第2話二人が出会った日
ここ数十年で、この国では急激に安楽死を求める者が増えてきた。生き難いこの世の中で、簡単に死を選ぶことも出来ないと苦しむ者が大勢いるのだ。
そんな彼らの希望に応えるかのように、安楽死を与えることを生業とする二人の男が数年前、突如として現れた。
不愛想な元殺し屋のリーパーと、笑顔を絶やさない死神のジョイ。二人の正確な情報を知る者は誰もいない。
最初は恐らく、誰にも知られずに活動をしていたのだろう。しかしある時SNSで彼らの存在を呟く者が現れたことをきっかけに、じわじわと知名度が上がっていったのだ。
眉唾ものだという者もいる。
そんな都合のいい存在などいるわけがないと馬鹿にする者もいる。
安楽死だろうが人殺しには違いないと非難する者もいる。
そして、救世主だと縋る者もいた。
「
「は? なんだそれは」
「ほら、オレらってすっかり有名になっちゃったじゃない。名乗るバディ名があったら呼びやすいかと思ってー」
某所にある一軒のシェアハウス。ここが二人の住処だ。
一仕事を終えて帰って来るや否や、死神の青年ジョイが突然そんなことを言い出した。
被っていたフードを邪魔だと言わんばかりに取ると、銀色に輝く髪が現れる。
「人の名前を勝手に使うな」
「リーパーって? オレも
「ダサい」
「酷っ。シンプルに傷付くんだけどそれぇ!」
リーパーと呼ばれている元殺し屋と、本物の死神であるジョイ。確かに二人の死神、リーパーと言えるが、そんなことはリーパーにはどうでもよかった。
「だいたい俺は、お前と組んだ覚えはない」
「えっ、それは本当に傷付くんだけど。もう何年も一緒に活動してきたってのに……さすがに泣くよぉ? 泣き喚くよぉ?」
「ああ、うるさい……はぁ、お前がちゃんと約束を守ってくれるんなら、もうなんでもいい」
ギャンギャンとうるさいジョイが面倒になったのだろう、リーパーは耳を塞ぎながら投げやり気味に言い捨てた。
その言葉を聞いたジョイは、急にピタリと動きを止める。雰囲気が一変したのを感じ取ったリーパーは、顔だけをジョイの方に向けた。
「守るよ。これでも神の端くれなんだ。約束は絶対に守ると断言する」
「……そうかよ」
いつになく真面目な顔をしたジョイに、リーパーは目を逸らして上着を脱ぐ。
ジョイのわずかに赤くなりかけた目を確認し、リーパーは上着をハンガーに掛けながらジョイと出会った頃のことを思い出した。
※
四年前。リーパーがまだ安楽死を届ける仕事を始めたばかりの頃だ。
その日の依頼人は裏組織に所属している末端の男だった。酷い失敗をしたせいで自分は消される運命だから、拷問にかけられながらじわじわ殺される前に安楽死をと望まれたのだ。
予定通り待ち合わせ場所である夜の港にやって来たリーパーが目にしたのは、今にも殺されそうになっている依頼人の男と、大鎌を持った小柄な青年の姿だった。
リーパーの目には、風に靡く銀髪と大鎌があまりにも不自然に映った。
そして瞬時に悟る。
「……そいつは俺の客だ。今日、この場で殺してやると約束をしている」
リーパーは腕に自信があった。特に人殺しにかけては誰にも負けない技術を要していると自負している。
つまり、そう簡単に自分も人から殺されることはない。だからこそ、青年が人間ではないとわかっても臆することなく二人に近付いた。
しかし、大鎌を持った青年がゆっくりとこちらを見た瞬間、リーパーは今までに感じたことのないほどの悪寒を感じた。
青年の怪しく光る紅い瞳は見開かれ、表情は抜け落ちている。恐ろしいほどに整った顔は人間味を一切感じられなかった。
全身から黒いモヤのようなものが噴き出しており、これは触れてはならない存在なのだと嫌でも思い知らされたのだ。最初に感じた不自然さは正しかったのだ、と。
