第3話『冒険者選別試験 後編』

 昼下がりの暖かな日差しが草原に降り注ぐ。日の光を水面が反射し、レオの顔を照らす。シートを引いて、バスケットにサンドイッチを詰めて、ピクニックでもすればさぞ気持ちがいいのだろうが、レオはそんなのはお構い無しに奥の森へと突入した。


 あの爆発が起こったのは森に入ってすぐの場所だとすぐに分かった。というのも、森に入ってすぐに木々が消し飛んだ広場があったからだ。学校の教室程度の広場の地面は抉れ、草は焦げ木々は根本から無くなっているか切り株になるまで燃え尽くされている。


 しかし1番目を引くのは、広場の真ん中に鎮座した黒い何かだろう。一見すると焼かれた岩か土にみえるが、よくよく見ると質感が違う。


 レオが近づき、汚いものを触るように剣の先っちょで突っつくと、やはり岩や土ではないようだった。


 剣でその物体を転がしてみると、レオは目を見開いた。


「いい⁉︎ さ、猿かこれ⁉︎」


 そう、それは全身焼き尽くされた猿の死体だったのだ。体毛は真っ黒に染まり元の色は全く分からない。顔も指先も酷い火傷でグズグズに崩れ酷い有様だ。


 広場の真ん中に死体があるのだから、あの爆発はこの猿に向けられたものだったのだろう。そして爆発の熱やらなんやらでこの猿は一瞬のうちに絶命。ついでに周りの木々も吹っ飛ばしたというところだろうか。


「……こんなことできる人間がいるってのかよ……」


 レオが呆然と猿の死体を眺め、そう呟いたその時。後方から葉の擦れ合う音が聞こえた。


 咄嗟に振り向くと、広場の縁に真っ赤な猿がいた。真っ赤というのは顔やお尻が、という意味ではなく、体毛やつま先まで文字通り本当に真っ赤なのだ。


「……こいつのお仲間か」


 レオは猿に目線を添え、剣を構えた。


「キキィィッ‼︎」


 猿はレオの敵意を感じ取ったのか、歯を剥き出して威嚇をしてきた。


「たまにはこっちからいくぜ!」


 猿の威嚇後、すぐにレオは地面を蹴った。空中で剣を右肩に担ぐようにして振りかぶる。


 レオが剣を振り下ろそうと腕に力を込めたその時、猿はこの一瞬の出来事に反応し腕を持ち上げた。レオは構わずに剣を振り下ろす。普通なら刃は肉を切り裂き、骨まで到達する……のだが。


 レオの剣は猿の腕のほんの数ミリ程度の場所で停止した。


「硬……!」

「キキッ!」


 猿は口元をニヤリと歪ませると、レオの剣を弾き返した。さらに体を丸めて頭をレオに向け、手足で地面を蹴って突撃。レオの腹に頭突きが直撃し、レオは吹っ飛んだ。


「グッ!」

(熱ッ⁉︎)


 レオは地面に転がったがすぐに立て直し猿を見た。するとレオを睨みつける猿の周りの空気が揺れている。体が高温で、陽炎が発生しているのだ。


 陽炎はドンドン強くなっていき、猿の体温が上昇していることが伺える。そして数秒後、猿の背中の体毛がいきなり発火した。


「キッキッキッキ……」


 猿は再び体を丸めると、今度は前転のような動きを超高速で繰り出し、まさに炎の塊となってレオに突っ込んでくる。


「な⁉︎」


 レオは咄嗟に横に跳躍した。猿はレオに回避された後も移動を続け、一本の木に激突。その木は根本から折れ炎に包まれる。


(なんつう威力だ……!)


 大木を倒した猿は移動をやめ地面に降り立つ。レオの方へと振り向くと、また相手を下に見るようなニヤケ面を浮かべた。レオがそれにムカついたと同時に猿はレオへと右手を伸ばす。次の瞬間、伸ばされた手の先から30センチほどの火球が放たれた。


 射出される速度は大したことないのだが、何もない所から火球が出現するという超自然現象……魔法を初めて目の当たりしたことにより、レオの判断は一瞬遅れてしまった。レオは横に避ける時間すら無くし、咄嗟に右腕を頭の前に持ってきて防御するしかなかった。


 火球は右腕に着弾した瞬間に爆発。右腕は弾かれ、剣を咄嗟に離してしまう。


「ッツ!」


 しかしレオはすぐさま自身も後ろへ飛び、宙に放り出された剣を逆手に掴む。流れで格闘のような構えをとり、反撃の準備をする。しかし次の瞬間には再び炎の塊のなった猿がレオに向かって突進してきており、目の前には1メートルほどの炎が。


 思いっきり体を逸らして回避するが、今度は猿は木に激突することなく着地しすぐさままた跳躍。まるで弾むようにして追撃してくる。


 レオは体を捩ったり跳躍したりして回避していくが、猿の体力が切れる様子もなく猛攻は弛まない。闇雲に迎え撃とうとしても大したダメージは入らない上に吹っ飛ばされ、大きな隙を作ることだろう。


(クソッ! 溜める時間も逃げる隙もねえ! 一瞬でいい、一瞬でも時間があれば!)


