第3話仕事の話はビーフシチューとともに
「リーパー、おはよー! そろそろ陽が沈むよー!」
リーパーの寝室に、ジョイが勝手に侵入している。死神である彼にとって部屋の鍵などあってないようなものだ。
それを理解してからはリーパーも鍵をかけなくなったが、ジョイは人間と違って気配を察知することも出来ないのが厄介であった。
殺し屋として過ごしてきたリーパーは、基本的に熟睡することが出来ない。僅かな気配で覚醒してしまうためだ。
だがジョイは違う。声をかけられるまで気付けず、最初の内はその度に肝を冷やしたものだった。
「静かにしろ……」
しかしそれも最近ではすっかり慣れ、むしろジョイがいるならと開き直って出来るだけ眠る時間を確保しようとするようになってしまった。今では起こされるまで延々と眠り続けるようになったのだ。
まるでこれまで眠れなかったのを取り返すかのように、仕事のない日はひたすら寝ている。
リーパーは気だるげに告げると、寝返りを打って後ろを向いた。
「ダーメ! もう十三時間は寝てるじゃん。目も脳も腐るよ?」
だが、そんなことで許してくれるジョイではない。リーパーがかけていたタオルケットを思い切り引っぺがすと、頬を膨らませて抗議し始めた。
「お前も寝ればいいのに」
「寝れるものなら寝てるよっ! 死神に睡眠は不必要なんだもん。人生を楽しむために試したことはあるんだけどぜーんぜんダメ。寝るという行為自体がまず出来ないんだよ、羨ましいなぁ。だからその分、食事を楽しむんだ、オレは!」
一人で食べるより一緒の方が美味しいんだよー、とグイグイリーパーを引っ張るジョイ。
いつものフード付き黒パーカーの上から淡い黄緑色のエプロンをつけて寝坊助なリーパーを必死で起こしている。
このまま無視して寝続けたいリーパーであったが、この死神は最終的に力づくでテーブルにつかせてくる。小柄な身体で長身のリーパーを軽々と担ぎ上げるのだ。リーパーの人生においてあれほどの屈辱を感じたことはないだろう。
仕方なくベッドから起き上がったリーパーは、緩慢な動きで部屋を出る。満足げに微笑むジョイを横目でひと睨みしながら。
「ほら、今日はこれから依頼人の下に行くんだから、しっかり食べてよね! 昨日から仕込んでたビーフシチュー、めちゃくちゃ美味しく出来てるよー」
席に着くと、ジョイは意気揚々と食事を並べ始めた。彩り豊かなサラダ、ホカホカと柔らかな丸パン、そして美味しそうに湯気を立てるビーフシチュー。
お替りもあるよ、とニコニコ告げるジョイにリーパーは呆れたように目を向けた。
「世話焼きだな」
「そりゃね! オレは君の相棒だから。あ、い、ぼ、う!」
「鬱陶しい」
軽口を叩き合いながら、二人は食事に手を付け始めた。黙々と食べるリーパーに、一口食べるごとにその美味しさを口にして自画自賛するジョイ。いつもの光景である。
「で? 依頼人は」
食事をしながら、リーパーが端的に訊ねた。ジョイが起こしに来たのは確かに食事のためだが、それなりに過ごしてきた経験上、依頼が来たのだろうことをリーパーは把握していた。
せめて食事を終えてから聞いてよ、と頬を膨らますジョイだったが、それも食事中の楽しみかと開き直る。スプーンを軽く持ち上げて、楽しそうに報告した。
「それがさ、まだ高校生なんだって」
「子ども……? よくそれでお前が引き受けたな。金は払えるのか」
ジョイはいつだって報酬を第一に考える。聞くまでもなくその点もクリアしていることはわかっていたが、あえてリーパーは訊ねた。
「大手ホテル業界の社長令嬢だから! 前金もすでに振り込まれてるんだ! めっちゃ羽振りが良くて最高だよ!」
「……なるほど」
前金まで貰っていたのかとリーパーは呆れたように呟く。ともあれ、報酬で揉めることはなさそうだ。だが、そんな恵まれた環境に生まれ育ってなぜ死を望むのか。
僅かに不思議に思いはしたが、依頼人に感情移入するつもりはない。彼らの仕事は死を望む者に安楽死を与えることなのだから。それ以外のことなど考える必要がないのである。
「あれっ、面倒臭いって言うかと思ったのに」
「面倒なのか」
ジョイの意外そうな顔に、リーパーは伏せていた目を上げて問い返す。
「そりゃそうでしょ。社長令嬢が突然死ぬんだよ? きっと世間はオレたちの仕業だって大騒ぎするじゃん。有名になっちゃったし。だからさ、警察が血眼でオレらを探すんじゃないかと思ってー」
「追われるのはいつものことだろう。今さら面倒も何もない」
名の知れた者の突然死というものはなかなか厄介なものだ。自然死だと公表されてもどうしても不審がる者が出てくる。
特に、最近は自分たちの活動が広く知れ渡り始めている。痕跡は残っていなくとも、彼らが安楽死させたのではという噂が流れるだろうことは簡単に予想が出来た。
だがリーパーは追われる生活こそが日常であり、これまで一度たりとも捕まったことはない。死神であるジョイも、人間ごときに捕まるようなことはなかった。
ゆえに、二人にとって警察に追われることなど面倒とも思わない些細なこと。それもそうか、とジョイも考えるのを止めたようだった。
「さて、時間もあんまりないからそろそろ依頼人のところに行くよー」
「急ぎなのか」
食器をしっかり洗い終えたところでジョイが鼻歌交じりにサラッと告げた。時間がないのなら片付けなど帰ってからでもいいだろうに、とリーパーは思うのだが、ジョイの性格がそれを許さないのである。
「んー、時間がないっていうかー」
タオルで手を拭き、エプロンを外したジョイはにっこりと無邪気な笑みを浮かべる。
「うかうかしてると、依頼人が殺されちゃうかも?」
「は?」
肝心なことは詳しく説明をしない。ジョイにはそういうところがある。
リーパーは大きなため息を吐きながら、いつもの上着を羽織るのだった。
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