7話 月下の否定と諦観
子供は残酷です。
「ちょっと!? なに、あなた、ちっちゃい子! あなたものすごく乗り気だったじゃない! なんで急にいざってときで止めるって言うの!? あとおっき、……ウェーブの子も!」
「だってさぁ――……」
「私はゆいくんがなるならなる、ならないならならない。 ただそれだけ。 ……それよりも、声、うるさい。 ――――――――――――消す? 炭? 灰? 塵?」
「ぴぃっ!? 消すってなに!? さっきから消すとか物騒よ!? やっぱりこの子怖い!!」
意外すぎる拒絶と理由の無い恐怖から、精霊は無いはずの肉体を震わせていた。
心の中は!と?で埋め尽くされ感情に振り回され、握ろうとしていた主導権はどこへやらという悲惨な状態だ。
「なんで! ねぇ、なんでなの!? だって、ってなに!? やる気満々だったでしょ!! かわいいになりたいんでしょ!」
「でも――……」
「だからなに!! あ、セイドのことよく知らないのね!? なら簡単に言ってあげるけど、働いた分はお給金が出るの! クニから直接!! 人の命預かる仕事だから特例で税金とかも無いの! あ、お金のこと実感ないんだったらだいじょうぶよ! 後でヤクニンが来て手続きしてくれて、多すぎもしなくって少なすぎもしないおこづかいって形でお母さんからもらえるわ! 普通の子は学校の授業とか習い事がなくて、しかもあなたたちが戦いたいときだけ戦えるし、緊急でどうしてもってときでも学校は公欠扱いよ!? みんなのヒーロー間違いなしでちやほや間違いなしなのよ!? あなたかわいくなりたいんでしょ!! みんなの前でぱぁって変身して教室から飛び出して行くとか憧れるんじゃないの!! 女の子でも男の子でも!! あと、それから」
「だって、かわいくない」
「ねー」
「他にも特権的な、――――――――――――――――――――――――――え? 今、なんて」
「かわいくない」
「ゆいくんの言ったことを聞き逃したの?」
ぷいっと不満そうに顔を背けるゆいと、そんな彼の横顔をうっとりと見つめるだけのみどりは、すっかりと興味を失ったかのようにして言う。
ぴた、と、思わずで詰め寄ろうとしていた精霊は――今度こそフリーズしてしまった。
「僕さー、かわいいの好きだよ? あと、人のために戦うのもかわいく変身できるのも大好きだよ? ……だけど僕、別にぬいぐるみ好きじゃないし」
「服とかアクセサリーとか、そっちの方よね。 あとはシールとかきらきらしたおもちゃとか」
「うん。 あとね? 僕、妖精さんの顔。 好きじゃないかな」
「え」
「……あのね? ゆいくん。 駄目、いくらなんでも人の……あ、人じゃないから良いわね。 でも、見た目のこと言っちゃ。 いくらコレでも可哀想」
「え?」
「たとえほんとうのことだったとしても、本人に言ったら傷つくのよ?」
「そっか。 ごめんなさい、妖精さん。 あ、精霊さん? だっけ?」
「……………………………………………………………………、え?」
人ならざる生命体ではあっても人と変わらない……10と少しという年月しか経験してこなかった精霊は、真っ白になっていた。
見た目のことを……これまではかわいいとしか絶賛されてこなかったぬいぐるみな姿を自分とほぼ同世代の「少女たち」にボロボロに言われたのなんて、初めてだった。
一切手加減無し、どストレートに、あんまりな表現で、ばっさりと。
「そもそもさー、僕が知ってる妖精さんたちって、もっとこう、かわいかったよ? 動物の子供みたいにやわっこくてあったかくて、いい匂いがして。 あと、そんなにしゃべらないし。 ぬいぐるみが目も口も動かさないで動いてしゃべってるのって、変」
「くふ、くふふふ……」
「あと、わんこなんでしょ? わんこ。 見た目は。 尻尾だって……えっと、散歩してるわんことかみたいな感じだし、顔も体もそうだし。 なのになんで耳だけがうさぎさんなの? おかしくない? 妖精さん……じゃないんだよね、精霊さんたちってみんなそうなの? なんかぱっと見て変。 ものすごく変。 ヘン。 ちぐはぐ。 センス悪ーい。 ヘンなの」
「……………………ヘン。 あたしが、…………………………センス、悪い?」
