第22話:再会



とあるマンションのリビングに置かれたテレビから朝のニュース番組が流れている。原稿を読み上げる抑揚のないキャスターの声が昨日の病院襲撃事件を伝えていた。

「昨日、午後5時半頃、武装した集団により新都市スカイビルディングが襲撃を受け、建物の一部に損害が出た模様です。当ビルには医療関係施設の拠点として新都市救急指定病院を中心とした医療センターがあり、当時、多くの医療スタッフや入院患者が取り残されていたとみられますが、現時点におきましてケガ人などの情報は入ってきておりません。また、これら施設と襲撃との関連性はわかっておりません。引き続き詳しい情報が入り次第……」

リビングには人の気配はない。どうやら住人は不在のようだ。



新都市高校、生徒会管理の客間兼茶道室。着物を着た女子高生2人がお茶会を開いている。

シャカシャカシャカシャカ……

亭主としてお茶を点(た)てる綾瀬川レイカ。

「粗茶でございます」

スッと、斬山ツカサの前に、茶椀が差し出される。

うやうやしくそれを手に取り、軽く2回時計回りにまわすと2、3口で飲み干す。

ズズーッ

「結構なお点前(てまえ)で」

茶碗のふちを親指と向かい合う2本の指で拭うツカサ。障子を隔て、日本庭園に造られた池に水が落ちる音がすると、間髪を入れずに鹿威しが鳴る。

コンッ!

「昨日の首相暗殺未遂事件、危惧していたとおりネクスタ―の亜種が関与しているようですわ」

「やはりネクスタ―技術が拡散してしまったということ?」

「間違いないでしょう。アイさんにはすでに動いていただいていますわ」

「ネクスタ―にはネクスタ―をぶつけるということね」

「ええ、けれど能力を悪用した特殊凶悪犯罪が増えつつある今、彼女だけでは負担が大きすぎますわ」

「それで、レオナの行方は?」

「もちろん、把握しておりますわ。屋上で負傷した彼女は機動部隊に身柄を確保されたあと、現在は警察病院にて入院加療中、と言っても致命傷でははないようですね。言わば体よく拘束されているようですわ」

「よかった! レオナ。無事で、生きていてくれて」

「今のところは、ですわ」

「すぐに救出を!」

「もちろんですわ、ツカサさん。彼女が尋問を受ける前に警察から身柄を奪還する必要があります!」

「何か手立ては?」

レイカはツカサのそばによって耳打ちする。

「……と、いうのはどうかしら」

「なるほど、で、あなたは?」

「私はアイさんの指揮と併せていろいろと後かたずけが残ってますの。記録の抹消やら、小笠原教授以下2名の保護プログラムやらで、なにかと手が離せません。いつも通りバックアップに回りますわ」

「なるほど」

「では、ツカサさん、救出作戦開始、ですわね!」



「看護師さん、ボク、いつ頃退院できますか?」

「レオナさん。まだ、はっきりしたことは言えないの。骨折はしてないけど手と足の骨にひびが入っているし。まずは先生の許可が下りないと。しばらく、我慢してね!」

どのくらい眠っていたのだろう。ボクが目を覚ました時、見知らぬベッドの上にいた。残念ながらそこにはツカサやメイの姿はなかった。代わりに看護師さんがいてボクの身の回りのお世話を含めて献身的な看病をしてくれた。

そう、ボクは今、とある病院で入院中の身だ。あの戦闘メカ、プレデターとの死闘によって負傷した傷の処置で頭と両手、ふとももは包帯でぐるぐる巻き、左のほっぺに大きなガーゼ、その他、肘や膝にも大きな絆創膏があてがわれ、見るも痛々しい状態でベッドに横たわっている。でもそれよりもショックなのはツカサと同じぐらい長かった髪をバッサリ切られたことだ。処置の際、邪魔だったということらしいけど、おかげでヘアスタイルがショートボブに変わってしまった。

あれから何日たったんだっけ? 脱出したみんなは無事かな? まだ少し熱や痛みがあるけどまったく動けないわけじゃない。早く退院してツカサのマンションに帰りたい。みんなに無事を知らせたい。もんもんとした日をベッドで過ごしていると、ボクの個室に年配の男が訪ねてきた。男は刑事だと名乗り、それから事情聴取がはじまった。


