8話 月下の否定と受容

「ええ、もう諦めているわ。 ええ……」




「……あ、ごめん、さすがに怒っちゃった? けど、……んー。 僕みたいにかわいいにこだわらない子ならかわいいって思えるんじゃない? ほら、アニメとかマンガの不思議な生き物ってこういう見た目してることあるし。 ぬいぐるみも「ほんとうの女の子なら」まだこの歳でも好きな子、いっぱいいるし。 だけど……あ! そうだ、思い出した! 前に言われたことっ。 今おはなししてくれてる精霊さんと僕たちって、魔力の波長みたいなものが合ってないんじゃないかなぁ。 おはなししてて楽しいとは思うけど、さすがに見た目は……うん。 見た目は……大事、だもんね。 うん、見た目はだいじ。 そ、相性っての」


「…………………………………………………………………………………………」……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


「僕たちは気持ち悪いって思っちゃうけど、魔力……波長? 相性? が悪いんだから精霊さんは悪くないよ。 きっとかわいいんだよ。 ただ、僕たちにはダメなだけ。 僕はムリだけど」

「ゆいくんが結構マジメにそういうことを。 …………………………ふぅ。 なら、私からもごめんなさい、精霊さん。 そうだよね、見た目は変えられないもんね。 私だってよく陰湿な陰口叩かれるし、イヤな気持ちはよく知ってるもん。 ごめんなさい。 ……まあ、私は必ず…………いえ、何でも」


「そうだね、ごめんね? ……だけど、ムリ。 どうしてもムリ。 気持ち悪いって思えちゃうからムリ。 生理的にムリ。 ごめんね? ムリで」

「~~~~、……わ、私、も。 あいしょう、が、わるくって、……生理的にムリだからごめんなさいぷふっ」


「キモカワムリ?」

「な、なにその生きものみたいな、~~~~~~っ!!」


「…………………………………………………………………………………………」………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


「あ、怒ってる。 ごめんね……だけど、やっぱり怒ってる顔とか、さっきまでよりもものすんごく気持ち悪いもん。 ケンカしたときにそういう顔されたら、ケンカもできないもん。 なんか、こう……魔法が使えてたら、思わずで投げ飛ばしちゃう感じ? 窓からお外に、ぽいって」


「……………………………………………………もん」


「うわっ」

「うわ……」


「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」


「……………………………………あ。 ……ご、ごめんね? けど、正直その顔、……ないよ。 ない。 お目々とかお口とかはぬいぐるみさんで動かないはずなのに、表情筋? が、あるのかな、それで全部が微妙に怒った感じになって………………………………、それがまた一層に気持ち悪い。 ごめん、けど、きもい」


「……………………………………………………できる、もん」


ぷち、っと……そのとき精霊は、その個体は、初めての感情を知った。

感情も制御できないなんて単純ね、と、心の中で子供も人もどこかで見下していたところのあったそれは、初めて怒りというそれを覚えた。


普段はイヤなことを極力避け、気に入る仲間や子供たち以外とのコミュニケーションも必要最低限のものとし、イヤな気持ちになるとすぐに逃げ出す、隠れる性質のあったそれは、その感情を覚えることを知らなかったそれは――――「怒り」「キレる」を覚えてしまった。


がぁ、と、ふたりよりも高いところへ飛び立ち、ひとまわり、ふたまわり……それ以上に急速に膨らみ。


「……できるもん! あたしキモくないもん! かわいいもん! この姿だってちっちゃいころに仲間になってくれた子からかわいいって言われてなったんだもん! なのになのになによ!! デリカシーの欠片もないの!? ……いいわ、待って! ほんの数秒で別の姿になるからっ! ぜーったいにかわいいって言ってみせるから!! ほら!! ほら、見てなさいよふたりとも!! あたしがときどきヒトに紛れてお買い物するときとかの姿! 人間形態の方! いいわね、よーく見てなさいよふたりとも!!!!」


「…………ゆいくん。 後で、謝ろ?」

「……うん、さすがに言い過ぎちゃった。 きもい、って、人の見た目じゃないものとか、冗談のときしかダメだよね」


ぱあ、といきなりの閃光で目を覆うふたりともは、さすがのふたりでも罪悪感を覚え、決意する。


――たとえその人間形態とやらがどのようなものであっても、かわいいと褒めちぎってあげようと。

でも、多分気持ち悪い――ふたりにとって――だろうから、やっぱり魔法少女やるなら別の精霊とがいいな、とも。


「……変身。 精霊さんがこうやってるってことは、魔法少女になるときも光るのかな。 …………あ、いちど光の卵に戻って? で、……あ、ぱりぱりって出てきてる。 これは精霊さんだからかな? けど……はだかになったりはしなさそう、かな? あれ、私がするんだったら……あ、でも、ゆいくんと一緒にだったらむしろ」


「でも、やっぱりそこまで怒らなくたってなー。 説明したじゃん、僕たちには気持ち悪く見えてるだけで、他の子にはかわいいって見えるんでしょ。 他の子にかわいいって言われたからーって今言ってたし。 たぶん。 なんとなくだけど。 気にしなくていいのに、もう」


「――――――――――――――――――――――――ああ。 こんなときに貴重な魔力をこんなにも……怒りって、怖いのね」


光の中からふわりとスカートの裾が舞い、とん、と小さな靴が屋上の無機質なアスファルトに触れる。

両手はバランスを取るようにして左右に、髪は服と同じように水中にあるかのように揺れ動き。


「……これが怒るってことなのね。 ああもう、そのせいでこんなに魔力も時間もムダにしちゃって。 ……はぁ、もういいわ。 良い? 分かったでしょう? あたしはキモく無い姿にも」


「――――――――――――――――――――――すっごくかわいい!!!」

「…………………………………………………………………………………………え」


「あら、かわいい。 なるほど、魔力の形を変えたから私たちに合うようになったのね」

「戻って、………………………………………………え、今なんて? あたしのこと」


「ん、かわいいって」

「ええ、かわいいわ」


「――――――――――――――――――――――――――――!!」


嬉しさに悶える……さんざんにこき下ろされダメ出しされこれでもかと気持ち悪いを連発され怒りにまかせて思わずで変身してしまった精霊は、変身した瞬間から手のひらを返すような大絶賛を受けて喜びに満たされた。


かわいい、という感情が魔力に乗って伝わってくるからこそ、本物だと理解できてしまう、言葉にできていない褒めちぎりよう。


人間形態となった精霊は――同学年の平均身長よりずっと低いゆいよりもさらに背が低く、小学校低学年の少女のよう。


服の代わりにクリーム色……から変わってきらきらと輝く金色の着ぐるみのようなものを――これもまた犬をイメージしているのだろう――着ていて、嬉しさと恥ずかしさのあまりに真っ赤になっているその姿は――確かに、誰でも可愛らしいと感じざるを得ない見た目になっていた。


それはもう、なぜ急いで魔法少女への勧誘をしているのかを忘れるほどの喜びようなその存在は――控えめに言ってもちょろくなってしまっていた。


下げて、上げる。


人の狡猾なテクニックは――精霊という人でない存在にも通用するようだった。



「最初からあの格好だったら褒めちぎってあげたのにー」

「ね」

「……………………………………………………もう、どうでもいいわ」

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