第10話予定外の魂
その光景を黙って見ていたリーパーは、腕を組みながらジョイに訊ねた。
「……生きたまま魂を刈っても大丈夫なのか」
「うん。でも
それはつまり、生者の魂のカケラでは死神の欲求を満たすことは出来ないということだ。当然、ジョイの殺戮衝動を抑えることも出来ない。それこそ、まるごと魂を刈って命を奪わない限り。
「魂を薄ーくスライスしたのをいただいただけだしぃ。ま、死神界隈ではよくある悪趣味な娯楽ってヤツだよ」
「わ、私は、し、死ぬの……!? あんた、アンタ何者なのよ……!?」
「あはっ……さぁね?」
女性の顔はこれ以上ないほど青白くなっていた。ガタガタと震え、今にも意識を失いそうだ。
もちろん、この程度で女性が死ぬことはない。死後、輪廻に戻って生まれ変わるのが遅くなるだけだ。
ジョイ曰く生き物は死んだ後、魂の修復を経てから生まれ変わりをするのだという。生きていれば多かれ少なかれ魂は傷付いており、損傷が少なければ少ないほど次への生まれ変わりも早いらしい。
今回ジョイは、その損傷を生きてる内に刻んだだけというわけである。魂の修復中の記憶は残らないため、正直なところあまり罰にならない上、ジョイの栄養にもならないのでやる意味はあまりない。
だが、今の目的は彼らを脅すこと。これで少しは凝りて、依頼人だったお嬢さんを害そうという計画を考え直してもらえればラッキーくらいにジョイは思っているのだ。
謝罪の言葉でも引き出せればそれで良しである。さっさと終わらせて帰りたかったジョイは、また一歩女性に近付いた。
だが、その一歩が恐怖を増幅させたのだろう。女性は叫び声を上げながら逃げようと後退りした。
「ヒィィィッ! 来ないでっ、ば、化け物ぉっ……ひっ、あっ、ああああああっ!?」
「あっ」
だが、女性はすでに手摺りギリギリの位置にいる。それ以上は逃げようがなかったのだ。
……下に落ちる以外は。
女性はそのままバルコニーから落ちた。それも、頭から。
ついそれを目で追ってしまったらしい少女が、小さく呻き声を上げながら慌てて目を逸らす。
ジョイとリーパーは顔だけを手摺りの外に出して状況を確認すると、ポツリと呟いた。
「えっ。人間、脆……」
「……あれは打ち所が悪かったな」
じわりと地面に血が広がるのを確認し、ジョイはリーパーの方に顔を向ける。
「ね、ねぇ? これってノーカンだよね?」
「……」
リーパーは何も答えない。ジョイは焦ったように手をブンブン振りながら弁明を始めた。
「アイツが勝手に落ちたんだよ? リーパーは手を出してないし、殺してないって! オレだって手も触れてなかったよ!?」
「だが俺たちが干渉した結果、アイツは死んだ。死の運命をお前が呼び寄せたんだろう?」
「そ、そりゃあ死神だからね。オレに魂を少し刈られたヤツらは全員、人より死にやすくはなったと思うよ? けどさー、まさかこんなにすぐに死ぬとは思わないじゃんっ!」
ジョイはもはや涙目だ。まるで叱られて言い訳をする子どものように必死である。
「死神の癖に死期がわからないのか」
「イレギュラーなことは起こるのっ! もう、虐めないでよぉっ!」
ワッと顔を覆って泣き出したジョイを、リーパーは冷めた目で見下ろしている。
数秒後、嘘泣きを止めたジョイは据わった目でバルコニーの手摺りに飛び乗った。変わり身の早さに、少女は呆気に取られっぱなしである。
「なんかー、勝手に死んでムカつくからもう少し魂刈ってくる。ちょっとは糧になってくれないと割に合わない」
なんとも子どもっぽい理由である。
ジョイはそのまままっすぐ女性の下に飛び降りると、再び大鎌を振って魂を刈った。すぐさまそれをパクリと口の放り込んだ後、軽い跳躍で再びバルコニーに戻る。ものの数秒ほどの出来事であった。
