第21話:奇跡
どのぐらい気を失っていたのだろう。一瞬だったのか、それともかなり長い時間だったのか。
「……レオナ! 目を覚まして! レオナ!」
呼んでる。ツカサがボクを呼んでる。恐る恐る目を開けると天井に空いた穴からさすほのかな光に、ぼんやりとツカサの顔が浮かぶ。
「なんだ……天使か……」
彼女の心配そうな顔がのぞき込む。全身傷だらけのボクは彼女の柔らかな胸の中で目を覚ました。(生きてて、良かったー)
「レオナ! 良かった! 気が付いたのね!」
「いっ痛!」
体勢を崩し受け身が取れなかったため、強く身体を打ち付けたようだ。天井の高さからすると10mは転落している。
普通の人間なら無事では済まなかっただろう。全身バラバラになっててもおかしくはなかった。
「ケガはない? 大丈夫?」
「大丈夫、足をちょっと捻っただけ……」
実情より、やや強がりを言った。
「それより、プレデターは? あいつはどうなった?」
「そこ」
ツカサの指さすほうに視線を向けるとプレデターは大の字になって伸びていた。
装備バーツのいくつかが外れて飛散し、外装の一部がへしゃげ、落下の衝撃を物語っていた。
「生死は分からないけど、完全に沈黙してるわ」
「そう、アイは? 彼女は大丈夫?」
「うん。もう救命治療を受けているころだと思う」
「そっか、良かった。えっ、治療?」
「うん、もう脱出用のⅤ-22が到着して待機してるわ。私たちのことを待ってるよ
! レオナを迎えに行くのに5分だけ時間をもらったの」
「Ⅴ-22って垂直離着陸機のオスプレーなんとかというやつ?」
「そう。詳しいのね」
「まさか? こんなところ(ビルの屋上)に降りられるの?」
その時インカムにレイカから通信が入った。もちろんボクにもインカムを通して聞こえる。
「こちらA-10。K-2聞こえて? 彼女は無事?」
「こちらK-2。レオナは無事よ! 意識もあるわ。これから連れて戻る」
「屋上の敵兵力もほぼ一掃しましたわ。いまさらですが機動部隊の突入も始まったようですし、すぐに戻りなさい。脱出しますわ。遅刻したら置いてゆきますわよ」
「了解!」
ボクは二人の会話を聞いて安堵した。
「機動部隊が来たんなら助かったんじゃ……」
「それはそうなんだけど、こちらも武装している以上、彼らに拘束されて尋問されるのは困るし、最悪、敵対勢力とみなされれば、交戦せざるをえない状況もありうるわ。それだけは避けたいからこのタイミングで脱出するのがベストね。さあ行きましょう。立てる?」
「ああ、うん」
ボクは、痛めた足をかばいつつ立ち上がる。破損した天窓からツカサが降りてくるときに設置した縄梯子を登ってボクたちは屋上へ戻った。
「いったいどうやってこの狭いヘリポートにあの巨体が着陸できたん?」
ボクは驚嘆した。左右の翼に巨大なティルトローターを持つⅤ-22がヘリポートどころか屋上からはみ出す勢いで鎮座していたからだ。
「テクニックと気合じゃないかな」
とツカサが事もなげに言う。コクピット越しにノースリーブのアメリカンな荒くれパイロットがサムアップしているのが見える。さすがWBF。人材の層が厚い。
機体側面のサイドハッチから搭乗するとき、レイカが手を貸してくれた。
「おかえりなさい」
機内にはゴチャゴチャした配管が内壁を走り、簡易的なシートが壁面に沿って設置してあった。さすがにファーストクラスの乗り心地というわけにはいかなそうだった。
後部では2台の傷病人用ベッドと救急装置の隙間で数名の医療スタッフが慌ただしく働いていた。その中には病院から一緒に脱出してきた看護師さんの姿もあった。
「レオナ! 無事でよかった!」
メイが飛びついてきた。
「イテテ」
「もう大丈夫だわ。大船に乗った気持ちでいなさいな」
