第4話『マリア・ストロガノフ』

「よっ、ほっ、とっ!」


 今レオの目の前にはD級モンスターの赤狼セキロウがいる。赤狼とは読んで字の如く赤色の狼である。狼型の魔物にしては低階級で、街の付近にも多く生息している。


 次々繰り出される引っ掻きを、レオは悠々と回避していく。頃合いを見計らい、体を後ろに倒すと、これをチャンスだと見た赤狼が飛びかかってきた。が、倒れるのに合わせて繰り出したレオの蹴りが顎に当たり、赤狼は気絶した。


「よし! ちゃんと絞めて……っと」


 レオが冒険者の合格通知をもらった日の夕方近く。レオは街付近の魔物を討伐していた。その後は赤狼の死体を引っ張り、街の肉屋へと引っ張っていく。


「おっちゃん! 今日も持ってきたぞー」

「おう、レオか。聞いたぞ! お前冒険者になったらしいな」

「ま、まあな!」

「E級で!」

「うるせー‼︎」

「はっはっは!」


 しばらくして、レオはパーティメンバー募集の張り紙に指定した時間に指定した酒場のテーブルへと向かった。


 しかし。


「……まあいねえよな……」


 始めこそ楽観視していたが、冷静に考えれば今のレオの階級はE級。わざわざ最低階級のレオとパーティを組もうと思うのは同じE級の者のみだろう。既存パーティからの勧誘もあるだろうし、普通に考えてここに来るのは今のレオと同じようにパーティメンバーに困っている者ぐらいだ。


 その後レオはしょんぼりしながら夕食を摂った。まあ誰も来なかったのは仕方がない。そもそも、自分がE級になったのは例外的な処置だったかもという話があったではないか。そんな言い訳を考えながら料理を平らげていく。


 食事と共に時間は過ぎていき、18時30分頃だろうか。レオがホットミルクを飲んで一息ついたところで


「あの…….」


 と声がかかった。とても透き通っている女性の声だった。


「ん?」


 視線を上げて声の主を見る。サラッとした綺麗な銀髪を背中まで下ろし、縁が水色で彩られた白のローブを見に纏っている少女が、レオのいるテーブルの側に立っていた。その顔はかなり綺麗でまさに美少女だが、そこに表情はなくポーカーフェイス。右手には長い杖を持っていた。


「……パーティの募集って……まだ、やってる?」

「あ、ああ」

「良かった……」

「つかお前が初めて声をかけてくれた人だよ。……オレE級だし」

「……じゃあ、私をあなたのパーティに入れてくれる?」

「ああ、もちろん! まあ座れよ」


 少女の声はどこか力無く、昔学校にいた教室の隅で読書をしている女の子のようだったが、パーティに入れてくれと言うからには当然冒険者なのだろう。


「……お前、名前は?」

「……マリア……マリア・ストロガノフ」

「オレはレオ・ナポリだ。……ちなみに、階級のほうは……?」


 人に階級を聞くのは中々失礼な行為なのだが、戦闘の連携等互いの実力を知っておくのは大切なことだ。そのために1番早く確実なのだ階級というわけなのだ。


 マリアは周りをそのポーカーフェイスで見渡し、少し声を小さくして言った。


「……B級」

「びっ、B級⁉︎ だ、大先輩じゃないですか……!」

「あっ、いや……私、あなたと同期だよ……年も15……」


 レオは口を開け放って唖然とした。話によれば冒険者生活をB級から始められる人物は10年に一度しか現れないとまで言われる超天才だ。E級のレオとは天と地ほどかけ離れた存在。しかもどのパーティにも引っ張りだこになりそうな美少女が、まさか自分からレオのパーティに志願するとは。


「マ、マジか……」

「……やっぱりだめ……かな……?」

「い、いやいや! そんな強いやつなら大歓迎だぜ!」


 レオはマリアにもホットミルクを注文し、これ以上ないぐらいの人物がパーティに入ってくれることとなった今の状況に心躍らせた。するとふと、頭に疑問が生じる。


「お前、B級でスタートできるぐらい強いんなら、もっと強いパーティに入れるんじゃないか? オレみたいな底辺なんかのじゃなく」


 ここでマリアは初めてレオに表情を見せた。少し顔を赤らめ、どこか恥ずかしそうにしながら話し始める。


「……わ、私、あまり人と話すのが得意じゃなくて……誘われることはいっぱいあったけど、その……グイグイ来られて……ナポリは1人だったし、同期だったから……私も話しかけれて……パーティにも入れてもらえるかなって……」

