第12話ギブユー、ユータナジー


「オレはね、人生を楽しみたいんだよ」

「……死神なのに、か」

「うん、死神なのに」


 無表情から困ったように眉尻を下げた死神は、クスッと自嘲気味に笑う。続けて今度は静かに語り始めた。


「オレは出来れば人を殺したくはないんだー。恐怖と絶望の顔ばかり見るのは好みじゃないし。けど、魂は定期的に刈らないと暴走しちゃう。そうなると、安らかに息を引き取る魂を探すことになるんだけど……それだけの死神生なんてつまんないしー? だから、すっごく困っていたんだ」


 死神はどこか寂しげだった。恐らく、彼の気質は死神としては異端なのだろう。単独行動をする死神たちの中でも、特に孤立していたのかもしれない。


 暫しの沈黙を挟んだあと、死神はパッと顔を上げた。すでにその顔は笑顔に戻っている。


「でもさぁ、君みたいな人がいたら気兼ねなく魂をいただけると思うんだよね! ねぇ、オレを相棒にしない?」

「は?」

「オレは色々と役に立つよ! 死を望む者を探せるし、お金だってしっかり取れる! 料理も得意なんだよぉ? 美味しいものは正義だからね!」


 話が急に変わってリーパーは目を白黒させた。まさか相棒になりたいなどと売り込んでくるとは思ってもいなかったのだろう。

 戸惑うリーパーだったが、死神の勢いは止まらない。


「それでー、オレのメリットは自分でわざわざ人を殺さず、魂の欠片を手に入れられるし暴走せずにすむ!」


 口調と態度は軽いものだったが、死神の目は真剣だった。


 ようやく黙った死神を前に暫し考え込んだリーパーは、数秒後にゆっくりと口を開いた。


「……条件がある」


 条件という言葉に目を輝かせた死神は、黙ったまま続きを待った。


「二十年後。俺が望んだらその時はお前が俺を殺せ」

「……そんなこと約束しなくても、君って人から恨まれてそうじゃん。殺したがるヤツは大勢いるんじゃないの?」


 きょとんとした顔で首を傾げる死神の言うことは尤もである。殺し屋として活動してきたリーパーには敵が多いはずなのだから。


「二十年、人助けを続けるまでは死ねない」


 二十年とは、つまり彼が殺し屋として生きてきた年数なのだろう。人間にとってはそれなりの期間なのだろうが、死神にとっては大した年数ではなく、ほんの僅かな時間であった。


