13話 英雄、または勇者の覚醒へ(まだ覚醒していません)


「うん……………………………………分からないわよねぇ」

「分からないよ……」

「精霊ちゃんが連れて来た子が、まさか……なんて、ねぇ」

「分かるはずないよ……」

「ゆい君っていうインパクトに比べたら……ね。 私たち、脱出して高台で待ってただけだもん」

「目の前に来たちっちゃい子が、実は男の子だなんて……あ、ちかちゃん。 あのね、男の娘っていうジャンルがあるんだけど」



……ああ、古い表現のずっこけって、ほんとうになるんだなぁ。

そう思いながら、すよすよと眠る千花を見ながら立ち上がる美希。


なんて言うか、これって魔力が変な感じにバランス崩すからなんだなぁ、と、真理の一端を知りながら。

そうして寝入っている千花を数分かけて起こし、状況を説明して……しばらく。


「まぁ……ね? そ、その、ね? 美希? 何年も魔法少女やってれば、何回かこんな感じにピンチにもなるわけで、蚊帳の外になって助け待つだけになることもあるわけなの。 そもそも私たち、精霊ちゃんたちのおかげで「痛い」以上のケガはしないってことになっているんだから大丈夫なのよ! だから」


「……千花ちゃん、軽すぎ。 せっかく助けに来たのに……すっごく怖かったのに」

「ご、ごめんなさい……。 ほ、ほら! この通り元気だったんだから許して? ね? 可愛い顔が台無しよ?」

「……女の子に言われても嬉しくなんてないもん」


「……ふふ、ウソ。 口元にやけてる」

「にやけてなんかないもん!!」


そんなやり取りをしている内に……ふたりして中腰でこそこそと高台へと戻って一望し、またどこかしらへと上空から魔力のレーザーが降り注ぐのを見つつ、ぐーっと腰を伸ばすふたり。


「……ね。 今のってババ臭くないかな?」

「平気……じゃないかな。 ちかお母さんにそんなこと言う子いないよ」

「私、ただの中学生なんだけどなぁ……」

「包容力の問題な気がするよ」


美希に代わってもらっていた、町の魔法少女たちの「交通整理」をしようとスマホを取り出し、…………あちらこちらの方向へと向ける千花。

しかし、表示されるのは「圏外」。

……先ほどまでは使えていたはずなのに。

これは魔物の仕業だろうか。


「……あ、そっか。 魔女さんとかが出てくるレベルの戦闘、何回か行ったことあるんだけどね? そのときみんな、ざーって音がする……えっと、トランシーバーだっけ? とか、大きい機械がついた電話使ってたけど……そっか、魔物のせい。 あれみたいな……あ、いや、あれはおっきすぎるけど……のせいだったんだねぇ。 あ、そもそも基地局が全部壊されちゃったのかな?」

「そうなの?」


「ん。 けど……通信が途切れちゃうまでの連絡聞く限り、一般の人の被害は……壁が崩れたとか、風で転んだとかいう人たち以外にはいないみたい。 もちろん、死んじゃった人も。 で、他の魔法少女の人たちとかも適当なところで引き上げてたはずだし、それぞれに精霊ちゃんたちがついてるからたぶん大丈夫ね。 あとはあれが過ぎ去るのをじっと待つか、それよりも先に他の町からの応援とか、魔女さんとか特殊部隊の人たちが来てくれたら」


「あ。 ちかちゃん、あれ。 うん、あの崩れかけのビルの上」


千花が指差す先……そこには確かに、半分から上が鉄骨だけになっているビルがあった。

ビルの残骸――その屋上だった場所、鉄骨の枠組みだけとなった場所に、人の姿があった。


「精霊ちゃん、女の子口説いて助けに来てくれたみたい」

「ちかちゃん……ちがうでしょ。 あ、でも……あれ?」


見ない顔の「少女」の横に……精霊の姿も見えた。

ただし、つい数十分前までいた精霊とは似ても似つかない、人の少女の格好をしていたが。


「え?  ……ちかちゃん。 精霊さん、あの感覚はわたしたちが知ってる精霊さんだけど、人型になってる……よ?」

「え、うそぉ!? あの子、絶対やだってしてくれないのに!! あー、モフりたい! あのふさふさな頭とおなかを存分にモフりたいわぁ!!!」


「……そんなことしたからやだって言われるんじゃ……?」

「あの見た目でモフらない方が悪いわ。 女の子と動物は可愛いが正義よ」

「あ、うん、確かに」

「でしょー?」


精霊。

個体差はあるものの、概ねぬいぐるみのような姿で――ご丁寧に縫い目まで模様で作っている個体もいるんだとか――いる種族。


実際には魔力で構成されているエネルギー体のため、外見はないも同然なのだが……なんでも子供に好かれやすいからだとか言う理由で、何らかの動物を模したぬいぐるみで統一されている種族、らしい。


