3話 深夜の大冒険の幕開け……の、はじまり

ようやく魔法少女に向かいます。

まだ変身しませんが。


ついでにじっとり系ヒロイン登場です。

なお、この前の章で攻略済みのため今作のメインヒロインではありません。




ゆいたちが避難所に着いたのは昼前のこと。


それから受付で……いつも通りにゆいの保険証を出して性別という名の本人確認をしたり、手続きがあったりして親たちが忙しくしているあいだ、その空間の半分を占める子供たちは初対面でも気にせずにお互いの学校や名前をやり取りしつつ、その中学校の様々な教室を行き来して全力で遊ぶという時間を過ごした。


外からはうるさいほどの風の音が響いて来るし大人は真剣そうに話し込んでいるし……自由になった同世代がひと学年ほども集まるし夕食まで暇だしで、子供たちが遊ばない理由がなかった。


だからみんな、眠くなるまで走り続けた。

もちろんゆいもそれに加わって。


なお、長い髪と人懐っこい性格としぐさとで小学生から中学生までの子供たち全員から少女だと思われていたし、ゆい自身も普通のこと過ぎて気にもしていなかった。


小学生なら男勝りな少女も珍しくない。

実際は少女にしか見えない少年だが。


――天気は激しくなって行き、窓に打ち付ける雨音も校舎全体を揺らすようにして荒れ狂う風も増していく。

それに負けないくらいやかましくも微笑ましく響き渡っていた子供たちの声も、夕方になってきた途端にしぼんできて、だんだんと不安は強くなってくる。


自身の家の安全、この中学校自体が大丈夫かの不安、いくらパーティションで区切られてはいても声も音も筒抜けの体育館――特に子供、赤子や少女を抱える家庭は、次第に治安にも神経を尖らせていく。


ただ、事前の避難が早かったというのと、この暴風雨は明後日には抜ける見込みだという情報とで、大規模な災害が起きた後の避難所に比べたら……まだまだ人々の心は穏やかだ。


あちらこちらで配給の夕食を取ったり、汁ものが配られて給食の時のような匂いが体育館じゅうに充満し。


2時間ほどで全員に行き渡る数のシャワールームの解放で一気に人々は弛緩し、多少窮屈で寝心地も悪く不安もあるけれども、きっと大丈夫だろうという安心感から、急ぎ荷物をまとめて家を出て来た疲労から……21時に灯りが薄くされていくやいなや、ぽつぽつと寝入る人たちが現れていった。


ゆいは既に、いつも通りの20時代に眠り込んでいた。


♂(+♀)


「……ふぃー。 脱出ミッションせいこ――……」


月本家の全員が寝入っているのを確認したゆいは、こっそりスマホで設定した時間――真夜中よりは明け方――に体育館を抜け出した。

もちろん彼なりのこだわりで、暗い中しっかりと髪を梳かし、両サイドを結い、さらにはちゃっかりとお気に入りのシャツとスカートを身につけていた。


光のまったく差さない場所でも、鏡さえあれば……彼には、それができてしまう。


「よしっ、夜の学校ってなんか楽しそうっ。 探検しなきゃもったいないよね! お寝坊しなくてよかった!! あ、声ちっちゃくちっちゃく……。 …………………………ふんふん、外はうるさいし見回りの……ええっと、警備員の人? に見つからなきゃ大丈夫だもんね。 ……けどなー、来てた友だちとか昨日遊んだ友だちで一緒に来る子を見つけられなかったのだけはざんねーん……。 あ、でも、これって潜入ミッションみたいで楽しいかも!!  ……ととと、声危ない」


ゆいは同級生の男子の中でも……背の順で、前からの方が早い。

4年生なのに2年や3年の子たちから同学年と親しまれる程度には幼い……見た目と言動で。


そんなわけで、こっそりと自販機や消火器、ちょっとした無駄に凹んでいるスペースに身を隠すのはお手の物。

暗い校舎、1、2時間に1回程度の見回りしか無いと来れば、ゆいが見つかってしまい家族の前に引っ張り出される危険性は低いと言えるだろう。


彼の考えたことがその通りに出てきてしまう性質を持つ甲高い声が、うっかりで響き渡ったりしなければ。


「……うんっ。 やっぱりスカートだよねっ! このひらひらした感じ! ふともももおまたも涼しくて気持ちいいんだもん! いつもの僕のいい感じっ! ………………………………………………ん」


