9話 魔法少女/少年、または「魔法少女」の誕生の瞬間
ようやく魔法少女、または魔法女装少女の誕生です。
ゆいとみどりに「かわいい」と言ってもらいたいがための変身をした精霊。
ふわりふわりと漂っている長い髪は月の光を受けて金の粉を振りまき、眠そうな垂れ目はエメラルドグリーンに光り、その頭にはうさぎの形の耳がぴょこんと立つフードを被り、体は着ぐるみの毛でふわふわと柔らかい印象。
急に褒められてもじもじとする仕草も、うつむきがちな視線も精霊の「かわいさ」を引き立てるものだった。
「かわいい!! かわいい!! とってもかわいい!! さっきまでの微妙にダメなのとぜんっぜん違う!!!」
「そうね。 さっきのよりも百倍以上良いと思う。 その姿なら夜、私のベッドに来てくれても良いかもしれないわ」
「そ、そうかしら……え? ベッド?」
「うんっ! きぐるみ!! もふもふ!! ちゃんとかわいい顔あるし、髪の毛もすべすべだしっ、なんだかハロウィンとかの仮装みたいなのしたお人形さんみたい!!」
「ええ、ゆいくんと私、あとはゆいくんのご家族の次にかわいいわ。 ……いいわね」
「そ、そっ! ならいいの! 今はいい気分だからさっきのは忘れてあげるわっ!」
手のひらを返すとは正にこのことで、先ほどまでの心の底から気持ち悪いの連発から一転、心の底から可愛らしいとの評価を得られることとなった精霊は、抱いていた怒りの感情などは一瞬で吹き飛ばして舞い上がる。
「さっきまでのは……うん! どくどくしい色のでっかい毛虫くらいのだったけど、今はちゃんとかわいい!! 正直触りたくなかったけど、今は触ってなでなでしてぎゅーってしたい!!」
「け、毛虫……」
「あ、かゆーい毛をばらまかない方ね?」
「知らない……そんなの聞いてない……」
「ええ、ほんとう。 …………見れば見るほど、食べても良いくらい。 いえ、食べちゃいたいくらいね。 ……しちゃったり、…………しちゃったり。 その着ぐるみの下がどうなっているかも……ものすごく、興味あるわ」
「え? あの、あなた、ウェーブの子。 あなたって結構ぼそぼそ話す瞬間があって聞き取れな」
「いいの、気にしないで。 あと私はみどり、ゆいくんはゆいくんよ。 ……ああでもそうね、さっきの姿、私的には台所とかじめじめした日の屋外とかで見かける黒くてカサカサ素早く動いたり飛んだりする、思わず全力でこの世から抹殺したくなるようなあの生き物くらいの感覚だったけど、今なら一緒におふろに入ってそのままベッドに入ってもいいくらいよ」
「…………………………………………………………………………………………」
舞い上がった心は一気にどん底へ、そしてようやくにして気持ちが普段のものに近くなって……落ちついた精霊。
下げて下げて下げて下げて上げられて、また少し下げられた形。
ととと、と……ぬいぐるみのときにはきゅむきゅむと鳴っていた足音も、今は普通の……人が、普通に歩いているときのそれと同じになっている。
ふわりとフードを後ろにすると、長い耳も――どうやら本物ではなかったらしいそれは見えなくなる。
そうして背の低い、クリーム色……月明かりで金色に光るふかふかの毛皮を纏い、フードとして後ろに下げているところにはうさぎの耳、腰の辺りからは大型犬の尻尾のようなふかふかをぶんぶんと揺らしつつ、魔法少女の素質のある「少女」、ゆいの元へ走って行き……迫った。
「これでいいでしょ。 ……あ!! こんなことをしている場合じゃなかったわ! …………その、あなた! 文句ないでしょ!? 一緒に戦ってくれるのね、これから!? 少ない魔力をやりくりしているんだからそうじゃないと困るのよ!! 分かる!? もちろん後でウェーブの子、えっと、みどりにも契約してもらうけど!! だってあんまりじゃない、何よ毛虫とか黒い悪魔みたいな扱いして! って言うか待って、お願いだからこれ以上変身前の姿について言わないでちょうだい、さすがのあたしでも泣くわよ! 本気で!!」
「うん、いいよ。 やる。 魔法少女」
「だから泣くわ…………って、ほんとう!? もう急に止めるって言わない!?」
「うん。 憧れてたんだー、あーやってかわいいのにかっこいい魔法少女って!!」
「ゆいくん、変身ヒーローものなら何でも好きだもんね。 毎年同じようなもの、飽きずにずーっと観続けて」
