第11話鍋と回想


 シェアハウスに戻った二人は、自然とダイニングに向かった。


 疲れたような顔をしたリーパーは椅子に座り、ジョイが夜食を準備している。仕事終わりにたまに見られる光景だ。


「っていうかー、状況的にリーパーが殺したって思われそうだよねー」

「それなら別にそれでもいい。顔を見られるようなヘマはしてないし、問題ない」


 バルコニーで女性にナイフを突き付けていた不審者は目撃されているのだ。今後はその方向で捜査される可能性が高かった。

 だがそれもリーパーにとっては慣れたものだ。二人して全く心配はしていない。


 リーパーの懸念事項は他にあるのだ。


「……この仕事を続ける日数が一日増えてしまったな」


 テーブルに片手で頬杖をつきながら、リーパーが呟く。それを拾ったジョイが、鍋に火をかけながら驚いた声を上げた。


「細かっ!? 事故で命が失われただけなのに、殺し屋としての日数に入っちゃうの?」

「望まない死を与える結果となったからな」

「うへぇ。まったく、頭が固いんだから」


 ぐつぐつと煮立った鍋を持ち、ジョイがテーブルにやって来る。

 カセットコンロの上に鍋を置きながら告げられた、食器くらい出してよー、というジョイの言葉にリーパーも渋々席を立った。


 二人で鍋を箸でつつく。野菜と鶏団子の入ったシンプルな水炊き鍋だ。ポン酢と柚子胡椒でいただくのがジョイのお気に入りである。短時間で出来るのも高ポイントだ。


「ま、オレは期間が伸びて嬉しいけどね。この楽しい仕事を続ける日が一日伸びたってことでしょ?」


 はふはふと豆腐を口に運びながら、ジョイが嬉しそうに笑う。その笑みは美味しいものを食べているからだろうか、それとも。


 自分の器に視線を戻し、リーパーは再びジョイと出会った日のことを思い出した。



 港でリーパーが依頼人と約束をしていたあの日。


 死神が依頼人を襲うのをリーパーが止めた後、目を紅く光らせたままの死神は彼の仕事が終わるまでただその場で待っていた。命を奪った男の魂を寄越すなら待つ、という交換条件を出したからだ。


「終わったぞ」


 リーパーの足下には、身体から首が離れた遺体が転がっていた。一度、意識を失わせてからその後に首を切り落としたのだ。

 本来なら一瞬で首を落とした方が手っ取り早いのだが、それだと恐怖心を与えてしまう。安楽死をさせるには、一度眠らせるのが最も良い方法だとリーパーは考えているのだ。


 それでも、作業時間はほんの数分。リーパーの殺し技術は無駄がなくスピーディーだった。


 死神はゆっくりと遺体に近付くと、軽く手を縦に振る。するとどういうわけか、彼の横で浮いていた大鎌が同時に振り下ろされた。

 その瞬間、遺体から小さな青白い炎が浮かび上がる。


 死神の手の上に青白い炎が移動し、彼はその炎をパクリと口に放り込んだ。ペロリと唇を舐める姿が妙に艶めかしい。


 リーパーはその光景に驚くでもなく、ただぼんやりと眺めていた。


「……次は俺の魂を刈るのか」


 リーパーの感情の見えない言葉に、死神はゆるりと顔を向けた。

 そのままゆっくりと近付いてくる死神から目を逸らさず、リーパーはただ黙って彼の動きを見守った。抵抗する気は一切ないようだ。


 死神は彼の前に立つと、フワリとその小柄な身体を浮かせる。そのままリーパーの首に腕を回し、耳元で囁いた。


「刈らないよ。もう、衝動は治まったし」

「は……」


 死神はククッと笑うとリーパーから離れ、手を後ろに回して屈託のない笑顔を浮かべた。先ほどまでの恐ろしい死神と同一人物とはとても思えない。


「……君さぁ、さっき二十年待て、って言ったよね。なんで二十年なの?」


 興味津々といった様子で死神は質問しながら目をキラキラ輝かせた。先ほどの紅いソレとは違った、透き通るような水色の瞳だ。


 リーパーはここで初めてわずかに戸惑ったが、眉根を寄せながらも理由を話し始める。


「……俺は、五歳から殺しをやってきた。それから二十年、言われるがままにずっと。だからその期間分、今度は人助けをするべきだ、と」


 リーパーは本来、根が優しい気質を持っている。本人に自覚はないのだが、死神はそれを一瞬で見抜いた。


「だが、俺には人を殺すことしか出来ない。それ以外、何も取り柄がない」

「だから、死を望む者にだけ死を与えることにした、ってこと?」

「……出来るだけ、苦しまないようにしてる」

「なるほどねー」


 随分と不器用な男だ。自分に出来ることを自分で制限してしまっているとは。

 物心つく前からそう言い聞かされてきたのだから無理もないとはいえるが、リーパーの頭の固さがそれをより強固なものにしているらしかった。


「面白い!」


 死神は話を聞き終えると、ご機嫌で手を打ち鳴らす。それから今度は自分のことを語り始めた。


「オレはさぁ、確かに死神だけど勘違いはしないでほしいんだよね。出来ることなら人は襲いたくないんだ」


 死神のあまりの明るさに、リーパーは胡散臭そうに目を細めた。それを受けて死神は頬をプクッと膨らませる。


「あ、疑ってるね? ま、さっきの姿を見ればそう思われるのも仕方ないけどー」


 肩をすくめて小さくため息を吐いた死神は、頭の後ろで手を組みながら、愚痴を聞いてよー、と話しを続けた。


「だいたい五日間かな、我慢出来るのは。オレはさぁ、定期的に魂を取り込まないと、殺戮衝動に襲われて我を失っちゃうんだよ。さっきはギリギリだったなー。あと少し遅かったら、君のことも殺してたかもね」


 あはは、と明るく告げたその内容はあまり笑えるものではない。しかしその点については触れず、リーパーは先ほどから感じていたことをそのまま口にした。


「お前は死神のイメージとはかけ離れているな」

「あー、オレが変わってるんだと思うよ? 他の死神は喜んで殺戮衝動に身を任せるヤツばっかだから。ま、それが死神の楽しみだからねー。突然死とか事故死とか不審死とか。だいたい衝動に身を任せた死神たちのせいだよー、あはっ!」


 何が楽しいのか目の前の死神は常にご機嫌だ。最初に見かけた姿は幻だったのではないかとさえ思えるほどである。


「お前には楽しみがないってことか?」


 しかし続けられたリーパーの言葉に、死神はピタリとその動きを止めた。

 手をダランと下ろしてリーパーの目を真っ直ぐ見つめる死神は、どこか冷たく仄暗さを感じる雰囲気を纏っていた。


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