女装魔法少女の小さい冒険な日常もの。

あずももも

1話 女装魔法少女が誕生する前のこと・土砂降りとダサい格好

改めてご無沙汰しております、あずもももです。今作は三人称視点の女装魔法少女もの。主人公は幼い男の娘で、頭より体を動かすのが好きな子です。


難しいおはなしは苦手で退屈な小学生男子・ゆい君用&忙しいからゆい君だけ眺めたい方向けに、彼が退屈しそうな場面は前書きあとがきであらすじを書いています。ご活用ください。




大きな力でうねる台風という非日常で荒れ狂った天気は、彼が大好きなもののひとつ。

いちばんは積もるほどの雪、次に台風、その次が大雨、さらにその先が快晴。 非常時であるほどに血の騒ぐ少年という生き物は、だいたいそのようなもの。


だから、彼は楽しんでいた。


近づく前から空は低く光を隠し、宙にはビニール袋や小枝や葉などの小さなゴミが竜巻のように舞い、看板がなぎ倒されたり木が倒れるほどの暴風雨。

それが、数日前から急に発達した爆弾低気圧――と報道されるものの余波だった。


今後近づいてきて「ちょうど」町の上空を通過し、荒れた天気のために「魔物」が活発化すると予想されるため、市民は全員避難所に逃げるように……強制的な指示が出されるほどのもの。


「――――繰り返します。 避難指示が発令されました。 指定の避難所へ速やかに避難してください。 難しい場合には消防や防衛軍への連絡をお願いします。 また、同時に多数の魔物の発生も報告されています。 スマートフォンや携帯電話のGPSをオンにして安否確認へのご協力を――――」


間延びした防災無線が止むことなく町じゅうに繰り返されて響き渡り、ひっきりなしに緊急車両のサイレンの音が町を駆け巡る。


町の住人たちのほとんどは、不安と焦りを抱えつつ自分のすべきことをするため忙しい。

当初はまだ大丈夫だとされていた予報が急に早まり、その日の昼のニュースで避難指示が決定。


そのために学生たちは給食やお弁当を食べる前に教師付き添いでの集団下校となり、慌ただしくしている。

大人たちの心配をよそに、そこの小学校の生徒たちも「彼」ほどではないだろうが楽しんでいた。


「じゃーねー」

「気をつけてねー」

「またあとでねー」

「でも避難所ってうちの学校の体育館でしょ?」

「あ、うちは別のとこらしいから残念ー」

「またねー」

「うん、またねー」


ひとり、またひとりと生徒たちがそれぞれの家に帰って行く。


安い傘が役に立たないほどの風だからか、傘を差さずに雨を楽しんでいる子もいれば、親の用意がよかったのか合羽を着て、そのぼてぼてとした感じを楽しんでいる子もいる。


――――学生、特に小学生にとって今回の危機はただの楽しいイベントに過ぎない。

運悪く住む家を失ったりケガをしてしまう子以外にとって、今回のものはただの楽しかった思い出になるだろう。


子供とは、そういう生き物。

特に、男子たちにとっては。


「あっははーっ! すっごい雨ー! ……ひゃっ、今ちょっと体浮いた!!」


その中でも特に「やんちゃ」な彼もまたそうであって……こっそりと教師の目をかいくぐり集団下校の集まりから抜け出し、誰もいない商店街まで走り回っていた。


その商店街を偶然にか歩いていたらしい……中学生くらいだろう年上の少女に荷物を預け、全力でずぶ濡れを楽しんでいた。


本来なら危ないと止めるべきはずの少女は、けれどそうはせずに……ただただ彼を眺めるだけ。

少しだけ細めた瞳をしながら、彼がばしゃばしゃと駆け回るのを――ただただ、眺めていた。


♂(+♀)


10分程度を全力で走り回って満足した彼は、何故か用意周到にも大きなバスタオルを渡され「髪の毛だけでも」と拭かれ、なるべく濡れないように帰ってね――と諭され、さらには合羽まで着させられた。


らしい。


そうして基本的に人の言うことに素直な、彼は大人しく家に帰ってきた。


「あー、あったかかったー」


べしゃべしゃと、水分となった服を脱ぎ捨てて用意されていた風呂に入り、がしがしがしと頭と体を洗い、湯船で律儀に100を数え、ドライヤーを……それまでの雑さが嘘のように丁寧にかけて出てきた彼は「月本ゆい」。


