15話 月本ゆいの、秘めたる力/心
ゆいくんは、その前のことをあまり覚えていません。
興味のないことはおめめとお耳を素通りしてしまうのと……そもそもが小学生になったばかりのころ&記憶を消されている疑惑。
まるでミステリアスなヒロインですね。
「そう、2年前に異世界に……って、ぇぇえええ!? あの、ゆい!? あなた、嘘は……つけない子よね、そんな器用な子じゃないものね。 だったら空想……でもなさそうね、なんかふわっとしたの来るし……ならっ! 今、別の世界が、異世界があってそこへも行って来たって言ったでしょ!? それ、一大事よ!? あたしたち精霊の故郷かもしれないし、地球が危ないときの移住先になるかもーって、今、長老たちや人の偉いのたちが一生懸命探してるの!!」
ぱあ、と……あまりに焦ったからか、だいふくは精霊の元の姿……ぬいぐるみへと戻ってしまっていた。
人の姿は、維持するコストが高いし、ぬいぐるみに比べてずっと複雑だから気を配っていないとすぐに解けてしまう様子。
「ねえ、ゆい。 今日は魔法を使ったらおしまいなんだけどっ、明日とかあさってとかでいいから、その話、あの人……えっと、ゆいの担当になるおとなの人にもなるべく細かく話してくれる? そうしたら、………………………………………………」
きゅむきゅむと肉球から複数の音。
ととと、と……数歩下がる靴の音。
「え? ねぇ、ちょっと」
「…………………………………………………………………………………………」
再び、きゅむきゅむと肉球から複数の音。
再び、ととと、と……数歩下がる靴の音。
きゅむきゅむ。
ととと。
「…………………………………………………………………………………………」
「………………………………ゆい? もしかして、変身してないと、ダメ?」
「ん。 ヤダ」
「……はぁ、ワガママねぇ……疲れるのに……」
ぱあ、と……ゆいと繋がったおかげで魔力自体には相当の余力ができた精霊はだいふくとなり、ぶすっとそっぽを向いていたゆいがぱあっと笑顔になって、ぽふっと抱きつく。
「っ、やっぱりだいふくはこっちじゃなきゃイヤ! これからも、ずーっとそのままでいて?」
「……ええ、分かったわよ。 あたしに対する感情、露骨に……ほんっとうに、無関心に近いのからお友だちレベルまで変わるんだから。 分かったわ、ゆいの前じゃそうする。 で、さっきの話だけど」
「うん、僕が覚えてる範囲ならおはなししてあげる」
「……よしっ! ボーナス上乗せ間違いなしっ!」
「ぼーなす? お父さんがよくお酒買うあれのこと? 僕、お酒なんか」
「……いいの、忘れて。 で? なんかそのときのやり方ならうまく扱えるからー、とか言ってたけど」
「あ、そうそうっ!」
びしっ、と、背丈以上の長さの槍を魔王に向けるゆい。
「あれ、やっつけちゃっていいんだね? そのために、今すぐに使えそうなの――えっと、異世界? 魔法の世界の力。 使っても、いい? だいふく」
「ええ、異世界の力。 あたしたち精霊とは違うでしょうけれど、きっと似た種族の妖精……だっけ? っていうのの力。 ぜひお願いするわ。 ……映像バッチリでしょうし、これであたしの評価……」
「じゃ、全力出しちゃうよ!」
「ええ、全力で。 大丈夫、魔力を出し切ろうとしても、繋がっているあたしがぎりぎりのところで止めてあげるから存分にねっ!」
「うんっ!」
「ええ、その意気。 ――――、そうね。 あの魔王っての、もうすぐ隣の町に行きそうなの。 で、その先にも、さらにその先にも――だから、きっと町は壊されて、どうしてもけが人は出ちゃうし――死んじゃう人もでてくるかも知れないわ。 だから、あなたが出せる最大出力でお願いっ!」
「――――――――――――――――死んじゃう。 人が、死んじゃう。 廃人になっちゃう。 未来を吸われちゃう。 ――――――――死んじゃう。 ダメだよ。 ダメだよ、あんなのを地球でも起こさせたら」
発破をかけようと、ただ、気軽に――ゆいの感情を高めようと口をついて出ただいふくのその言葉は。
――ゆいの、封印されていたはずの全てを解き放つトリガーとなってしまった。
♂(+♀)
だいふくの脳……魂は高速で回転していた。
異世界。
それは、あるだろうと半ば確信はあっても実際に観測もできず、まして行き来できるなど、数十年は先のことだと考えられている。
――だが、そこへゆいが表れた。
何でも、異世界へと赴き、現地の精霊に似た存在によって魔法を操る方法を――地球の精霊と同じようにかどうかは不明だが会得し、魔物との戦いをしてきたらしい。