 そうレオが思考を巡らせた、一瞬の隙。それを猿は見逃さなかった。一度地面に着地して再び火球を放つ。またもや判断が遅れたレオの胸部に火球は直撃し、爆発で体勢を崩したレオに向かって猿は突進。これまたレオに命中し、レオは吹っ飛んでいき木に激突した。


「ガハッ‼︎」


 レオは体の前面に走る激痛に一瞬意識が飛んだ。しかし長年の狩猟生活で鍛え上げられた野生の勘……本能で咄嗟に右へと跳躍。一瞬後、レオがいた場所に向かって猿が突進してきた。


 しかし猿の追撃は止まらない。突進の勢いを使って木に張り付き、回し蹴りを繰り出す。さらに足の裏に火球も生成し、爆発の威力も相まってレオは広場の反対側まで吹っ飛んでいった。


 猿は己の狡猾さに酔いしれるようにまたニヤケ面を作った。……しかしその顔は、一瞬の出来事に凍りついた。


 レオは吹っ飛んで空中にいるうちに脚を伸ばした。そして先程の猿と同じように吹っ飛んできた勢いを使って木に張り付く。衝撃をある程度吸収してすぐさま木を蹴り、猿目掛けて空中を飛翔する。


 狙うはニヤけた顔と胴を繋ぐ首。逆手に持った剣に勢いを乗せ、弧を描くように振るう。真っ直ぐに首に刃が侵入し、皮、筋肉、血管と次々に切断し、骨すら絶って反対側へ抜けていった。


 猿の頭が地面に転がり、血が溢れ出る。ニヤケ面がそのままに凍りつき、画として相当不気味だ。


 一方レオはというと跳躍の勢いを殺しきれずに今度はお腹側から木に激突。


「いったぁ〜〜‼︎」


 鼻から血が垂れ、尻餅をつく。勝利の余韻に浸ることなく、その場でしばらく顔を抑えて悶絶した。


 痛みが引き、ある程度体力も回復したレオは立ち上がり猿の死体を見た。いつのまにか広場の端に吹っ飛ばされていたもう一つの死体と体格などかなり似ている。やはり同じ種のようだ。


 レオをここまで追い詰めたこの魔物を、あの爆発で一瞬にして討伐した何者かは、おそらく森の奥へと向かったのだろう。そのことを考えると奥に進みたいという考えも出てくるが……


「……疲れた……」


 レオは引き返し、長閑な風景に囲まれた池へと向かっていった。

 

 それから試験終了まで、レオは池のほとりでのんびりして過ごした。周りは草原で見渡しが良いためあまり気を張る必要もなく、地面に寝転がったり池で水浴びをしたりと、とても魔物に囲まれているとは思えないことをして時間を潰していた。

 

 そして約45分後。レオは試験会場南門に隣接する森へと移動を開始した。あの猿と戦って以来、魔物にも人にも出会うことはなかった。


 ちょうど日が傾き始めた昼過ぎ、試験会場に鐘の音が響いた。試験終了の合図だ。今から10分以内に東西南北の門から出なければならない。


 何回か鳴った鐘の音の余韻が収まらないうちに、レオは南門へと到着した。ギルド職員は驚いた顔でレオを出迎えたが、すぐに値踏みをするかのような視線になった。


「試験番号とお名前は?」

「108番、レオ・ナポリです」

「……はい、レオ・ナポリさん、合格おめでとうございます」

「いやったあー‼︎ おおおおおお‼︎」


 職員から合格を言い渡された瞬間、レオは両手を握って天を仰いだ。この瞬間、レオは7年もの間憧れ続けた冒険者となったのだ。その光景を見ていた女性職員も、始めこそ苦笑していたがじっとしていられない様子のレオを見て微笑んだ。


 それからしばらくして、2人目の人物が南門へと到着した。試験開始直後、兎型の魔物に鮮やかな手つきでナイフを突き刺した茶髪の少女だ。彼女はまるで殺し屋に追われているかのごとく全力で走ってきた。


「ハァ、ハァ、ハァ、ま、間に合いましたか?」

「は、はい。まだ8分近くありますよ。番号とお名前は?」

「102番、ライフ・ライムです」

「……はい、ライフ・ライムさん、合格おめでとうございます」

「よ、よかったあ〜……」


 少女は肩で息をしながら安堵し胸を撫で下ろした。レオは少女を感心したような顔を向けた後、門の中を覗き込んだ。


「いや〜早く皆こないかな〜。時間切れになっちまうよ」

「……恐らくですが、ここにはもう来ないと思いますよ」

「え?」


 職員はレオの言葉に厳格な口調で返した。レオと少女は振り返り、その真意を目線で問うた。


「……この試験は60箇所の会場で同時に行われています。毎年1箇所で大体100人、全箇所で6000人以上の人が試験を受けますが……合格者は300人ほど。合格率は20分の1です」

