16話 英雄、または勇者の覚醒へ(ようやくの出番です、女装魔法少女。 ――なお……)
「あたしが、びる、の上にいて、ゆいが魔王を斃したときの千花と美希よ」
「だいふく。 どうやら躾が必要みたいね」
「あのときは一緒にいろんなこと起きてたんだからしょうがないじゃ……あ、く、口答えしないから着ぐるみ脱がさな」
桜色のドームが広がり、ゆいが魔王を貫く……少し、前。
千花と美希は、「少女」を哀れんでいた。
「……あんなにロリかわな格好……いえ、可愛いとは思うし、大体の子もそれなりに影響受けるけど……しても、しょうがないのよねぇ。 変身するときの姿って、そのときの深層心理ってのから汲み取るらしいから。 ……私、なる前に政府の人の話聞いておいて、急いでお母さんに服を選んでもらって、何日か着続けてこれは私だってしておいてよかったわー」
「え。 ちかちゃん、そこまでしたの……?」
「そうよー? じゃないと、私たちが幼稚園とか低学年のときの朝に流行ってた、日曜日の朝にやってた魔法少女の子の衣装そのまんま、髪型もそのまんまでこの歳でも変身してることになるわけだけど、どう思うかな? 私たち、中2だよ? まだぎりぎりだとしても、高校生に、大学生になったら?」
「……厳しそう。 や、苦しい。 合う人もいるだろうし、魔女の人とかでもいるけど……中学生詐欺なちかちゃんには合わないよね。 あ、でも、それはそれでいいって人も多いだろうし、そういう需要も」
「美希ちゃんって、ときどき早口になるわね?」
「うぇ!? ……え、えっと。 わたし、ちかちゃんが言ってたみたいなことしてないけど、こういう普通の格好だよ! ふ、ふつうの!!」
「そうして真っ赤な顔になって……美希ちゃんってかわいいっ。 それで、美希ちゃんが私みたいにしなくても良かったのって、たぶん美希ちゃんはそこまで魔法少女っていうのへのこだわりが無かったからじゃないかな だから、そういう無難にどこでも行けるカッコなんだと思うよ? うんうん、無難がいちばんいちばん。 だって、髪の毛の色さえどうにかしたら町中歩けるものね」
「……これ。 たぶん、雑誌の服装そのまんまなんだと思うよ……無難に無難に、ってイメージトレーニングしたから。 おしゃれとか興味ないし……」
と、新しい魔法少女、もとい「女装魔法少女」の言われようは散々だった。
歳が幾つか下という、ただそれだけで同情されているものの……この町の魔法少女の中でも飛び抜けて可愛らし「過ぎる」変身をしてしまった以上、早ければ2、3年後には「痛い子」になる将来が確実である以上、優しく接してあげようと……無言で誓うふたりだった。
「……って、あれ。 精霊ちゃん、なんか落ち込んでない? ほら、あの子と話した後うずくまって、……あ、尻尾はみはみしてるっぽい?」
「……わんちゃんのそれって、ストレスのあるときの反応なんじゃ……? あ、でも、うさぎさんのお耳も……」
桃色の服装の「新・魔法少女」の真横でうずくまり、ウサギの耳もへしゃげている様子の精霊。
ただ事ならぬ何かが起きたことは間違いないのだが、離れすぎているためにそれが何故なのかが分からないふたりは、適当に話すしかなかった。
「…………、戦ってくれないのかしらね? や、変身してるからその意志はあるし、ただ前に出すだけだし……。 なら、急に怖いってだだこねてる……とか?」
「……に、しては嬉しそうな顔してるけどね、あの子。 ……あ、そういえばちかちゃん、わたし前よりも強くなったからかな、遠くまではっきり見えるの。 あの子の格好も細かく」
「へー、瓦礫持ち上げられるくらい力持ちさんになっただけじゃなかったんだぁ。 で、どんな感じなの? 私はぼやーっとした感じにしか見えてないの」
「……、えっとね。 その、ポニーテールなんだけど髪の毛後ろに広がってて、あ、その髪の毛は赤とピンクが混じった感じで? で、目元は……」
と、渦中の「少女」が1歩、前に出た。
そして、桃色の魔力を展開し……「彼女」を包むように、ドーム状に広がっていく。
「……あ。 あの子の魔力、すんごい。 たぶん、私たちよりも才能あるんだよ」
「へー。 ……でも、そういう子って国がスカウトするんじゃ? 精霊さんたちと」
