14話 「魔法少女」と強敵(らすぼす)

「そもそも、貴女たちが聞きたいって言うから、あたしたちがそれまで何してたか教えたし! ゆいのところに戻ったからいいでひゃんっ!?」

「それはそれ、これはこれ。 だいふくは私の大切な玩具だもの」




「……わ。 ………………わ。 ………………………………でかい! おっきい! ………………すっご――――いっ!! さすがは魔王だね!!」

「………………………………………………うぷ。 …………ぶくぶく、ぺっ」


「なにあれなにあれ!! あんなにでっかい魔物って滅多にいないよね!! そっか、地球にもあんなのがいたんだー!! すっごい!! あとかっこいい!! なんかこー、魔王だぞー、って感じの魔力とか!! 見た目はもやもやしててよく分からないけど。 あと、メッするけど……ね? だいふく? ……………………………………だいふく?」


「…………………………がらがらぺっ、……ぷは」

「どしたの? もうゲーしてすっきりしたでしょ?」


「……気持ち悪いのはまだ残ってるの。 もっかい味わってみる? 感覚共有で」

「え、やだ。 やだに決まってるじゃない、だいふく。 何言ってるの?」


「………………………………………………ならもう少し休ませて。 あと、あんなジェットコースターみたいなことされたもんだから腰、抜けたの」

「急いであげたのにー」


うずくまり、ぼさぼさになりさらさらと金色の毛が抜けていくだいふくと、だいふくの背中をさすりつつ「魔王」を眺めるゆい。


「…………ふぅ。 で、ええ、そうよ。 あの頭の上で渦巻いてる魔力の塊が魔王。 魔物を統べる王――ただ人に危害を加えるだけの魔物じゃなくて、放っておいたら世界中がめちゃくちゃになっちゃう、そうなるでしょう存在よ。 あ、魔王って言うのはあたしたち精霊が勝手に呼んでるだけだから、どんな名前が付くのかは人のお偉いさん次第ね」

「ほへ――……」


避難先の中学校の屋上から垂直に雲海の上……高度にして5000メートルほどまで全速力で飛び立ち、そこで急ブレーキの後に魔王の直下……を横切り千花と美希のいる辺りへと斜めに急降下。


急降下の際の速度も、もちろん最初と一緒だ。


魔力が繋がった瞬間という……お互いの実体がない、曖昧な状態からこそできてしまった勢いで……それをやってしまったゆい本人はけろりとしているが、それにいきなりなんの予告も心の準備もないままに付き合わされた「だいふく」はたまったものでは無かった。


そんな彼らも、ゆいが選んだ着地地点、半分より上は骨組みしか残っていないビルのひとつの屋上に、器用に魔力で足場を形成しながら立って、座り込んでいた。


「うげぇ……下の方、魔物、うじゃうじゃいる。 大きな石ひっくり返したときの虫みたい」

「だからそのたとえはもうやめて。 あたし、虫、キライなの。 鳥肌立つの」

「あ、ごめん。 よくお母さんとかにも怒られる」


……それにしても。


腰を抜かすという初体験をしながら、「だいふく」は「新たに生まれた魔法少女」を見上げる。


白とピンク色――桜色が半々でフリルとリボンとボタンでいっぱいの、少女マンガが好きそうな少女が好みそうなデザインに、朱色――梅色と黒のアクセントがちりばめられている衣装。


変身前の契約により「だいふく」となった精霊がサポートするとは言ったものの、実際にはその衣装のイメージは――――「最初から完璧にできあがっていた」。


だから、だいふくがその衣装をまじまじと見つめるのもまた、珍しい初体験。


そして瞳もまつげも眉も髪の毛も、衣装と同じく桜、または桃と梅とが混じり合ったような色で……髪型こそ変わってはいないものの、毛の長さは30センチは伸びている。


長い髪……それは、少女の憧れ。

だから、変身時の魔法少女の大半は、普段のそれよりも長い髪を誇る。


こういうの、いかにもこの子が好きそうね……と思いつつ、周りに意識が向いているゆいを眺めながら冷静さを取り戻し、改めて現況を考察するだいふく。


――魔王。


それは比喩でも何でもなく、まさにその名前の通り。

子供たちが楽しんでいる娯楽、漫画やゲームの中に出てくる世界を滅ぼすという概念そのもの。


それは、現代になって――精霊たちがヒトの前に表れてしばらくしてから出てきた、コンピューターを始めとした観測機器で数値化されるようになってから初めて観測された……桁違いのエネルギーを秘めている存在。


ただ上空を浮かびつつ地上の魔物を組織的に動かすだけ、移動は緩慢、攻撃手段ももやもやとした黒雲の中から前兆も無しにレーザー状の魔力を放つだけというもので、それ以上は何も分かっていない。


つまりは未知数。


ただ、魔力をあちらこちらで吸収しつつ、時間をかけながらより強大になっていっているということだけ――つまり時間は魔王の味方。


……っていうの、いくら脳天気で人の話聞かなくって直線的で純粋過ぎるこの子、魔法少女になったばかりのゆいに言ったら……さすがに萎縮しかねないわね。


いくらこの子の魔力がおかしいくらいに多いって言っても、魔法少女っていうのは――同い年の男の子たちに比べても、特に気持ちに影響されるもの。


「女の子」だものね、「男の子」よりはもっと繊細だもの。

この子は……ちょっと、男の子っぽいところがあるけれど。


どちらかというと……いえ、さすがに悪いわね、「貴女、男の子っぽい」だなんて言うのは。

早速にひどい目に遭わされたけれど、悪気は無い……皆無だったもの。


だから、今は本当のことは伝えないで、ただ……そうね、この余りある魔力を全力で叩き込みたい敵だと煽っておきましょ。


初めて変身したばかりの子は誰でも気分が高まっているし、やりようによってはそこそこの傷だったり、もっとうまく行けば勢力を落とすこともできるかもしれないし。


「……うん、だいたい分かったよ。 視て分かった。 で、さ。 だいふく。 ――――――――――――――――ああいうのって、いっぱいいるの。 この世界にも。 地球にも」


