17話 英雄、または勇者の覚醒へ(女装っ子の本領発揮です)
あまりに不憫なので描写していませんが、ゆい君が華麗に凱旋してだいふくちゃん(精霊さん)を連れて行くついでに女装しているとばらしています。
女の子の格好をむしろ誇りに思ってもいるゆい君です、それはもう自慢気に。
「……無事で良かっわ、ふたりとも。 あれのせいじゃなくっても……けほ。 あの子のあれのおかげで、ケガしてたりしたかもって思ったから」
島内千花と巻島美希を見つけて降りてきたのは、先ほどまで一緒に居た精霊――の、人間形態だった。
遠目で見たのと変わらずに全身が着ぐるみのようなクリーム色の体毛に覆われ、ウサギのような耳と犬のような尻尾を生やしていて、……そして、小さかった。
それは――「かわいい」だった。
「~~~~~~!! 精霊ちゃん、かわいすぎっ!!」
「んぎゅっ!? ……ちょ、苦しいってば! だから、千花ってキライっ」
「あー! ずるいよちかちゃん! わたしもわたしもっ!」
上空を覆っていた存在が消えたことで、2日ほど黒い雲に覆われていたその町は雲ひとつない空を横切る朝日に包まれていた。
町の……壊滅とも表現できる惨状を見なければ、気持ちの良い朝だと言えるものでしかなかった。
救いと言えるのは、町の中心の大きな商業ビルや駅が建ち並ぶエリアが被害の中心であって、郊外に行くほどに破壊の跡が薄れていくことだ。
もっとも、町の経済と政治と交通の要衝が破壊され切っている時点で町の復興は最低でも年単位になることが確定しているわけではあるが……それは子供たちには関係のないこと。
「……ぷは。 ま、まぁ良かったわっ。 ふたりが無事で。 ……ん。 他の人間の子たちも、みんな無事みたい」
人間形態――ウサギの耳のようなもののついたフード、フード以外は犬のような着ぐるみとあってぬいぐるみに比べたら確実に人間形態と言って姿。
着ぐるみに包まれた中身は小学校低学年にも見える、金髪の少女――に見えなくもない姿になっている精霊は「かわいい」しか言葉を発せなくなってた少女たちから脱出して距離を取る。
――取った先が、新しい「魔法少女」の後ろなのは偶然だろうか。
「……ま、みんな無事だったけど、ひとことだけね。 ……精霊ちゃん? あーんな大技撃てる子だったなら知らせて欲しかったんだけど。 私、覚醒? ……覚醒だね、した美希ちゃんが居なかったら危なかったんだけど。 ね?」
「ま、まあ……びっくりした、かな……け、けど、いいじゃない。 結果だよ結果。 あと、ちかちゃん寝てた……」
「あ、あれはしょうがなかったからっ」
「ほんと…………? 心配したんだよ」
「……それについては、ごめんなさい。 ほんと、ごめん」
と、再び――先ほど見たようにうずくまり、肉球を模した両手で、ぽすっと顔を覆う精霊。
再び、うずうずとし始める少女たちだったが、精霊の弱々しい声で踏みとどまった。
「あのね? 契約して変身するときになって知ったの。 言われたの。 この子が、その。 ――――――ちっちゃいころに魔法を、あたしたち抜きで使った経験があって、いっぱい戦ったことがあって」
「だって、会ったとき言うの忘れてたんだもん」
「……はぁ――…………あと、潜在的な魔力がものすごいからって別の世界から喚ばれたことがあって。 えっと、あとは何?」
「教会とかお寺とか神社とかみたいなところとか、おっきい山とか連れてってもらった!」
「……そうだったわね……その世界の知識を応用して、それから今までずっと魔力を貯める生活ってものをしてきたんだって……ええ。 想像もできなかったし、知らなかったのよ……はぁ……いえ、おかげで勝てたんだけど……勝てたんだけどぉ――……」
こんなの、絶対めんどくさいことになるじゃない、美味しいの食べてるヒマなんてしばらく無いじゃない……と、つぶやく。
「…………………………………………?」
「……えっと、それ、すごいことなの?」
吐き出すようにしてため息とつぶやきばかりを漏らす精霊を見下ろしながら……理解がまるでできないふたり。
「……えー、えー、そうよ。 すんごいのよ。 それこそ魔女の仕事してる子たちと同じくらい……いえ、ずっと、ね。 今の見たでしょ。 フツーじゃないの。 ほんっと、いろいろと」
「え、でも。 その子って……」
と、ふたりは桃色の「少女」を……いつの間にか高台から飛び降りた先、瓦礫のあいだに残っていた魔物を追い回し、倒して回っているその姿を戸惑いながら見る。
「こーら、待て待てーっ! おとなしく……」
「…………とてもそうは見えないねぇ。 いえ、さっきすごいの見せられたし、信じるしかないけど……でも、さ?」