「漏れてたんじゃないかなー。 あと、魔力って、潜在していても発現? しなくって、身の危険を感じて初めてーってこともあるみたいだし」
「あ、それ、さっき精霊さんが言ってた。 だから、かなぁ」
しかし――――――――――――そこからが、違った。
彼女たちの知る、彼女たちが経験した『最初の一撃』とは、まるで異なる展開となった。
「――――――――――――、――。 ――――――――――――、――――っ!」
遠すぎて何を言っているのか判別がつかないけれども、どうやら何かの祝詞らしきものを……両手を握りしめ、祈るように、届くように……大声で唱える「彼女」。
それとともに桃色の魔力の渦が瞬く間に数百メートル規模の球状となり、その内部には桃色……ではなく、梅色と桜色の花びらが循環し始める。
「え。 、……なに、あれ」
「……ああなる子もいるんじゃない、の?」
「――――――――――――知らない。 私、あんなの知らないよ。 聞いたことない。 それに、こんなに魔力あるって、どう考えても」
ごう、と……音ではないけれども彼女たち魔法少女には感じられる衝撃が、彼女たちの体を突き抜けた。
――――――――――――魔力の奔流。
桁違いの魔力は、無機物有機物に関係なく貫通する。
それは、明らかな異常。
肉眼でぎりぎりシルエットが見える距離――現代っ子の彼女たちにとっては精々が1キロ程度だろう――を、一瞬で追い越すほどの魔力が、桃色のドームが、地上に展開される。
「――え。 これ、あの子の魔力なの? え。 おかしいわ、だって、こんなとこまで飛ばしちゃったら、攻撃なんかできなくって」
「ちかちゃん……?」
そのドーム…………いや、「結界」は際限なく広がっていく。
どす黒く染まっていた空を下の方から桃色の光が押し上げる。
地上で徘徊していた魔物たちがその光に呑まれて消失し、それらに追い詰められていた魔法少女たちがほうっと息をつき……幸せそうな顔で脱力していく姿が映る。
「――――――――――――結界? それも、強い。 まるで、みんなを守ってくれるお母さんみたいな。 ちかちゃんともわたしのお母さんとも違う、また別の」
「……え? み、美希? どうしたの、急に」
桃色のドームは、町を完全に覆った。
たった数秒の内に町の全てを覆い、魔物を浄化して消し去り、さらには傷ついている魔法を使うし存在たちを癒やした。
そして、町の半径のぎりぎり内側に浮かんでいた存在をも、つなぎ止めた。
「――――――――――――――――――――――――?」
精霊たちが、人の子供たちの認識するところの「魔王」と呼称していたそれは――その現象が理解できなかった。
それは圧倒的な力を持って産まれてすぐに訪れた難局――準備万端の魔女たちからの一斉攻撃を退け、傷ついた体を……「巨大な石」の集まる地域で癒やし、補充し、拡大し、力――魔力を補充できることを知った。
その下で蠢くものたち――魔法少女たちは無視できることも、知った。
一方で、煙の吹き出る山や不思議な形をした石、そして自分に向かって飛んでくる蠢くものの魔力を吸収すれば、自分はさらなる成長を遂げることができるだろうことを……本能的に、知った。
だから、まっすぐに……産まれてまっすぐ、山という尖ったものの下に熱という魔力が眠っている地域へ向かって、ただただ移動した。
それにとっては、ただそれだけのこと。
生きて強くなり、いつしか、どうにかして増殖し、この世界を自分のコピーで満たすという本能に従ったまでのこと。
しかし、――――――――『異世界の■■』だった彼には通用しなかった。
何故なら、それは彼にとって見慣れすぎたものであって――最も憎むべき対象だったから。
桃色のドームが、さらに拡張する。
ひと呼吸するあいだに、上空のそれをも包み込むように。
「――え。 ちょっと待って。 待ってよ。 あの子、あんなに離れてるんだよね? なのに、私たち超えて町の周りまで覆ってる。 空、高くまで――――――――――――――私、魔法少女やって何年も経ってるの。 緊急招集だーって、すごく危ないとこへ連れて行かれて何日も戦ったこともある。 けど」
千花は、思わずで1歩後ろに退く。
