6話 月下の契約……以前の危機

ゆい君は精霊さんを無視したわけではありません。

ただ単に、この場での優先度が「珍しい現象」>みどりちゃん>>>>精霊さんなだけです。


みどりちゃんは、そもそも、ゆい君(とゆい君が好きなもの)以外……その辺の塵芥……小石程度の興味しか……。




「それで、ぬいぐるみさん? おはなしってなぁに? ごめんね、待たせちゃって。 僕、これまで妖精さんたちはいっぱい見てきたけど、こういう……結界って言うんだっけ、器用な魔法ひとりで作る子見たことなかったから、気になっちゃって」

「……ゆいくんに何かしようとしたら、消し炭……」


「……………………………………」


「魔法の使い方、きれいだよねー」

「ゆいくんが、他の子を褒めてる。 ……塵も残さないで、一瞬で……」


「…………………………………………………………………………」


「あ、みどりちゃん髪の毛に葉っぱが乗ってる。 ……はいっ」

「………………………………………………………………♥♥」


「…………………………………………………………。 ええと、ね? あたし、妖精とかぬいぐるみとかじゃなくて精霊って言うの。 魔法少女のこと、テレビとかアニメの宣伝で……じゃないわ、それで観て聞いたことあるでしょ? そう、その子たちと契約して一緒に魔物を倒すのがあたしたち精霊の役目なの。 ええと、魔法生命体って言うんだったかしら? この見た目はただの器……ええと。 ま、まあ、ぬいぐるみに命を入れているって言っても間違いじゃない……のかしら」


繰り返し聞こえる、ぼそっとした、けれども確実に聞こえてしまったみどりという少女の不穏な発言に内心ビビりながらも、いつものごとく冷静を装い、フレンドリーに話しかける精霊。


この精霊は基本的には精霊見知りであり人見知り。

けれど、波長の合う相手なら、こうして普通に……まるで社交的な性格かのように接することができる。


でも、なんか違うのよねぇ……あたしにとってはそうなんだけど、この子たち、なんかあたしから精神的にキョリ取ってる感じするし、と、またひとつ不安がもたげているし、なにより最初の完璧な無視のことは忘れていないが。


そんな精霊の不安を知るよしもなく純粋無垢な「少女」が1歩近づく。


「……んー。 つまりはさー、ぬいぐるみさん……じゃなくて精霊さんっていうんだっけ。 は、魂も肉体もフシギな力でできててさー、その力も使えておはなしできる生き物さん、だよね。 じゃあやっぱり妖精さんでいいじゃない。 あ、でも、精霊さんって呼ばれたいんだったら呼ぶよ? お名前って大事だから。 あ、みどりちゃんありがと、腕拭いてくれてて。 けどとっくに乾いちゃっててくすぐったいからそろそろいいよ?」

「……ん」


……なんだか怖い感じのウェーブの子よりも、こっちの……確かツーサイドっていう髪型だったかしら、してるちっちゃい子の方が話しやすそうね。


お馬、……………………………………純粋そうだし?


そう判断した精霊は、ぴょこんとうさぎをかたどった耳を揺らす。


「……別に良いわよ? 妖精でも。 ほんとは呼び方なんて大したことないし、よっぽど変なのじゃなければ。 ……けど、気になったんだけどね、あなたたち驚かないのね?」


「??」

「……」


「……ぬいぐるみに見えるものが話しかけてきているのよ? まあ、アニメとかでこういうマスコットは見慣れさせているはずだから……って、ちょっと待って。 あなた、今、あたしみたいなのをたくさん見た、って言ったわよね?」

「うん」


「……なら、あたしの仲間がコンタクト済み……? いえ、でも、魔法少女の契約の痕跡はないわね……なら、思ってたのと違って、ああいえ、この事態で初めて魔力の才能が開花……表に出て来たけど、それまでは目だけが良くって、飛び交ってるあたしの仲間を見ていたのかしら? ……うーん……」


「……私は、無いわ。 あなたみたいなぬいぐるみを見たの」

「だから精霊…………いえ、いいって言ったのよね、ぬいぐるみでもいいわ」


「そう。 けど、私は聞いていたから。 ゆいくんから、前にそういうおはなし……いろいろな妖精さんたちとおはなししたって。 だから、驚いたりはしていないの」

「みどりちゃんにおはなししたのは僕だからあるよ! いっぱいある!!」


「……そ。 なら、やっぱり元から才能が……ってことは、潜在的な魔力はかなり期待……」


「君よりももっと丸っこいのとか、お魚さんのとか他の動物さんのとか、角張ったのとかぷにぷにしたのとか、いっぱい! あー、ちっちゃいころいーっぱいいろんなのとおはなししたの、懐かしいなぁ。 ……も、あんまり覚えてないけど」


