第5話『苦しき冒険生活の始まり』

「いやー、マリア強いな。オレも自信あったんだけどなあ」


 マリアとホムラの決闘が終了した後、2人は街の通りを歩いていた。レオはあの戦いの余韻がまだ残っているようで、あのあらゆるものを薙ぎ倒していくような威力の魔法を思い出しては「すげえー」だの「かっけえよなあ」などと声に出している。


 レオ達がいるのはファスという街。そこそこ発展しており、広い畑が特徴。ジャガイモが有名。北北西と南南西に隣接した町への道があり、西に広大な平原、東に湖、北に山地、南に少し遠いが海がある。というように周りの地形のバラエティに富んだ町である。


「あー、観戦してたらオレも戦いたくなったな! 掲示板見てこうぜ!」

「分かった……」


 掲示板。冒険者への仕事、依頼を掲示することができる場所。そこに掲示された仕事はギルドに申請すれば自由に受けられる。仕事が掲示される時には具体的な討伐目標、推定階級、報酬等を書くことが義務付けられている。


 2人が掲示板を眺めていると、以下の依頼を見つけた。


 B級任務 紅脚馬5体の討伐

 最近村の羊が襲われています。羊を襲っていると思われる5体の紅脚馬の討伐をお願いします。希望であれば討伐した紅脚馬の肉等は差し上げます。


「な、なんて読むんだこれ?」

「こうきゃくば。血で脚が紅く染まるんだって……」

「ふーん……お前って物知りだな」

「ストロガノフ家って、一応貴族だから……」

「……え⁉︎」


 レオは見上げていた掲示板から視線を降ろした。サラッと告げられた新情報に目を見開き、マリアの方を見る。当の本人は相変わらずのポーカーフェイスを崩さず、さも当然のように言ってのけていた。


「……代々冒険者をやってる家で、私のお父さんやおじいちゃんもみんな元冒険者なの」

「き、貴族⁉︎ マジで⁉︎」

「うん。私も小さい頃から、色んな勉強をしてきたの。冒険者についての……」

「ほえ〜……。代々冒険者かあ。いいな!」

「だけど、他の家からは貴族の特権をドブに捨ててるって言われて嫌われてて、嫌がらせされたり、陰口言われたり……」

「……お前も大変なんだなあ」

「まあ、家の皆強いからあまり過激にはならないけど……」

「み、皆強い……」


 2人はその後依頼をギルドに申請し、指定された村へと向かった。その村はファスの東に位置する村だった。畑や家畜小屋はそこそこ大きいが、おそらく例の紅脚馬によって開けられた穴を木の板で塞いである。


「……では、紅脚馬の根城へ案内します」


 村長に話を聞いた2人は村から少し離れた草原へと案内された。


 そこには獲物である兎型の動物を追いかけ回す紅脚馬がいた。体毛は薄い茶色だが、名の通り脚がドス黒い紅に染まっている。紅脚馬の群れはすぐに兎に追いつき、頭から喰らった。


「あいつらか」

「はい。C級モンスターが5体……危険度はB級に相当するかと……受けていただいておいて失礼かと思いますが、2人ともまだ若いのですから無理はなさらずに他のベテラン冒険者を……」

「大丈夫ですよ。オレ達B級なんで」


 呆れたような目線を向けるマリアを横目に、レオは剣を抜いて紅脚馬の群れに走っていった。マリアは杖を群れの端へ向け、大量の火球を放つ。それらは群れの奥に着弾し爆発した。その爆発で紅脚馬は咄嗟にレオの元へと向かっていく。レオはそこを狙い、斬撃を1体の紅脚馬の頭へと叩き込んだ。レオの膂力も相まり、血を勢いよく噴出しながらそいつは倒れた。


 その勢いで剣を横へ振るい、首を深く斬ることでもう一体も討伐。レオが突進して来た紅脚馬の頭に回し蹴りを繰り出し怯ませると、そこにマリアが放った1メートル強の火球が飛んでくる。それが頭に直撃した紅脚馬は地面に倒れた。


「チッ、5って意外と多いな!」


 レオがそう零すと、後ろへ走っていったはずの紅脚馬の一体が、突如としてレオへ突進してきた。頭がレオの背中に激突し、レオは吹っ飛んでいき地面に転がった。


「おうっ!」


 すぐさま体勢を立て直し、宙に放り出した剣を逆手で握った。体勢を低くし、狙いを定める。


 紅脚馬がこちらに突進してくるのを確認し、5メートルほどまで接近した時、レオは地面を蹴った。刃に力を真っ直ぐに乗せ、紅脚馬の首に向かって振るう。一瞬の交錯により紅脚馬の首は切断され、地面に転がる。残された体の方も、血の噴水を噴き上げながら同時に地面に横たわった。


