第6話『初任務』

 4月19日。朝の日の光はとても心が落ち着く。その日の朝、レオとマリアは共同で借りている宿の居間で休憩をしていた。冒険者になって約二週間。二人は自分達に合っている依頼があればそれをこなし、無ければ街周辺の魔物を狩る、という生活をしていた。


 昼少し前、二人宛に手紙が届いた。ギルドからだった。


「レオ、これ……」

「ん? 『レオ様、マリア様のパーティへ。このたびギルドに届いた依頼が、そちらのパーティに適していると判断。詳しい説明はギルドにて行いますのでお越しください』……オレ達への依頼か!」

「そういえば、聞いたことがある……」

「ん?」

「ギルドに高い評価をされた新人冒険者は、ギルドに腕前を確認する任務が出されるって……」 

「なるほど。マリアはB級だからな。試されてるってことか。あーあ、オレも早く階級上がんないかなあ〜」


 今はまだ朝方。ギルドに行って依頼を請け、仕事をこなす時間ぐらいは裕にあるだろう。


「別に断る理由も無いし、請けるってことでいいか?」

「うん、大丈夫……」


 レオは買ったばかりの剣、マリアは愛用の杖を手にギルドへと向かった。ギルドに着いた二人は、ギルドの仕事の受付から説明を受けた。


「今回お二人に依頼するのはスライムの森に存在する薬の採取です」

「スライムの森?」


 ギルドスタッフはカウンターの奥から一枚の地図を取り出した。大体円形に並んだ街の一番東、ここファスの位置に指を置き、そこから北に指を滑らせながら話を続ける。


「この街より北北西にあるセカン、さらにもう一つ先に行った場所にサードという街があります。サードから北東に行くと、B級モンスターであるスライムが住処としている森があります。これがスライムの森です。スライムには多くの種類があり、中でも聖属性のスライムは、強い回復作用のある薬を生み出すのです」

「なるほど。その薬を採集してこいと」

「はい。スライムは人懐っこい魔物ですし、人語も理解出来ますので戦闘の必要も無く、こちらがその薬が欲しいということを意思表示すれば簡単に渡してくれるはずです」

「了解しました。引き受けます」


 レオとマリアは任務を引き受ける旨の書類に名前を書き、ギルドを後にした。セカン行きの馬車は昼過ぎに出発するというのでそれまでは暇になる。任務前に怪我をするのは避けたいので、二人は宿に戻り居間でくつろぐことにした。


 ギルドが存在する街は旧都街きゅうとまちと呼ばれ、全部で六十個存在する。円形に並んでいるそれらは最も東に位置する街から反時計回りに順番を示す単語を元に名前がつけられ、その中心に旧王都があるという構図だ。王都街同士は約三十キロ離れているため歩きで行くのは骨が折れる。そのため、街の行き来は馬車を使うのが一般的だ。


 馬車を待つまでの休憩時、居間のソファで懐中時計をぼんやりと眺めていたレオは、先程流したギルド職員の言葉を思い出した。


「……なあマリア」

「……何?」

「あの人聖属性のスライムっつってたよな」

「うん……」

「属性ってなんだ?」


 するとマリアは、いつか見た呆れ顔をレオに向けた。表情は変わっていないのに、視線が僅かに冷えるのを感じる。


「……属性も知らないって……そういえばレオが魔法使ってるところ見たことない……」

「え、うん……魔法の使い方知らないし……」

「……え? いくらなんでも……」

「いや、オレが通ってたの普通の学校だからさ、当然戦い方なんて皆知らないし、冒険者以外使わない魔法なんて誰も知らないって。あるのは知ってたけど。まあ、今はいいだろ。それで、属性って?」


 今度のマリアの表情は呆れよりも驚愕に近いものだった。冒険者になるのなら、遠距離から安全に攻撃できる魔法はほぼ必須だ。それを肉弾戦一筋で戦い抜いてきたのなら、レオの頭抜けた身体能力にも納得できる。


