4話 深夜の大冒険の幕開け

この辺りまでなら、よくある子供の探検で済みますが……。



深夜の校舎で抱き合っていた、ゆいとみどりの服装は対称的だ。


彼のお気に入りのシャツ……短い袖で丸首のシャツ、首から鎖骨、二の腕から先がはっきりと出ていてスカートのおかげで、ふとももの割とつけ根の方からもまた肌が出ているゆいとは正反対に、みどりは首元まで覆ってある長袖にロングスカート、さらに足首もしっかりと長い靴下で隠しているという格好。


それには特別の意味があってのことだが――肝心のゆいが気にしていないため、話は子供特有のテンポで移り変わる。


「……で。 探検、どこに行くの? ないとは思うけど、見回りの人がやっかい。 だけど私なら夜目も耳も利くから、絶対に見つからないでどこでも行けるよ。 うん、絶対に」


「うんっ、みどりちゃんのはすごいもんねぇ」

「……でも、もっと離れたところからとかのはゆいくんには負ける」

「でも僕のはおおざっぱだからなー。 今はみどりちゃん隊長に任せますっ!」


「…………………………………………………………ふふ。 任されました。 ……あ、でも、そっちに誰か……えっと、宿直の先生のお部屋とか警備員さんのお部屋があったりしたら引き返すからね。 見つかって怒られちゃったら……嫌でしょ?」


「……ここ、お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんもいるもんね。 みんなにいっぺんに怒られちゃうのはやだなぁ」

「ん。 じゃ、……行こっか」


――その瞬間にみどりの目が光に覆われ、一瞬で元に戻る。


「ふたりだけの探検。 ……楽しみ、ね」


なら、いつも通り端っこから順番が良いよね、と、自然な形で提案をし、自然な形で手を繋ぎ……その流れで自然に腕を組み、ぼそぼそとふたりだけの会話を続けながら廊下を歩いて行く、仲睦まじい……女装した少年と少女。


――それは、ゆいとみどりという『特別な過去』を乗り越えたふたりの日常だった。

常人には知られていない不思議な力を、お互いに使っているのも含めて。


♂(+♀)


「雨と風、すごいね。 お家、壊れちゃわないかなぁ。 図工で作った箱とかゲーム機とか心配だなぁ」

「……そのときはだいじょうぶ。 私が、お家にしばらくゆいくんたち、招待するから。 そのあいだにお家、直せばいいもん。 図工のは……覚えてるから再現できるし、……あ。 ゲーム機は買えてもデータは」


「んーん、いいの。 心配してくれてありがと、みどりちゃん」

「……本気、なんだけどなぁ。 ……あ、この先が一番端っこ」

「ほんと!? 探検なんだから端っこの隅っこからだよね!!」


「私に合わせてね。 そ、真横。 腕、しっかり組むの。 ……行くよ?」


と……「端っこ」とくれば体育館の真逆ということに決まった様子で、ゆいの自然な気配の感覚と、みどりの「一切光の入らない空間であってもまるで隅まで見えているかのような」自然な足さばきで歩き続けて少し。


ふたりは、校舎の一番端の――体育館が1階だからまずは3階からと、屋上への――もちろん施錠されている扉の前へとたどり着いた。


「……ん。 やっぱりこの先。 なんだか不思議な感じがするなぁ。 隅っこだからかなぁ」


「……うん。 魔力、かな。 外でよく感じるから知ってるけど…………魔物だったら魔法少女さんとかがすぐに倒してくれるだろうし、こんなに近いのに私たちに反応しないんだったらまず違うの。 ただの魔物ならこんな扉すぐに壊して侵入してくるはず、あいつらはただの獣だし。 魔物じゃないんだったら……何? この暴風雨と関係があるの? でも、私の探知でもなんだかよく分からな……」


「またみどりちゃんが早口になってる……けど、なんにもないなぁ、ここ」

「………………ただの踊り場、だもんね。 普段はきっと、入っちゃ駄目なとこ。 途中で立ち入り禁止のロープあったもん。 不良さんとかが集まるのかな?」


「? そんなのあった?」

「あったけど、私の足に当たったら「取れちゃった」からだいじょうぶだよ」

「ふーん」


扉の外が気になりつつも、同時に踊り場に雑多に置かれている掃除用具やら段ボール箱に詰め込まれている備品やらに興味津々のゆい。

……そんな彼を後ろ目に、みどりは屋上への扉を前に立ち、えい、と、人差し指を南京錠に当てる。


瞬間に淡い光が染みこんだかと思うと、鍵はかちゃりと音を立てて外れた。


「ね。 ゆいくん」

「んー? あ、いいものみっけ」

「……鍵、壊れてたみたい。 先、進めそう、だよ?」

「………………ほんと!? ならこれ、もーいいやっ」


手に持っていた「いいもの」を箱に投げ込むやいなや、ばっと立ち上がるゆい。

その一瞬後にふわりと舞い上がったスカート……の下に隠れていたはずの下着と、少女にはない膨らみが露わになり、――――みどりはゆいに悟られないよう……しかしながら、目に焼き付けようと努力をした。


ピンク色の、少女用の下着、パンツと……そこだけは少女とははっきりと違う、小さな膨らみを。


「…………………………………………………………………………♥♥」


「……それにしても中学校でしょ? えっと、ぶようじん、だよねー。 だって屋上ってうちの学校でも普段は入っちゃダメなのに」

「♥ 、………………そ、うだね。 あ、そうだ。 きっと、さっき言ったロープでみんな来ないからじゃないかな。 あと、こういう時でもなければドアを開けたらセキュリティ鳴るかもだし。 ま、今はこんなときだから「だいじょうぶなはず」だけど」


「? ……そうなんだ。 ま、みどりちゃんなら間違いないよね、どうでもいいや。 さーて、なにが「いる」のかなーっ」

「……なんだろね。 楽しみ、だね?」


そう言いながら、またまた自然に腕を組み……クラスの男子の平均よりも大分低いゆいに、女子の平均よりも少しだけ高いみどりが、しなだれかかる。


「でも。 外、大変な天気だから、ちょっとだけにしておこうね。 びしょ濡れになっちゃったら……朝まで2時間くらい? しかないし、お母さんとかにバレちゃうから」

「……お母さん、普段は優しいけど言いつけ破ると泣いちゃうから、やだ」


「…………………………………………………………、ね? ……ちょっとだけ濡れた程度なら、ふたりで、ここで服脱いじゃって、そこの手すりに引っかけて乾かして。 髪の毛も……服で乾かせばいい、よね?」

「ん、そうだね。 そのあいだに持って来たゲームで遊んでいたらいいよねっ!」


「ゲーム……ああ、スマホの。 ……それ、濡れちゃうと壊れちゃうかもだから、この袋にしまって?」

「ありがと! みどりちゃんってすごいね、いつも何でも持ってて、何でもできる!」


「……そんな私、どう?」

「え? 大好き!」


「――――――――――――――――――――――――♥♥♥♥♥♥」


……災害の事前避難先の中学校、その隅の方。

警備の人間も、この天気の中まさかそこまでは……と素通りする、隠れた場所で。


わずか10歳の少年少女は……聞く人が聞けば怪しい会話をしていて、さらにその片割れのみどりという少女は……妖艶な瞳で、ゆいという少女の格好をした少年を見ていた。



「みどりちゃんは体が弱いから、ときどきぞくぞくしちゃんだって。 真っ赤な顔になってふらふらするから心配だなー」

「そう。 これは体のせいなの。 だからゆいくん、もっと私を抱きしめて?」

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