「あんな『最初の一撃』使ったのに、まだまだ元気そうだね……わたしのときなんか、へろへろだったのに」
よたよたと立ち上がる精霊は、それはそれは疲れ切った顔をして……「少女」を見る。
「…………………………………………あの子、10歳だって。 まだ、10歳だって。 ……まだまだ伸びしろがありすぎるのよ……元気なのは幼いからかしら、ね…………はぁ……」
「えっと、小学校」
「2年生とか3年生とか……かな?」
「どうでもいいのよ、ホント……」
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
「…………………………………………………………………………………………」
会話が途切れ、ふたりと1匹はすることがなくなり、ただただぼうっとして……丹念に魔物を倒していく桃色の髪を眺める。
そうして数分、「少女」はきょろきょろと見回して魔物を倒しきったのを確認したのか、精霊とふたりに向かって手を振ると――脚での飛翔と共に棒を伸ばし、十数メートルを飛翔して綺麗に彼女たちの前に降り立った。
ひゅんっと棒を、ちょうど手に収まるサイズにまで収縮させ、人懐っこい表情で精霊と視線を合わせ、年上の少女たち――頭ひとつぶんは背丈の差があるだろうか――を見上げる。
「お姉さんたち、こんにちはっ!!!!」
「……えっと、こ、こんにちは……?」
「あう、耳が、耳がぁ……元気すぎぃ」
「………………………………はぁ……」
とても元気な声で――元気な小学生の少女のような声を上げ、小学生のお手本のような挨拶をする「彼女」。
「僕はゆいって言うの! 月本ゆい! よろしくね! お姉さんたち魔法少女なんだってね! すごい! かっこいい! かわいい! だいふくの言うとおりなんだね! でもなんで変身止めちゃったの? もったいないのにっ! ね、変身して変身して! あ、その前にセンパイっていうものになるんだっけ? じゃあ、よろしくお願いします! です!! 中学生の人とか高校生の人とかにはちゃんと挨拶だよね! あ、もちろん高学年の人にもおとなの人にもちゃんとするよ? でも、えっと…………あ、制服! いいなー!!」
「……よ、よろしく……?」
「あらあら、元気ねぇ。 こんなに元気そうな子、そりゃあ精霊ちゃんとは合わないわよね……珍しいなぁ」
小学校で……いや、彼女たちの中学でも少ないながらもいるが……こういう子っていたなぁ、と、おなじことを思うふたり。
同時に……中学校に入るまでは男勝りな子とか男の兄弟がいる子で、普通に「僕」って言っちゃう子っていたなぁ……とも。
同級生や先輩にもそういう人はいるけど、そういう人って結構クセ強い気がするなぁ、とも。
「………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………」
「?」
くりくりと大きく見開かれた瞳は少しばかり目じりの上がったアーモンド型で、成長したら間違いなく美人になりそうな雰囲気。
まだ変身を解いていないから元の色がどうか分からないものの、変身中の瞳は全身のカラーリングと同じく梅とも桜とも見える色。
仄かに魔力が髪の毛から漂っているおかげで、一層に可愛らしく見えてしまう。
その目元を取り囲むように短めの前髪と長い横髪があり、左右の髪の毛を結ってふたつのふさがぴょこんと広がり、後ろに流している長い髪の毛も、腰の辺りの先端がふわりふわりと動いている。
その見た目が――髪型や長さも含めて変身中だけのものなのか、それとも元からそうなのかは分からないけれども、きっと普段から男子に紛れて走り回っていて……人気なんだろうな、との一瞬の判断が下される。
2対の瞳からじぃ――っと見つめられ続けても平気そうに、ただただ頭の上に「はてな」を浮かべているような様子の「美少女」を見て、またしてもふたりの中学生たちの想いは一致していた。
見つめられて不思議そうにするだけで、逆にふたりのことをじぃっと興味深そうに見ているその表情は純真そのもので、だからこそ普段から見られ慣れていて誰とでも友だちになることのできそうな性格。
まだ自己紹介も終わっていないものの、先ほどの活発さからそういう子なんだろうと、一部の女子以外からは好かれるタイプなんだろうと、少女たちはそう判断する。
…………裏表のある性格でなければ。
しかし、精霊たちは極端に裏のある……性格がひねくれているというか、純真から離れている性格の子供とは契約したがらないのだと聞いていたからこそ、疑ってもしょうがないと――そして、人間形態でモフり甲斐のある精霊と共に愛でるべき対象に据えようと、ふたりの少女としての本能が結論づけようとする。
