5話 月下の語らい


ようやくに魔法少女要素が登場。

……あわれに翻弄される精霊さん(ひがいたんとう)です。

ついでにヒロインにもなります。そのうち。




「じゃ、行こっか。 屋上」

「そっとだよ、そっと。 ほら、こういう重いドアってぎいいってうるさいし、気をつけて閉めないとばたんって大きい音、出ちゃうからね?」

「はーいっ、みどりちゃん隊長!」


普段のように、当然のように……みどりとしっかりと腕を組んだ(組まされた)ゆいは「そんな当たり前のこと」よりも、目の前の扉を言われたとおりに――ゆっくりと開く。


彼は感情で動く生きものだが、言われたことは素直に聞く。

……すぐに忘れてしまうため簡単なものしか効果がないが。


――しかし、暴風雨を待ち構えて笑顔でいた彼と髪が濡れるのを嫌ってぎゅっと目を閉じていた彼女は……期待し、期待しないでいた感覚が来ないのに気がついた。


「……はれ? みどりちゃん、雨も風もないよ? あと、音もしないみたい。 つまんないのー」

「うん、なんでだろうね……変なの。 けど、ほんと。 ほら、私、腕だけ出してみたけどぜんぜん濡れもしてない。 たまたまこの辺だけ雨雲が少ないのかな……けど、注意かも」


「濡れないんだったらお母さんもだいじょうぶだし、さっさと出ちゃお!」

「………………………………確かに怒られないけど、気をつけて、ね?」


利き手でドアを……言いつけ通りにゆっくりと開くゆいを見やりつつ、先ほどのように両の瞳が仄かに光り出す――光らせているみどり。

それと同時に……なにかがあったときにはすぐにゆいを庇えるようにと、両脚と腰を心持ち落としつつ、ゆいと離れないよう近づいていく。


ついでに、ゆいと顔の位置が同じになるように意識して。


こつ、こつ。


ぎぃぃ……、ぱたん。


ふたりぶんの足音と、ゆっくりと閉めたドアの音が聞こえる程度に、あまりに静かな屋上の空間。

足元を見てみるとコンクリートは乾いており――さっきまでは湿っていたと見える程度には明るい。


上を見てみると、厚い雲海にぽっかりと空いた空間、そして三日月。

町民が避難指示を出されての状況とはとても思えない――夜明け間近の空間だった。


「……あれぇ? へんなの」

「…………………………………………………………………………………………」


こつ、こつ。


ふたりはくっついたまま、屋上の真ん中へと進み出る。

――彼は、その先に居るモノを感覚として探知して。

彼女はその特別な瞳で――はっきりと姿を捉えながら。


「……こんばんは、ふたりのお嬢さんたち。 あら、仲が良い女の子たちね」


そう話しかけてきたのは、ゆっくりと頭上から舞い降りてきた、1匹の生命体――「精霊」。

クリーム色で、犬のような尻尾と顔をして、なのに耳だけはうさぎなぬいぐるみのようなナニカ。


月光を背に浴びて降りてくる正体不明の存在は、ぼうっと突っ立ったままのゆいと、深く腰を下ろし片手に何かを握っているような姿勢をしたみどりの目線と同じほどの高さにある手すりに、とすっ、と降り立つ。


そうして初めてふたりは間近で見た。


ふたりの属する世界で「表向きは」唯一に魔法を扱え、町を、国を――この世界のヒトを始めとした生物を守るためにやってきた存在たちの群体、そのひとつ。


その個体は、普段はうるさいのが嫌いだからと……その性格上狭くて暗いジメジメしたところに隠れ家を持って眠るモノ。

何人かの「魔法少女たち」を担当している――個体差の嗜好で静かな少女たちだけしか受け付けない――クリーム色のぬいぐるみ状の器に入った精霊。


「へー、ふしぎー」「どうでもいいけどそういう存在なのね」――――それが、ふたりの第一印象。


精霊が目にしている「少女たち」は、ふたりとも「ぬいぐるみに見える精霊の中身」を見抜いてしまっているが……精霊にそれを知る術は、無い。

だって、ふたりはあまりにも「元から特別」だったから。


しかし、それを知ることのできない精霊は――普段「彼女」が魔法少女をスカウトするときに使う決まり文句を口にする。


「夜更かししている悪い子猫たち、ごきげんよう。 あたしは、精霊。 魔法少女たち、あるいはその先の魔女になる子たちを見定めて訪れるもの」


ぬいぐるみの外観――材質までしっかりと、中身のフェルト以外はただの布が、少女のような音を発する。


「ねぇ。 あたし、待っていたの。 あなたたちの才能――まさしく魔法少女向きだわ。 ね、どうかしら。 あなたたち」


ぽう、と淡い光を纏って、魔力の扱いに慣れていない少年少女なら「恐い、と言う気持ちを軽く消す程度の」軽い催眠にかけようとしつつ、ふだん通りの文句を――ぬいぐるみゆえに、動かない口から発した。