「よくやってくれたわ!」
レイカ、堀江さんたちが笑顔でボクとツカサの帰還を祝福してくれた。
「みんな……そうだ! アイの具合は?」
「安心なさい。彼女は救命処置を受けて今はバイタルも落ち着いているわ。大丈夫」
堀江さんがアイの状況を手短に教えてくれた。
「ゴメン。ゴメンね。アイ……ボクにもっと力があれば、傷つくこともなかったのに……」
「これは闘うものが背負った宿命よ。あなたが気に病むことではないわ」
「それでも! ボクがもっとちゃんとやれてれば……」
ツカサの言うことは正しいのだろう。でも、それでも後悔にさいなまれる。
コクピットではパイロットたちが慌ただしく離陸準備を進めている。
「何故、離陸しないの?」
レイカがイラついてクルーを問い詰める。
「ここは陸上じゃないんだ、嬢ちゃん! 不安定なボトルキャップの上になんとか引っかかっている状態なんだぜ。機体が傾いているうえ、エンジンを臨界まで回さないと離陸できねえから調整に5分くれ!」
「くだらない御託を並べている間に3分でおやりなさい!」
「アイサー! シートベルトを忘れるな!」
その時、ボクらが登ってきた天窓の裂け目から何かが激しく飛び出し屋上に着地した。片膝をついてうずくまるそれはゆっくりと立ち上がり赤く光る眼をこちらに向けた。プレデターが復活したのだ。階下から機動部隊が迫ってきているなかで、そこまでの執念を燃やすプレデターに皆、戦慄を覚えた。これ以上誰にも傷ついてほしくない。今、あいつを止めることができるのはボクしかいない。ボクがここにいる意味、自分の役割を果たすべき時が来た。ボクはハッチに手をかけた。
「何をするの?」
ツカサが心配そうな顔を向ける。
「先に行ってて。アイツはボクが止める!」
「待って! 今出ないで! 行ってはダメ!」
構わず機外に飛び出した。彼女はボクの腕をつかんで引き戻そうとする。
勢い、バランスを崩しボクの方に飛び込む形となった。ボクは思わずツカサを抱きとめる。頬と頬が触れ、そのままぎゅっと抱きしめた。そして自分もその場に留まろうとする。そんなツカサをレイカが後ろから制止した。
「K-2! ツカサ! 行ってはダメ!」
「レオナ! あなたもいっしょに!」
「ツカサ、みんなを守ってやって。レイカ、ツカサをお願い!」
ツカサを振りほどくと機内に押し込むようにレイカに彼女を託した。
レイカは敬礼でボクを見送ってくれた。そしてメイは静かに手と手を組み祈りを捧げる。
「レオナ! 無事で帰って!」
そんなメイの気持ちに応えるべくボクは前を向く。
「嬢ちゃん、待ちな!」
コクピットの中から呼び止める声がした。ノースリーブの、いかついオジサンパイロットが白い歯を見せる。
「これを持ってきな!」
と言って何か長い棒状のモノを投げてよこした。
「そいつはな、俺のお宝よ! ニューイヤー・ヤンキース、往年の名スラッガー、ボォービイ・スプリングスのサイン入りバットだ。なんかの役に立つかもしんねえ。なあに、今度会った時に返してくれればいいからよ!」
木製じゃん! 効かないよ! カタいんよ、アイツは! でも何もないよりはましだと思い、ありがたく借りることにした。
「ありがとう。無傷で返せる自信はないけど、借りておくよ」
「おう! 一発、ブチかましてこい!」
もう振り返る余地はない。プレデターは両足を踏ん張り前傾姿勢を取る。そしてバックパックに装備するマイクロミサイルの砲身を起動させ、みんなを乗せたⅤ-22に照準を合わせた。
「うああああああ!」
ボクは走り出す!
ピピピピピ! 発射! ドシュン‼
ミサイル発射と同時にボクは上空からプレデターを強襲し、借りたバットで渾身の一撃を加えた。
ドーン!