「元気元気。 ゆいちゃん、だっけ? 私は島内千花、千花でいいよ? おなじ魔法少女同士だし、これからこの町で一緒に……やる気なんだよね? ……うんっ、元気な子が来ると雰囲気明るくなるからお姉さん楽しみだよ」
「えっと、わたしは巻島美希って言うの。 あ、わたしも……みき、でいいからね? ……で、あの、わたしもまだ魔法少女になって少ししかしてないから、歳は離れてるけどゆいちゃんとおんなじ新人さんなの。 で、わたしの同級生のちかちゃんは小学生のときから魔法少女やってて、この町をまとめてるの。 確かゆいちゃんとおなじくらいの歳から、だっけ?」
「……………………………………………………!! つまり、ちかはこの町のボス!? 裏のボスなの!?」
「え、……えーっと、裏って……魔法少女の子たちの、ボスっていうより」
「おかあ」
「美希ちゃん?」
「……みんなそう呼んでるのに」
「もうっ。 ……あ、そうそう。 私が長くしてるってのもあるんだけどね、私、性格的にも性能的にも向いてるらしいから、魔法少女の子たちのまとめ役してて……将来の進路として魔女を前向きにって言われてるの。 だからたぶん、ゆいちゃんがこの町で魔法少女してるあいだは一緒にできそうっ」
「お――――――――――――――――――――――――――――っ……」
さらに目を見開き――完全に憧憬の眼差しでこそばゆいくらいのものを光らせながら――すすすっと地下の真ん前へと進み、じぃーっと見上げるゆいと名乗る「少女」。
「………………………………………………………………………………」
「………………………………………………………………………………」
「………………………………ゆい、ちゃん? ちょっと待っててもらってもいいかな?」
「うん!」
「ありがと。 ……美希ちゃん、いい?」
ぱっ、とゆいから顔を背けた千花は、美希の肩を両手でぱしりと掴んで顔を近づける。
「……ごめんね? 美希ちゃん。 ――この子、破壊力ヤバいんだけど」
「あ――……ちかちゃんが大好きなタイプの子だよね。 お世話しがいがあるって言うか」
「そうなの! しかもあの人懐っこい感じがもうっ」
「ちかちゃん、今は自己紹介! 自己紹介あったばかりだからっ!」
「?? どうしたのかなー」
なーんか言わなきゃいけないことあったんだけどなー、と急に下を向いて考え込んだゆいをちらりと見つつ、ふたりは「特別にかわいい」を発見したときのため息をつく。
「……これで裏あったら、私、人間不信になるわ……いえ、女子不信? たぶん、割と根深く。 そういう感じの子とは距離置いてるけど……ね?」
「女の子らしい女の子……子役さんとかでいそうだよね、こういう子って。 ……でも、なんとなくだけど演技とかできなさそうだし、だいじょうぶ、じゃない? そもそも精霊さんと魔法少女になれたんだし、さ?」
「う――――――――――――――――――――――――ん……」
「……。 あのね、千花、美希。 いいかしら……。 先に知っておいてもらわないと、その。 心構えって言うか」
「ん? どうしたの精霊ちゃん、そんなにシリアスして。 勝ったばかりなのに」
「どうしたのかな……あと、いつもの姿に戻らないの? えっと、わたしたちはそっちの方がかわいいって思うけど」
恐る恐ると言った具合に、さりげなくゆいを遠回りして千花と美希の元へときゅむきゅむとファンシーな足音を立てながら近づいてくる精霊。
「この子はね? えっと、ものすごく言いにくいんだけ」
「あ――!! そーだった!!」
「……………………………………あぁ……」
「これ言わなきゃだったんだ! 初めて会った人にっ!! 忘れてた! あ、まだ忘れてなかったからだいじょうぶだね!! よかった!!!」
精霊のうさ耳と犬の尻尾が究極にまでへにゃりと垂れる。
ああ、また心の準備ができていない相手に言うのね……と、漏らしながら。
「お母さんにいつも言われてるから先に言います!! 僕は、男ですっ! この格好は、僕のシュミでしてるだけ――――――――――――――――ですっ! 女装は僕のシュミで、人生ですっ!!」
ふたたびうずくまった精霊の隣で自信満々に瞳を見開き、大きく口を開けた美少女……もとい、女装少年が――本当の意味での名乗りを上げた。
「もう、みどりちゃんだめじゃない。 だいふく、最近抜け毛目立つんだからいじめちゃっ」
「いじめてなんて……ないよ?」
「ええ、そうでしょうね……あなたはごく自然にだものね。 ……あたし、苦手よ……」
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