 それと同時に、最後の一体も戦闘を繰り広げていた。


 最後の紅脚馬は背後で仲間が次々と殺されているなどとは知らず、爆発による興奮状態に促されるまま走っていた。その先にはマリアと村長が。村長がそれを見て逃げ出そうとすると同時に、マリアは杖を紅脚馬に向けた。


「……イル・サンダー」

 

 杖の先から青白く輝く雷が放たれた。それは一瞬のうちに空間をジグザグに駆け抜け、紅脚馬の頭部に直撃。走っている最中に一度ビクンと大きく痙攣すると、紅脚馬の体から力が抜け、地面に倒れた。


「お、おお……!」


 轟音に振り返った村長は、一瞬前まで自分を追っていた紅脚馬が倒れているのを目撃した。見れば奥の4体も倒れ、血溜まりが広がっている。


「な、なんと! こうもあっという間に討伐されるとは……!」

「……」


 マリアはそんな村長の言葉など耳をかさずに、親指を天に伸ばしながら歩いてくるレオを見つめていた。


(……少し荒削りなところはあるけど、やっぱりレオの実力はB級……なのになんでE級に……)


 その後、レオ、マリア、村長の3人は村へと戻った。2人は村の人々に感謝され、報酬を増やそうとする村長とレオの遠慮の押し問答が繰り広げられた。


「オレ達も楽しかったからそんな金いいですって!」

「いやいやそうおっしゃらず。受け取って貰った方が我々の気も晴れるというもの」


 という村長の言葉に押し負け、結局その場で上乗せ分の報酬を受け取り、レオとマリアはファスへと戻っていった。


 ファスへ戻る道すがらの草原。そろそろ昼時ということもあり、草原に吹くそよ風は少し暖かく心地良い。波打つ草は日の光を反射して鮮やかなに光り、2人を穏やかな気分へと誘っていく。


 レオはしばらく深呼吸で戦いの余韻を落ち着かせた後、ふと思いついたかのように草原の奥、西の方を指差した。


「ファスの奥の草原真っ直ぐ行くとオレの実家があるんだよ」

「西には草原だけで特に何も無いはずだけど……」

「結構遠いよ」

「……そう」

(レオが言うんだから多分普通の遠いじゃないんだろうな……)


 2人はそこからさらに歩き続ける。戦闘よりも歩いている時間のほうが長いぐらいだが、

レオにとって意外だったのはマリアが息も切らさずにレオについてこれていることだった。てっきり魔法職なので体力面は少し弱いのかと思っていたが、そうとも限らないらしい。


「たくさんの魔物相手に無双するのもいいけど、やっぱある程度強い奴と戦いたいな〜」


 歩きながらながらレオはそう零した。


 冒険者と同じように魔物も階級が設定されており、基本同階級の冒険者が討伐に当たる。階級の種類はほとんど冒険者と同じだが、魔物にはF級というものが存在しており、これは家畜やペットなど、戦闘能力の無い魔物のことを言う。


 レオがファス付近で狩りをしていた時、主に討伐していた赤狼セキロウの階級はD級。先程戦った紅脚馬はC級。B級モンスターの討伐経験のあるレオやそもそもB級のマリアにとっては余裕のある相手だ。


「……お、なんだあいつ」


 1つの丘を登りきり、下り坂に差し掛かった時、レオは草原の真ん中で歩いている魔物を発見した。それはよく町の周辺で戦ってきた狼タイプの魔物だった。ただしその体毛は赤ではなく黄色で、所々に黒い毛が混じっている。


「あれは……」

「知ってんのか?」

黄狼オウロウ。B級モンスター……」

「B級か! いいねえ、腕試しだ‼︎」


 ここで黄狼もレオ達に気づいた。ちょうど飯時だと言わんばかりに唸り声を上げると、黄色い体毛をなびかせながらレオ達に走ってきた。


 飛んでくる黄狼の爪をスレスレでレオは回避する。直後、胴に向かって蹴りを入れるが大したダメージは入っていない。


 直後、体勢を崩したレオに向かって黄狼は突進してきた。頭が腹に激突してレオは吹っ飛んでいく。流れに逆らわずに地面を転がり、膝をついた状態で着地。


「ガハッ!」

(くうっ、さすがにB級だな。あの猿にも負けねえ速度と威力だ!)