「――――――――――――あたしと契約して、魔法少女になって頂戴?」


♂(♀)


――正直、苦しいわ。


じっと見つめてくる「ふたりの少女たち」を見つめ返しながら、その精霊は思う。

ついでに心の中ではぷるぷるとしていた。


――外はとんでもない暴風雨。

膨大な魔力で荒れ狂っている風の音と叩きつけてくる雨はこわいから嫌いなのよ、あたし。


でも、あたしはどうしてもこの子たちを「今」魔法少女に仕立てないと行けない。

そうじゃないと、待に合わないの。

だって、この町を襲っているのはただの嵐じゃなくて――嵐みたいな魔物なんだから。


その思いを隠しながら「少女たち」が向けてくる視線を受け止めつつ、反応を待つ。


……さっき「偶々に」この子たちの魔力、それもとっても期待できるものを探知できたのはとっても幸運。

だって、普段、魔法少女になれる子なんてそうそう見つけられるものじゃないもの。


それも、ふたりも。


魔力がある子は自然と魔力を秘めた存在を好きになるから、お友だち同士というのはよくあるから不思議じゃないけれど、このタイミングで一気にふたりも見つけられるっていうのは二度とない幸運だわ。


だんだんと興味を失いつつある「少女のひとり」がそわそわしてきていて、もうひとりがそんな「少女のひとり」に視線を移したが、平気なフリをしつつ……実は嵐の中に静かな空間を、という演出に必死な精霊は気がつかない。


子供は気まぐれだから、最初が肝心。

それも、どうしても「今」魔法少女になってもらわなきゃっていう理由があるんだから、1発で決めないとなのよ。

普段だったら時間をかけてだったり、いまいちな反応だったら素直に引いて……ってするんだけど、今は駄目。


今は、絶対にこの子たちを――魔法少女にしないと、町が確実に壊滅するんだから。


しかも、あたしの魔力が持たないからすぐに良いって言ってもらわないと。

静かな夜空っていう演出を続けるの、この天気じゃ結構大変……気を抜くとすぐに体が「解けて」、せっかくのエレガントな空間が「空の上の」に押しつぶされちゃいそう。


と、現れた理由のために焦りを抱えていてほんの少し考え込んだ精霊は頭を振り、いつものように、目の前の「ふたりの少女たち」とのコミュニケーションを取ろうと思った。


…………………………思った。

しかし、月本ゆいは手強かった。


「わぁ、すごいよみどりちゃん。 見て見て、ほらっ! 雨と風とたぶん音がね? ほら、ちょうど手すりのちょっと外まで守られてるの。 こうして……ね? 手、出して見たらびしょびしょ」


「……ほんとだね。 びしょびしょ……。 ゆいくんの、腕。 ………………。 あ、ほら。 手、拭いてあげるから出して? ……ここだけ綺麗に、お空から守られているんだね。 こんなにすごいことするだなんて……何と言うか、ものすごく無駄な贅沢っていうか?」


「ねぇ、あの」


「どうしてお月さまはあんな形なんだろうね」

「…………三日月は満月の次に綺麗だから?」


「あの、あなたたち」


「ねえ、知ってる? 月の形でみんながご機嫌になったりななめになったり。 具合が良くなったり悪くなったりするんだって」

「あ――……そうだねぇ。 おかあさんとかおねえちゃんとか、女の人ってそうだよねぇ」

「……さすがゆいくん。 なにも知らないのに、なんでも知ってる。 ………………♥」


「けいっ、契約をっ」


「あ、そうだ、今日の宿題!」

「さすがにこんなお天気じゃ、やって来なくても怒られないと思うよ……?」

「ほんと!?」


「……………………………………」


精霊は何回か語りかけた。

数分間、ずっと。


契約を、と。

話を聞いて、と。

お願いだから……と。


だが……ふたりはさっさとふたりの世界へと戻り、精霊に見向きもせずにこの空間の内と外の境界に興味を持ち……腕を拭かれ、腕を拭く有様。

精霊にとって、初めて過ぎる反応だった。


……って言うか……ほとんどの子、あたしのキュートなぬいぐるみの可愛さのあまりに「かわいいーっ!」って抱きついてくるのが普通なのに、そのあとに最初の文句の「魔法少女」に反応して聞いてきたところで、あたしの担当の子たちの変身した姿をうまく説明して、こういう格好をしながら町を守るのよーって言えば、そこでほとんど契約できるのにっ。


そうしたらあの人に連絡して、その子と一緒にお家に行って、セイフの人の話を聞かせて――やる気満々な子たちの熱意に負けて親が折れて、だから今までみんな、すぐに魔法少女になってくれたのに……この子たち、なんで?