背後で着弾したミサイルが爆発する! V-22は右側面に被弾し白煙をあげる。
「邪魔をするな! 次は破壊する!」
再度、ミサイル発射シークエンスに入るプレデター。
「させない!」
今度は砲身をめがけて、思いっきりバットを振り下ろす!
ガツン!
照準が逸れた2発めのミサイルは屋上の床で跳ねてネズミ花火のように暴れまわり、最後に貯水タンクを直撃した! 破壊されたタンクの破損個所から貯水が飛散し屋上をみるみる浸水させてゆく。ボクとプレデターは水びたしになった屋上で再び、対峙し睨み合った。決着の時が迫っている! 背後でⅤ-22が屋上の大気を激しくかき乱し、その巨体を空中へと浮き上がらせる。着弾した1発目のミサイルは致命傷にはならずに済んだようだ。ついにヘリポートから離陸し、薄暮の高空に向かって飛び立った。
「必ず、帰ってきて! レオナ!」
インカムにツカサの悲しそうな声が響いていた。みんなを乗せたⅤ-22を見送った今、もはや思い残すことは何もない。この闘いの果て、どんな結末を迎えるにしろ、奴らの作戦を挫くことに成功した時点でボクの勝ちだ。でも、いま目の前にいる相手はボクをそのまま見逃してはくれないだろう。
「キサマあー!」
ボクとプレデターは睨み合ったまま互いにけん制し合う。どちらが先に仕掛けるのか、長期戦になれば生身のボクが不利なのは分かっていた。速攻で決着をつけなければならない。いずれにしても死に物狂いで、いや、死ぬ気で戦わないとこの殺戮マシンは止められないだろう。この高層ビルの屋上から叩き落すことができれば今度こそは……。
「うおおおお」
雄たけびと共に蹴散らした水がしぶきを上げるなか、互いに真正面から突進する。プレデターは右アームに装備するブレード、ボクは手にしたサイン入りバットで乱撃を繰りだし、切り結ぶ。このバット、思ったより役に立つ。プレデターとの間合いを取りつつ、守ってよし、攻めてよし、攻守ともに優れたエモノだった。だが、しょせんは木製。耐久性に乏しくガンガン削られてゆく。まずはこの厄介なブレードの攻撃を何とかしなければ! プレデターが構えたブレードで刺突攻撃を仕掛けてくる瞬間を待つ。
「今だ!」
カウンター気味に綾瀬川の奥義を見よう見まねで繰り出す。
「いやああ!」
ガッギンン!
狙い通りブレードの先端はバットのヘッドに突き刺さった。
「獲った!」
ボクはバットをねじって薄いブレードの刃に強く捻りを加える。損耗していたブレードは狙い通りねじれ負荷によってパキンと折れた。同時にバットも粉々に砕け散ったが、アイを傷つけた凶器を排除することにひとまず成功した。これではまだ足りないが一矢報いてやった気分だ。
「いい気になるなよ! まだだ、まだ、これからだ!」
パイロットの憎悪がプレデターの無機質なフェイスパーツから垣間見える。
「いっけええ!」
互いに武器を失い、残された素手の拳と強化グラブのコブシで殴り合う。
生身のボクは拳を振るうたびに傷つき血まみれになってゆくが、かまわずパンチを乱打し蹴りを繰り出す。ボクらは水浸しになりながら取っ組み合い、屋上中を転げまわった。これはもうミッションなど関係ない。互いの生死を賭け、純粋な生存本能に従った戦いだ。そしてついにボクのスピードがパワーフレイムアーマーの機動力を凌駕する!
「うおおおおお!」
バキッ! 掌底が決まり、プレデターのヘッドユニットがはじき飛ぶ。中の搭乗者と目が合った。こいつは! 以前、見たことがある。アイを追いかけていた男たちの中のひとりだ。あの時ボクは確かにこの顔を見た!
