18話 女装魔法少女の「誕生」


ゆい君は素直です。

どこまでも。




魔法少女歴が5年ほどになる島内千花と、魔法少女歴がひと月にも満たない巻島美希。

そして、よりにもよって少年を少女と「見間違えてしまった」精霊――「だいふく」にとって、中学生の魔法少女たちにとって、堂々と女装しているというその名乗りは忘れがたいものとなった。


「……え。 え、ええーっと。 聞き違い、いえ、言いまちがい? 冗談? よね?」

「……そ、そうだね。 も、もう、ダメだよゆいちゃん。 年上の先輩からかっちゃ」


「あ、いつもの感じ。 えーっと……あ、ちょっと待ってね」


と、ごそごそと服を漁りだし。


「……あ。 そーだった、今変身中だったんだっけ。 ねーねーだいふくー、変身前の服のポケットに入ってたものってどーなってるの?」

「…………変身解いたらすぐに取り出せるわ。 ……ええ、だいじょうぶよ。 あなたがそうしたいならまたすぐに変身できるから…………はぁ……もうヤダ」

「あ、そー? なら……んー、こんな感じ?」


花吹雪が舞い、一瞬のあいだ月本ゆいが髪の色に光り――次の瞬間には変身が解かれ、変身する前の「彼」の姿へと戻っていた。


……が。


「……えっと。 ね、ねえちかちゃん。 ゆいちゃん……ちゃん、だよね? ……の格好、どう見ても何歳か下の女子が好きそうな、ラメできらっきらしてるのだよね? 小学校高学年のあいだだけ……な感じの」

「そうねえ…………あと、スカート。 知ってたけどかわいい系統が好きなのね。 靴までおしゃれ……あ、髪の毛、変身する前からそうなんだ……短く戻っても、こんなに長いんだ。 かわいい……けど、毎日のお手入れが大変そう」


たった今ゆいが口にした「事実」とは真逆に、「彼」の服装は、「彼」の髪型は、そして顔つきは紛れもなく「いわゆるオシャレに目覚めた小学校高学年の女子」そのものだった。


変身時よりはファンシーさが抜けているものの、100人が見て100人ともが「小学校高学年の女子にこういう子いるよね、いたよね」と言うのに間違いがなさそうだった。


完璧な女子。


本人がその気なら、あるいは親がその気なら子役のオーディションに出たり……セルフプロデュースするのであればネットで顔を出してのアイドル活動をしていてもおかしくない顔立ちとおめかしをされた、そんな少女。

自分たちとは違う人生を送るんだろうな、とふたりの少女の心が判断して嫉妬すら起きなかったが、しかし、ごそごそ、とスカートのポケットから「彼」が取り出したのはメモ帳。


「んーと……あ、これこれっ」


表紙には「月本ゆいの」と書かれており、マジックペンの丸っこい字、表紙をこれでもかと埋め尽くしている凸凹キラキラとしたシールが殊更に少女たちの小学校時代を思い出させる。


「……………………………………あぅ、黒歴史がぁ」

「ちかちゃん……?」

「ううん、なんでもない。 子供のころの服とか思い出したくない……」

「一応私たちも中学生だから子供の範囲……でも、そうよね、小学生と中学生は」


「えーと、よしっ。 聞いてください!」


すうっと息を吸うと、ゆいはすっかり慣れて半分覚えている自己紹介の台詞を口にする。

教室で、同級生たちの前で発表するときのように堂々とした声で。

その声はとても可愛らしい少女のもの――だったものの、その内容は。


「僕は月本ゆいです、小学校4年生です、はじめましてよろしくお願いしますっ。 で、突然ですが僕は男です、この格好は僕がしたいからしているだけです。 でも僕は別に女の子になりたいわけじゃなくて女の子のかわいい格好が好きだからです、先生たちは僕を――あ、これは初めて会う先生用のセリフだった。 えっと……あ、これ。 こっちのページだったね。 僕は男子トイレに入ったりするけどびっくりしないでください、プールとかも男の方で平気です、何か困ったことがあったら僕の担任の先生かお母さんか一ノ倉みどりちゃんに言ってください! ……ふぅっ」


どやあ、と言う擬音が浮かんでいるような顔つきで自慢気なゆい。

だが、それを聞かされた方は。


「………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………」


「…………………………本当にそういうこと、みたいなの。 ええ……」


小学生が言わされている感満載だが、微笑ましいよりもその内容が刺激的かつ強烈すぎて、中学生たちの思考は揃って止まっている。

脳が、感覚が、受け入れるかどうかで迷っている。


かわいい、のに、男の子……?


そこに、ノイズが入る。


かわいいから、男の子……?


女装子……男の娘。

マンガや動画でたまに目に入るような存在の。


「……あ、今度からこの後に魔法少女です、って付け足さなきゃなのかぁ。 またお母さんに書いて……あ、ページあんまり残ってない!! 新しいの買ってもらおーっと!! ねえだいふくだいふく、ぼーなすで新しいの買ってもらえるかな!!!」

「……………………………………そうだと、いいわね」


「………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………」


ごそごそとポケットへ乱暴にメモ帳を突っ込むのを見て、ああ、このあたりは男の子なんだ……と、今度はふたりと1匹が同時におなじ感想を抱いた。

そうして、えいっ、というかけ声でまた彼の体が光り、再び桃色の魔法少女姿になる。


「なので! ……あ、センパイだけどですますって言いにくいから普通でいい? そ? ……って言うことだから、僕は女の子の格好してるだけの男子だからね! さっき魔法少女としてだいふくに契約してもらったの! これからよろしくねっ、ボスのちかと友だちのみき! あ、だいふくっ! この格好できるようにしてくれてありがと――!!」



