第7話『スライムの森①』
レオとマリアはスライムの森に続く土の道に足を踏み入れた。木から落ちた葉や枝を踏みながら奥へと進んでいく。森に入ってから辺りを見渡すとよく分かるのだが、この森は木々が異様に高く太い。
所々に「B級の魔物、スライムが出ます‼︎ 一般の方は深部に入らないように‼︎」という注意書きが残されている。スライムはB級最弱と言われる魔物だが、それは単に人懐っこいという性格故だ。もしスライムが人間に敵意を覚えたなら、C級以下の冒険者程度は瞬殺だろう。そんなことを意識し、レオとマリアは警戒を強めて進んでいった。
二人がスライムの森に踏み入ってからしばらくすると、それまで歩いていた獣道に落ちていた葉っぱや枝が少なくなってきていた。地面に転がる石や砂利も無くなり、きれいになっている。
「……これはスライム達がいるってことか?」
「うん……スライムは基本的にこういう葉っぱとかにある、少しの魔力を吸収して生きてるの。魔力に依存している植物はそれでボロボロになるから……」
「魔力? 葉っぱにか?」
「……たまに地面に魔力が宿っている場所があって、そこで生きてる植物は魔力を含んでるんだよ」
「なるほど……魔力を吸収するスライムにとってはおあつらえ向きって訳か」
(……そういえばオレんちの近くの森も妙に木がデカかったな……下手したらこの森よりデカいかも……)
そんな会話をしながら歩いていると、二人は少し木々が密集し、日陰が濃い場所を通った。そこを抜け、差し込んだ日光にレオが目を細めたその時、マリアが急に声を上げた。
「ひゃっ! ち、ちょっと……!」
「マリア⁉︎」
レオはすぐさま振り向いた。しかしマリアが怪我をしたりダメージを負ったりしている様子は無い。ただし凄く気持ち悪そうにはしているが。
「ど、どうしたんだ⁉︎」
「ふ、服の中に……!」
「……それはオレにはどうしようもできん」
レオはマリアのその
マリアのローブの足元から、液体……のようなものが這い出してくる。大きさは人間の頭より二回りほど大きいぐらい。黄色く透き通っていて、中心付近に指でつまめるほどの球がある。
「おお、こいつが」
この生物なのか怪しい物体こそ、この森の住人であるB級モンスター、スライムである。
「うぅ、気持ち悪かった……」
「だ、大丈夫か?」
「なんだか冷たくて変な感触で、それが足に巻きつくようにくっついてきて……」
マリアは手を体の前に持ってきて、その感触を思い出しているのか体を震わせている。どうやら相当気持ち悪かったらしい。当のスライムは、目など顔のパーツが無いにも関わらず、好奇心を持った眼差しをレオとマリアに向けているように見えた。
「本当に襲ったりしないんだな。あ!」
レオは何かを思い出し、懐から小瓶を取り出した。中には毒々しい紫色に光り輝く液体が入っている。
「それ、魔力の液?」
「うん。サードの武器屋見た時に買ったんだ。魔法の練習になんか役立つかなと思ってさ」
魔力の液とは、魔力を圧縮して水に溶かしたものだ。戦い等で消耗した魔力を補うことができる。魔力そのものではないので、他の人から貰うよりかは効率は落ちるが。おまけに少し高い。
それの栓を抜き、スライムの前に置く。スライムはしばらくそれを見つめるように動かなかったが、少しして小瓶を体に取り込み、中の液体を吸収した。すると、スライムは嬉しそうに周辺を動き回り、跳び回った。
「お、やっぱり」
マリアはまだ杖を握りしめ、レオの影に隠れてスライムを警戒している。スライムはしばらく動き回り、レオに向かって大ジャンプした。
「いや……っ!」
マリアはすぐさま避けたが、レオはスライムの意図を読んだのか、回避しようとしない。その体からは想像できないほどの跳躍力を見せたスライムは、レオの頭に着地した。レオの頭にちょこんと乗ったスライムは定位置に収まったかのように胸を張った……ように見えた。
「めちゃくちゃフィットしてるな」
「……その子連れて行くの?」
「え。そのつもりだけど」
マリアは自分のスライムに対する嫌悪感と、このスライムを連れていけば目的の個体に早く出会えるかも知れないという理性の間で揺れ、罰の悪そうな顔をした。
「そ、そんな顔すんなって。でも、このあと大量のスライムに会うことになると思うし……」
「わ、分かった。がんばる……」
レオは頭にスライムを乗せたまま、マリアはレオ、もといスライムから一、二メートルの距離をとりながら道なりに進んでいった。
スライムが現れた時点で予想していたが、比較的近くにスライムの家と思わしき場所にたどり着いた。円形に木がはけ、そこだけ日差しが差している場所だ。広場の周囲の巨大な木々には縦横一メートルほどの穴があり、中には葉っぱが敷かれている。
「ここはもしや……」
「……スライムのお家?」