「……レオでいいよ。お前も大変だな」


 マリアはこの話題を避けるようにホットミルクを口に含んだ。少しして今度はマリアが疑問を投げかける。


「……それより、パーティは一時的か、持続的か、どっち予定?」

「え、何それ?」


 それを聞いたマリアはコップを置き、レオを見た。相変わらずの無表情で顔は変わっていないのに、そこには困惑と呆れの色があるように感じた。


「……パーティは1つの依頼を受けるために一時的に組む場合と、何か事情があるまで持続的に組む場合があるんだよ」

「へぇ〜。オレのイメージは持続的だけど、お前も問題ないか?」

「う、うん……私もそのつもりだったし……じゃあ、もう手続き行く?」

「え、手続きいんの?」

「……うん」

「……明日でいい?」

「……わかった。それじゃあ、私はもう宿に帰るね……明日はどのぐらいの時間に来ればいい?」

「えっとー、じゃあ8時にギルド前で」


 2人ともそれから真っ直ぐに宿へと戻り、特筆すべき事件も無く就寝となった。


 翌日は朝から快晴で、気温の上昇を感じる日となった。レオとマリアは8時にギルド前で落ち合い、すぐに窓口へ向かい手続きを行った。


「……では、持続的パーティ、メンバーはレオ・ナポリさんと、マリア・ストロガノフさんでよろしいですね?」

「はい」

「では、パーティを承認いたします。結成おめでとうございます!」


 パーティ結成の手続きは当然審査などは無く、書類の提出のみで完了。その後2人は酒場に移動して朝食を摂った。朝から中々重い肉類を頼むレオと、野菜ばかりを食べるマリアは対照的で、まさに剣士と魔法使いのコンビといった様子だ。


 朝食の後、2人はギルドの掲示板へ歩いていった。


「早速掲示板から仕事引っ張ってくるか」

「うん……これから2人で戦っていくなら、お互いの実力は知っておいた方が……」


 するとその時、マリアの声を遮るように声がかかった。どこか煽り口調で、まだ若さの残る高めの声だった。


「おいおい‼︎ マジでそんな雑魚とパーティ組んだのかよ⁉︎」


 2人が声のした方を向くと、赤い冒険者服を着た、金髪の男が睨みつけてきていた。細身で背を真っ直ぐに立て、整ってはいるが歪められた顔をレオとマリアに向けている。


「お前B級スタートの奴だろ? そんな雑魚とじゃなく、同じB級の俺のとこ来いよ‼︎」


 彼の名はホムラ・チリペッパー。マリアと同じB級冒険者だ。


 マリアはホムラを見た瞬間、持っていた杖を両手でギュッと握り、レオの背中に隠れた。


「どうせ金でも積まれたんだろ⁉︎ そんな奴捨てろよ‼︎ 俺が養ってやる。まぐれで受かった奴と一緒にいてもいいこと無いぜ⁉︎」


 ホムラが大声で喚いたため、ギルド職員はまたかと言わんばかりの顔をしていた。冒険者は他の生命を絶つという職業柄、血気盛んな者が多く稀にホムラのように問題を起こす者が出てくるのだ。


 レオはホムラの煽りにイライラして眉間に皺を寄せていた。B級スタートを遂げた天才マリアは、一体どれほどの実力なのかを楽しみにしていたのに、突然こんなチンピラに絡まれたのだ。当然だろう。


「おい朝っぱらからうるせえぞ」

「おいおいムキになるなよ、E級」

「よしぶっとばす」


 レオは自分でも気づかない内に、E級であることがコンプレックスとなっていた。


「ぶっとばす? たった一年でB級に成り上がったこの俺をかぁ⁉︎」


 まさに一触即発。ホムラとレオから発される禍々しいオーラ。お前を倒すことなんざ赤子の手を捻るより簡単だぞと言わんばかりの威圧のしあい。そんな険悪な空気を打ち破ったのは、意外にもマリアであった。


「……あなたよりレオの方が強い」

「……ああ? テメェ何知ったようなこと言ってんだよ」


 ホムラはそう言うと背中に吊るしてあった剣を引き抜いた。鋭い金属音が鳴り響き、そのきっさきがマリアに向けられる。マリアはそれを見てさらにレオの後ろへ隠れた。


 レオはそんなマリアを見て感情的になってはいけないと気づいたのか、表情を和らげ、娘を守る父親のような雰囲気となった。後ろのマリアというと、怖がってはいるが体が震えているわけでもなく、ホムラの圧にもめげずに威圧感は無いが睨み返している。


「オレの方が強いって……たしかに自信はあるがなんでお前が……」

「……私には分かる。体つきも歩き方も、レオの方が戦い慣れてる……」

「まあ、オレも長いこと狩猟生活していたが……」


 レオがどうしたものかと考えていると、この場にまた1人乱入者が現れた。


「そこまでです!」


 ギルドの制服を着て、眼鏡をかけた女性スタッフだ。いかにも学級委員然としていて、レオの苦手なタイプ。彼女の放つオーラはホムラとはまた違った圧がある。まるで子供の喧嘩に親が乱入してきたような、絶対に逆らえないかのような威圧。


