた。中の液体を一気に呷る。途端に体の内から力が湧き出るような感覚を覚える。
それからしばらく臨戦状態のままその場に留まったが、スライムが襲ってくる気配は無い。それどころか、やがてスライムは森の方へと帰っていった。
森を迂回すると街間を繋ぐ道が伸びていた。どうやらサードとセカンを繋ぐ道だったようで、森から出てきた場所はほぼ南の端だったらしい。
レオとマリアはサードの病院に男を運んだ。男は脳に衝撃を受けたことにより気絶していたが命に別状は無いそうだ。病院の人、及びギルドに事を説明し、街の中央広場、そのベンチに並んで腰掛ける。
「……なかなか面倒なことになったな……」
「うん……」
レオは剣を点検しながら言った。
「……オレらの任務はスライムの討伐じゃねえ。聖属性のスライムはあいつだけじゃないだろうから、回復薬の回収はできるだろうけど……あいつを野放しにはしておけねえよな……」
もしかしたらレオ達以外にもあの森へ行く任務を課されている者もいるかもしれない。ならばあのスライムを放置しておけば、そういった人達に被害が出るかもしれない。ギルドに報告してあるので呼びかけはあるだろうが、既に森に入っている可能性もある。
「……マリア、オレ達二人であいつ倒せるか」
「……分からない……けど、やるしかない」
マリアは確固たる意志を持った目をレオに向けた。レオはそれを見るとニヤリと笑い、
「よし! やってやるか!」
と拳を握った。そんなレオを見て、マリアは「フフッ」と笑みを零す。
「……レオ、やっぱり変わってる」
「え?」
「だって普通自分より強い敵と戦う時って、緊張するものだよ。あなたみたいな人はあんまりいないと思う」
レオはそれを聞くと小恥ずかしそうに頭を掻いた。
「……オレさ、昔魔物に殺されかけたんだ。けどそん時に強い奴と戦うのが楽しくなってな」
「……怖くないの?」
「あん時は怖かったよ……けど今はマリアもいるからな、全く怖くねえよ!」
今度はマリアがはにかみ、少し俯いた。しばらくして顔を上げると先程とは違う、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「うん……私もあなたを見ていると何も怖くない……気がする」
その時、レオはそんなマリアの顔に見惚れていた。元々超がつくほどの美少女だが、普段ポーカーフェイスな分笑った時の美しさは別格だ。今まで異性に対し恋愛感情など持ったことなどなかったレオは、この時のマリアの笑顔を見て顔をほんのり赤らめた。
レオがボーッとマリアの顔を見ていると、いつものポーカーフェイスに戻ったマリアが「……レオ?」と首を傾ける。
「い、いやなんでもない。……じゃあ、行こうぜ!」
二人はベンチから立ち上がり、スライムの森へと向かっていった。時刻は大体7時45分。あの核六個持ちスライムが誕生してからすでに十五分ほど経過している。他の冒険者があの場所に近づくことは滅多にないだろうが、スライムも一箇所に留まっている訳ではあるまい。本道に近づく可能性もあるのだから、一刻も早く討伐しなければ。
二人はまずスライムの森の本道へと向かった。周りの木々の陰へと注意を向けながら走る。しかしスライムも他の冒険者も発見できないままスライム広場へと辿り着いた。
スライム達は家々から出てきて日光浴をしている。マリアは既に覚悟が決まっているのかあの出来事を忘れているのかレオの陰に隠れていることはなかった。
「お前ら! 核6六個持ったデカイの来なかったか⁉︎」
しかしスライム達は何のことか分からないようだった。
「……クソ、こっち行くしかないか……」
レオは例の獣道を見た。
「あの場所に近づくなら接敵する可能性が高い。警戒しとけよ」
「……うん」
二人は獣道へと入っていった。狭い道の全方位に注意を払いながら突き進んでいく。もしここで接敵したら厳しい戦闘になるだろうが仕方ない。
レオとマリアは前方から差し込む光で、森の終わりが近い事を悟った。同時に周囲への警戒も強める。しかしレオの気配察知能力に何かが引っかかることは無く、例の丘のある草原へと飛び出る。
そこにあのスライムはいなかった。しかし、丘を下ってすぐの場所で、一人の女性と二人の男性が倒れていた。
「クソッ、遅かったか⁉︎」
レオとマリアは丘を駆け降り、三人に駆け寄った。すると足にヌルッとした感覚が走る。見れば三人の周りには、スライムの核を覆うあの液体が撒き散らされていた。
女性の顔を見てみると、唇が真っ青に変色し、口の周りにはスライムの液体がこびり付いている。おそらく顔に引っ付かれ、自分も仲間もどうすることもできずに窒息させられたのだろう。窒息死とは、なんと恐ろしい死に方だろう。
「マリアは周りの警戒を頼む! 多分まだ近くにいるぞ!」
スライムをB級たらしめる一番の要因はこれだ。液状の体で相手の顔に飛びかかり、呼吸穴を塞ぐ。一般人は当然のこと、たとえB級冒険者でも急に呼吸ができなくなればパニックに陥る。その状況から脱するには、常に動き回る核を潰してスライムを討伐するか、高火力の魔法で吹き飛ばすしかない。
残る男性の方の一人も既に呼吸も脈も止まっていた。後頭部が地面に激しく打ち付けられたのか頭蓋骨が砕け平べったくなっている。
「……この人はまだ息がある……」
もう一人の男性は脇腹から血を流していた。近くに血のついた剣が落ちているため、敵に剣を奪われたのだろうか。レオが男性の顔を覗き込むと、その男性は弱々しく瞼を持ち上げた。
「大丈夫ですか⁉︎ マリア、早く回復魔法を!」
「うん……!」
マリアが男性の傷に手を添えると、男性は微かな声で話し始めた。
「……に……げろ……奴は……」
「奴はって……敵の場所を知っているんですか?」
「……オ……かに……」
「……え……?」
「……オレの……中に……‼︎」
その瞬間、男性の目がカッと見開かれた。直後、男性の口の中から緑がかった白色の液体が不自然な挙動で飛び出してきた。それは男性の喉や腹部を貫通して飛び出し、巨大な拳の形へと変貌していく。
「何ィ⁉︎」
巨大なスライムでできた拳は掬い上げるようにパンチを繰り出し、反応ができなかったマリアの腹部に直撃した。
「がっ‼︎」
「マリア‼︎」
その場で蹲るマリアを抱きかかえ、レオは森の方へと一歩踏み出した。しかし直後、再び繰り出された拳がレオの背中を打ち抜き、レオは吹っ飛んでいった。
「グ……ッ‼︎」
二人は地面に転がり、数秒その場で動けなかった。
「マリア……立てるか……⁉︎」
(なんつう威力だ……‼︎ オレでもあと二、、三発……マリアならあと一発まともに喰らっただけでもうロクに動けねえ‼︎)
二人は全身に痛みを走らせながら立ち上がった。
「な、なんとか……」
「……作戦は?」
「……私の全力の魔法で核を同時に壊す。多分半分……三つまで減らせたら私とレオどっちか単独でも勝てるはず……」
「なるほど……オレがあいつの注意を引きつければいい訳だな」
「……無理はしないでね」
「分かってる。それじゃあ、いくぜ!」
レオは剣を抜き、スライムに向かって走っていった。
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