髪の毛は腰にまで届くほどに伸ばしており、綺麗に撫でつけて左右を結うツーサイドアップという髪型にして得意げな顔。

ツインテールよりもっと「かわいい」という理由でしている、後ろ髪はそのまま流しつつ横の髪の毛だけをぴょんと結った自分の顔を見て、さらに得意げになる。


髪型も相まって、誰がどう見ても少女にしか見えない彼の顔の下には……今日という楽しい夜を過ごすためのお気に入りの服装があった。

黒やピンク、黄色でキラキラな模様の……同級生の女子たちと一緒に買いに行った服を。


同級生の女子たちと。

お互いに着替えた姿を吟味しながら。


…………少年なのに、少女たちに混じって。

それは、誰もが慣れた日常でしかなかった。


「………………えーとね、ゆいー? 今日はズボンにしておきなさいね?」

「えー!? なんでなんでー? 今日はみんなとお泊まりなのにぃーっ!」


「……ゆい、いつも言ってるでしょー? お母さんたちもお友だちもゆいのこと知ってるけどね? 知らない人、びっくりさせちゃうの、ゆいの格好は。 ……今日はお友だちだけじゃなくて、他の人たちもたくさん集まるの。 お願い。 ね?」

「…………はぁーい……しょーがないかぁ、びっくりさせちゃうもんね――……」


言われることに素直に従ってその場でスカートをすとんと落としながらも唇を突き出して不満げな彼。

それもそのはず、母親から手渡されたズボンとシャツに羽織り物は、ただただ無難な……「ダサい」「男子の」服装。


けれど女装にこだわる以外は特にわがままも少ない、彼は少しのあいだ唇をとがらせた後、のそのそと着替えていく。


「そう。 いい子ね」

「僕、かわいい?」

「うん、いつもと同じくらいかわいいわー」

「……じゃ、いいや」


手のかからない……ではなくて「手のかかる娘」な息子を横目に母親の彼女は必要なものをリュックに詰める作業に戻る。


――普段は女の子の格好をしていても何も言わないけど、避難先で小学生男子が小学生女子の格好をしていたらいろいろと問題だから良かったわ。

この子を知らない人が困っちゃうから。


せめて、本人確認までは……いえ、避難中は男の子だって言えなくもない格好にしておかないと。


……けど、髪の毛もずいぶん長くなっちゃったし……正直男の子の格好をしていてもあまり意味がなくなってきちゃったのよね。

避難先で時間もあるし、お父さんに相談しておこうかしら?


そう、思いながら。


「わはーっ」


楽しそうにお泊まりセットを用意する娘、ではなく息子を眺め――母親は、小さくため息をひとつ。


♂(+♀)


道すがら。


上機嫌に戻って傘をふりふりしていた彼は絶望していた。


「……え〝。 …………うちの小学校じゃなかったの!?」

「残念だけど、中学校に振り分けられちゃったみたいなのよねぇ。 たまたまみたい……隣の番地まではゆいの小学校なのに。 あ、けど、ゆいも再来年からここに来るんだからいいじゃない?」


「クラスの友だちと遊ぶ約束、してたのに。 うちのとこだったら、教室のロッカーからカードとか遊べるもの持って来て楽しくできたのに」

「……ゆい。 学校にそんなもの持ってったらダメよ?」


「だーって、ゲームが入ったスマホとかゲーム機禁止だもん。 カードとかはダメって書いてないし」

「…………先生に見つからないようにね。 お母さん、三者面談で怒られちゃうから」

「はーいっ、見つからないようにする!」


「うん、ばれないんだったら悪いこと以外はオッケー」

「悪いことはしないもんっ」


そう母親と話している内に着いた、徒歩10分ほどのところになる中学校。


反響する声で満たされている体育館は大人の背の高さのついたてで区切られ、それぞれのスペースにはそれぞれの家庭に振り分けられた番号が振られている。


そのうちのひとつ――彼の家族、月本家は人数が多めだからか普通の家庭の倍のスペースを使えるそう。

それを聞きいちばんに入り簡易的な寝具や飲食物が置いてあるのを見たゆいは、すっかり機嫌を直していた。


子供は、男子小学生は秘密基地的なスペースが心底に好きなもの。

それこそ、「ダサい」格好をしていた不満も吹き飛ぶくらいに嬉しい様子。


「あ。 お母さん、お父さんたち来るよ! ……おとうさーん、おにいちゃーん、おねえちゃーん!! こっちこっちー!!!」

「……ゆいって、見なくても分かるものねぇ。 いつもだけど、すごいわぁ。 迷子になったことってないし」


荷ほどきをしつつ、彼がごく自然に家族や友人、知り合いを「その目で見なくとも」遠くから察知し、見えない尻尾を振りながら走って行くいつもの光景を見つつ――特段に気にする様子もない彼の母親。


3年ほど前、小学校低学年の頃から不意に現れた「勘の良さ」も、家族として過ごしていれば彼の個性のひとつだと捉えるだけ。


――魔法など、ごく一部の存在しか使えない世界の住人。

けれど、不思議な出来事が起きうると知っている世界の人だからこその反応だった。




「魔法少女って憧れるよね。 僕、なれるんだったら魔法使いさんより魔法少女さんかなー」

「……変身できるのも最初の戦いも、もう少し後らしいよ? まだ我慢してね、ゆいくん」

「えー」


「ゆいくんをもっと見たい紳士淑女の貴女たち貴方たち。 栞を挟んで星を入れながら待っていて頂戴?」

「みどりちゃん、誰かになにか言ってた?」

「ちょっと、闇の住人と……ね?」

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