そして、だいふくと「契約した」ことにより――その力を再び使えるようになった。
ええ、きっと、今のもそうなのでしょうね……と、だいふくは思う。
だって、そもそもおかしいもの。
変身するときのあの光も魔力の渦も、あたしたちの力を借りずに自分で肉体をエネルギー体に近い状態に変換して――あのジェットコースターをやってのけ、1分とかからずにこんなところまで。
あたしでも10分くらいかかったここまで戻ってこられたんだもの。
だから、この力も魔力も異世界由来のもののはず。
だって、そうじゃなきゃ――普通の子と契約したときとは比べられない魔力があたしにまで流れ込んできて、ごく自然に扱いこなして……跳んで、降りて、器用に魔力を板状にして着地して。
そんなこと、元々の素質があった魔女の子とかじゃなきゃできないんだもの。
たったの……ええと、2年だったわよね……で、これだけの魔力が貯まった。
普通の子が10年くらい貯めたよりも、ずっと多い量の魔力を。
なら、この子の知ってる――覚えていたらだけど、異世界の魔力の使い方を広めたら、最初の一撃はもちろん普段の戦いも相当に楽になるはず。
ひょっとしたら、これで魔法少女システムの革命が起きちゃったりするかも。
そしたら……ボーナスどころじゃないわ、地位はもちろん好きなものをいくらでももらえるようになるはずっ。
――――だいふくは、そんな暢気なことを考えていた。
欲に思わず目が眩んだせいで、ゆいの発する魔力が凝縮され、さらに凝縮され――山が石ころの大きさになるほどの高密度になっていることに気がつくのが、遅れた。
「――――――――ね。 だいふく」
「…………え? え、ええ、なあに?」
「ここから見えてるところって、とっくに避難、終わってるんだよね?」
「そうね、前の町でも魔王は町の中心……なんでだかは分からないけど、そこを執拗に壊し尽くしてから離れるって情報があったから、被害があったようなところほど先に避難はできているわ。 …………ん。 今確認取ったけど、いないはずよ。 特に、ここからあの魔王を攻撃して、その余波で被害が出そうなところには、誰ひとり。 魔法少女の子たちも……近くにはいるけど、あたしたちがシールドを張るからだいじょうぶ」
「そ」
ぐるり、と、とんとん、と……踊るように1回転するゆい。
「ほんとみたいだね。 魔法少女さんたちも……合わせて57人くらい? こっから先の方」
「え? ……………………………………ええ、そうね、きっとそのくらい。 よく分かったわね?」
「うん、それだけ分かればいいや。 で、建物とかは」
「みんなセイフと町が保証するから、これもだいじょうぶ」
「そっか。 ――――――――――――――なら。 僕の全力、出すよ」
「お願いっ! とりあえず、魔王を少しでも弱らせてくれたらそれで」
「……………………ふぃー。 久しぶりの退治だから緊張しちゃうなー」
「………………………………………………………………………………」
「ま、久しぶりだし、ここはあの世界じゃないもんね。 だったら、僕がこの世界の■■■■なんだ。 なら、この力、好きに使ってもいいんだもんねっ。 よーし、はりきって……んー、魔力、あれはー、…………ヶ月分くらい使えばいいかな!」
「そんなに細かく魔力を……!? って言うか、小出しにできる、じゃなくて、できたらぜーんぶ使って! だいじょうぶ、きちんと睡眠を摂っていればひと月も経てば……って」
「じゃ、ちょっと行ってくるね、だいふく! 僕の戦い方だと、ここからはちょーっと遠いから飛んでくる!」
「……聞いてない……ええ、いいわ。 まずは好きにやってちょうだい。 そのあとで改めて最初の一撃を。 …………って、もういない……はぁ……」
ゆいは、再び上空へと来ていた。
高度は先ほどに比べると大分低いものの、魔王らしき雲の塊を見下ろすことのできる程度。
そこに、羽が生えているかのように自然に浮かんだ彼は、んー、と唸りつつ…………2年ぶりの感覚を蘇らせる。
彼の変身した服装には羽も付いているが、それはただの飾りらしい。
「……あ、やーっとつながったぁ。 やっぱりこことそっちは遠いんだね、言ってたとおり。 で、早速だけど2ヶ月分あげるからお願いっ。 ……お願い。 怒らないで。 こうしないと、僕の世界の人たちがみんな死んじゃうの。 ね? 『めがみさま』」
そうして声に出す必要の無い、異世界との――「時間や距離を無視できる」通信の方法で、ゆいの知る「めがみさま」と対話し。