 またもや襲ってくる爪の攻撃を今度は体を倒して避ける。さらにレオはその流れで足払いを繰り出し、黄狼の体勢を崩した。そこに向かって拳のラッシュを叩き込む。


 1発1発の打撃が確実に体を打ち、先程とは比べ物にならないほどのダメージが入ったが、まだ黄狼はピンピンしている。


「ぎ、ギブギブ! マリア、手伝って‼︎」

「……分かった」


 レオは相手に視線を置いたまま、バックステップでマリアの元へ退避した。すかさずマリアが詠唱を始める。


「……ウル・サンダー」


 マリアの持つ杖から雷光が伸び、黄狼に直撃。確実にダメージが入る。しかし、黄狼はこれを回避するため、マリア達を囲うように走り出した。


(速い! これじゃ狙いが……!)


 このマリアの迷いを感覚で察知した黄狼はマリアに向かって一目散に駆け出した。


「あ……」


 黄狼の爪がマリアに届く直前、レオは両者の間に飛び込んだ。黄狼の鋭い牙が腕に食い込み、レオは表情を歪めた。それでも全身全霊の力を込め、黄狼を真上にぶん投げる。


「マリア‼︎」

「ウル・ファイア……‼︎」


 ホムラと戦った時よりさらに大きな、直径6メートルを超える火球がマリアの杖から生成された。空中に投げ出され、抵抗の余地の無い黄狼に向かって、凄まじい速度で火球が打ち込まれる。


 その強大な力を秘めた火球は黄狼にぶつかろうとも爆発することもなく、黄狼を灼熱という言葉すら生ぬるい地獄の炎の中へと飲み込んだ。


 やがて火球が消滅すると同時に、上空から黒い物体が落ちてくる。黄狼が文字通り消し炭になったことを確認したレオは、溜まっていた息を吐き出した。


「……いって」

「ごめん、レオ……ありがとう」

「大丈夫大丈夫。……でも、これじゃあしばらく戦いに支障が出るだろうな……」

「……腕、出して」

「え? ん」


 レオは黄狼に噛まれた右腕をマリアに差し出した。マリアが杖を置き、傷口に手を添えると、傷口が紫色に光り輝いた。一口に紫と言ってもその中にはどす黒い赤や暗い青などが混じっており、毒々しい印象を受ける。やがて傷口は紫の光で塞がり、光が収まった時には元の傷は影も形もなかった。


「え⁉︎ すげえ、なんだこれ!」

「回復魔法だよ」


 魔物や人間の体内に存在する魔力。様々な魔法を行使する際に使用するこれは、圧縮すると物質化と呼ばれる現象が起きる。文字通り物質となった魔力で傷を埋め、治療するのが回復魔法である。しかし圧縮するということはそれだけ多くの魔力が必要であり、そもそも圧縮自体の難易度も高いため相当な実力が無いと会得できない。


「へえ〜! そんな便利なものが……マリア凄えな!」

「そ、そんなことないよ……」

「……にしても、お互いまだまだだな」

「……うん。……でも、黄狼はB級最上位種の魔物で、ベテランB級冒険者でも1人で安定して倒すのは凄く難しいらしいから、私達が1対1で勝つのはやっぱりまだ厳しいと思う……」

「なるほど……当たり前だがB級だからって皆同じ強さじゃないんだな」


 と、レオは感心した後に「はぁ」とため息をついて肩を落とした。


「なんにせよ、お互いまだまだってことだな。マリアは華奢なんだから、近づかれた時の対処法も考えた方がいいと思うよ」

「……私は華奢じゃ無い……もん」

「……え?」


 その後は魔物に遭遇することも、何かトラブルが起こることもなく2人はファスに到着した。いちいち時間を指定して集合するのも面倒なので、2人は今とっている宿を引き払い、大きめの居間と2つの寝室がある宿へと移った。


 荷物を片付けて早々、レオはソファにふんぞり帰った。マリアも別の椅子に腰掛け、肩の力を抜く。


「ふぅ、疲れた……あの戦い方ってやっぱ効率悪いのかなあ〜」

「……多分距離が離れすぎてて、お互い相手に合わせにくいんだと思う……私はレオに当たるかもしれないから大技を打てないし、あなたも結局1人で突っ込むことになっちゃうから……」

「そっか……」


 するとレオはソファから立ち上がり、マリアが座っている椅子の前へと移動した。


「……レオ?」

「まあ、なんだ。今はE級とB級って階級に差があるけどさ、やっぱり同じパーティでやってくんだったらダチっていう関係でやってきたいんだ」


 レオはマリアに向かって手を差し出した。


「これからもよろしくな、マリア!」


 するとマリアは2回目のはにかみ顔をレオに見せた。頬を少し赤く染め、恥ずかしそうな笑みを浮かべ、レオの手をとり握手を交わす。


「よ、よろしく……」

「はは!」

「……ふふっ」


 このレオだけが見たマリアの笑顔はまさしく天使の微笑みと呼ぶにふさわしいものだったという。

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