第2話『冒険者選別試験 前編』
冒険者。この世に存在する人間に危害を加える魔物の討伐を主な仕事とする職業である。他にも根城とする町の人の頼みを聞いたり手伝いをしたりと何でも屋のような面もある。
7年前、戦いに楽しみを見出し、姉の背中に憧れたレオは冒険者になることを決意。職に就ける15歳になるまで特訓の日々を過ごしていた。
4月7日。家を出発した次の日の昼。レオはとある場所で昼食を摂っていた。その場所の名はギルド。ある程度の規模の町には設立が義務付けられており、その役目は冒険者の報酬を受け渡したり任務を課したりといった冒険者の支援である。ギルドには任務が貼られた掲示板、任務の受注等を行う窓口はもちろん、小さめだが闘技場や酒場もある。
レオが昼食を摂っていたのはギルドの酒場。ガッツリ肉を口に頬張り、水で流し込む。サラダやパンも口へかっこみ卓上の料理を次々と平らげていく。
あっという間に大きめの肉の定食を平らげると、レオはホットミルクを飲んで一息ついた。
「あー食った食った。……さて、そろそろ行くか」
レオは伸びを一つすると、席を立って酒場を後にした。その背中には昨日まで無かった細身の剣が背負われている。昼食の前に買っておいたものだ。レオはその剣の柄を軽く握り、ギルドの扉を開けて外に出た。
「……ちょっとは試し振りした方がいいかな。いやもうそんな時間もねえか」
レオがいた街の東は平原や湖、岩山等地形に富んだ場所となっている。しかしこれらは人工的に作られたものだ。年に一度、冒険者になることを夢見る者達を蹴落とすために。
街の東にある、様々な地形を取り込んだ正方形の壁。その四方には門があり、それぞれに20人強の人々が群がっていた。レオがいるのはその内の南門。見渡せば活力漲る若者や厳つい中年、はたまたオドオドした根暗な少女までがいる。
そして門の前にはギルドの制服を着た女性職員がいる。職員はそこにいる面々に名前を聞き、持っているボードに印をつけていく。やがて全員の確認を終えると再び門の前へと戻り、振り返った。
「この度は今期の冒険者選別試験にお越しくださり、ありがとうございます」
冒険者選別試験。毎年4月上旬に行われる文字通り冒険者を選別する試験。冒険者になるにはこの試験に受からなければならない。
「あらかじめ配布した書類には目を通しているとは思いますが今一度説明を。この試験の内容は至ってシンプル。試験開始から1時間、この会場内で生き残ってください。会場内には無数の魔物が生息しており、中には現役冒険者でも手こずるレベルの者もいます。それらを避け、倒し、時には逃げて1時間後、鐘が鳴りますので10分以内に4つの門いずれかから会場から出ることができれば、無事試験はクリアです。それと……」
と職員はここで言葉を切ると、上空を指差した。見れば二十数羽の鳥が辺りを飛び回っている。
「我々はあの鳥と視覚を共有し、あなた方1人1人を監視しています。試験中の行動や戦闘力を確認し、冒険者になった後階級の判断材料にさせていただきます」
それを聞き、周りの参加者は顔をニヤリと歪ませた。相当自信があるのだろう。実際ある程度の野心とイカれた頭がないと冒険者へ志願などしない。そしてレオとてそれは例外ではなかった。
それから間もなく、会場の真ん中から鐘の音が鳴り響いた。試験開始の合図だ。門が開き、ギルド職員が脇に避ける。
「それでは試験開始です。それでは皆さん……くれぐれも死なないように」
その言葉が終わるや否や、試験の参加者は会場内に全力で駆けていった。南門は森に隣接しており、道が曲がりくねりながら奥へと進んでいる。そこを土埃を上げながら20人以上のイカれた者が突き進む。
「ガーッハッハ! 何が生き残るだ! 俺がこん中の魔物全員ぶっ潰してやる!」
「馬鹿なことを言わないでください。この1キロ四方の会場をくまなく捜索するなんてできないですよ」
「どうしよう……私にできるのかなぁ……」
等、皆口にしながら走る。すぐに背後の門は見えなくなり、森も終わる。次の地形は草原だった。200メートルほど先には岩山も見えるが、参加者の目を引いたのは近くにいた馬型の魔物だった。
それを見るや否や、魔物全滅を豪語した半裸でムキムキの中年は走る速度を上げた。
「いたぞ最初の獲物が!」
「待ってください! 馬型は脚が速い! 森に誘い込んで複数人で……」
と背の高い眼鏡をかけた青年が叫ぶも中年の走る速度は変わらない。魔物も自身に向かってくる人間に気付き体をそちらに向ける。すぐに魔物も走り出し、両者の距離はグングン縮まっていった。
中年は突進してきた馬の首を両手で掴み、体を地面に押し込んだ。振り上げていた脚が地面に下ろされ、どれだけ抵抗しようとも中年の腕から逃れることはできない。
「ソォラァ‼︎」
中年は馬を掴んだまま上体を捻り、馬を地面に叩きつけた。すぐさま右の拳を振りかぶり、倒れた馬の頭に振り下ろす。骨が粉砕される音が響き、脳ごと頭が潰される。
「ガハハハ! どんなもんだい!」
拳を血やら脳汁やらで汚して声を張り上げる中年に、眼鏡の青年は呆れた顔を向けた。立ち止まって中年を眺め、後方を確認するために後ろを振り返る。