だが、千花たちがよく知る精霊は今、人の姿……幼い少女で、耳がウサギなこと以外は犬……子犬のような、金色の魔力でふわふわとした着ぐるみを着た少女になっている。


何回か見慣れていて触り慣れている千花も、初めて見てかわいいを連呼している美希も、どちらも人間形態の精霊に夢中だ。


……しかし、今は絶望的な戦いにもなっていない戦いのまっただ中。

いくら「かわいい」に目がない少女たちもすぐに気持ちを切り替えてその隣に居る……精霊が小学校低学年だとすれば、中学年といった年ごろの「少女」を意識する。


「いつもあのカッコならいいのにね、精霊ちゃん。 きっと人気も出るだろうに」

「……多分ちかちゃんのせいだと思うよ」

「え!? なんでぇー!? あんなにかわいがってあげたのに!!」

「…………そういうとこだと思うよ」


「そうかなぁ……ま、かわいいフォームな精霊ちゃんの追求は後回しにして。 ……でも、なんでわざわざ人の姿に? あの子と契約して魔力貰ったのかな?」

「え? でも、契約できなかったら魔力ってわたしたちにー、ってことじゃなかった?」


「あ、そうだったわねぇ。 ……じゃ、どうして??」

「……あの子を怖がらせないため、とか? ほら、精霊さんもわたしみたいにうるさいの苦手だし怖がりでしょ? それに今は急いでる、だからああしている……とかかな」


「……けど。 あの子、もう変身してるみたいよ? それも、ふりっふりのに。 魔法少女としての契約、できてるんじゃないの?」

「…………、あ――……。 あれ? んじゃ、どういうこと?」


「分かんない、かな……けど、とりあえず契約もできて、来てくれて良かったっ。 ふたりって聞いてたけどとりあえずひとりでも最初の一撃をぶっ放せば何とかなるかも?」

「……でも、ちかちゃん。 ちょうどあれ、おっきい魔物……町から離れて行こうとしてる、よ? ちょっとだけ前からだけど」


「え!? じゃあ、意味なかったってことぉ!?  ……じゃないわね、他の町の被害、抑えられるもの。 私たちの町は……どの道間に合わなかったけど、お隣の町が楽になるんならいい、かな。 ほら、応援に来てくれてる子たちの中にも次の進路上の町からの子、結構いるし。 あと、私たちも含めて、この町の人たちの多くが引っ越したりできるかもだし」


「……ちかちゃん、偉いね。 そんなにいっぺんに考えられるなんて」

「でしょ! これでも町の子たちのリーダーだもの!」

「お母さんのまちが……あ、ううん、なんでもないの」


「………………………………………………………………………………………………」

「………………………………………………………………………………………………」


と、不意に静寂が訪れる。


「………………………………………………………………で、さ? 美希ちゃん」

「……………………………………………………………………うん、ちかちゃん」


「……魔法少女の格好って、いっかいなったら基本固定なのは聞いたわよね。 どんな格好だろうと。 どんな服装でも。 だから私も、ほら。 動きやすいカジュアルな服装選んでるでしょう?」

「うん。 わたしもそれ聞いてたから、そこまで奇抜な格好にしなかったね。 お母さんにも手伝ってもらって、大人になってもおかしくないって服、選んでみてもらった」


「………………………………………………………………………………でも」

「………………………………………………………………………………うん」


ふたりは、顔を見合わせて。


「「――――――――――――あの子、アニメとかマンガの魔法少女みたい」」


「少女」は桃色と赤と白をベースにし、至る所にフリルのついた服装に変身している。

上下こそ分かれているものの、ぱっと見た感じでは桃色のワンピースを着て、スカートをふわっと膨らませるパニエを忍ばせ、白のハイソックスかスパッツ、赤い靴。


おまけに背中の白い翼のようなナニカとも来れば…………………………………………………………、そう。


「……あの子、ノリノリで契約しちゃったのね。 かわいそうに……あぁ、黒歴史にならないといいんだけど」

「……ま、まぁ、あの子小学生みたいだし? 魔法少女、高校生になる前に引退すればなんとか、……」

「中学生でもすでに厳しいわ。 町中に出られないわ、美希ちゃん。 奇抜なコスプレをして町を歩ける素質のある子は、ごくごく一部なのよ」

「……………………………………………………うん。 無理、だね」


――ふたりは哀れんだ。

少女マンガ、少女向けアニメが大好きなんだろうな、と。


今は幼いからいいものの、さすがに中学生になるころには厳しいと感じるデザインの衣装。

いや、下手をしなくても高学年にもなれば羞恥がこみ上げてくるだろう服装。


魔法少女として登録されたら全世界に顔と名前が公開されるから、数年経ったら絶対に黒歴史というものになるんだろうなぁ……と思い、同情する気持ちを含めつつ。


――――――――――――しかし、彼女たちはまだ知らなかった。

その、「いかにもな魔法少女」な格好を選んだ「少女」が――実は、少年であることを。



「? かわいいじゃん」

「ええ、ゆいくんならどんな格好でも。 …………そうよね?」

「そうだから首元から手を差し込んでこないでって言ってるでしょみどり!?」

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