「それ以上のトラブルは他の人に迷惑がかかります。今すぐにトラブルを収めてもらうか、でなければ闘技場での決闘で決着をつけてもらいます」


 ホムラはそれを聞くとニヤリと笑った。相当自信があるようだ。しかし本当に一年でB級になれているのなら、ホムラは本物の天才だ。


「いいぜ。ボコボコにしてやるよ」

「なんか流れ的にマリアが戦うことになってるけど、やんの? ホントに」

「……やってみる」

「マジか」


 マリアは少し頭を出して……


「……行こう、闘技場」


 闘技場。一部のギルドに存在する、冒険者の訓練を目的とした場所。現在冒険者選別試験の内容を変更し、闘技場で1人ずつ魔物と戦うことで戦闘力を測るという案も出ている。


「……ぶっ潰してやる」


 感情が昂っているホムラは、土の地面を踏み締め剣を両手で握っている。もはや禍々しさすら感じる笑みに目はギラギラ。マリアという少女を痛めつけられることに興奮しているのだろうか。


 ホムラとマリアは各々の武器を持って闘技場の端で向かい合っていた。ギャラリーには先ほどの騒ぎを聞きつけた者達が入っている。どうやらホムラはそこそこ名の知れた冒険者らしく、彼の噂話をしている者も多い。


「大丈夫か? いや、マリアの実力を知れるいい機会か……」

「E級がなんか言ってるぜ」

「たまたまあんな可愛い子とパーティ組めただけのくせに」

「おい聞こえてんぞ」


 そろそろ朝日も登ってきて暖かくなる時間帯だ。上が筒抜けになった闘技場に差し込んできた日差しは、マリアの綺麗な銀髪や肌に反射して輝いた。見ればそのうるわしい姿に、彼女に見惚れている者もしばしば。


「それでは、マリア・ストロガノフ対ホムラ・チリペッパーの決闘を開始します!」


 冒険者同士の手合わせは万が一のことを防ぐためレフリーがいる。今回はあの学級委員のようなスタッフだ。


「オラアアアアア‼︎」


 開戦の合図が出された瞬間、ホムラは剣を振りかぶって突進してくる。さすがB級であるだけあって、その速度は一級品だ。その剣が反射した銀色の光は、持ち主の意志が乗ったかのように鋭かった。


 対するマリアはおもむろに杖をホムラに向け、魔法を詠唱した。


「……ファイア」


 それが唱えられた瞬間、30cmほどの火球が10個ほどマリアの周囲に出現。火球が作り出す陽炎と熱風にマリアが包まれる。そこに突っ込んでいこうとしていたホムラはたまらず急停止。


「チィッ‼︎」


 ホムラが体勢を立て直す前に、マリアは次の詠唱を開始していた。


「……ウル・ファイア」


 その瞬間にマリアの眼前に出現した、直径3メートルを超える火球。マリアは情け容赦無く、それを止まったホムラに向けて打ち出した。


「な!?」


 接近していたホムラが咄嗟にそれを避けられるはずもなく、明らかにオーバーキルな威力をもつ火球はホムラに直撃し、爆発した。その際の熱風はギャラリーにまで届き、マリアを単なる非力な少女だと思っていた者達を震撼しんかんさせるに至った。


 それをモロに受けたホムラは闘技場の反対側まで吹っ飛び、壁に激突した。さすがB級と言うべきか、どうしようもない服こそ所々焼け焦げているが、体に火傷は見られない。もっとも、爆発のエネルギーと壁に激突した衝撃で意識は消し飛んでいるのだが。


「え……し、勝者、マリア・ストロガノフ‼︎」

「え……おおおおおおおお‼︎」


 マリアの勝利が告げられた途端、溢れる歓声。


「すげえ‼︎ 一撃じゃねぇか‼︎」

「B級なって散々イキリちらしてたホムラがあっけなさすぎるだろ‼︎」

「いやあの新人が強すぎんだよ‼︎」


 人々は驚愕していた。いとも容易くホムラを打ち取ったマリアの実力に。人々は恐怖していた。マリアの底知れぬ才能に。人々は歓喜していた。散々自分達を煽ってきたホムラがあっさりとやられたことに。


 そしてレオも、それらを感じていた1人だった。


「エッグ……B級ってこんなに強いのか」

「やっと気づいたか雑魚が」

「お前がパーティ組んでいい相手じゃねぇって。俺によこせ」

「いや俺によこせ」

「お前らいい加減にしろ」

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