あらいいわね、ちょうど煽り甲斐のありそうな気分になっているわ。

なら。


「ええ、そうよ。 あれは普通のよりも……「少しばかり強い、初めて見るものなのだけど」この先いつまた出てきてもおかしくはないわ。 下のも、ね」


本当はずっとずっとだけれど、萎縮させてもいけないし。


そうして適度に誤魔化しつつ、下の方も――だいふくにとっても珍しい魔法、魔力で半透明な足場を形成するというものを通して、指で注目させて、さらに煽る。


「そうなんだ。 ……ね。 下にいる魔物たちも、普段からいるの。 僕たちの町にも、世界中の人里にも現れるの」

「ええ。 普段はあたしたち精霊と契約した子たちとで協力して倒しているわ。 ええと、GPSっての? ができてからは、人への被害は最小限なの」


「へぇ」


ふわっ、と、ゆいの髪が浮かぶ。


――煽り、効いてるわ。

もう少し、もう少し。


……この子、どっちかって言うと魔法使い向き、ひーろー向きの心を持っているのかしら。

なら、もっと――みんなを助けなきゃ、って言う気持ちにさせないと。

性格だけは千花と合いそうね……お母さんと子供っていう意味でも。


「みんな、大変な目に遭ってるの? 戦ってる人たちも……間に合わなかった人たちも」


「――、そうね。 けど、今はずいぶん良くなっているのは事実よ。 たくさんの魔法を使える子たち……普段は普通の生活をしているけど、どうしてもってときに戦ってくれる子も数えたら、この町だけで4000人くらいはいるの。 だから、犠牲者は昔ほどじゃないわ」


「でも、いるんだね。 ケガしちゃう人も、――――――――死んじゃう、人も」

「……不甲斐ないけど、そうね。 どうしても、……小さすぎる魔物とか、大きすぎる魔物がいきなり現れると、間に合わないのよ」


「そっか。 ――――――――――――――――そっか」


ぐるぐると魔力が螺旋を描き始める。

戦いに目覚めるときの他の魔法少女たちと同じように、その魔力の色が空へと静かに揺らめいていく。


「――そっか。 そうだったんだ。 僕が。 僕が、気がつけなかったんだ。 そうだよね、地球だけが安全だなんて、僕が甘すぎたんだ。 そうだよそうだよ、その気になったら無理やり魔法使って、探知できたはずなんだもん。 ――ああ、どうして忘れてたんだろ。 この力の使い方。 ……あ、そっか。 あのとき、■■■■はもうただの人に戻るからーって、封印されて」


「……どしたの、いきなりぶつぶつ言いだして」


「また、殲滅し尽くさなきゃ、ね」

「……ねーってば――……もうっ」


……この子はどうも自分の中に入り込んじゃう癖があるみたい。

そう言えば、一緒にいたみどりっていう子もだったかしら……いえ、さすがにみどりみたいなどす黒い感じのものじゃなさそうだけど……そろそろ戦わせたいところね。


さあ、ならいちばんモチベーションが上がりそうなセリフをー、と、だいふくが考えている内に、ゆいが振り返ってだいふくの元に寄ってきた。


「……ねえ、だいふく」

「ええ、早速始めちゃいましょ。 魔物の弱点は基本的に中心部分だから、魔王のそれもあの黒雲の真ん中辺りでしょうから」


「だいふくのくれたこの力、……なんだけどさぁ。 なーんか僕には少し合わない気がする。 だいふくたちが作った魔法少女の魔力の流れが、ね」

「……そしたら…………、って、え? どういうこと? なんかヘンなとこある?」


「えっとね? ヘン、じゃないんだけど。 ……んー、こういうときにみどりちゃんがいてくれたらいい感じに伝えてくれるんだけどな――……。 ……んとねー、使ってるうちに慣れてくるんだろうけど、今すぐにーってのは難しそう、かなぁ」

「ええとね? ゆい、ただあなたはあたしに任せて体内の魔力を出すだけで」


「だから、使い慣れてるのでいい? それなら今すぐにでもできそう」

「いい、――――――――――――って、え? あの、ゆい? その感じ、まるであなた、魔法使ったことが……それも、見るだけじゃなくってコントロールして出した経験が」


「………………………………………………ふぬぬぬ」

「………………………………………………な、なによ」


「……なぁんだ、このパスっての、記憶とかまではだいふくに伝えられないんだね。 僕、説明するの苦手だから、あれ使えば便利だなーって思ったのに」

「あたしたちのテレパシーも、基本的に声を出す感じじゃないと伝わらないもの。 いえ、そうじゃないとぼんやりした考えまで伝わっちゃってお互い困るし」


「そっか。 じゃ、なんとかがんばって伝えるね? ……んーと」


とん、と……いつの間にかゆいが手に握っていたペンほどの棒が、一瞬でゆいの背丈よりも長くなり……先のほうが尖った槍へと変貌する。


「こんな感じ? ……そっ、僕はね、2年くらい前かな。 別の世界の妖精さんに頼まれて、別の世界――魔法の世界に行ってね? たっくさんの人たちとたっくさんの魔法を使って、悪いモノたちをたっくさんたっくさんたっくさんやっつけてきたんだ」



ゆいくんだけが、ただひとり別の力を使えます。

主人公だけ。

王道ですね。


女装していますが、いちばんにかわいいのですが、それは些細な問題です。

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