「へぇ〜……って……ここにはもう来ないっていうのは……」

「はい。不合格者の9割以上は会場内の魔物に殺されて不合格となっています」

「ひっ……!」


 その言葉を聞き、少女は肩を縮めレオは再び会場を見やった。中から人が出てくる気配は全く無い。3人はその場でその後8分間、他の合格者を待ったが、半裸でムキムキの中年も、眼鏡をかけた好青年も、ついぞ姿を現すことはなかった。


「……では合格者のお2人には明日以降のことを説明しておきます。1日我々の方で階級等の話し合いをさせていただき、明日13時以降にこの街のギルドの窓口へお越し下さい。そこで正式に階級の記載された合格通知をお渡しします」


 階級とは、冒険者及び魔物につけられる強さの指針であり、E級〜A級、そしてS級の6段階ある。また、魔物は例外として“戦闘能力の無い魔物”に限定しF級が存在する。


「合格通知をお渡しした翌日より正式にあなた達は冒険者となります。ギルドの掲示板から自分に適していると判断した任務を引き受けたり、稀にギルドからされた依頼をこなすことで給料を得ることができます。何か質問はありますか?」

「あ、1つあります」

「なんでしょう?」

「だいぶアバウトなんですけど、階級の感覚の目安とかどんな感じですかね?」

「ふむ、そうですね……C級はかなりのエリート、B級は超ベテラン、A級は天才の努力の結晶、S級はあくまで例外……といった所でしょうか」

「あ、あくまで例外……」


 レオはS級という階級の重みをなんとなく理解した気がした。レオも噂には聞いている。S級に認定されている冒険者はたった2名しかいないことや、あまりに多忙過ぎてギルドの上層部以外顔も知らないこと、そしてそれに対し魔物のS級は20体ほども存在していること。


「ちなみに、冒険者がスタートする際の最高階級はB級なのですが、B級で冒険者をスタートできる人物は10年に1人しか現れないと言われています」

「へぇー!」


 その後は特に指示も無く、レオと少女は解散となった。どうやらギルドはこれから1日中なんらかの作業をするようで、すぐに職員同士で連絡をとったり、ギルドの方では絶えず話し合いが行われていた。


 これらの事情を知る一部の人間は、この時期になると毎年冒険者選別試験の会場を複雑な表情で見る。というのも試験終了直後、会場内には毎年100に迫る死体が転がっているのだ。


 いくら冒険者を選別するための試験といえど、人の命を散らすこの試験方法に意を唱える者も少なくない。しかし冒険者はなったら死ぬとまで言われる危険な職業。この程度の試練は乗り切れないと話にならないのだ。ギルドは万年資金不足。選別に関してはこれが1番手っ取り早い。


 レオはその後ウッキウキで宿に戻って行った。冒険者になれることは確定し、今度は自分は何級になるのだろうかと思考を巡らせる。手応え的にはC級、いやもしかしたら10年に1人というB級になれるのではないかと期待を持ち、夜ベッドに入ろうとなかなか寝付けなかった。


 そして翌日。ギルドの窓口にてレオが受け取った合格通知には、以下のことが記されていた。


 選別結果:合格

 初期階級:E級


「……E級……だと……⁉︎」


 レオは渡された紙を震える手で持ち、おかしな口調になりながらそう零した。


「嘘だろ……あの猿ってそんな雑魚だったのか……なるほど、それなら毎年5700人も死んでるのは納得だ……」

「さ、猿ですか?」


 レオの様子を苦笑しながら見ていた女性職員は少し驚いた様子で聞いた。


「あの赤くて燃える猿ですよ」

「……それは恐らく炎転猿エンテンザルという魔物ですね。階級はB級に設定されていて、選別試験で使われている中では最強の魔物です……倒したんですか?」

「は、はい! ちょっと苦戦しましたけど。ていうかB級⁉︎ それ倒したのになんでE級なんですか!」

「わ、私に言われましても……しかし、本当に炎転猿を倒したのだとすれば、何か例外的な処置がとられたのだと思われます」

「例外的……」

「まあ、E級は1番階級を上げやすいので、すぐにD級かC級にはなれると思いますよ。頑張ってください!」


 女性職員の笑顔に励まされ、初っ端から出鼻を挫かれたレオは少し元気を取り戻した。職員にお礼を言い、早速魔物の討伐に向かおうとした時、職員はレオを呼び止めた。


「あ、1つ案があります」

「案?」

「パーティを組むんですよ。いくら冒険者といえども、1人ではもしもの時対処できない。パーティを組めば任務は簡単、安全にこなせる上に、メンバー全員が評価されるんですよ」

「なるほど……よし、やってみるか」


 レオはギルドの掲示板にパーティメンバー募集の張り紙を張った。内容は階級や性別、年齢は問わないことと、希望者は今日の18時に酒場の指定の席に来て欲しいこと。


 恐らく今日冒険者になった新人もパーティメンバーを探している可能性が高いので、レオはまあ1人ぐらいは来るだろうと楽観的に考え、冒険者になった初の依頼をこなしに向かった。

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