たた、と近くの窓へ……背が届かないために背伸びをしてようやく外へと視界を開けさせる。

だが、彼が見ているのは外の荒れ模様や校舎の外では無く――通常の人間、一般人には感じ取ることのできない、不定形のエネルギー、魔力だった。


「…………あれ。 この感覚、なんだか懐かしい……? えっと、悪いやつにも種類がいっぱいいて、みんなそれぞれ少しずつ、こー、もにゅってしたのが違うんだったっけ。 えっと、こういうのくわしく教えてくれてたのは誰だったっけ――――」


「――――――――――――――――――――――――ゆい、くん。 いた」

「およ?」


電灯も最小限、明け方というほとんどの人が寝入っている時間帯で、物音は外の轟音にかき消され、誰も――見回りの巡回以外には来るはずもなく、ましてや小さいゆいをすぐに認めることなど無いはずの空間。


なのに、いつの間にか――ゆいの無意識の魔力でも反応が遅れた先には、ひとりの少女がぽつんと立っていた。


蛍光灯のぱちぱちと点滅する廊下、佇む少女。

普通の感覚ならホラーだが、ゆいホラーが平気な少年だった。


「………………………………………………ゆい、くん」


別に眩しいわけでも無いのに目はまぶたが半分ほど降りていて、ゆいと同じく腰の辺りまで伸ばしている――ゆいの家系のストレートな髪質とは違うくせっ毛のせいで広がって見える――少女。

ゆいの「もーど」なシャツとスカート姿とは対照的に、その少女は暗闇に紛れ込む暗い色のワンピースを身につけていた。


「また、会えたね。 昼間、私、疲れちゃった。 …………眠いよ、ゆいくん」

「みどりちゃん!」


たたた、と一気にゆいへ詰め寄ると……なんのためらいもなくぎゅうと抱きついたのは、みどりと呼ばれた少女。


その一ノ倉みどりという同級生は見た目と雰囲気に寄らず、動きは俊敏だった。


「……ぎゅ――……」

「みどりちゃんって、ほんと甘えんぼだよねー。 ぎゅー。 ……んー、みどりちゃんのにおいー」


元々兄と姉に猫かわいがりされるし暇さえあれば抱きしめられながら過ごすゆいのこと、みどりというクラスメイトが抱きついてくるのもまた同じなんだろうと、なんの抵抗も無いままに抱きしめ返す。

その癖のせいで、クラスや友人に対し、男女関係なく抱きつくせいでいろいろと大変なことをしでかしているのだが……今は関係のないこと。


――みどりがいつも、みどりの方から抱きつくのは、ゆいが言ったような「甘えんぼ」なのかどうかはさておき。


「夜の学校。 闇、怪談、お化け、幽霊。 悪魔、吸血鬼。 ……ふふ、楽しいね」

「うん! わくわくするね!」


「……でも、なんでいつもの服に? さっきばいばいしたときはズボンだったのに」

「今はお母さん見てないし、お兄ちゃんもスカートだし、ならもういいやって」

「………………好きなんだもんね、スカート。 いつもよりもちょっと、短め?」

「うん! なんかね、スカートってふとももがひらひらするとどきどきするの!」


「………………………………………………、そう。 よかったね」


くるりと回るために離れたゆいを認めると、みどりは……ごく自然な仕草で、ごく当たり前にしゃがみ、彼の普段よりも多めのふとももの露出をじっと見入る。


「…………………………………………………………………………ふぅ」


と、目をつぶってため息をつく。


「ほんの3センチくらい上げるだけでぜんぜん違うよねー。 みどりちゃんも短くしたら?」

「……私は……肌、晒しちゃいけないから」

「あ、そっか。 忘れてた、ごめん」

「いいの。 ゆいくんだから、なんでも」


その言葉に込められている意味を、ゆいが理解できるようになるには……もう何年か待たないといけないだろう。




「みどりちゃんってお人形さんとか好きだよね」

「うん。 大好き。 …………お人形さん、も」

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