2話 女装魔法少女が誕生する前のこと・体育館と家族

魔法少女ゆい君が誕生する背景は必然の様子。

いろいろと複雑骨折している家庭は趣味です。



やがて、走って行ったゆいにぐいぐいと引っ張って来られたのは彼の父親。

……姿はどう見ても父親ではないのだが、父親だった。


「こーら、ゆい、袖が伸びちゃうって。 ああお母さん、遅かったんだね。 ……またゆいが?」

「そうなの、ずぶ濡れで帰って来ちゃってね。 集団登校から外れたから気をつけてくださいって先生に怒られちゃったわー」


「そっか。 後で注意しないといけないけど……ゆいなら仕方ない、か。 安全だって判断したからだろうし」

「ええ、仕方ないわねぇ……ゆいなら大丈夫だとは思っているんだけど……」


「……で。 この格好にさせるの、大変だったんじゃない?」

「外で遊んで満足していたからか、今日はとっても素直だったのよー。 帰ってきたらびしょ濡れの泥だらけだったけどね」

「ああ…………大変だったね」

「こんな天気でやんちゃしたにしては、ランドセルとか持ち物はぐしょぐしょじゃなかったから助かったわー」


急な避難と体育館を叩き揺する天候に、周囲の人たちがぴりぴりとした雰囲気を漂わせている中……ぽわぽわとでも表現できるだろうか、そのような雰囲気を発し始めたゆいの母親と、父親と思しき人。


ぱたぱたとスリッパを鳴らして近づくのは、小柄で、髪をゆいのように伸ばし……けれども特段結うことはなく、ゆいがそのまま「女性として」成長したならこうなるだろう、という顔つきの母親。


彼女と会うなり軽く抱擁をしたのは……平均的な男性の身長よりも高く、すらりとした体型であって、顔つきも中性的で、髪を肩甲骨辺りまで伸ばしていて――平均的なサラリーマンの格好をしているが、どう見ても女性な、父親だった。


魅力的なスーツ姿の女性――にしか見えないし声も話し方も女性にしか映らないが、父親……男だった。


つまりはゆいの父親もまた女装をしていた。

ついでに胸も膨らんでいる。

もちろんパッド入りのブラジャーで。


月本家の女装人口は、これで2人。


月本家の事情を知らない人たちからは、彼の母親と父親は仲の良い友人同士とでも映ったであろう光景だった。


「……あれぇ? ねぇゆいくん? 今日はパンツルックなの?」

「うん。 お母さんが、今日はこうしてなさいって。 ……いいなー、お姉ちゃんは女の子で」


その下の方から珍しいものを見る目でゆいを観察するのは……母親似のゆいとゆいに似た母親を足して2で割ったような――つまるところそっくりな姉妹としか見えない、ゆいの姉。


ゆいとの違いは15センチくらい差の身長とふんわりとしたスカート姿、ツーサイドアップの代わりにワンサイドアップ、ゆいとおなじくらいに伸ばしている髪の毛を日替わりで片方だけを結っている、というだけのもの。

初対面以上友人未満の人からは、母親と彼女とゆいがそっくりの3姉妹と認識されている、次女にしか見えない「おねえちゃん」だ。


「でもー、パンツ姿も似合うからいいじゃないっ。 ゆい、体つき女の子みたいだから私のお下がり、どれもぴったりなのよねー。 取っておいて良かったわー」

「んー。 でもさ。 お姉ちゃんの服、なんだかぜんぶ、地味……」


「……地味じゃなくて、シック……大人っぽいチョイスなの。 ゆいももう少し大きくなったら……、なったら。 ………………………………………………。 ……かわいい系のを貫きそうねぇ、ずっと」