「……属性っていうのは魔法の種類分けのことだよ。十四種類あって、それぞれ攻撃だったり補助だったり、大まかな効果が違うんだよ」


 十四種の内訳は炎、雷、水、自然、風、音、岩、金属、闇、光、聖、毒、星、月だ。簡単に言えば前半八つが攻撃、後半六つが補助系統。これといった向き不向きは無いが、好みや役割の問題で全ての属性の魔法を習得する者、及び必要性はほとんどない。それこそ全て習得しているのは本当に上位の冒険者のみだ。


「へえ〜!」


 以上の説明を受けたレオは目を輝かせていた。魔法が使えれば戦いの幅は広がり、より強い魔物とも戦えるはずだ。レオにとって強くなる一番の近道は、魔法を習得することなのかもしれない。


「魔法使えたら楽しいんだろうなあ〜。マリア、今度教えてよ」

「別にいいけど……任務の間はダメだよ」


 などと他愛のない会話をしばらく続けていると、馬車が出発する時間が迫ってきていた。外に出てみると天気は晴れ。およそ二日の旅の幸先は好調のようだ。


 ファスの北門へ向かうと、幌馬車が四台ほど道の端に停められていた。そこに待機している人々の様子は様々で、大きな荷物を背負った旅行者や恐らくレオ達と同じ冒険者であろう屈強な男達が馬車の横で待機している。


 レオとマリアも同じようにしばらく待機していると、四人の御者と思われる人物がやってきて馬車に乗る人々の名前を記載し始めた。その後は前方に停められた馬車から順番に人々が乗り込んでいき、二人が乗ったのは三番目の馬車。ここには他にもあの屈強な男達が乗り込んだ。


 全員が乗り込んだことを確認すると、馬車はガタゴトと車輪を鳴らしながら進み始めた。直に地面は石畳から土へと変わる。人々が歩くことで作られた草の生えてない獣道が、何も無い草原にずっと続いていた。


「……スライムはB級最弱と言われる魔物で、世界的にも個体数が少ない……」


 マリアは心地よい振動に身を委ねながら、レオにスライムの生態を説明していた。


「だからスライムは群れを作って森とか、外敵が少ない場所で暮らしてるの」

「……なあ、スライムってあのブヨブヨの変なのだろ? それがなんで動いてんだ?」

「核があるんだよ」

「核?」

「スライムの体の中には、ガラスの球みたいなのがあって、それが本体……周りの液体みたいなのは、その核が移動するために生成されるもの……核は小さいから剣で壊すより、魔法で爆発させたりするのが得策……」


 その時、感心しながら聞いていたレオは「ん?」と声を漏らし、同時にマリアは「でも……」と続けた。そして二人同時に声を発した。


「なんかおかしくね?」

「だからおかしいところが……あ……」


 二人は顔を見合わせ、お互いに喋っていいですよという視線を送る。しかしこういう時に話すのが苦手なマリアより、レオが話した方が良いと判断し、レオが喋り出す。


「……B級最弱、しかも魔法を使うのが得策の魔物で魔法職のマリアの実力を見ようとしてんのか? んなチグハグな……既にB級になってんだから当然あの試験でも……」


 と、ここでレオは冒険者選別試験のことを思い出した。レオはB級モンスターである炎転猿を倒したがその前に……


「……マリア、選別試験の時どんな魔物倒した?

「え? ……まず東門から会場に入って、森の中を進んで、炎転猿を倒して……」

「あー、やっぱりか!」

「ど、どうしたの?」

「お前、そいつでっけえ爆発で一撃でやっただろ」

「そうだけど……なんで……」

「そりゃあんなでけえ爆発見えないわけねえよ。あれはエグかったなあ〜……」


 レオが試験会場にある池に向かっていた時に起こった物凄い威力の爆発。魔法を発動した人は凄い実力なのだろうとは思っていたが、それはマリアだったのだ。マリアの魔法がどれだけの威力をもっているのかは、この二週間で思い知らされている。具体的にはレオなど余裕でノックダウンできるぐらいだ。