「……それってつまり、それまではオレに君を守れって言ってるの?」

「守られるほど弱くはないが。万が一、不意を突かれて死ぬのも面白くないからな。保険だ。それにその日が来た時、お前なら確実に俺を殺せるだろう?」

「……ふぅん」


 確かにリーパーの言うことを死神は実行出来る。腕のいい元殺し屋である彼を殺すのも、彼なら簡単なことだ。

 だが、死神はどこか不服そうに口を尖らせていた。


「相棒はいらない。お前は勝手に俺の仕事についてこればいい。それを許す代わりに二十年後、お前は俺を殺せ」


 二人の間に沈黙が流れた。


 リーパーとしては、不服ならこれで話はおしまいとその場を離れるつもりだった。ただ、付きまとわれるかもしれないという懸念は残っていたのだが。


 死神はなんと答えるつもりなのか。


 しばらくして、死神は急に話題を変えた。


「……君さぁ、名前は?」

「……リーパーだ」


 本物の死神を前にリーパーを名乗る元殺し屋。

 数奇な出会いに、死神はお腹を抱えてゲラゲラ笑い始めた。今度はリーパーの方が不服そうに死神を睨んでいる。


「正確に言うなら、俺に名前はない。そう呼ばれてるからその名前を使ってるだけだ」

「あはっ、はー。こんなに笑ったの初めて! ふふっ、まだ笑える!」


 ようやく少し落ち着いたのか、死神が涙を指で拭いながらリーパーに目を向けた。まだ時折思い出し笑いをしているのがリーパーの眉間のシワをより深くしている。


「それじゃあオレたち、二人ともリーパーになるよねぇ? すっごく楽しいけど、一緒にいるならちょっと不便だ」


 急に話が変わったように思えたが、その意味を理解してリーパーは小さくため息を吐く。

 つまり、死神はリーパーの提案に乗ると言いたいのだろう。


「だからさ、契約書代わりにー、君がオレの名前付けてよ」

「は? なんで俺が」

「契約書代わりって言ったでしょ。君が死んだら、その名前も無くなる。オレは名無しの死神に戻るってわけ」


 ワクワクと期待のこもった眼差しを向ける死神に、リーパーは己に逃げ場がないことを悟る。

 困ったように眉尻を下げると、顎に手を当てて考え始めた。意外と真面目である。


「……ジョイ」


 そうして数分後、ポツリとリーパーが呟いた。


「ジョイ……喜び?」

「違う。お前の場合はエンジョイのジョイだ」


 リーパーはそう告げると、フイッと顔を横に向けた。耳がほんのりと赤く染まっていることから照れているのが見て取れる。


 死神は呆気に取られたようにその名前の意味を飲み込むと、またしても大声で笑い始めた。本日二度目の爆笑である。


「っはー、君ってほんっと最高! オッケー! 今からオレの名前はジョイね! よろしく、リーパー」



 鍋に〆のうどんをご機嫌で投入しているジョイを見て、リーパーは小さくため息を吐いた。自分よりよっぽど人間味のある生活をしている、とは常々思っていることだ。


「……物好きなヤツだな。お前は本当に」

「えー、人生楽しんでるって言ってよ!」


 利害の一致で一緒にいるだけに過ぎないのだが、リーパーは少々居心地の好さを感じることがあった。

 しかし、それではいけないと頭を軽く振る。自分はたくさんの人の命を奪ったのだから、いつかは罰せられるべき。


 それはリーパーにとって、譲れないことなのだ。


「お前が俺の魂を刈る時は……欠片も残さず全て刈ってくれ」


 それはつまり、リーパーは生まれ変わることを望んでいないということだった。

 箸を置き、真っ直ぐジョイを見つめるリーパーはどこまでも真剣だ。


 ジョイもまた、先ほどまでの笑顔をスッとなくして真顔でリーパーを見つめ返す。


 カセットコンロの上の鍋がぐつぐつと煮える音だけが聞こえてくる。


 それからどれほどそうしていただろうか、ジョイが神妙な面持ちのままゆっくりと口を開いた。


「……そんなことより、バディ名だけどさ」

「おい」


 急に話題が変わるのはいつものことだったが、このタイミングはあまりにも不自然すぎる。ジョイがあえて変えたのだろう。


 睨みつけるリーパーの眼光を無視して、ジョイはそのまま人差し指を立てながら続けた。


「ギブユーユータナジーってどう? 安楽死を贈るってことで」


 こうなるとどれだけ文句を言っても睨んでも無駄である。盛大なため息を吐いた後、リーパーは容赦のない言葉を吐いた。


「言い難い」


 しかし、いつもより評価は悪くなさそうである。これまで散々ダサいだのおかしいだの言われてきたジョイは、パッと顔を輝かせて立ち上がった。


「じゃあ、縮めてギブユータナジー! これなら言いやすいし語呂もいいしなんかカッコいいよね!?」


 キラキラ目を輝かせてリーパーを見つめるジョイに、リーパーは諦めたように肩を落とした。


「……なんでもいい」

「やった! ついにリーパーにも気に入ってもらえたぞーっ」

「気に入ったなんて言ってない」


 リーパーの言葉など聞こえていないかのように、ジョイは鍋のうどんを器によそう。いつも以上にご機嫌だ。


 名前などどうでもいいとリーパーは思っているのだが、ジョイにとっては大切なのものらしい。仕事に張り合いがでるのだそうだ。


 その仕事とやらも好きでやっていることだろうに、死神の感覚はよくわからない。リーパーは肩をすくめた。


「よぉし。さらに仕事を頑張って、お金を稼いで、今年中に生ハム原木買うぞー!!」

「は? 生、ハム……?」

「憧れなんだよねー。家に生ハム原木があるの。美味しいは正義だよ、リーパー!」


 ちゅるん、と幸せそうにうどんを啜るジョイを見ていたら、あれこれ考えているのが馬鹿らしく思えてくる。リーパーはそう思いながら自分もうどんを口に運んだ。


 それは野菜と鶏団子のエキスが良く染み出ており、二人はだし汁まで綺麗に飲み干したのだった。




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ギブユータナジー!〜元殺し屋と死神が安楽死を望むあなたからのご依頼をお待ちしております〜 阿井 りいあ @airia

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