11話 魔法少女たちと「魔法少女」になるふたり
「千花はあたしと何年も戦って来た子だから慣れているの。 ……でも、美希はそうじゃないわ。 ほんの少し前に魔法少女になったばかりの子。 身を守るくらいはできるって思うけれど……」
ふたりの視線が、床で丸まるようになってしまっている少女に注がれる。
彼女、巻島美希もまた魔法少女。
……ただ、島内千花が数年前から活動しているのに比べ、巻島美希が魔法少女に目覚めたのは、ほんの少し前のこと。
つまりはほとんど一般人、普通のJCというもので――通常の魔物相手でさえおっかなびっくりなのに、いきなり史上最強の敵に出会ってしまった。
駆け出しの初心者が、いきなり「ラスボス」に出会ってしまったら誰でもそうなるだろう。
それがどのような感覚なのかは……一切に言葉を発せず、ただ頭を抱え込んで丸まっている彼女を見たなら、容易に想像できるもの。
魔力で銀色になった髪を肩までストレートに下ろした見た目に変身している彼女は、親友である島内千花の声に反応してこわごわと腕を上げて顔を覗かせる。
「…………………………………………っ、ごめん、ね、何もできなく、て」
「いいのよ、美希。 町の子の大半が美希みたいになっちゃってるからそれが普通の反応。 でも大丈夫、今は私が美希を守ってるから。 ね?」
「………………………………………………うん」
のそのそと、中腰にまで立ち上がりつつある巻島美希。
……顔は真っ青で涙が止まらないという、ひと目見て恐慌状態と分かるただの少女がそこにいた。
「……すんっ。 ごめんね、ちかちゃん。 わたし、も、がんばって着いて来て……最初は魔物、がんばって倒せたのに。 なのに、あれがお空ではっきり見えるようになったとたん、体がへなってなっちゃって」
「だから、それがふつーなのよ。 千花と話してたの聞こえてたでしょ? むしろバトルジャンキーなこの子の方が異常なんだから」
「ちょ、異常って……酷くない? 精霊ちゃん」
「だって、さっきとかあれに攻撃続けてたじゃない。 少しダメージ通ってたじゃない。 ……そんなことできるの、魔法少女の子でもほんの一握りだと思うわ」
「そりゃ、もともと魔力ってのが多いってのと、小学生のときからずっとだから、ね?」
「……ちかちゃんは、運動もできるから。 それも、ある……んじゃないかな。 今まで何もしてこなかったわたしと違って……」
「ちょ、ちょっと美希!? 魔法ってメンタルの影響もんのすごいんだから、……えっと、とにかくがんばって気張ってこ? 空元気でもいいから、こう、盛り上がって!」
「……わたし、そういう体育会系の感じ、苦手……」
「あ――……そーゆーワケじゃないのにぃ――……」
完全に悪循環になりつつある会話を聞きながら精霊はひらひらと、島内千花の脚の周りを飛びながら巻島美希へと視線を誘導する。
「……ほら、よく見てみて頂戴、美希。 千花ってば百戦錬磨って感じなのに脚震えてるのよ? 格好良く立っているように見せているけど、実は結構ぎりぎりなの。 小鹿さんなのよ? みんなからはお母さん呼びなのに」
「ち、ちょっとちょっと精霊ちゃん!? そういうのみんなの士気削ぐから!」
「いいじゃないの。 弱い一面も魅力的よ?」
「…………………………………………あ、ほんとだ。 「お母さん」なのに」
「美希まで……もうっ」
「ね? どれだけ強い魔法少女でも、……いえ、あたしたちのと大人になった子たちが束になっても敵わない規格外なの、あれってば。 だから、美希の反応がフツウなの。 ……っていうか、あの魔力を感じられない人間だったら、そもそも普段の魔物狩りとかできないでしょ? だって気配って魔力だもん。 あ、でも、怖いって感じるから面倒なのよねー」
「……そうなの? ちかちゃん」
「まー、そういうことになるのかなぁ。 さすがにアレなら誰だって怖いって、はっきり感じるだろうけど」
ふぅ、と……ふたりのあいだの緊張が解れ、一時でもメンタルと体内の魔力の流れが良くなったのを感じ取った精霊はため息をひとつ。
こんなこと滅多に無いから忘れていたわ。
人間の女の子って、特に精神状態が動きやすいのよね。
良くも、悪くも。
だから、あたしが何とかしなきゃ。
――もしこの子たちが命に関わる深手を負いそうになったら、身代わりになる。
それが、あたしたち精霊の使命だもの。
「逃げ出さないだけですごいの。 えっと、……恥ずかしい話だろーけど、漏らさないだけでもすごい。 だってあれ、あたしだって怖くって仕方ないんだもの。 だからほとんどの子、避難が遅れてる人間を確認して回るっていう理由で後ろに回してるでしょ」