「話を聞かせてもらえないかな?」

「いいですけど……」

「それじゃあ、さっそく、っと、名前は? フルネームで教えてくれるかな?」

「斬山、レオナです」

「ふむ。では、レオナ君。今回は大変な目にあったね。ところでキミは何をしにあそこに行ったのかな?」

「知り合いのヒトのお見舞いに、です」

「一人で行ったのかい?」

「ええ。そうです」

教授やツカサ、メイの名前は絶対口に出さない。

「キミは発見されたとき、関係者以外立ち入り禁止の屋上にいたそうだけど、あそこで何をしていたのかな?」

「何をって、突然やってきたテロリストから逃げていたんです!」

「テロリストに追いかけられていた。それは大変だったねえ」

「ええ。下手をしたら殺されてもおかしくありませんでした」

「その時の状況を詳しく聞かせてもらえるかな」

「ええと、襲撃されて逃げるのに必死だったから、遮蔽物とかの陰に隠れていて、何があっても出ないようにしていました。そのあとは、その、よく憶えてません」

「憶えてない……そうか。では、話を変えよう。君のほかに誰かあそこにいたかな?」

「病院中、パニックになってて、みんなバラバラに逃げまどっていたので誰がいたのかよくわかりません」

「キミ以外の人はどうしたんだい? そう、友達とか、家族とか」

「ほかの人のことは、どうなったのかわかりません」

「ふーむ。そんなはずはないんだけど。明らかに応戦したあとや、彼らとは違う銃の弾痕が見つかったりしているし。仮に、その場にキミしかいなかったとしてその銃はいったいどうしたんだろうねえ」

「なんのことかよくわかりません」

「一体だれが彼らを撃退したんだい? 教えてくれないかい?」

「ボクは気を失っていたので、何も知りません」

「うーむ。これでは事情聴取が進まないねえ。レオナ君、キミも早く退院したいでしょう? よーく思い出してくれないかな」

「これ以上は何を話していいかわかりません」

「知らない。わからない。いいでしょう。今日はこのぐらにしましょうか。近いうちにまた来ますよ。それまでに何か思い出しておいてください。その方がお互いのためだと思いますよ」


そう言って刑事は去っていった。だが、こんな調子でいつまでもだんまりは続けられない。厳しい尋問がはじまる前に、ここを抜け出さないと!


その日の午後九時をすぎ消灯した後、暗くなったボクの個室に一人の訪問者があった。

スライドドアがスーっと開き、クリーニング会社の作業着を着たおじさんが入ってきた。

「リネン交換です」

「えっ、こんな時間にですか?」

「お嬢ちゃん、リネン交換は時を選ばないってね! ちょっとベッドを空けてくれるかな?」

おじさんはそう言って、怪我をしているボクをベッドから追い出すとシーツやまくらカバーを手慣れた手つきで交換していった。その様子をベッドの隅で眺めていると回収したシーツ類をキャスター付きワゴンにぶら下げた大きな布袋に放り込み、持って来た別のまくらを掛け布団の下に入れてヒトの形に見えるように整え始めた。

「えっ? おじさん何してるの?」

「さっ、お嬢ちゃんはこの中に入って」

と言って回収用布袋を指さした。

「えっ?」

「ここから連れ出してあげる! お嬢ちゃんもわかってる通り、ここは一般の病院じゃないんだ。犯罪者などを収監するための施設なんだ。お嬢ちゃんなんかがここにいちゃいけない。さっ、早く袋に入った。早くしないと巡回が来ちまうよ!」

「ほんとうに逃がしてくれるの?」

「ああ。本当だとも。狭いけどちょっとの間だから、我慢な!」

おじさんはそう言って、袋に入ったボクの頭の上からシーツをかぶせて隠してくれた。

すぐにワゴンが動き始めた。廊下のタイルでタイヤがキュルキュル音を鳴らす。

「おじさん、あの……」

「しっ、誰か来た! 頭、引っ込めて!」

袋の口から顔をのぞかせていたボクは袋の中にグッと押し戻された。

「お疲れ様です」

「ごくろうさまです」

どうやらすれ違ったのは夜間巡回中の看護師さんらしい。

その看護師はクリーニング業者に軽く会釈をするとレオナの個室に入っていった。

まさに間一髪のタイミングでのすれ違いだった。


「斬山さん、お着換えの時間ですよ。ついでに体の清拭もしちゃおっか! あれっ? 斬山さん? もう寝ちゃったのかな?」

看護師の問いかけに返事がない。

「返事しないなら下着も剝いでスッポンポンにするわよ! いいのね?」

やっぱり返事がない。

「なーんて冗談! 私よ! ツカサだよ! 迎えに来たよ、レオナ! それとももーっと、ここの看護師さんに甘えていたかったのかな?」

シーンとしている。

「遅くなってごめんね。すねないで。どうかな? 見て見て! 私の看護服姿。似合ってる? ねえってば! あっ、そうだ! おうちに帰ったら大好きなはちみつパンケーキを焼こうよ! もうっ! 返事しないならこうだ! こちょこちょこちょこちょ」