「かわいいの好きだから!!」


「ゆいくんは、えっと。 ……お母さん似だし、たぶん似合うからいっかー」

「うん! おねえちゃんやおかあさんみたいになるの!!」

「あははー、もうなってるけどねー」


そのようにして……通りがかった人がまた誤解するしかない会話をし、普段の彼女の癖で1、2分のあいだゆいが抱きしめられる。


「はぐはぐー」

「はぐはぐー♪」


「……いいなぁ。 お姉ちゃんは、ちゃあんとおっぱいあって」

「こーらっ。 人前で言わないの」


離れた後に少しだけ寂しそうな表情をしながら自分の胸を……何もない胸を揉みながらうつむく姿は、どう見ても悩める少女。


だが、彼は男だった。


――そこに、もうひとりのエントリー。


「――問題はないぞ? ゆい。 父さんを見ろ、そして母さんを見るのだ。 ふたりとも筋肉質にはほど遠い体質の持ち主。 そして私を見ろ、ゆい。 兄もまた、寄せて上げることで立派な女にしか見えないのだから! 胸など作ってしまえばいいのだよ!! 尻も今は便利なものがあるしな! 何、別にそれらが無くとも女性らしさというものは出すことができる! …………あ、いつも言っているが本当に女性になりたいのならお母さんに相談するのだぞ? ゆいが女になりたいならな? お父さんでもお姉さんでも私でも。 な? 忘れるな?」


「ぷは。 ……お兄ちゃん!!」

「お兄ちゃんも……こんなところでそんなに派手に……目立ちたがり屋さんなんだから」


颯爽と現れたのは、父親よりも背が高く、しかし完全に父親似のすらっとした体格で綺麗な細身の「ワンピース」を着こなしており、艶やかな長髪をぱさっと持ち上げる、20ほどの年ごろの「兄」が登場した。


どこかのお嬢さまといった雰囲気の「彼」は、完全に場違い。

しかしその姿に誇りまで抱いている「彼」は自然体ゆえに、本当にそのような存在だとしか見られない。


……ついでに同じ年頃の女性の腰を抱えて侍らせていた。

初対面の女性を。


おっと、と今気がついたようにして彼は、女性のものと聞こえなくもない声で彼女の耳元にささやく。


「済まない。 家族と話すから――また、夜に」

「はい……待って、います…………月本、さん」


「名前で呼んでくれと、頼んだだろう?」

「…………………………は、い…………」


ぽうっとした目つきの同世代の女性の手を握り、その甲へ口づけをするという過激な行為をしてから見送る姿は……誤解しか生まないものだった。


「お兄ちゃん? また新しい彼女さん? またうわき中?」

「何、先ほど仲良くなったから今夜の暇な時間に話そうと……む。 なんだ、ゆいは普通の格好か」


「そーなの。 お母さんがこーしろって」

「まだゆいはちっちゃいし、簡単にお菓子とかで着いて行っちゃいそうだから心配なんだと思うよー? お兄ちゃん。 ……ま、どう見ても女の子だからあんまり意味ないと思うけどねー」


「?」


「ふむ……ゆいは一見して誰にでも着いて行きそうな性格ではあるが、実のところ人を見る目はある故平気だとは思う。 が……まあ、母親とはそういうものだからな。 不特定多数が集まり不安定な場所だ、仕方ないだろう。 もう少し大きくなり、信頼されるまでの辛抱だな」


「ん――……お兄ちゃんのお話、ときどきよく分かんない。 ……けど、お兄ちゃん気合い入ってるね!!」

「そうだろうそうだろう! 見よ!!」


ゆいたちに合わせてしゃがんでいた――ロングのワンピースのため、しっかりと、自然な仕草で床に着かないよう膝の裏に畳んでいた裾を勢いよく広げ、くるりとターンをするゆいの兄。


……その長髪と合わせ、どこをどう見ても良いところのお嬢さまとしか見えない彼は……見下ろした先で女装への憧れの眼差しを向けてくるゆいと、純粋に女としての魅力で敵わないもののうらやましいという複雑な目つきをした妹を眺め、ふん、と満足げな鼻息を鳴らす。