――ナニカを対価に、ゆいは、地球で確認されている魔力とは別のナニカを受け取った。
その瞬間に町が――ゆいが特に守りたい人たちのいる中学校を中心にして、花びらに覆われる。
梅、桃、桜。
3種類の花びらを模した魔力が無数に重なり合い――無意識で真ん中に据えた家族たちを起点に展開し、広がる。
体育館、中学校全体、中学校のある地区、中学校を中心にした複数の地区――そうして一気に花びらの護りの壁は魔物を瞬時に消し飛ばしつつ、魔王の手前まで広がって止まった。
「……よしっ! 「じゅうたん」2ヶ月分っ、もらったよ! ありがと、めがみさま!!」
♂(+♀)
「――――――――――――――――何。 なんなの、よ、この魔力。 あたし、知らない。 知らないわ。 こんなに膨大で、いえ、そもそも方向性がちがう……? あたしたちのとは、ちがう。 ……………………。 ……概念としては、時間……なの? え? 時間? どう言うこと? 確かに戦うときに時間を遅くしてーって子はいるけど、そんなの世界に何人かだし。 ……ま、いいわ。 細かいことなんて後でいくらでも聞けばいいんだし、そもそもそれはあの人たちの役目。 あたしは、ゆいが失敗しないようにってだけしていればいいのよっ」
とっさに建物の柱に移動したものの、どうやら足場はしっかりしたもののようで、消える気配が無いと分かり、ふわりと降りただいふくは――魔力を経由して、テレパシーのようにゆいへとエールを送る。
「――聞こえる? がんばって、ゆい。 あのね、あの魔王。 今、あなたにはっきりと敵意を持ったわ。 で、あれの攻撃手段は魔力を細く、ぎゅっと纏めて発射するれーざーってものみたいなもの。 だから、上手に避けながら機会をうかがって」
「聞こえる。 ありがと、だいふく。 心配してくれて。 でもだいじょうぶだよ? ――――――――――――――「こんなの」魔王なんかじゃない。 僕が戦ったなかでも弱い方だもん。 「らすぼす」なんかじゃなくて、せいぜいただの「中ボス」。 ……けど、確かに。 地球のだからかヘンな感じ? だね。 念のために、倒せそうな力の倍は使った方がよさそうだよね。 うん、僕、それでときどきやられちゃってたもん、ありがと。 しっかり……えっと、卵まで消毒し切らないと、ねっ」
「……え、えっと? ゆい、あなた、……いいわ、好きにやって。 どうせ聞かないし」
「うん。 ……めがみさま、みんな。 見ててね。 僕、こっちでも■■■■やるから。 ――――――――――――――よぉーし! 行っくぞー! まずはもーっと広げて下の魔物たちをぷちっとやってからだー!!」
地上に出現した半球は、一気に魔王を丸ごとに包む程にまで広がる。
――そうしてそこにいた魔物たちの大半は淡い色に包まれた空間に押し潰されて瞬時に消え、戦っていた魔法少女たちは……安心したかのように気を失う。
「……でも、町、なるべく壊したくないよねぇ……ならっ!」
その想いでゆいが思いついた方法はシンプルなもの。
魔王は魔力の塊であり、つまりはこのまま倒したとしても残骸が町中に降り注いだりしかねない。
いくら自分の魔力で防壁を張っているとは言え、万が一もある。
ゆいは、それを、過去の戦いで見た。
「――町の外に、放り出しちゃえばいいよね!!」
彼が護ろうという意志を強くするほどに半球は明るくなっていき――魔力を持っていない人には分からないが、そうでない者たちにとっては、まさに地上に出現した桜色の太陽となる。
そうして外から降り注ぐモノから町を護る確証を得たゆいは、槍となった棒を瞬時に太く、先へと延ばしていき――――――――――――――一気に魔王の核となる部分を貫いた。
「――――――――――――――――――――――――――――!?」
「……ごめんね。 でも、君たちと僕たちは、別の世界の生き物だから。 ちょっと痛いけど、還って――――――――――――――ねっ!!」
最初は抵抗していた魔王も、槍にいきなり心臓部を貫かれ……そこから膨大な魔力を流し込まれ、抵抗できなくなっていく。
そうして弱ったところを……ゆいは、槍に刺したまま。
町から見える山の麓のひとつ――もちろんそちらにも瞬時に半球を展開しつつ――投げ飛ばした。
「これってだいふ……精霊ちゃんのせいだったのねぇ」
「ま、まあ、だいふ、精霊さんもゆいくんのこと知らなかったんだし」
「急いでいたからって簡単に……そう呼んでいいって言っちゃった結果が、これよ」
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