と言って、掛け布団を剥いだツカサの目に飛び込んできたのは、よじれたまくらだった。

「って、なんでまくら?! A-10! これいったいどういうこと? 聞こえてる?」

インカムからレイカの声が流れる。

「聞こえてますわ。落ち着きなさい! K-9、状況を報告して!」

「ニセ情報だったの? まさか罠にハメられた?」

「いいえ、そんなはずは! 彼女は確かに消灯前までそこにいたはずですわ! 誰かに連れ去られたとしか……K-9、現在地に到達するまでに、何者かとすれ違った覚えはありませんこと?」

ツカサはハッとし、反射的に個室を飛び出し通路に躍り出た。さっきは気にも留めなかったがカートを押したクリーニング業者がすぐ思い浮かんだ。

「さっきのクリーニング業者、アイツだ! あのコ、知らない人にはついて行っちゃいけませんってあれほど言っておいたのに!」

「おそらくスカイビル襲撃事件の残党ですわ」

「復しゅう……」

「今は詮索しているときではありませんわ! とにかくその業者を確保なさい! 現在地から離れる車両をチェックして転送しますわ」

「お願い! A-10!」

ツカサは既に業者の向かった搬入口へと駆け出していた。



「ちっ、もう気づかれたか!」

「おじさん、どうしたの?」

「看護師に気づかれた! ちょっと騒がしくなるかもだけど、お嬢ちゃんはそのまま隠れていて!」

おじさんはボクの入っている布袋をカートから外すと口を巾着のように紐で縛り、他の洗濯物ごと、クリーニング業者のバンに放り込んだ。

「いてて! おじさーん! ボクはケガ人だよ! もっと優しくして! 取扱注意!」

「すまなかった」

「ねえ、おじさん、もうそろそろ袋から出してよ!」

「今はダメだ! 追っ手をまかないと!」

「うわっ」

病院の業者搬入口から荒々しく急発進するバン。ボクの入った袋は他の積荷と一緒にカーゴの中を転げまわった。

「見つけましたわ! クリーニング業者を装ったバンが湾岸方面に逃走中ですわ!」

「了解、A-10! ありがと!」

看護服姿のままツカサはヴァイパーにまたがると、セルモーターを起動させる。

駆動輪のタイヤが空転し白煙を上げながら急発進する。ツカサはヴァイパーを駆りバンを猛追する!

「そこのバン! 止まれー!」

「なっ、なんだ、あのナースは?!」

「10秒待つ! 止まれー!」

「止まってたまるか!」

「おじさん! 外で何が起こってるの?」

巾着袋の口からやっと頭を外に出すことができたボクはカーゴ内で他の荷物と一緒に激しく揺られながら外の状況が全く分からなかった。

「おっかないナースが黒い大型バイクで迫ってきてる!」

「黒い大型バイク? それって……」

クリーニング業者を装い逃走するバンとそれを追いかけるツカサが駆るヴァイパーは市街地を走り抜け、港湾エリアへとつながる一直線の道路を疾走する。

「船に乗せて国外に逃亡する気ね! そうはさせない!」

「チックショウウ!」

バキューン! バキューン! バキューン!

男はバンを運転しながら銃を握った手を窓から突き出し、ドアミラーに映る追跡者に対し、目くらめっぽう打ち始めた。当たらなくてもいい! 周囲の走行車両を巻き込んで少しでも足止めできれば!

「くっ!」

 ツカサは周囲の車両に巻き込まれないよう巧みな操作で回避する。そしてバイクをオートクルーズにするとハンドガンを抜いて両手で構えた。

ドン! ドン! ドン!