「……なら余計に変だよな。炎転猿一瞬で倒せんだから、余計にスライムを相手にする理由が見つからない……」


 マリアはしばらくじっと考え込んだ。確かにマリア相手にスライムは雑魚と言っていいだろう。腕前を確認する任務にしては温い難易度だ。


「……もしかしたら……」


 レオが頭を掻いていると、マリアが口を開いた。


「……もしかしたら、これはレオの実力を見るための任務なのかも……」

「え……オレの?」

「うん……前に、レオがE級なのは例外的な処置がとられたからかもしれないって言ってたでしょ? だったらギルドはあなたの実力を確定させて、階級を改めて設定したいんじゃないかな……」

「なるほど……それなら相手がスライムなのも辻褄が合うな」


 すると二人が座っている場所の反対側に座っていた例の屈強な男が、二人の会話を聞きつけたのか近寄ってきた。髭や雰囲気から三十を過ぎた、ある程度ベテランの冒険者のようだ。


「なんだお前ら、スライムの森に行くのか?」

「はい。そういう任務が出されたんで」

「任務だと? お前ら歳は?」

「二人とも十五っす」

「……まさか、ちゃんと他の冒険者と一緒だよな」

「いや、二人だけで行く予定っすね」

「はっ! 馬鹿言っちゃいけねえ。スライムはB級モンスターだ。お前らみてえなまだ若い奴が手に負える相手じゃねえ。というか、もう冒険者やって十一年の俺でもC級冒険者なんだからな。ホントにスライムの森に行くつもりなら、他のB級以上の冒険者に声かけて来てもらうんだな。ただでさえ死にやすい冒険者だ。若い奴が死に急ぐんじゃない」


 そう言い残すと、男はその外見も相まりとても頼り甲斐のある笑みを浮かべると、元いた場所へと戻り仲間とカードゲームを始めた。


 見た目とは裏腹に結構優しい人だったな、とぼんやりと考え、レオはマリアの方を振り返った。いつかのようにマリアは心なしかレオの後ろに隠れており、杖を握りしめている。


「……お前人前で全然喋んないのな」

「え……だ、だってあの人……ちょっと怖い……」

「まあ気持ちは分からんでも無いが……」


 マリアは怖がると杖を握りしめる癖があるのだろうか。


 レオはそんなマリアを見て、あの男の言葉がふと頭によぎった。


『というか、もう冒険者やって11年の俺でもC級冒険者なんだからな』


(……もしかして、マリアってオレが感じてる以上に凄え奴なのか……?)


 思い返してみれば、マリアが怖がっていたのはいずれもチンピラだったりイカつい人と対面した時だ。魔物と相対して怖がっているところは見たことがない。


 それだけ戦闘力に自信があるのか。実際マリアの魔法の威力はとんでもない。たとえB級モンスターでも一撃で消し炭にできるし、対人戦でもそれは変わらない。あれだけの実力があるなら、並の魔物を怖がらないのは当然と言えるだろう。


(……もしくはオレみたいに昔から魔物と戦ってたかだな。ストロガノフ家は代々冒険者やってるっつってたし、やっぱりマリアもガキんころから戦ってたのかな……)


 それからの馬車の旅はこれといった出来事もトラブルも無く順調に進んだ。馬車の平均速度は時速六〜七キロ、急かし気味にしても十数キロ。その上馬は一日五十キロ程度しか移動できないと言われているため、もしものことを考慮すれば冒険者が一日に移動できるのは町一つ分だ。 一日目はファスの隣街、セカンに到着し、有名なミュージカルを聞いた後に宿で一泊。


 街間の移動は、たとえ馬車でも巡航、休憩ありだと六時間以上かかる。セカンからの移動開始も昼頃だったので、目的地のサードに到着したのは夕方だった。


 さすがに夜に探索に行くわけにもいかず、一晩明かしてからスライムの森へと向かう。


 そこは蒼い葉に覆われた暗い森だった。一本一本の木が異様なまでに高く、立ち入る者を拒むように聳え立つ。木々の間を唸りながら草の生えていない道が伸び、奥に続いている。


「……オレの実家の方にも森はあるが、また違った雰囲気があるな」

「……行こう」

「おう」


 二人は森に続く土の道に足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る