「はぁ……じゃ、しょうがないね。 なんとかなってる私たちだけで、せめて待機だけでもしておかないとね」
「う、うん……ありがと、ちかちゃん、精霊さん……」
♪♪♪
「…………ん――? ……んぅ――………………」
「…………………………、どうしたの? ゆいくん」
同時刻、市内の離れたところで。
「……悪いのが来てる。 お天気が急に悪くなるからってお昼前に下校になったのって、これかな」
「………………………………私も、少し分かる。 これ、悪いやつなの? 悪い、意志?」
「うん。 許しちゃいけないんだ」
彼は――少年にもかかわらず何故か少女の格好をしている彼、月本ゆいは、遠くを見通していた。
町を破壊して回る怪物が向かってくる、その方向を――じっと。
10歳を超えたばかりの少年としてありえないほどの、全ての憎しみを込めたその瞳で。
桜色に輝くその瞳は、ひどく濁っていた。
「……そ。 ゆいくんの敵なら、私もキライ。 殺したいね」
「うん。 ああいうのは根絶やしにしなきゃなの。 絶滅させなきゃ」
「……前におはなししてくれた、別の世界みたいに?」
「みどりちゃん、覚えててくれたんだ」
「ゆいくんの言うことは、全部覚えてるから。 全部、みんな」
「そっか。 ……そうなの。 あの世界みたいに、人も動物も植物もみんな根絶やしにされるくらいなら」
じわ、と、ゆいの瞳が桜色から色素が抜けて白くなっていく。
「――――――――――――――僕があのときみたいに、殺し尽くさなきゃ」
「そのときはお手伝いするよ、ゆいくん。 私も、あのときより強くなったんだから」
「……いいの?」
「うん、いいよ」
彼にぴったりと寄り添う少女……一ノ倉みどりもまた、昏い瞳を同じ方向に向けていた。
♂(+♀)
「……………………………………………………………………………………」
「…………精霊さん? 考えごとしてるのかな」
「通信とかしてるの……かな。 けど、なんだか」
ふたりの魔法少女と精霊は、変わらずに蹂躙されていく地上を見ながらこれからのことを話し合っていた。
しかし、途中から精霊が黙り込み……話が途切れてしばらく。
精霊は、少なくなりつつある自信の体力、魔力と――減っていく精霊たちに焦りを覚えていた。
……多分、いえ、きっとそのうちに対策が取られて何日かで倒せるはず、よ、ね。
けど、もし。 あれが、一部の魔物みたいに姿を変えながら成長していくタイプのだったら。
分裂して増殖するのだったら――時間は、むしろ、あれの味方なの。
他の町の人間たちにはごめんだけど、早くどっか行ってちょうだい。魔力ならどこの土地にでもあるでしょ。
なんでよりにもよって人間が沢山集まっているところを、この町を襲うのよ。
精霊は冷静さを欠き、魔法少女たちは不審に思いつつも他の魔法少女たちとの連絡を取っていたそのとき。
指揮をするためにと高台でありつつも瓦礫に隠れて気がつかれないはずだった彼女たちの上に、突如として上空から強い光線が降り注ぐ。
完全にランダムな攻撃だったのかもしれない。
そのせいで反応が遅れたのかもしれない。
あるいは、ひどい劣勢で膠着していた戦場を眺めていて麻痺していたのかもしれない。
いずれにしても、反応できた千花と精霊でもできたのは……とっさの防御だけだった。
「………………………………………………っ!? ――精霊ちゃんっ、美希ちゃんを守ってっ!」
その光線が彼女たちにたどり着く直前に、千花は美希を思い切り突き飛ばし……光に呑まれた。
音が光に飲み込まれ、凄まじい破壊が起きているのになにも聞こえないという空白が生じる。
「……けほっ、う、ぇっ。 ………………………………………………、ちか、ちゃん?」
変身時に展開されているバリアと精霊が守ったおかげで、思い切り突き飛ばされ……数十メートル吹き飛ばされて瓦礫に激突しても「痛い」程度で済んだものの、さすがに衝撃までは防げなかった様子の美希。
30秒、1分してからよたよたと起き上がり、瓦礫が絡まっていた銀髪を撫でつけると顔の周りで声をかけていた精霊に問いかける。
「……どうしよう。 ねぇ、どうしよう精霊さんっ! ちかちゃん、っ、わたしを守ろうとしてっ、わたしのせいでっ、直撃を受けて死んじゃってっ」
「美希、落ち着いて。 魔法少女は、「あたしたち精霊が死なせない」。 契約したとき教えたでしょ? ……あたしが死んでない、消えてないってことは、あの子は死んでないし死にそうにもなってない。 あたしがものすごく痛いって感じてないからものすごく痛いってなってない。 ……とっさに、別のとこに逃げたはずよ」