「うん、ヘン。 あと精霊さんのおめめ、僕たちから見ると光が入ってないみたいだから、まんまるの真っ黒で」
「……真正面から見つめられると……ふふ、ふふふ……こ、怖い、気持ち悪い、よ、ね……?」
「そんな感じ」
「~~~~――――っ!!」
さすがに悪いと思っているのかこらえる笑いを――ゆいの体に顔を押し付けるようにして、けれども我慢しきれなくて悶えるみどりを、あまりにひどい言葉で罵るゆいを、ただ交互に見ることしかできない精霊。
創り出されている空間が、ときおり、ざざっと、ゆらめく。
そのすき間からは――そとの暴風雨が覗いていて、水滴が入ってくる。
ただ立っているように制御こそしているものの、脚に力が入らなくなってきたように、その空間が……ちりちりと崩れかけていく。
……憐れにも自分を全否定された精霊は、内側に芽生えたナニカを感じ。
小学4年生の男子という生物ゆえに考えたことの大半が口から出てしまうゆいは、ごめんねー、といいつつも正直に感想を言ってしまい、元々精霊に対して好感を覚えていなかったみどりは、もはやすがりつく形になってぎりぎり笑わないようにするので精いっぱい。
どうやら彼女のツボに入ってしまったらしく、押し殺した笑い声が響き続ける。
「……あ。 ごめんごめん、いろいろ言っちゃったけど、そういうことだからごめんね? 妖……精霊さん。 他の子のとこ当たって? いっぱいいるんでしょ? 魔法少女になれる子って。 僕、魔法少女にはなりたいんだけど、アニメとかみたいにずっと一緒にいる……えっと、続けたいんだったら何年もなんだよね? そんな相手が微妙に変で微妙に怖くって微妙におかしい、かわいいじゃないのとだと、ちょっと……。 僕、キモかわいいとかはあんまりだし。 あ、そう言うのが好きな子もたくさんいると思うから、これ、あくまで僕の思ったことだからね? 気、悪くしないでね? 友だちの子たち、そういうの好きだからね?」
「~~~~~~……ゆ、ゆいく、そこまで言っちゃってからじゃ、もう遅……~~~~~っ!!」
ぱんぱん、と、みどりがゆいをなだめようとする……が、それは効果がなかった様子。
ゆいは、素直な少年。
考えたことがそのまま口からするすると出て来てしまう系の素直さも持っていた。
「せめてなぁー、君が違う姿になれるとかだったらなぁ。 ほら、僕がかわいいって思える姿とかに変身できたりするなら。 だったらいいんだけど、きも、がつくかわい、さ。 …………かわいさ? だから」
「なんでそこで私に、…………~~~~~~く、苦しっ」
「…………………………………………………………………………………………」
「あ、でも。 よ、精霊さんにいろんな見た目の子がいたりするんだったらいいかも。 僕はその中でかわいいって思える子とケイヤクして、君は君みたいに変なのが好きな子とケイヤクしてもらってさ。 君以外の子となら大丈夫だって思うし。 それならいいかもよ? 君以外なら誰でも……あ、いや、君とおんなじセンスの子以外となら」
「…………………………………………………………………………………………」
子供は容赦が無い残酷な存在。
いくら子供が好きな精霊だって、さすがに傷つく。
しかし彼は子供、そんなことにはまったく気も付かず――さらには人相手だと言っては悪いことと分かって話さないところまで、遠慮なく口にしてしまう。
「みどりちゃんだってそうじゃない? ほら、魔物って急に出てきたりするんでしょ? アニメとかで観たもん。 お家のすぐで、他に間に合う子がいなくってー、とか、僕たちにしか倒せない子がー、って。 そういうときにさ? ……この精霊さんが急ににゅううって窓から入って来て、起こされてさ。 目開けたらこの真っ黒でまん丸な目が真ん前にあったら」
「~~~~っ!! ……く、くふ、や、やめてよゆいくん。 私だって言わないようにしてあげてた、の、に、……~~~~!」
「…………………………………………………………………………………………」…………………………………………………………………………………………」
「ゆいくんに、このときのあなたみたいに罵倒されたいの」
「あたしに言わないで、近づかないで」
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