「後ろ‼︎」
すると茶髪の少女に向かって、茶色い兎が飛び掛かっているのが見えた。歯が紅く、相当凶暴なことを理解した青年は咄嗟に走り出すが間に合わない。兎が長い前歯を少女の首元に突き立てる……瞬間。
少女は身を屈め、腰の辺りから抜き身のナイフを取り出した。立ち上がると同時にナイフを兎の額に突き刺し、兎は血を流しながら脱力。ナイフにぶら下がる状態となった。
「よ、よかった……倒せた……」
それらを一瞬のうちにやってのけた少女はほっと胸を撫で下ろした。その動きに迷いは無く、兎を殺すことに全く抵抗感など無いようだった。
それを見て、レオの内の高揚感は高まっていく。
「いいなあ、オレも戦いてえ!」
そう呟くと、レオは
草原が不自然に切れ、途端に草木が一本も生えない岩山へと切り替わる。数メートルの岩がゴロゴロ転がり、標高が奥に行くに連れて上がっていっている。
レオは岩から岩へと飛び移り、不安定な足場をものともせずに突き進んでいった。
「……ん?」
入り口から見渡す限り魔物は居なかったが、岩の陰が多く隠れるにはおあつらえむき。気配を探りながら走っていたレオは、岩山の頂点にたどり着いた。
そこには壁を抉り取るように穴が空いていた。中の空気は冷たく、そこそこ深い洞窟であることが分かる。そしてその中にレオは、確かに魔物の気配を感じていた。
「いるな……しかもそこそこ強い……よし」
レオは辺りを見渡すと、拳台の石を拾い上げた。振りかぶりしばらく狙いを定め、ある瞬間に石を洞窟の暗闇に投擲する。
石が闇に吸い込まれ、見えなくなってから数秒後。洞窟内から「フギャアーー‼︎」という鳴き声が聞こえてきた。しばらくして、洞窟から紫色の豹が姿勢を低くして出てきた。
「こいよ猫野郎!」
レオのその声に背中を押されたわけでもあるまいが、闇豹は洞窟から一気に飛び出し、レオに走ってきた。レオは背中の剣を抜き放ち、闇豹を迎え撃つ。
繰り出された闇豹の鉤爪の攻撃を、レオは剣の腹で受ける。右、左と絶え間なく浴びせられる攻撃に、レオは遅れることなく対処していった。
闇豹はこのままでは埒があかないと判断したのか、後ろへと退避。その瞬間に今度はレオが攻撃へと移る。
肩に担ぐように構えた剣を振り下ろす。闇豹は後ろへ跳躍して回避。今度は下から上、振り払い、刺突など連続して切り付けるが、闇豹はそれをことごとく回避していった。
「クソ、当たんねえ」
するとレオは一度下がり、剣を逆手に持ち替えた。さらに両腕を体の前に持ってくる格闘の構えをとり、腰を落として地面を踏ん張る。
「フゥーー……ハッ!」
その瞬間、レオは地面を蹴った。数メートルの距離を1秒も満たない時間で移動し、タイミングを合わせて拳を振るう。逆手に持たれた剣の刃は闇豹の体に吸い込まれ、肉を切り裂いた。
「ギギャアアアッ‼︎」
闇豹の体から血液が溢れ出し、血溜まりを作った。闇豹は四肢から力が抜け、息を荒げながらレオを睨みつける。レオは剣についた血を払い、再び剣を構えた。
「グギャアアアアッ‼︎」
闇豹は叫び声を上げながらレオに飛び掛かってきた。その目は体に走る痛みとレオへの殺意にギラつき、歯は剥き出され涎を垂らしていた。対照的にレオは冷静で、剣先を全く揺らすことなく闇豹を迎え撃つ。
闇豹の頭部に向けた剣を、タイミングを合わせて掬い上げるように突き出す。刃先は闇豹の下顎を貫通し、そのまま頭部にまで到達。剣は頭頂部から貫通してそこから血の噴水を噴き上げた。
レオは剣を闇豹から引き抜くと、血を払い背中の鞘に収めた。ハンカチで服についた血を拭う。
「フゥ、すばしっこい奴だったな。……さてと、次行くか」
次の狩場を決めるため、レオは周りを見回した。すると落ちはじめた太陽の反対、つまりは東の方向に小さめの池があることに気づく。1時間はこの会場内にいなければならないのだから休憩も必要だ。
レオは次の目標地点を池に決めると空を飛ぶ1羽の鳥を見上げ、岩山を降りていった。「……まだ10分ぐらいか。1時間って長いな」などと呟きながら歩いていく。
そして岩山を降りきり、東に向かって進み始めたその時。目指す池のさらに奥、数百メートル離れた場所に広がる森が突如として爆発した。
「うわっ! な、なんだ⁉︎」
レオのいる地点まで轟音が響き、地面が揺れる。その爆発の威力は凄まじく、大木が根っこごと吹き飛ばされ池に落下していく。爆発が起こったと思われる地点からは黒煙が上がっており、見えずらいが鳥が慌てた様子でその場から離れている。
実践経験の無い者を選別する試験にあんな爆発を起こせる魔物を使うはずがない。つまりはあれは試験の参加者が引き起こしたものであるということだ。
「すげえ……! あんなん食らったらオレでも耐えられないぞ……オレも負けてらんねえな!」
レオは気合いを入れ直すと、池に向かって走り出した。今度の目的地は池ではなくあの森へと自然に変わっていた。
しかしその後、レオはあの日以来の、巨大な敵に立ち会うこととなる。
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