するとそのくり抜かれた木々の空洞の中からたくさんのスライムが出てきた。ただし、レオの頭に乗っているような黄色だけでなく、赤、緑、水色、黒など様々な色のスライムがいる。
「うぁ……っ!」
「おいおい、マリアビビりすぎだろ。えーっと、確か聖属性のスライムを探すんだよな。……どれ?」
「せ、聖属性は緑がかった白のはず……」
スライムには魔法と同じく十四種類の属性がある。魔力を吸収して生きているスライムにとって魔法はかなり身近なもの。遺伝で生まれ持つ属性の魔法を扱えるように進化してきたのだ。スライムは属性により体の色が違い、例えば今もレオの頭に乗っている黄色のスライムの属性は雷である。
「緑がかった白……あれ、いなくね?」
「え?」
レオとマリアは再びスライムの群れを見渡すが、聖属性の証拠である緑がかった白色のスライムは一匹も見つからない。緑色の自然、黄緑色の風と見間違えているのかともう一度見渡すがやはりいない。
「まあ、回復薬さえ手に入れば良いわけだけど……おーい」
レオが呼びかけると、数匹のスライムが二人の元にやってきた。
「うぅ……っ!」
(マリアホントにトラウマになってるな……)
「……お前らの仲間に、ちょっと緑っぽい白色のスライムがいるだろ? そいつの出す薬が欲しいんだ」
スライムは互いに見合わせるような仕草をした後、首を振った……ように見えた。
「いない?」
「そんなはずは……」
「……ここらを探してみるしかないな」
「あ、いや、その……」
「ああ分かってるよ。マリアは後ろから見てるだけでいい」
「ごめん……ありがとう」
「いいっていいって」
レオは取り敢えずスライムの
「うーん、何も無いや」
レオは今度はこの物件の二階部分によじ登った。中を覗いて見てみるがやはり何も無い。しかし巣の奥に入ると、落ち葉のカーペットには異様な水気が含まれていた。
「うわっ! 気持ち悪りぃ……これって……」
落ち葉を退けてみると、それは下の方に溜まっていた。ネバネバしているわけではないが、水よりも粘度があり固体と液体の中間のようなものだ。すなわち、スライム。さらによく見てみると、割れたガラス球のような物が転がっていた。
それを手に取り外に降りようとしたその時。レオは出入り口の上部に不自然な傷がついていることに気がついた。
「……この傷、剣かなんかでついたものだな……」
その傷は明らかに刃物でつけられた細い傷だった。あの体で道具も使わないスライムだけでは作り得ない傷。しかもその傷はいくつもあり、外には無かったため、内側から何者かがつけたということになる。
「……まさかここにいたスライムと戦ったのか……?」
レオは出入り口から顔を出し、辺りを見渡した。すると先程まで角度で見えなかった場所……レオ達が来た道のすぐ横の藪の枝が折れていることに気がついた。
「……レオ?」
地面に降りたレオは落ちていたガラス球をマリアに見せた。
「……間違いない……スライムの核だよ」
「崩壊したスライムの体と剣でついただろう傷もあった。討伐されてんのは確定だろう」
その後レオは他の家々も調べた。すると、あの場所と同じようにスライムの死体と傷があった場所は三ヶ所あった。
仮にターゲットが今ここにいない聖属性のスライムだったとしても、森の中に計四体しかいないことはありえない。恐らく残りの聖のスライムは、生きたまま連れ去られたのだろう。
レオは先ほど見つけた枝が折れていた場所に行き、折れた枝を検分した。するとやはり刃物によって切られたであろう綺麗な断面。しかも邪魔な枝や草のみが切断され、道ができている。
レオは上の木々がはけてできた穴を見上げた。まだ昇り切っていない太陽は斜めに光を注ぎ、スライム達の広場を照らしている。
「今が大体七時……今日にスライムが誘拐されたとしたら、まだ犯人近くにいるよな」
「でも何体もいる聖属性を全て抱えてって……」
「ま、そのへんは犯人さんに聞くしかないな。多分討伐が目的じゃ無いから、オレらの任務もまだ失敗じゃなさそうだし」
レオとマリアは、刃物で切り開かれた道に入って行った。やはり何者かが通ってからあまり時間は経っていないようで、草花が倒れたままになっている。
鬱蒼とした森の中、そのさらに内側へと進んでいく。二人は嫌な雰囲気に抗いながら、草をかき分けて進んでいった。
草やら枝やらをかき分けてレオとマリアはドンドンと進んでいく。何者かが通ったであろう獣道は、特に目的地などは無いようだった。まるであのスライムハウスからなるべく離れることばかりを考えてひたすら走っていたような。
レオとマリアがあのスライムハウスにたどり着いたのが徒歩で大体十分程度。獣道の捜索を始めてもう十五分ほどが経つので、そろそろスライムの森から出てしまいそうだが……
二人がそんな思考を巡らせた時、この森の空気が変わった。ジメジメした植物の匂いから、少しずつそよ風吹く草原の匂いへと、ゆっくりと、しかし確実に変化していく。
(もう森が終わる……逃したか?)