「あんな力――――――――――――――見たことも、感じたこともない。 ない、よ」
「……えっと、ちかちゃん。 あれって、最初の一撃でしょ? なら、そんなに慌てなくても」
「慌てるよ」
ぺたん、と……地面に腰を落とし、千花は言う。
「いくら、素質があったって。 いくら、魔力をため込んでたからって。 あれだけのなんて、できないわ。 できっこないの。 魔女の人たちと何回も会ったから、よく分かるんだよ。 ――――――――――――――、それに」
「……、それ、に?」
あまりの衝撃に――そして、何故かあまりに安心できてしまう桃色の空間故に、彼女たちの変身は、いつの間にかに解けてしまっていて――招集がかかる前に着ていた制服に戻っていた。
「……、黒い。 悲しい。 愛おしい。 泣きたい。 嬉しい。 憎い。 好き。 ――禍々しい?」
「――――――――――――――? ちかちゃん、それって支離滅……っ!? 結界張るよっ、わたしの後ろにっ!」
「…………う、うんっ!」
何かを感じ取ってしまったあまりにぼうっとしてしまっていた千花を、とっさに変身し直して魔力の渦を展開した美希が庇う。
町の外までを覆う桃色の魔力のドームの中は、絶えず舞う無数の花びらで埋め尽くされる。
「――――――――。 ――、――、――――――。 ……――、――――――――」
その「魔法少女」は、ぶつぶつと何事かを唱えたと思ったらおもむろに武器を――ただの杖、いや、鉛筆サイズのただの棒のようなものをポケットから取り出す。
そうしてそれを長くしていき……彼の身長の数倍にまで膨れさせ、太さも鉛筆ほどから手で握るのがやっとにまでさせ、飛び上がる。
桃色に赤と白の魔法少女としての服装、同じく桃色の髪の毛――両サイドをツインテールに「結い」、後ろは流して髪の毛をなびかせ、魔力を使って飛翔する軌跡には無数の梅と桜の花びら。
そうしてドームの天頂、魔物のような存在の真上まで飛び上がると、その棒――ステッキを垂直に構え。
――――――――――――瞬時に縦方向にのみ膨張させ、気がついたときには先端が地上にまで届いており、ずん、という地響きと共に魔物の王を縦に貫いていた。
「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!」
それは、初めての痛手――そして深手、「魔王」の命を絶つものだった。
断末魔にもならない魔力の波を放ち切り、数秒の後にそれはゆっくりと傾き始め……徐々に降下していき。
「……えいっ!」
少女のものにしか聞こえない少年のかけ声と共に地面から引っこ抜いた棒に串刺しにされたまま振り回され、やがてすっぽ抜けて町の外にまで吹き飛ばされ――地上に堕ちる前に、存在が崩壊した。
「……………………………………………………………………………………………………………………」
「……………………………………………………………………………………………………………………」
それを遠くから見ていた魔法少女たちは、静まりかえる世界の中で硬直する。
本当にあっけなく、規格外の存在が規格外の魔法で葬られた姿を認識するのに時間がかかった。
「……え? 嘘。 ………………………………え、ほんとう? いくら最初の一撃だからって、魔女さんたちが束になってもびくともしなかったあれを、あの子が、たったの一撃で? ……あの武器。 杖……ロッド? いえ、長くなるのは昔の……如意棒って言うんだっけ。 いえ、でも、あれ、軽く……何キロ? 長さ、10キロは超えてたような」
「――っ! 破片が町に堕ちてくる! 多分ここにも! ちかちゃん、急いでわたしのうしろにっ! あと、戦ってる人たちに、衝撃に気をつけてって伝えてっ! すぐっ! 魔力でっ!」
「えっ!? ……あ、うんっ!」
その数秒後――消失したとは言え、それまでにため込んできた魔力や物質が町の郊外ではじき出され――彼女たちの町は桃色の光と振動に包まれた。
「 ゆいくんの活躍を別のところから観て満足したわ」
「…………………………か、返して。 あたしの、ふく。 返してよぉ……」
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