死神の特性をフルに活用したのだろう、駆けつけて来ていた使用人の誰もジョイの存在には気付いていない様子であった。
「前から思っていたが、魂をすべて刈り取るわけではないんだな」
「そりゃそうだよ。生まれ変われる命がなくなって、結果的に人口が減って困るのはオレたちじゃん。ま、人口が増えすぎた場合は減らすために全部刈ることもあるけどー」
リーパーが口にした疑問に、ジョイは手摺りに腰かけながら答えた。すでにその手に大鎌はない。
「ただこのおばさんの魂は特に多めにもらったから、魂の修復が終わるまで百年単位で時間がかかるだろうね。ま、いただいた魂のおかげでオレは半月ぐらい衝動に襲われずに済むけどー」
「……死神に嫌われると魂が大変な目に遭うわけか」
「あはぁ、そうだねぇ」
ケラケラと楽しそうな笑い声がバルコニーに響く。
そんな中、ようやく気持ちが落ち着いたらしい少女が、立ち上がっておずおずと二人に声をかけてきた。
「あ、あの。結果は、こんなことになってしまいましたが……その、ありがとうございました」
「それ、何に対するお礼? おばさんが死んだこと?」
「ち、違います! いや、正直そう思わないでもないですけど、違いますから!」
じゃあ何に対するお礼なのさ、とジョイは心底不思議そうに首を傾げた。後ろに立つリーパーも、無表情ながら意味がわかっていなさそうな様子である。
そんな二人を見ていたら、決して笑うような状況ではないのに少女は小さくプッと吹き出してしまった。
「お二人のおかげで、覚悟が決まったので。私、もう逃げません。自棄にもなりません。ちゃんと今後のことを考えようと思います」
「へぇ? いいのー? 周囲は敵だらけなんでしょ?」
クスクスと意地悪く笑うジョイに対し、少女は苦笑で返す。最初は失礼だと不快を露わにしていたのが嘘のようだ。
「今の使用人たちは、私を殺しても得にはならないので。むしろ解雇される方が困るでしょうし。この屋敷の主人は名実ともに私になったのですから、精々働いてもらいますよ」
「女の子って怖ぁ。豹変するよねー」
少女の表情は晴れやかだった。全てを吹っ切り、腹を括ったのがよくわかる。
「この後も、色々と大変だろうな。お前が殺したって言われるかもしれないぞ」
「事故ですよ、これは。だって私は今、門扉の近くにいるんですもの。物理的に義母を落とすことなんて出来ませんから」
さらに、リーパーの言葉にも不敵に笑ってハッキリ告げた。その目はジョイを意味ありげに見つめている。
要は、先ほどのように空を翔けて元いた場所に連れて行けと言っているのだ。
そうすれば、少女はバルコニーには来ていないことになる。庭を走る少女の姿はたくさんの使用人が目撃しており、もし数人がここにいる少女を見つけていたとしても見間違いで通せるだろう。
「へぇ? オレをこき使うなんて、やるじゃん」
「残り半分のお金も振り込ませていただきますよ?」
「オッケー! ささ、リーパーもついでに運ぶから掴まってーっ!」
引きつった笑いを浮かべるジョイだったが、報酬の話が出た途端に態度をコロッと変えた。見事なまでの手のひら返しである。
その後、ジョイとリーパーは少女を門扉まで運び、そのまま屋敷から立ち去った。
そんな二人を見送りながら、少女はパチンと自分の顔を両手で叩く。
「さて、と。忙しくなるわね!」
少女は屋敷を振り返る。そして力強く一歩を踏み出した。
女性の遺体を囲んで大騒ぎをしている使用人たちを鋭い眼差しで見つめながら。
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