第5話依頼人への質問
「こんばんはー! あなたに安楽死をお届け、いつでもどこでも参ります。
「おい、それはやめろ」
屋敷の自室でぼんやりと窓の外を眺めていた少女の耳が、どこからともなく聞こえてきた声を拾う。自分以外に誰もいないはずの部屋だったため、少女はとても驚いた様子だ。
ただ彼女は知っていた。今日は自分が依頼した死神が来る日だと。そのおかげもあってか、警戒しながらも取り乱すことなく室内を見回していた。
「死神、さん……?」
少女が恐る恐る問いかけると、天井がカタンと小さく鳴る。少女が音の方を見上げると天井の一部が開けられており、そこから音もたてずに二人の男性が飛び降りてきた。
予想外の場所から人が落ちてきたことに驚いた少女は、慌てて両手で自分の口を押さえた。大声を上げてしまわないようにしているのだろう。
「ふふっ、こんばんはー。死神のジョイだよ! こっちはリーパー!」
「し、死神さんが、二人……?」
困惑したように少女は二人の顔を交互に見た。ニコニコ顔の方は一度、窓越しに会話をした死神であるため知っている。だが、もう一人は初対面であった。
「えっとー、本物の死神はオレだけ。リーパーはそう呼ばれてるだけー」
「は、はぁ……?」
どちらかというと無愛想な方がよほど本物に見えるとでも思っているのだろう。少女はわかりやすくチラチラとリーパーを見ていた。
そう思われることに慣れている二人は、特に気にした様子もない。
少女がジョイと出会ったのは数日前。部屋の窓からぼんやりと外を眺めていた際に、死の気配を感じ取ったジョイがヒョイッと窓の外から少女を覗き込んできたのだ。
ジョイが死神だと言うこと、死にたがっている者を見つけて声をかけていることなどを聞いた少女は、当然すぐには信じなかった。
だが少女が死にたがっていたことを的確に言い当てたことや、そもそも浮かびながら窓の外にいたことで人間じゃないことは認めざるを得ない。少女はジョイの話を聞くことにしたのだ。
その時点でジョイにとっては大成功である。
死にたいと悩んでいる時に、安楽死させてあげるという悪魔の誘いをするだけで、少女の選択肢に「依頼をする」という項目が増えたのだから。
その後、ジョイは多くを語らずにその場を去った。
もし頼みたくなったら夜空に祈ってほしいこと、その次の日の夜に向かうからとだけ言葉を残して。
結果として、少女は安楽死を頼むことに決めた。昨晩、ジョイは少女の死の祈りを察知したのである。
「あ、あの。今さらですが貴方のような子どもが本当に私を殺してくれるのですか……?」
「酷っ、これでもオレは大人なんだけどー。お、と、な!」
「ご、ごめんなさい」
思わずと言った様子で少女は本音を漏らす。ジョイが頬を膨らませて拗ねれば、ますます死神の威厳どころか余計に幼く見られるということを理解しているのだろうか。
「少し黙っていろ、ジョイ」
リーパーが腕を組みながら低い声で呟いた。たったそれだけのひと言が妙に恐ろしく室内に響く。
やはり、より死神らしいのはリーパーの方で、少女もまたそう認識したかのように顔を強張らせていた。
「お前が依頼人で合ってるな?」
「え、は、はい……あの、私は」
少女は返事とともに経緯を説明しようと口を開きかけた。だが、それはリーパーによって手で制される。
思わず言葉を飲み込み、目を丸くして黙った少女に向かって、リーパーは再び質問を投げかけた。
「準備は出来ているのか」
「え」
「死ぬ準備は出来ているのかと聞いている」
リーパーは普段から必要最低限のことしか喋らないため、極端に説明が足りないところがある。
彼の言った準備、というのも死ぬ覚悟が出来ているかどうかというものではないのだが、これだけの言葉であったらそう捉えられても仕方ない。
案の定、少女は困惑しているようだ。そこへ、再びジョイからの助け舟が入った。
「ほら、遺書の用意や、やり残したことをする時間は必要じゃない? 君は社長令嬢なんでしょ? 色々と面倒なことになりそうじゃない、死んだ後」
ジョイに指摘された少女はハッとなる。
実のところ少女は、ただこの世から消えてしまいたくて、屋敷の者から向けられる殺意をもう感じたくなくて、逃げたいだけだったのだ。
誰にどう殺されるかもわからない、そんな恐怖から解放されたいという一心でこの二人に願ったのである。
なので正直なところ準備など少女にとってはどうでも良いのだ。
それよりも何よりも、彼女はこの二人と自分の感覚の違いに戸惑っていた。
「も、もっと色々と事情を聞かれるのかと思ってました。なぜ死ぬのかとか、死ぬなんてやめろとか」
要は、事情を聞くこともなくあっさりと安楽死について話が進んだことに驚いているのだ。
少女がしどろもどろと言った様子で告げると、不意に室内の温度が下がったように感じた。
もちろん空調は弄っていないし、窓も開いていない。
「ひっ……!」
不思議に思って顔を上げた少女は身体は硬直させ、小さく悲鳴を上げた。
リーパーが眼光鋭く少女を見下ろしていたからだ。寒気を感じたのはこれが原因だったのだ。
「俺たちは慈善事業をやっているわけではない。死を求める者に死を与えるのが仕事で、お前はそれを依頼した。それが全てで、それ以外はどうでもいいし興味もない。だからさっさと質問に答えろ。命を刈られる準備は出来ているのか。まだなら、それにどれだけの時間が必要だ?」
あまりの迫力に、少女はただカタカタと小刻みに身体を震わせることしか出来なくなっていた。
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