「…………何年前だって言ってたっけ、その妖精さんたちとの」

「えっと? あれは2年生のときのだったから、もう2年くらい? ん? 1年生のときで3年くらいだったっけ?」

「…………その割には結構忘れちゃってるのよね」

「うーん……僕、おかあさんとかおねえちゃんとかみどりちゃんみたいに細かいこと、いちいち覚えられないから」


「……ゆいくん、興味があることしか見て聞いてないから。 それがかわいいんだけど」

「かわいい!? 僕、かわいい!?」

「うん、とっても。 ………………………………………………食べちゃいたいくらい」


「…………………………………………………………………………………………」


精霊の肌……ぬいぐるみ使用のフェルト素材似の何かから、雫が垂れる。


汗。

冷や汗。

――子供たちとのコミュニケーションのためにわざわざしつらえてある、無駄な機能。


すぐに蒸発するただの水分なため、においの心配はない……ではなく。


それが、精霊の魂の悲鳴を伝えていた。

……このウェーブの方の子、まさか、このちっちゃい子のことが、やっぱり本気で、と。

それも、ただの「好き」じゃない重い何か。


「……ふぅっ。 さて、ほんとはもっとおはなししてからにしたいんだけど、時間もないから本題に入らせてもらうわね? ごめんなさい」


ふわり、と体を宙に浮かせ、「少女たち」とぴたりと視線が合うところへと移動し――なるべく片方の少女、みどりの底知れなさを意識しないようにしつつ語り出す。


「まず、このお天気。 爆弾低気圧が来てるから……っていうのは、聞いたかしら。 台風、って言うのの小さいものって」

「うん、爆弾だー、すごいねーってみんなで盛り上がった」

「……何日か前から偏頭痛、してたから、何となく来るかなって」


「そう。 それで、なんだけど………………………………そっちの子。 ええ、あなた、左右の髪の毛の尻尾が可愛い子よ」

「僕?」

「……僕っ子なのね。 ええ、それもまた可愛らしいわ」


「あなた、よく分かっているわね。 ……消し炭は止めておくわ。 すりつぶす程度ね」

「…………………………………………………………………………」


とりあえずちっちゃくて素直そうで、簡単に契約してくれそうなこっちの子にしておきましょ。

大きい子の方は……なんだか怖いし、そもそもあたし、こういう子とはあんまり相性良くないし。


この子の魔法少女としての力や頂く魔力が足りなさそうなら、こっちの子にも頼むことにしましょ……と、若干みどりから離れ、ゆいに近づき……ゆいの目線に合わせ、少しだけ高度を下げる。


「?」


「……ウェーブの子はごめんなさいね。 あなたも魔法少女の素質あるから……この子の次か、落ち着いてからお願いしたいのは本心よ。 あたしを素の状態で見られているんだもの」

「……………………………………………………………………」


「……それで、今のこの町の状況。 ……落ちついて、聞いてちょうだい。 今、この町に来ているのは爆弾低気圧なんかじゃないの。 超大型の魔物……いえ。 契約したいんだから嘘は駄目ね。 「魔王」――魔物を纏めるだけの力のある、飛び抜けて強い個体。 そして、地上の魔物を使って、たくさんいる魔法少女や魔法少年の子たちを翻弄し続けている、親玉。 それが、この町の真上に来ていて……本体も入道雲のように大きいし、魔力の余波が町の外まで覆い尽くすほどなの。 ――――――――――――ここまで、いいかしら?」


「うん! なんとなく! 悪いやつが来てるんだねっ」

「……つまり、テレビやネットで特集されてるみたいな、魔女さんとか魔法使いさんが直接相手するように、特別に強い魔物……で、良いのね。 魔王、だなんてのは初めて聞いたけど」


「え? ゲームでいるじゃない、魔王って」

「……あれはゲーム。 こっちは本物なの、ゆいくん」

「ほぇ――……?」


……なるほどね。


先ほどからのふたりのやり取りを……みどりに対しては恐々とだったが、観察していた精霊は判断する。


このふたりは、ふたりでひと組。

ちっちゃい子の方は……やる気もあって元気だけど、戦いならきっと近接系――それも、誰かに指示をもらわないと失敗起こしちゃうタイプの。


で、大きい子……同い年みたいだし、発育がいい子、の方が良いのかしら?