なんでなのよ。

……なんだか悲しいし、屈辱だわ……!


この状況で自分をガン無視する「少女」たちを見ながら、精霊は困惑していた。

今までの自分のやり方が、全くに通用しない。

それ以前に、自分に興味すら持っていない。


……と、言うか、だ。


――このふたり……髪の色も顔つきも違うから姉妹では無いだろうけども……あまりに「ふたりで完結しすぎていて」自分の入る余地が、ない?


でも、それでは困るの。

だって、今も戦ってるあの子たちに約束したんだもの。


……………………………………。


――いいわ。

この際魔法少女になって戦ってもらうのはあきらめましょ。

いえ、できたらなってほしいけど今は時間の方が大切だもの。


話だけでも聞いてもらって――ヤだって言われたら、魔力だけいただいていきましょ。

今は緊急事態の中でもひときわの緊急事態だし、多少無理やり魔力を頂いちゃっても……人間のセイフに投げちゃいましょう。


――それでこの状況が少しでもマシになって……あたしと契約してくれている子たちが、死なずに済むんだったら。


そう判断した精霊は、わざときゅむきゅむと音を立てながら手すりを移動し、ふたりのすぐそばにまで向かう。


――そうよ、プライドを捨てるの。

なんだったら、あたしのだいきらいな媚びる感じでもいい。

どんな方法でも、この子たちが逃げ出しちゃう前に、魔力だけでも。


そうして必死な精霊は、ふと……思い至る。


……まさか、この子たち――結構な魔力秘めてるけど、肝心の感知する力が低いんじゃ?

今まであたしと会った子にはいなかったけど、魔力は多くても感じづらい子とか、逆に魔力は少ないけど敏感な子もいるっていうもの。


――それなら、ただあたしの存在が意識に留まりづらいだけかもしれない。

とにかく話しかけ続けるしかないわね。


「……ね。 あなたたち。 えっと……そうね、あなたの好きそうな雑誌に載っているでしょうオシャレな格好をしてるちっちゃい子……あら、そのアクセント着けた髪型も長い髪の毛も素敵ね。 で、大きい……は失礼ね、お姉さんみたいな子。 あなたは……ええと、お上品な格好をしているわ。 ええ、ほら、あたしと似ている色のお洋服。 あなたも髪の毛が長くて素敵。 特にウェーブが綺麗よ。 ねぇ、知っているかしら? 魔力は髪に宿るって。 あなたたち、とても素質があるの」


「ねーねーみどりちゃんみどりちゃん! 僕、オシャレだって! あとねー、この髪の毛も褒められた!!」

「良かったね。 ――――――――――――――――うん。 ゆいくんの長い髪の毛も私を真っ正面から見つめてくれるお目々も長いまつげもお姉さんにお手入れしてもらってる眉毛も綺麗な形のお鼻もおしゃべり好きでいつも私がリップクリーム塗ってあげてる唇も柔らかいべろも取ってもいい匂いのうなじもすべすべでやっぱり気持ちいい匂いの体もふっくらしてる感じの」


「あ。 そう言えば褒めてくれてありがと、ぬいぐるみさん。 ちゃんと聞こえてるよ?」

「おふろで触りっこするの私大好きで………………………………あ、私も、です」


「え? あ、うん……それは、良かった、んだけど。 ………………………………」


急に……少女が息継ぎも無しに何十秒も話し始めたと思ったら「少女」が急に振り返って自分と目を合わせて話しかけてきて。

あと……少女の話している内容が、どう考えても「女の子同士の普通の仲の良さ」を超えているものだったのに驚きつつ、ようやく本題に入ることができそうだった。


……あまりにも「普通」と違いすぎて酷使した精神と魔力がすり切れそうだったが、精霊はくじけない。


――必死の努力で契約して魔法少女になったうちのひとりが実は少年で、彼のためにこれからの精霊――「彼女」が大変な苦労を背負うことになるとは、まだ知らなかった。



「いつもじぃっと考え込むよねー、精霊さん」

「誰のせいっ、…………………………はぁ……」

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