獣道の幅が広くなっていっている。木々の隙間も大きくなり、とうとう森の端が見えてきた。さんさんと降り注ぐ日光に向かって二人は飛び出した。途端に目に入るのは、そよ風で草が波打つ何にもない平原。葉が擦れる心地よい音が流れ、相変わらず穏やかな空間だ。
そしてそこに紛れる異物。森の出口から下がる丘の下、日の光を反射する七つの白っぽい物体が草原にあり、その中心に一人の男が立っていた。
「……おーい! そこの人ー!」
レオがそう呼びかけると、男は吃驚した様子で振り返った。無精髭をだらしなく生やした清潔感のない中年だった。背中に剣はあるが、その体型などからお世辞にも強そうではない。
「何してるんすかー?」
そう言いながらレオとマリアは丘を下っていく。男はスライム達を隠すように立ち塞がったがどう見ても隠せてない。
二人が男の前に来ると、男は脂汗を滲ませていた。
「聖属性のスライムだけ集めて何するんすか」
「お、お前らには関係ないだろ‼︎」
男は半ばパニックになって声を荒げた。
「いや、全部持ってっちゃったらあの森の聖属性のスライム全滅じゃないですか。オレらの任務は回復液の回収なんで、一体は残してもらわないと」
その言葉を聞くと、男達は眼前の二人は自分に敵意を持っていないことに気付いたのか、少し安堵の表情を浮かべた。すると途端にぎこちない笑みを浮かべる。
「そ、そうだな! 一体は残しとかないとな! 悪かったな。好きな奴一体持ってってくれ」
「あ、そうっすか。じゃあお前、こっち来てくれ」
レオが一番近いスライムに向かって手を招く。しかしそのスライムの意識は男に釘付けになっているようで全く動かない。
「あり?」
「……魔力……」
マリアが本当に小さな声で呟く
「ああ、なるほど。あなたなんか魔力強いもの持ってません?」
「え? ……あ、これか?」
そう言って男が懐から取り出したのは、怪しく光る液体の入った瓶……魔力の液だった。しかもレオが持っていたものよりそこそこデカい。一見お金は無さそうだがそんなことはないのだろうか。
男はそれを名残惜しそうに眺めたが、「まあいいか……」と呟きレオに手渡した。
「あざーっす」
瓶を受け取りレオが森へ戻ろうとすると、途端に七体のスライム全てがレオについてくる。男はそれを見ると慌てたように追いかけた。
「あ、おいお前ら!」
と同時に、レオは足を止める。
「……もう一度聞きますけど、こんな数のスライムで何するんすか」
「は……い、言っただろ。お前らには関係……」
「関係ありますよ。スライムは唯一と言っていいぐらいの人に有効的な魔物です。しかも話を聞く限り聖属性は特に回復液で重宝されてるらしいじゃないっすか。……まさか、回復液売って儲けようって魂胆じゃないですよねえ〜」
レオは不敵な笑みを浮かべて振り返った。男は黙って俯いている。しかしすぐに顔を上げ、
「……ガキが大人の事情に首を突っ込むんじゃねえ」
その言葉と共に背中の剣を引き抜いた。
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