「? みどりちゃんも好きなんでしょ? 日曜日の朝早くとか必ず家に来て一緒に観てるし」
「――――――――――――――――うん、そう。 だいすき――――だから」
「………………………………………………え、ええと。 その話はとりあえず後。 今はケイヤクよ、本物の魔法少女になるための。 いい? ゆい。 今からパス……じゃ分からないかしら、魔力の通り道、ゆいとあたしのあいだの流れを作るから」
「え? 魔法の道具とかじゃなくて? アクセサリーとか、ステッキとか」
「…………そういうものが好きなら、後で頼んどいてあげる。 けど、今は契約と『最初の』――は後でいいわね。 とにかく、変身してあたしのサポートであなたの魔力を吐き出すだけだから。 とりあえず、変身よ。 なりたい姿、理想の魔法少女の姿を強くイメージして。 アニメのでもノートに書いたのとかでもいいから。 細かいところはあたしが適当にエレガントにデザインするから、とにかくおおざっぱでもいいから強くイメージをちょうだい。 パスが繋がったら、そういうのができるから」
「ほへー?」
「……急いでいるみたいなのは分かるけど、ゆいくんに一気に情報をあげないで。 たぶん、さっきのまでも半分も分かってないから。 理解させられたいの?」
「わからせ……え、え?」
「ゆいくん? えっとね、めんどくさいことは考えないで、なりたい魔法少女のお洋服を思い浮かべたらいいんだって。 うん、そう。 ――――――――――――――――前に話してくれたみたいに、「あっち」で着ていたのとか、それだっていいの」
「………………………………………………あっち、の、…………………………」
「あっち? 何のこと? ……じゃない、時間が!」
「……服、分かった。 しっかり思い浮かべた。 あとは変身グッズだけど……これはみどりちゃんにおまかせ。 明日とかでもいーい?」
「任されました♥」
「で、どうやってパスするの? こうー?」
「ぴっ!?」
唐突に精霊を……真正面から抱きつくゆいと、驚いて体じゅうの毛がぶわっと膨れる精霊。
ついでに顔をすりすりする……のは、ゆいの癖だ。
それを見て一瞬だけみどりの目が昏くなったが、軽く頭を振った後には戻る。
「むぎゅ、……そこまでする必要ないわよ……あ、だけど、いい匂い。 なるほど、本当にこの姿になっていれば、あなたにとってあたしが好意的な存在に映るのね。 けど、やっぱり苦しいから離して。 手、繋ぐだけでも充分だから」
「えー? だってお姉ちゃんとかといつもしてるもん! だって気持ちいいでしょ!? それに今の精霊さん、………………………………………………」
「………………………………………………どうしたの。 また心変わり」
「あのさ? なんだかもちもちしておいしそうだから「だいふく」って呼んでもいい? 金色だけど、きぐるみはおいしそうなクリーム色だったし」
「……え」
「ぷふっ、だいふっ、くっ、~~~~っ!! …………い、っいいんじゃ、んない、の? ほら、急がないとゆいくん、すぐに心変わりしちゃうわよ?」
「………………。 一応聞いておくけど、それってあたしが太ってるとかじゃ」
「んーん? 特にうさぎなお耳のところのフードの毛皮がふかふかしてきれいに白く光ってたからさー」
「綺麗……、なら、いいわ。 けど、人前ではあまり呼ばないでね?」
「かわいいのにー」
「……とにかく済ませちゃいましょ。 さ、ゆい」
もう少しで――晴れていれば、空一面に夜明けの光が昇ってくる直前の淡い三日月の光る中学校の屋上で、もふもふと抱かれながら精霊は――――これ以後、誰からも「だいふく」という不名誉な名前で呼ばれることになってしまう精霊は、後にこのときの選択を徹底的に後悔することになる、ゆいとの強固な契約により「だいふく」となる精霊は、再度――ようやくに、その文句を口にする。
「――――――――――――――あたしと契約して、魔法少女になって?」
「うんっ! もちろん!! ……わー、声が耳からも頭の中にも響いてくるみたい! うんっ、懐かしい感覚っ! いいよ、これから一緒にがんばろ、だいふくっ!」
その途端に、光の柱が音もなく天を貫いた。
その魔力の奔流は、ゆいが「魔法少女」になるために「だいふく」と魔力の見えない通路を開いた証。
……ただそれは、通常よりもずっとずっと強力なもので……最早閃光、地上からほとばしる雷とでも表現されるだろう威力のもの。