……は、あたしに対してあまりいい感情を持っていないけど、それはあたしも同じ。


だけど、ことちっちゃい子の面倒を見なきゃってところじゃ一緒。

それに、頭が良さそうだし、ちっちゃい子のコントロールもしてくれそう。


だったら。


「……あなたには後で。 多分、どうしてもっていうときにはまたすぐにお願いするかも知れないけど、今はあなたの方……そ、尻尾みたいな髪の毛の子。 あなた。 あなたに、今すぐに力を貸して欲しいの。 ――――――――――――魔法少女になるっていう契約、して欲しいのよ」


「ゆいくんがなるなら私もなるわ。 ゆいくんだけってのは許さない。 ………………………………駄目、ということはないのよね?」

「ひぅっ!? ……え、ええ、もちろん。 素質もあるし、やる気もあるのなら大歓迎、よ? ただ、なんて言うか……そっ、今は忙しいからとりあえずひとりだけっていうこと!!」


「――――――――――――――――そう。 なら、いいわ。 駄目って言ったらこのハサミで細切れにするところだったもの」

「ぴ!?」


みどりの、ゆいと組んでいない方の手からきらりと金属の光がほとばしる。

精霊の背筋に、幾つもの汗の筋。


この子……やっぱり、どこか変。

だけど、ほんとうに契約したいこっちの子とセットなら、ムリに離しちゃうと……だし、なんか脅されたし。

……だから、変な声が出たの、しょうがないわよね?


精霊は今――みどりからの視線と意識が、まるで「魔王」の攻撃を受けたときのもののように感じられ、だんだんと弱気になって行きつつあった。

精霊という、本来強い感情を持たない存在なのに。


「……私は戦うのとか苦手。 特に明るいと。 でも、ゆいくんがいいならいいし、ゆいくんがなるなら私もなる。 ……どうするの?」

「んー。 魔法少女かぁ。 ……ねぇ妖精さん、魔法少女って、テレビとかで見るみたいにかわいい格好、できるの?」


「っ、もちろんよ! ……とは言っても、服装自体はあなたの想像力次第。 あと、あなたの性格と魔力の性質かしら。 ま、かわいい服装が好みって言うんだったらかわいいのになれるでしょうね。 深層心理……いえ、とにかく「あなたがほんとうに望んでいる姿」になれるのだから、魔法少女っていうのは」


「――――――――僕が、ほんとうになりたい姿。 …………………………」


と、ゆいにしては珍しくしばし考え込んで。


「……かわいくなれて。 悪い魔物、僕がやっつけられるの? いっぱい? いくらでも?」


「え? ええ、そうね。 あなたの魔力はかなりのものよ。 他ならぬ魔力で構成されているあたしが保証する。 それに、魔法少女の全盛期は基本的にあなたたちくらいの歳から何年か。 もっとも、それを超えてもってなると魔女って呼ばれ方になるんだけど、それはいいとして……やる気なのね? …………今なら、特別サービス」


と、言葉を打ち切って、人形らしい太くて短い腕を――関節までが縫い目でできているため、体をひねるようにして空を指す精霊。


きゅむっと鳴るのがポイントだ。


「……あの先にはさっき説明した魔王がいて、それであなたは今回の戦いで活躍できるのもまた、保証するわ。 ええ、間違いなく。 だって相手は地球上に初めて現れた魔王だもの、それに大きな傷を残したら間違いなく注目される。 ……で。 乗り気だったら、早速契約」


そうしてばっと振り返り、答えを期待する精霊。


だが、目にしたゆいは精霊から目を離してしまっていて。


「あ。 でもやっぱなんかやだなぁ。 やめよっと」

「そうなの? なら私もやめる。 めんどくさいし」


「……………………………………………………………………。 …………、え?」


この流れなら行ける、まず間違いなく行けるわ……と、早速に契約というパスを作りかけていた精霊にとって、その回答は予想外のもの。


そのパスは、ぷしゅっと煙のように霧散した。


ヒトのように……ヒトの子供とコミュニケーションをして守るための魔法を使わせるという精霊たちの存在定義上、本来無いはずの、限りなくヒトに近い思考回路と感情を宿している精霊は――――――――――――憐れにも、正しく「呆然と」立ち尽くす、もといふよふよと浮かぶしか無かった。


「ごめんね。 そう言うことだからやっぱ止めとく。 他の子にお願いしてね、妖精さん。 じゃあ、ばいばい」

「ということであなたはもう用済み。 速くどこかへ消えて。 あ、この素敵な空間は残しておいて? 朝までゆいくんとふたりで過ごすから」


「え。 ………………、えぇ!? 今の流れって!? ウソでしょお!?」


精霊が――このすぐ後に「だいふく」という不名誉な名前までつけられてしまう精霊は、この瞬間をもって……これから先に理不尽で不憫で可哀想な存在になることが確定してしまったのだった。




「いつも悪夢に見るの。 他の子に任せていたら、あたしは平和だったわ……」

「いいじゃんだいふくー、そういうこともあるって!」


「ゆいくんの否定をするの?」

「しないっ! しないからみどりはこっちに来ないで!!」

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