――――月本家の女装人口は3人になった。

つまり、全員が女性にしか見えないのだった。


だが内訳は男3人に女2人。

書類上でも男3人に女2人。


しかしどう見ても女が5人だった。


童顔故に大学生にしか見えない母親、その数歳年下にしか見えない姉、その姉の数歳下の、妹にしか見えない少年のゆい。


中性的……というよりは、これまた女顔でスーツ姿でも女性にしか見えない父親(喉仏は出ておらず声は凜とした女性のもの)、その父親に瓜二つだが背は高く、フォーマルなドレスにも見える黒のワンピースが似合いすぎている兄(喉仏は出ておらず声は凜とした女性のもの)。


ぱっと見て……母親(父親)と母親似の長身でスレンダーな娘(兄)、大学生ほどの次女(母親)と数歳違いの三女と四女(姉と末っ子の弟)と映る月本家が集まってしまった。


複雑すぎて知り合いでも混乱するほどの一家だ、その晩に避難先で一緒だっただけの人たちからは……いつものように誤解は解けずじまいだろう。


月本家は、子供たちの学校の行事や家族旅行、お出かけなどでも大体このような扱い。

美人姉妹で素敵だけれども「お父さん」は忙しいせいでお姉さんたちが末っ子の面倒を見ているんだね、と。


――そう話しかけられる度、父親は満更でもなく、母親は若く見られて満足し、兄は自らの美貌をひけらかし、妹は弟の可愛らしさを誇らしげにし。


「お兄ちゃん、いつも以上にお嬢さまみたい!! かっこかわいい!!」

「はっはっは。 もっとだ、もっと私のことを褒め称えるのだ、ゆいよ。 昨晩も忙しかったというのに今朝は早く起き、髪のセットと化粧に3時間を費やしたのだからな! ああ、もう2、3時間もすれば落とさなければならないのがこれほどに残酷だとは!」


「んー、僕、お化粧なくてもきれいだーって思うけど……でもおめかししててすごい!」

「ははは、ゆいにもいずれ手ほどきをしてやろう。 「女」は化粧、化粧は「女」の特権だからな!」


姉妹(女装している兄弟)は、やはり誤解するしかないやり取りを繰り広げ。


「――――――――――――す、て、き。 お父さんとお母さんは女の人同士にしか見えなくて。 お兄ちゃんとゆいはさらにさらに男の子同士なのに女の子同士にしか見えなくて……ああ、ふたりできゃっきゃって抱き合って……あ、あ、あぁ……髪の毛が、髪の毛が絡み合ってる、こんなの、こんなの。 お休みにお出かけしたときくらいしかじっくり見られないって言うのに、こんなお天気でお外恐いなって思ってたところにこれって……やっぱりイヤなことの分じゃない、それ以上に良いことがあるのね…………眼福ぅ――……。 今夜はスマホで何回も観直そうっと……」


――――――――――――唯一まともなはずの妹も、どこかがねじ切れていた。


眺めても花の園、近づいてもやはり花の園。

百合か薔薇かは意見の分かれるところだ。


このような月本家の家庭環境の中で産まれ、育ってきた月本ゆい。

彼は、自分が可愛らしい少女に見られることに大満足する生きもの。


はたして月本ゆいが女装を好むのは生まれつきなのか、それとも父と兄に影響されたのか。

それは永遠の謎のまま。


けれどこの晩。


ただでさえややこしい彼に「魔法少女」の属性までが備わるとは、誰にも想像できなかった。




「……ゆい? ここが避難先ってこと、忘れちゃダメよ?」

「あ、そうだった。 旅行先なふいんきだったからつい!」


「雰囲気、だぞ? ゆい。 言葉は正しく覚えるのだ。 覚えた上で間違えるのは問題ない」

「お兄ちゃん……それ、ゆいくん間違えて覚えちゃうから」

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