「それじゃあ、あたしに向けて体の中に芽生えた何かを向けるようにして、……って、ちょっと待って。 これ、待って、あたし、こんなの知らな」
屋上を起点に渦を巻くようにし出した実体化した魔力の渦は、ぐるぐると力を円環させつつ「2年ぶり」となる本格的な奔流を開始し始め、大気が震え、厚い雲の下に太陽が出現したかのような現象にまで発展する。
――後に宇宙からもはっきりと観測されていたことが分かり、それが元で大騒動になるのだが……それは、ただ女の子に憧れるだけの少年、ゆいには関係のないこと。
「――あ、これ。 少し……いえ、かなりまずい、かも。 ……私は隠れてないと、灼かれちゃう。 どうせゆいくんのことだもん、今は私のことなんて忘れちゃってるだろうし、このまま魔王って言うのを倒しに行って倒せちゃうんでしょ。 ならいいわね。 いざとなったらどうにでもなるし」
「少女」と「だいふく」が抱き合い契約をした瞬間に「それ」を察知したみどりは、閃光がほとばしる前に自らの体を光も通さない漆黒のナニカで覆い尽くし、さらに周りを……彼女自身を守るようにして漆黒の物質でできた植物の枝でぐるりと巻いていく。
それはさながら、蔦で守られた繭のよう。
ただし、まばゆい桜色ではなく、深い緑色の。
「よいしょっ、と……ふぅ。 あ、まず。 もっと深くないとあの光が……いたっ…………ゆいくんからの痛み。 ふふ、ふふふ……」
その漆黒の蕾は――コンクリートの床を無視して、下へと沈んでいった。
♂(+♀)
光の柱は昇り続ける。
「だいふく」の張っていた結界を突き破り、厚い雲をも突き抜け、一気に雲海の上へと飛び立ち――ゆいと、ゆいと繋がれた手に引っ張られただいふくは浮かぶ月を眺める。
「わ、すごいすごーい! こんなに力出せるのって久しぶりだよ! 気持ちいーい!! あ、だいふくの力も流れて……ふんふん、コレが今の町の状況なんだー。 魔法少女さんたちっていっぱいいるんだね、あ、もちろん男の子たちも。 でー、……あの子たちがだいふくと契約してる子たちかな? あと魔王ってののいるところも分かったし、じゃ、早速行こー!!」
「ちょ、まっ、待って、待ってちょうだいっ! あたし、乗り物とか苦手で、だから、今みたいに無理やり空高く引っ張って行かれたと思ったら横に――や、やだ、このまま突っ切って真下に!? ゆい、待ちなさい、あたし、こんなことされたら――――――――――――――――、うぷ」
ふたりは今、魔力の存在となっている。
「だいふく」は言わずもがな、ゆい自身も変身中ということで、人としての体を解いて魔力を変換して魔法少女になっている最中で。
「そんなに危険なんでしょ、魔王と魔物たちって。 だったら――――――――――――――――うん。 今の僕なら、そんなにおいしそうなモノ、食べなきゃいられないもん! さっ、魔法少女になれたんだからがんばるぞー!」
「……………………………………………………。 ゆい。 これ」
「え? なにだいふ……、うぇぇ!? 何この気持ち悪いの!?」
「……あたし、酔ってるの。 あなたの無茶な移動で。 だからゆっくり、ゆっくりよ? あたしにコントロール任せて、お願いだからこれ以上――」
「ごめんねだいふく、だったらすぐに降りちゃわないとね! だいじょうぶ、地面にめり込まないように、今すぐに降りるから!!」
「だから、話を聞いてちょうだい、あたしは、――――――――――――――――――――――――――――――――あ。 も、だめ」
光の柱は上空で、かくっと角度をつけて曲がり、そのまま迷わずに「だいふく」と繋がりの深い場所へ。
「だいふく」が求めていた場所、その精霊、彼女と契約をしている魔法少女「巻島美希」と「島内千花」がいる地上へと自由落下を遙かに超える速度で急降下していく。
――移動で消費した魔力の残滓の内に、人で表現するのであれば吐瀉物が混じっていたのは……幸いに、その光の中にいるふたり以外には知られることはなかった。
せっかく契約できても、いや、できてしまったからこそ不憫になっていく「だいふく」だった。
「げろ? げろだったのあれ? ねぇねぇだいふくだいふく!」
「……………………………………忘れて。 忘れて、頂戴……」
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