第4話迅速な屋敷への侵入
街は深夜だというのに明るかった。都会になればなるほどその傾向にあり、闇に紛れて仕事をする彼らにとっては少々、やりにくい。
「おい、ちゃんと被れ」
「わっ、と。そうだったねー。はーあ、不便ー」
人通りの少ない路地を選んで歩きながら、リーパーがジョイにフードを被せる。彼の銀髪は昼だろうが夜だろうがとても目立つのだ。加えて人間離れしたその美貌は余計に目を引く。
そうは言っても、たとえ見られたところで死神の姿を覚えていられる者はいない。リーパーのように毎日顔を合わせていれば別だが、どうしても記憶から消えていってしまうのだ。
二日も経てば美しかった、銀髪だった、程度しか思い出せなくなり、三日もすれば完全に存在自体を忘れてしまう。死神とはそういう存在だ。
だからだろうか、ジョイには人に見られるといった危機感が欠如している。いくらすぐに忘れられるとはいえ、仕事の最中に目立つのは不都合でしかないのだ。
そのため、こうしてリーパーがジョイにフードを深く被せるのがもはや仕事前の恒例になっている。
世話が焼ける、とはリーパーの言だが、普段の家事をこなしているのはジョイなのでどっちもどっちといえるだろう。
「でかい屋敷だな」
「ね! お金持ってそうー!」
目的地に到着すると、リーパーとジョイは物陰から依頼人の屋敷を観察した。
鉄柵で囲まれた敷地の内部には手入れされた芝生が広がっている。その奥に存在感のある立派なお屋敷が建っていた。
これほどの屋敷だ、セキュリティーも万全だろう。普通ならまず侵入しようとは思うまい。
「まさかまたコソコソ忍び込むような真似をすることになるとはな」
「久し振りで腕が鈍ってないだろうねー? リーパー?」
基本的に今の仕事は依頼人が指定した場所に行けば良いだけなので、誰にも見られないようにと気負う必要はあまりない。
もちろん見られるのもよくはないので、人気の少ない場所をと指定はするのだが。
少なくとも、こっそり屋敷に忍び込むようなことは殺し屋として活動していた時以来だというわけだ。
「軟禁状態だったか」
「そそ。このお屋敷にいる人たちはとりあえず全員、依頼人ちゃんの敵だと思っていいよ。使用人はまぁ、本心までは知らないけど命令されたら殺しでも何でもするんじゃない?」
「ハッ、甘い考えだな。軟禁程度じゃ簡単に逃げ出せる」
「あはっ、リーパーを基準に考えちゃダメだよー」
今回の依頼人は屋敷の主人が逝去した後、ずっとこの屋敷から出してもらえない状況だという。つまり、リーパーたちが彼女の自室に向かうしかないというわけだ。
死神は死の気配を察知するからと依頼を取りにいくのは全てジョイに任されていたのだが、随分とややこしい客を見つけたものである。
「窓からの侵入も不可か?」
「うん。そもそも人が通れるほど開かないタイプだから。まさに籠の鳥だよねー。かわいそー」
「そんなことは聞いてない。屋敷内を通らない侵入経路は」
「えー? 少しは依頼人にも興味持ってよね、もう」
ジョイはブーブー文句を言いながら頬を膨らませているが、リーパーは無視である。依頼人の詳しい事情について彼が聞こうとしないのはポリシーでもあるのだから。変に情が湧いても厄介なことになるだけなのだ。
リーパーが冷たい眼差しを向けると、ジョイは口を尖らせたまま答えた。
「屋根裏から入れるよ」
「最初からそれだけを言え。行くぞ」
淡々と返事をしたリーパーは、そのまま闇に溶け込むように動き出す。ジョイは不服そうな表情のまま、ダラダラとその後を追った。
月明かりの当たらない場所に移動し、鉄柵に罠が仕掛けられていないことを確認したリーパーは、軽い身のこなしであっという間に敷地内へと侵入する。長身で猫背の割にとにかく身軽だ。
しなやかな動きや気まぐれでご機嫌取りが難しいところなど、猫のようだとジョイは笑う。
「あ、あそこだよ」
「二階か。角部屋とはまた侵入しやすい場所だな。甘すぎる」
「いちいち分析するの、趣味なの? 趣味なの?」
ジョイの文句をサラリと聞き流し、リーパーは体勢を低くした状態で敷地内を一気に駆け抜けた。芝生で覆われた庭は、足音も消してくれる。つくづく侵入者に優しい造りだとリーパーは鼻で笑った。
屋敷の裏口側に回った二人は、続けて窓枠や扉の縁などを足掛かりにしてスルスルと壁を上っていく。そうしてものの数分で屋根の上にまで到達した。
「セキュリティーを見直した方がいいんじゃないか?」
「……色々と言いたいことは山ほどあるけどもう突っ込まないからね、オレ」
屋根の上で腕を組み、リーパーは馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
実のところ、屋敷には赤外線の防犯センサーや監視カメラがあちこちに仕掛けられていた。その全ての機器の位置をこの暗がりで把握し、角度を計算して引っかからないようにここまでやってきたのだ。加えてリーパーは、他にも仕掛けられていそうな罠に注意も払っていた。
呆れたように肩をすくめるジョイではあるが、それに難なくついて行けるのもさすがではある。
「というか、お前までこのルートを辿る必要はないだろ」
「必要はあるよ! スパイごっこ出来ないじゃん!」
そもそも、死神であるジョイには壁も扉も無意味なのだが、彼は仕事も楽しむタイプであった。
こうして二人は、屋根からあっさりと屋敷内部へと侵入した。屋根裏にもいくつかセキュリティーが仕掛けられていたが、彼らの前では一切役に立たない。
結果、侵入開始からものの数分で目的の部屋の真上まで到達したのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます