12話 英雄、または勇者の覚醒へ(ただし魔法少女として)
「ゆいくんの成分が足りないの。 ………………………………理解るわね?」
「ぴっ、…………あ、あなたたちに会いに行くからその場をあの子たちに任せたの! 魔法少女に『最初に変身』したときの子は、それまでに溜め込んできた魔力で必殺の攻撃ができるの! 契約して魔法少女になってくれなくても、その魔力を分けてもらえば大量の魔力が補給できるの! これでいいでしょ!?」
「上出来ね。 ついでにゆいくんも観せて。 …………じゃないと」
「わ! 分かったから! 分かったから体まさぐるの止めて頂戴!!」
時刻は、千花と美希が――まだ他の魔法を扱う少女たちと食い止められていた段階。
魔力が吹き荒れるせいで起きる悪天候からの大雨と風の中、畳んだ傘とランドセルを……通りがかりの少女に、「これ持っててくれる? ありがとっ」といきなり押し付け、もとい頼んだ彼は――腰までの後ろ髪のうち横の一部をツインテールに、その他は後ろに流したままという、ツーサイドアップなる髪型をした彼は。
……シャツの下にはスカートを、その下は長靴という、一見して活発な少女としか見えない少年――月本ゆいは、その雨と風を全力で楽しんでいた。
「わ――――――――――――いっ! ずぶねれー! つめたあったかーい!! びしょびしょー!!」
ただ単純に、台風が来ると楽しくなってしかたがなくなるという本能に任せて楽しんでいた。
だから、わざと雨風を顔に受けながら……避難誘導が始まってしばらく経ち、緊急車両以外の一切が存在しなくなった道路をぐるぐると犬のように走り回っているのだ。
台風でびしょ濡れになりながら跳びはねる、犬のように。
びしゃ、と、水たまりに思い切り飛び込んでみたりして……折角のスカートまでが泥だらけになりつつあった。
「……え、ええっと……その。 そろそろお家に帰った方が……」
……そして、彼女にしか見えない彼――月本ゆいの様子を、道の脇の軒下で戸惑いながら、手元のランドセルと傘、走り回るツーサイドアップを交互に困惑しながら眺めている少女がいた。
♂(+♀)
「美希。 あなたが初めて魔法少女になって、いきなり魔物の群れを相手にさせられたときのこと。 覚えてる?」
「もちろん、忘れない。 ……ええと、確か、これまでの魔力を」
「そう。 あなたたち魔法を使える素質のある子が、赤ちゃんとして生まれてきてからずぅっと使わずにひたすらにため込んだ魔力が宿ってる」
「――、それで、魔法少女になって最初の攻撃のとき」
「一気に放出されるわ。 だって、制御の仕方を知らないから。 このときばかりは武器や戦いのセンスに関係なくて、ただ純粋な魔力が目の前に放たれるの。 目の前の魔物たちが怖い、体の中から魔力が暴れかけてる、怖い、出ちゃう――だから、魔力の素養なんか無視して、初めて変身する子は最前線に連れて行かれて、華やかで派手な最初の一撃を放って魔法を感じ取って――こっち側に来るの」
「…………だから、そうなんだね。 その子たち……ふたり? そう、なんだね。 その子たちが魔法使いたいって、精霊さんと契約したいって言ってくれたら」
「ええ。 普通の子でも山くらいは削れるわ。 そんな最初の一撃を、ふたつ、あれに浴びせられるの。 そしたら上のあれは勢力を失って……少なくともこれ以上は動けなくなるか地上に堕ちて、あなたたちの出番ね。 ――――元気、出た?」
「――――――――――――うん」
先ほどまで目の前の状況に絶望しかけていた美希からは銀色の魔力が噴き出す。
もう撫でてもらわなくても大丈夫、と、精霊をそっと押し返して。
「あれを倒せなかったとしても、少しでも弱らせたら次の町に着くころにはだいぶ弱るはずわ。 そしたら、次の町は無事で済むかも知れないわ。 ……だから」
「ここで注意を引き留めて、その子たちの準備をするわたしにかかってる、んだね。 ……分かったよ、精霊さん。 わたし、……もう、ちかちゃんに守られてるだけじゃない。 わたしも、ちかちゃんに負けないくらい――がんばるっ」
突き飛ばされたときについた汚れをぱんぱんっと払いながら、ちかちゃん、探さないとね……と、鳴りっぱなしのスマホを片手に精霊を真っ直ぐに見つめている。
「……じゃ、行ってくるわ。 けど、何度も言うけどアレは規格外。 魔女だって、みさいるとかいう爆弾でだって落とせなかったの。 だから、身を守るだけにして。 あと、戦えない人間を守るっていうのだけ。 あなたたちの力は一撃を当てて弱ってからよ」
「うん。 精霊さんも、気をつけてね」
「ええ。 千花はそのうちに連絡を寄越すでしょうから無理には動かないで。 いい? ――そう、いい子」
♂(+♀)
まだ、その瞬間から十数時間前。
「……あー。 ……ゆいったら。 いつもそうなるんだから」
「ごめんなさい!! ……ふぁ……っくしゅんっ!!!」
とある家、既に避難に必要なものを詰め込んだリュックの置いてある玄関で、ぽた、ぽたと床に滴る雨水……つまりは月本ゆいが水浸しになっている。
彼の母親は……雨の日のいつものことだとため息をつき、湧かしてあるからと、廊下に敷き詰めたバスタオルの上を歩かせ彼を風呂場へ直行させていた。
「台風のときとかは危ないから早く帰りなさいね? あと、先生たち、ゆいが急に消えたからって心配して……ところで、その大きなタオル。 どなたから借りたの?」
「ん――……分かんない! 遊んでるあいだランドセル預かっててくれたお姉ちゃん!」
「………………………………………………はぁ……お礼、言えないわね…………」
ぺたぺたと歩き、歩きながらごきげんで服をぽいぽいと脱いでいくゆいを見送りながら、彼の母はもうひとつのため息をついた。
♂(+♀)
銀に輝く風……魔力と呼ばれるエネルギーを自然に動かして周囲の瓦礫を巻島美希自身の周りに展開して擬装を施しながら、目をつけられにくくもより視界の効く場所へと移動していく様子を飛びながら見る精霊は、ほうっとひと息を憑く。
あれなら、だいじょうぶね。
そう判断した精霊は、ぬいぐるみのような見た目を解き――エネルギーだけの存在となって、魔力を感じる方向へと跳ぶ。
そうすることで通り道の障害物も魔物も何もかもを素通りし、直線で直接に向かうことができる。
それが、精霊という存在。
――早く、見つけなきゃ。
そう思いながら、精霊は進んでいく。
こうした災害時に使われる代表の、とある小学校の屋上へと。
♂(+♀)
「……ふー、助かったわー。 美希、ありがとっ! ……さっきまで不安そうな顔しかしなかったのに、私を助けてくれたときの顔! とってもかっこよくて!」
「し、しーっ! ……見つからないようにって、瓦礫でトンネル作りながら来たんだからっ」
「あ、ごめんね? …………でも、そんなに繊細なこと、よくできるわねぇ……」
精霊が跳んでいってからしばらく。
魔力の渦でいろいろと試していた美希は、ふと思った。
さっき上から光が来た辺りまで魔力で瓦礫を支えながら道……トンネルを作って進んで行けば、ちかちゃん、見つけられるかも。
だいじょうぶ、わたしから攻撃するわけじゃないし、見つからないように動くんだから精霊さんとの約束破るわけでもないもん。
……ないよね?
そうして地上からは分からないよう中腰で進める程度の瓦礫のトンネルを作りながら進んで行った美希。
爆心地のようにクレーター状になっているその場所を見たときにはまた泣きそうになっていたものの、その下に懐かしい感覚の反応――個人個人で異なる魔力の感覚――を見つけ、さらに地下へ掘り進んでいった先に居たのは……魔力と体力を回復するためか、すやすやと寝入っていた千花。
ようやくにしてたどり着いた美希は、よだれを垂らしてふやけた寝顔を見せられ……………………………………ずっこけた。
「私、いちど寝ちゃうと滅多に起きられなくて……」
「僕も僕も!!」
「……。 ……肝っ玉お母さん?」
「し、しーっ! ちかちゃん、そういうの実は気にしてるの!」
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