「………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………」


「……ね。 言いたいこと山ほどあるけど、とりあえずいっこだけ。 精霊ちゃんって、名前あったの? 今までずっと精霊ちゃんって呼んじゃってたけど、もしかしてだいふ」


「違うわ。 違うのよ……あの子が勝手に呼んでるだけ。 そうさせてくれないと魔法少女してくれないってダダこねられて契約に含まれちゃってるの……変身中に。 こんなの、悪徳セールスとかいうものじゃない」

「……そんなことできるの?」


「駄目なら戦わないって拒否られたんだからしょうがないのよ……変身中にいきなり伝えられたら断れないでしょ? あと、ほんとどうしてか魔法少女にしちゃえたの……男の子は魔法少女になれないはずなのに、できないはずなのに……できちゃったの。 これ、とんでもないことなの……なのにこれ、もう契約切らないと直せないの……けど、これだけの魔力がある子だもん、まず間違いなくあたしのセキニンだからあたしがガマンして面倒見ろって長老たちと人間たちに言われるの……ああ、あたしは静かにすみっこで暮らしてたいのに……たかったのに。 …………………………………………あたしって、ホントにバカ……」


「せ、精霊ちゃん? お、落ち着こ? ね? あ、せっかくだし抱きしめてあげ」


「……グチ言ってちょこってとマシになってきたけど、やっぱちょっと待って……待って……待って。 あと、どさくさでハグしてこようってしないで、千花…………本気で、どうイイワケしたらいいのか分からないの。 今回の功績でウキウキなところに、間違って男の子を魔法少女にしちゃいました、どころか「できちゃいました」って報告で大騒ぎになるのが目に見えてて、ぜーったい忙しくなるって分かってるから胃が痛いの……確認されてない異世界ってのが存在するっての、ヒミツに……できないわよねぇ、この子なら……」


と、深刻に沈み込んでいる精霊――だいふく、と名付けられてしまった可哀想な存在――に気がついたのか、月本ゆいという少年がまた変身を解いてポケット……ではなく小さな、これまたファンシーなポーチを漁る。


「だいふくって体無いんじゃないの? でも胃薬とおなかの薬いる? あげるよ?」

「……、実体を持つと、ある程度生物だから……あと、なんで胃薬とか持ってるの」


「僕はカゼのときくらいしか痛くなったりしないけど、あ、あと、食べ過ぎたときとか拾い食いしちゃったときくらいしかならないけど、僕が初めて会う人って、特に頭良さそうな人とか、せんさい? な人って、今のだいふくみたいにおなかとか痛いー、って言うから、お母さんがさっきのメモ帳買ってあげる代わりに持ち歩きなさいーって」


「……ありがと。 胃薬の方、もらうわ」

「これ、お水いらないやつだからって!」

「……………………………………そう」


「……すごい。 ねぇ美希ちゃん、精霊ちゃんが胃薬もらってる……あ、さらさらって飲んで。 これ、みんなに言ったら、……信じてくれなさそうねぇ……」

「止めてあげなよちかちゃん……けど、とりあえずあの子、ゆい……くん、のお母さんはまともな人みたいだね。 でも、ほんとうにあの見た目で、男の娘……じゃない、男の子……」


「? なんで言い直したの? 美希ちゃん」

「ううん、なんでもないの」


♂(+♀)


「……ちょっと。 もう倒されたって……冗談でしょう? あの子たちが束になっても駄目だったからって、私がこうして来たのに」


悪天候で飛び立とうとしないヘリを、半ば自分の立場で強制的に脅……飛ばし、一路、新カテゴリー「魔王」になったと言う魔物を叩くべく飛んできた、ある少女。


だが、もうすぐそれがいる町が見えてきたというところで突如として梅色の半球が地上を覆い、数十キロの槍が上空の魔物を捉え……付近の山に堕とされて消滅し、討伐された場面をその目で見てしまった。


「……っ……無理を言ってここまで来たのに。 何よ、あの攻撃。 あるんなら最初っから隠しておかないで使いなさいっての。 あれはどこの秘蔵っ子? 関東支部? 北陸? それとも海外、……まあ、いいわ。 どちらにしても、もう終わってしまったこと。 愚痴は無意味ね」


ヘリのパイロットは明らかにほっとした様子で、ひとまずこの町の仮設災害対策本部へと降ります……などと彼女へ声をかけているが、スマホでの会話を途中で切り、怒りからかひとり言を……晴れてしまった空を見ながら垂れ流す。

ヘリの中の騒音で返答は聞こえなかったが、彼女が何かしらの返事をしたと解釈したパイロット――対魔物特殊部隊の緊急用ヘリを操縦する彼は、徐々に高度を落とし始めた。


「……私の獲物だったのよ。 私が、倒すはずだったの。 そうでなければならなかったのよ。 なのに、……許さないわ。 誰の差し金だか知らないけど、これだけ多くの町を見捨てて、ここぞと言うときだけに特別な誰かを唆してあんな派手な倒し方をさせるだなんて。 私たちは、大人たちの道具じゃない。 そのためだけに……っ」


ぎゅ、と……いざとなれば飛び降りるつもりだったためか魔法少女姿に変身していた彼女――髪の毛や瞳が青と紫で染まっているスーツ……ライダースーツと呼ばれるものに似た印象の服装に身を包んでいる彼女は、冷たい瞳を朝日の昇る温かい地上に落としていた。



「完璧な自己紹介だったね!!」

「ええ……ある意味で完璧ね……」


「どう見ても女の子なのに男の子……じゅる」

「美希ちゃん………………………………………」

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