青年はゆらりとこちらに足を踏み出した。どういう原理か、彼の身の丈以上ある大鎌も宙に浮いたまま一緒にこちらに向かってくる。
「死、神……?」
口をついて出たのはそんなバカげた単語だった。自らがそう呼ばれているからこそ、すぐに脳裏に浮かんだのかもしれない。
目の前の青年こそがその名にふさわしいとリーパーは感じたのだ。
「お前が、殺すの?」
青年は今にも襲い掛かって来そうな雰囲気だったが、すぐには行動を起こさず質問をしてきた。もしかすると、少しは話が通じるのかもしれない。
だが、今後の会話次第では自分が殺されるだろう。リーパーはそう分析した。
ヒシヒシと感じる死の予感。だがリーパーは臆さない。彼にとって「死」とは、幼い頃から常にそこにあるものなのだから。
「……俺は、そいつからすでに金をもらってる。苦しまずに殺してくれという依頼だ。死神だろうがなんだろうが、仕事を横取りするのはやめろ。どうしてもと言うのなら……」
ゆっくりとこちらに向かってくる死神を真っ直ぐ見ながら、リーパーはハッキリと告げる。
「俺の命を刈れ。出来れば二十年は待ってもらいたいが、今すぐ命が欲しいというのなら、それも仕方ないと諦める」
リーパーの申し出が意外だったのか、それとも何か他に思うことがあったのか。紅い目をした死神はその動きをピタリと止める。
「なら、はやくそいつを殺せ……」
表情の抜け落ちた様子は変わらなかったが、リーパーはその紅い瞳がどこか期待に揺れているように見えた。
※
「そもそもねぇ、君のやり方じゃあ今頃、路上生活だよ。こうしてシェアハウスに住めて、美味しいご飯も食べられるのはひとえにオレがしっかり仕事を手に入れて来るからだってこと、理解してる?」
ジョイの文句でリーパーはハッとなる。随分と懐かしいことを思い出したものだ。
あれから結局、ジョイはいつの間にかリーパーの世話を焼きながら一緒に暮らしている。よく考えなくても死神との共同生活だなんてどうかしているのだが、それもどうでもよくなるほどにはもう慣れてしまった。
ひたすら続くジョイの文句に、リーパーは大きなため息を吐く。
「お前はお前でやればいいだけだろう。その方がお前の取り分も増えるというのに」
「だーかーらー! オレは極力、自分の手を汚したくないって言ってるじゃん。人生を普通に楽しむのが目的なんだからー」
死神が人生を楽しむなどおかしくて鼻で笑っていまいそうだが、当の彼は本気であった。
実際、まるで普通の人間のようにジョイはこの生活をかなり満喫していた。驚くほどに綺麗好きで、几帳面で、女子力が高いことを除けば、確かにリーパーも快適に暮らさせてもらってはいる。
だが元々リーパーは特定の住処もなく、一人でその日暮らしを続けていた身だ。暮らしに快適さなど求めてはいない。
あまり金がなかろうが、寝る場所がなかろうが、その時の状況に合わせて行動すればいい。少しでも人のためになることをして目標の年数を過ごすまでの間、それなりに生きていられればそれで良かった。
しかし、ここで下手に言い返せば倍以上うるさく言われるだけ。それを数年の同居生活で身に染みてわかっているリーパーは話をそこで切ることにした。
「お前、もう黙れ。……俺は寝る」
ジョイもまた、こうなったリーパーが何を言っても話を右から左に流すことを知っているので、渋々ながら文句を止めた。
「ふんだ、いいもんねー。オレは酒でも飲みながら次の依頼を探すもん!」
こうして彼らは数日に一度ほどの頻度で依頼をこなし、ゆるやかな日常を送っている。
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