「でもっ、でもっ!」
体じゅうが瓦礫の破片で黒ずみ、綺麗な髪は振り乱され、涙は止まらず――巻島美希は、完全に錯乱している。
「……あの子はだいじょうぶよ。 だいじょうぶ。戦いに慣れているからバリア張るの得意だし、反応も速いの。 ……あと、単純に経験と魔力が豊富だから、普通の子よりもダメージは受けないの。 だから………………………………………………落ちついて。 ヘタに大声上げたり走ったりすると、今度こそ見つかって直撃よ」
「ぐす、……うん」
「ええ、いい子。 これまで、あれだけの大出力は無かったわ。 だから……多分魔力の流れが一点に集まっていたから狙われたのかもしれないわ。 あの子、魔力で通信していたから。 これからはその板……すまほ、だっけ、だけでの交信が方が良さそう……じゃなくて、えっと。 とにかく、そうやすやすと乱発できるものじゃないはずよ。 だからまずは落ち着いて、隠れていて。 で、千花と連絡取れるようになったらこの後のことを考えましょ。 ――あたしたちも、逃げた方が良いから」
泣きじゃくる……魔法少女として選ばれたとは言え、彼女もまた中学2年という、まだまだ精神的に幼い生物。
おまけに魔物と戦った経験が数回だけ、それも練習として手伝ってもらいながらだ。
さらには彼女は体育の授業が世界でいちばん嫌いと言うくらいに体を動かすのを苦手としている。
――――――――――――――不味いわね。
美希の周りを飛び続け、頭や顔や肩を撫でまわし、あやし続けながら……犬なのかウサギなのか分からない見た目の精霊は考える。
この町、昨日までは安全そのものだったから魔法少女の子たちのレベルって、正直高くないわ。
いえ、どうせアレ相手じゃそこまで変わらないだろうけど……でも、冷静に連携が取れる子が足りなさすぎ。
ケイサツって言うのは人間たちが逃げてる場所を守るので精いっぱい、これ以上は望めないわ。
それに、直に朝になるから疲れが出て来てますます動けなくなるはず。
千花、あの子がいちばんに強い……のだけど、他の子たちをまとめるので精いっぱい。
だから――アレに真上に居すわられている以上あたしたちに打てる手は無いわ。
せめて来年にでも来てくれたなら、この泣いちゃった子、美希の潜在魔力なら充分に育って、何とか……だったのに。
「……ん。 も、だいじょうぶ。 ありがとね、精霊さん」
「…………そ。 だったら楽しいことでも考えてて。 それだけでもいくらかは魔力も回復するはずだから」
「うん」
ぽす、と、おもむろに自分から人形のように抱きしめられに行く精霊と、精霊を胸で抱きしめてあたたかい気持ちになる美希。
……ムリなモノはムリ、ね。
大人しくあきらめましょう。
あんなのはもっと強い子たちに任せたら良いのよ。
しかし、諦めきっていた精霊のセンサーに光が差し込む。
「――――――――――――え」
人形としておとなしく抱かれていた精霊はもぞもぞと動き、おもむろに美希の胸元からそうっと離れる。
「――――――――――――。 ……、これ、は。 ……うん。 町がこんなに騒がしくなってて、誰でも怖いって感情を抱いていて。 それでもって、あちこちの避難所に集められて人間たちがストレスっていうものを覚えてる、この状況だったら、……」
「……精霊、さん?」
精霊はふらふらと浮きながらぶつぶつと考えつつ、魔力を探知するセンサーのようなものをその方向へと集中させる。
「……………………………………………………。 ね、美希」
「どうしたの? ……あっ、ちかちゃんと連絡取れたの!?」
「……ごめんね、違うの。 千花は、まだ。 でも、さっき言ったみたく」
「…………無事ではあるんだよね。 うん、分かってる。 それで……?」
ぴっ、と、その短くて太い腕で、ある方向を指す精霊。
「――今。 あっちの方で、魔力に目覚めた子がいる。 それも、一気にふたりも」
「…………ほんとっ!? じ、じゃあっ!!」
「うん」
ふたりは、顔を合わせる。
「「――『最初の一撃』で、やっつけられるかもしれない」」
「ぁう…………思い出すだけで恥ずかしいよぅ……」
「? 美希ならしょうがないんじゃないの? こわがりさんだし」
「ゆいくんの言うとおりだと思います。 命を賭けた戦いなら」
「……その割に、ゆい君もみどりちゃんも落ち着いていたわよねぇ……?」
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