ギブユータナジー!〜元殺し屋と死神が安楽死を望むあなたからのご依頼をお待ちしております〜

阿井 りいあ

第1話安楽死屋の二人組


 住宅街に並ぶ、ごく普通の家々。その中の一軒で、一人の命が静かに終わろうとしていた。


「随分としっかり準備をしたようだな」

「それはもう。残された者たちが揉めないように。私の死後、少しでも面倒ごとは減らしてやりたいですから」


 常夜灯のみが点けられた薄暗い室内にて、長身で猫背の男と老人が何やら話している。

 老人は男からコップの水と薬を受け取ると迷うことなくそれを飲んだ。ゴクリと喉が動く。


 これで老人は、死ぬ。痛みも苦しみも感じることなく、眠るように。


「薬が効くのは一時間後だ」

「ええ、ええ、何度も確認しましたからね、存じておりますよ。今からベッドに潜って眠ります。もう何も思い残すことはない」


 男が依頼人であるこの老人と会ったのはこれで二回目だ。

 一度目は依頼を受けた時、そして今である。死を迎えるための準備を終えたら連絡をするようにという約束であった。


 それが今日、この夜というわけだ。


「心配ではないのか? 本当に苦しまずに死ねるのかと」


 老人が躊躇う素振りを見せることなく薬を飲んだのを見て、男は聞いた。

 大抵は覚悟を決めていたとしても、いざ死ぬとなった時には多少の戸惑いを見せるものだからだ。そしてその中の大半は男に確認してくる。本当に苦しまないのか、と。


「ここで貴方が嘘を吐いてなんの得になりますか。短いやり取りしかしていませんが、そんなことをするようなお人ではないことくらい、わかりますよ。貴方はご自分の仕事に誇りを持っている方だ」


 老人の迷いのない言葉に、男は気難し気に眉根を寄せた。

 それを見て老人はクックッと笑う。男は小さく肩をすくめると、まっすぐ部屋の扉に向かった。


「依頼を受けてくだすってありがとうございます、リーパーさん。安楽死は私の悲願でありました」


 老人は、そんな男の後ろ姿に深々と頭を下げる。


 リーパーと呼ばれた男は振り返ることなく扉を開けると、閉める直前に足を止めて一言だけを残した。


「……良い旅路を」




 街灯の少ない住宅街にある公園のベンチにリーパーは腰かけていた。

 全身黒い服に黒髪の彼は不審者にしか見えない。猫背のシルエットがより不気味さを醸し出しており、彼を見かけたとしても誰もが見て向ぬふりをするだろう。


 だが、そんな彼に近付く人影があった。ダボダボの黒いパーカーを着た小柄な男で、フードを被っている。迷いなく彼の下に向かって行く足取りは軽やかで、スキップでもしているかのようだ。

 そのままパーカーの男は、リーパーの座るベンチに一人分ほどのスペースを空けてストンと腰を下ろした。


「リーパーは変わってるよねぇ。年金暮らしのおじいさんの依頼なんか受けてさ」


 フードの男はニコニコと笑みを浮かべながらリーパーの顔を覗き込むようにそう言った。

 十代後半ほどに見える青年は肌も白く、とても整った顔立ちだ。口元のホクロが妙に色気を醸し出している。


「ハッ、大事なのは誰かではない。ちゃんとした依頼かどうかだろう」

「オレとしてはもうちょっと金払いが良ければ言うことなかったんだけどねー」


 前を見たまま鼻で笑うリーパーに対し、青年は背もたれに寄りかかって両腕を伸ばし、軽い調子で不満を告げた。その拍子にフードから長い銀髪がひと房サラリと落ちる。


「死神のくせに、金にがめついお前と俺を一緒にするな」

「酷いなぁ。別に騙し取ってるわけでもないのに。それにお金って大事だよ? 最近は物価も値上がりしているし、貰えるものはしっかり貰っておかないと」


 どこまでも飄々とした青年を横目でちらりと見たリーパーは、軽く舌打ちをしてから口を閉ざした。

 元殺し屋であるリーパーには誰もが震えあがってしまいそうなほどの迫力があるのだが、青年は一切怯む様子はない。


 それは青年が、本物の死神だからである。


「ちゃんと見届けたのか」


 不機嫌そうに告げられたリーパーの言葉に、青年は腰に手を当てて答えた。


「当ったり前でしょ。ちゃんと死を見届けて魂を得なきゃ、オレがこの場にいる意味ないじゃん。あ、それとも死に際の様子が気になった? ちゃんと安らかな顔だったよ。苦しまずに死ねたんだね」

「当然だろう。誰がやったと思ってる」


 リーパーの返した言葉に、青年はわざとらしくニヤリと笑う。


「誰って、そりゃもう完全無欠の死神リーパー様ですぅ」

「嫌味かよ」


 嫌そうに眉根を寄せたリーパーに、青年はさらに声を上げてケラケラと笑った。


 青年は笑いながら手のひらを上に向ける。すると、青白い小さな火が灯った。さきほど見送った老人の魂の欠片・・だ。それをパクリと口に放り込むと、青年は舌でペロリと唇を舐めて満足したように微笑む。

 その瞬間だけ、これまで透き通るような水色だった瞳がわずかに赤みを帯びた。


「さ、もうここには用はないよ! 警察が来る前にトンズラしよ! リーパーが職質でもされたら面倒じゃん? ほら、は、や、く! は、や、く!」


 一度目を伏せ、再び開けた時にはまた死神の目は水色に戻っていた。相変わらず無駄に無邪気な態度だ。


「うるさいぞ、ジョイ。騒いだら目立つだろうが」


 のろのろとベンチから立ち上がったリーパーは、頭をガシガシ掻きながら歩き出した。

 そんな彼についていく死神ジョイは、やはり楽しそうにスキップしながら付いて行く。


 近頃、世間を賑わせている「安楽死屋」と呼ばれる二人組は、夜の闇に溶け込むようにその場から姿を消した。


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