弾丸はバンのタイヤにヒットするが全て弾かれパンクさせることはできなかった。

「防弾タイヤ! それなら!」

今度は狙いを変えてカーゴの後部ハッチに集中させ扉のロックを破壊する。

「レオナ―! 逃げて!」

「やっぱり、ツカサだ! おじさん、止めて止めて!」

「止まってたまるか! くそう! 逃げきれないなら、この車ごと始末してやる!」

「ちょっちょっと! おじさん味方じゃないの?」

「誰がそんなこと言った! このまま道連れだ! あばよ!」

「ええっ!」

埠頭の先端が迫り海が眼前に広がった次の瞬間、バンは車止めを乗り越え、大きく跳ねあがると10メートル先までふっ飛び、そのまま真っ暗な海に飛び込んだ! 海面に衝突した衝撃でカーゴ内壁にいやというほどたたきつけられ、レオナは気を失う。そしてすぐカーゴ内に海水が浸水し始めた。洗濯袋が水流に翻弄されもみくちゃに拡販する。

バンを追って埠頭の突端に到達したツカサはヘッドライトで真っ暗な海面を照らす。範囲はとても狭く必死に目を凝らすが何処にバンが落ちたのかすらわからない。

「レオナどこ? どこなの? 早く脱出して! このままじゃ溺れちゃう!」

悲壮な目でバイクの照らすライトの先を見つめるツカサ。その時、奇跡が起こった!

ツカサが先の銃撃で破壊したバンの後部ハッチが海中で開いた。浸水により車内外の水圧が均等になると、空気を含んだ複数の洗濯袋が浮上する力でハッチを押し上げたのだ。そして海面に浮かび上がったそれら浮遊物がヘッドライトの強い光に照らし出される。

「あっ、あそこに何かが!」

ツカサはシューズを脱ぎ捨てると躊躇せずに海に飛び込む。そして浮遊物に向かって必死に泳いだ。

「レオナ―! 返事してー!」

浮遊する洗濯物の中心にヒトの背中が波の動きに合わせて浮き沈みしているのを発見した。

波にさらわれる前に慌ててつかまえるとやはりレオナだ。しかし意識がない。一刻も早く水から引き上げ蘇生させないと手遅れになる。ツカサはレオナを抱え護岸を目指して泳いだ。なんとか護岸に到達すると必死で自分の身体と意識のないレオナを引っぱり上げる。そのまま仰向けに寝かせて改めて意識状態を確認する。意識なし。自発呼吸なし。

「レオナ! 息をして!」

躊躇している時間はない。蘇生を試みるため直ちに心マッサージと人工呼吸を開始する。

「1,2,3,4,5・・・レオナ! あんたは強い、強いんだから! 早く! 戻ってきなさい!」胸部圧迫をはじめて30をカウントして息を2回吹き込む。反応なし。2セット目を開始。その時、レオナの頬に赤みが戻る。

「ごっ、ごほっ」

レオナの意識が戻った!

「レオナ! 私よ! わかる?」

「ツカサ? ボク……」

「よっ、よかった……レオナァ~……ぐすっ!」

ツカサはその場にへたり込んだ。張り詰めた神経の糸が切れ、全身から力が抜けた気分だった。そしてようやく上体起こすとそのまましがみつくようにレオナの身体を抱きしめた。

「本当、良かった……。ゴメン、迎えに来るのが遅くなって……」

「ツカサ、ボク少し思い出したんだ。男の子だったときの記憶。あっ、でもそれって、ツカサとメイから後から聞いた話を記憶と勘違いしちゃってるだけなのかな?」

「もう。今はいいの。そんなこと!」

「くしゅん!」

「私ら、ずぶ濡れだね」

「うん。早く帰ってシャワー浴びたい」

「A-10がピックアップしてくれるわ。それまでここでこうしているしかなさそう」

「じゃあ、じゃあ、このままギュッてしてていい?」

「ゴホン! じき日が昇るね」

明け方の埠頭に朝日が昇り始め、二人の少女を蒼い光が包み込む。

「私たちの思い描く理想の未来、均衡を保った新たな世界を迎えるためにはまだまだやることがたくさんあるわ」

「えぇ~、私たちぃ? それっってボクもってこと?」

「たりまえ! あなたのチカラが必要なの! レオナ」

「最初から素直にそう言えばいいのに! ツカサさん!」

「ほら! じゃ、行こ!」

ツカはレオナに手を差し出した。その手を握って立ち上がるレオナ。

「じゃ、行きますか」

夜明けの護岸に沿って手をつないで歩いてゆく少女たち。強い絆で結ばれた二人は、まっさらな一日の始まりに向き合い、今ならどんな障害だって乗り越えて行けるような希望に満ちていた。



おわり。

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