「やっ、やるじゃねえか! 少女の皮をかぶったバケモンが!」
「あっ、あんたに言われる筋合い、ない……」
そしてこの闘いの中でついにプレデターが膝を折る。ボクは気力を振り絞り地につけていた膝を無理やり伸ばし立ち上がる。
「このまま、終わらせるには、おっ惜しいやつだ……」
「そっ、それはどうも……」
気付くと屋上の破損したガードフェンスをつき破りビルの突端にプレデターを追い詰めていた。いや追い詰められていたのはボクのほうだったのかもしれない。実のところ拳をふるう気力も体力ももうほとんど残っていなかった。辛うじて段差に引っかかっているという具合だ。
あとわずか、ほんのちょっとだけ体重を傾ければ……。
(……必ず、帰ってきて……)
ツカサの顔が浮かぶ。彼女の長い髪が風になびくその風を感じた。そして落下する浮遊感覚。ボクとプレデターは地上47階のビル屋上から地面を目指して真っ逆さまに落ちてゆく。これで最後。彼女との約束は果たせそうにない。突如として今の今まで埋もれていた兼井ケントだった頃の記憶のいくつかが、亡くした思い出が、鮮やかなビジョンとなって頭の中に甦ってきた。浮かび上がるのはヒロミチ、ハルミ、榎原たちそしてメイとツカサの笑顔。一緒に過ごし、学び、遊んだ日々、引っ込み思案で痛々しいボクが抱いていたツカサへの淡い恋心。どれもこれも大切な思い出だった。これがかの有名な人生最後に見る走馬灯というやつなのか……。
「ふっ!」
最後の最後で失った記憶が戻ってくるなんて、何とも皮肉な結末だ。
気が付くと一緒に落下しているプレデターがボクの腕を掴んでいた。
多分、溺れる者は藁をも掴む心境だったに違いない。
今の今まで憎しみをぶつけ合い、殺し合っていたことなどもうどうでもよかった。
プレデターはさらに何かを掴もうとするかのように左アームを空に向かって突き出す。
そしてワイヤーフックが射出される。
フックの先端は、屋上の瓦礫と化して歪に欠けたフチに辛うじて引っかかった。
次の瞬間、落下エネルギーに急制動がかかりボクの右腕にちぎれるかと思うほど強烈な衝撃が走った。
「がっ!」
それでもヤツは掴んだボクの手を離さない。
強く握りしめると最後の力を振り絞ってボクの体を引き上げ、ワイヤーの射出装置が付いた左腕にボクをつかまらせた。そしてウインチが巻き上がるモーター音が響く。
ウイイイイン、ウイイイイン、ウイイイン!
だが一向にワイヤーは巻き上がっていかない。それどころか焦げ臭い白煙を吹きだし始めた。おそらくギアがいかれているのだろう。ワイヤーが限界まで張りつめ、その下に重りとしてぶら下がっているボクたちは振り子のように揺られ続ける。このままだとワイヤーがいつ外れてもおかしくない状態だ。
「生きろ……」
力尽きたプレデターはスレイブアームごとワイヤーフックの装備を緊急解除し、そのまま地上へと落下していった。
ボクはプレデターが残した最後の希望、左腕のワイヤーにしがみつく。まるで天からもたらされた蜘蛛の糸のようだ。
ボクはしびれて感覚をなくした両手に最後の力を込め、フックが外れないことを祈りながらワイヤーを慎重に少しずつ手繰り寄せた。
そして外壁の窪みを足掛かりに天上を目指し必死に登ってゆく。
ついに屋上のフチに到達したボクは瓦礫と化した外壁の尖端に手をかける。
いまだ水浸しの屋上にかまわず転がり込むようにして仰向けに寝そべった。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
乱れた呼吸が収まるまでは起き上がれそうにない。
(生きろ……)
確かにそう聞こえた。
何故、あの兵士は自分を犠牲にしてボクを助けたのだろう?
それ以外の言葉を交わすことなく名も知らない兵士は地表へと落下していった。
本当のところはわからないけど、たぶん、彼は生き残る道をボクに譲ってくれたのだろう。
目の前には広大な宇宙へとつながる星空が無限に広がっていた。
「次に目を開けたときには、そこにツカサがいてくれるといいな」
ボクはそう思いながらそっと目を閉じた。
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