第20話:闘争

 その頃、梶谷徹は警察署を出てそのまま車を走らせていた。

ちょうど総合市民病院のある大通りに差し掛かったとき、新都市警察署の新木担当官がオフレコで話してくれた教授発見の話が頭をよぎった。

「ひょっとしてこの病院に小笠原教授が収容されているなんてこと……」

病院向かいの路肩に車を止め、入り口を行きかう人々を眺めていると、何かビルの周囲に物々しい雰囲気が漂っていることに気が付いた。

「なんだ?」

さっきからやけにヘリコプターの音がうるさい。上空でホバリングしているのか、いつまでたっても遠ざからない。胸騒ぎを助長するかのように頭上で鳴り続ける規則的なローターの回転音が突然何の前触れもなく咳き込むように乱れた。エンジン音が急激に接近する。

接近?!

ドーーン!

次の瞬間、梶谷の眼前に黒く巨大な鉄の塊が落下し、文字通り地面に衝突した。

その衝撃で車が揺れる。同時に様々な破片が周囲に飛び散り、街路樹をなぎ倒し、駐車している車を数台巻き込んだ。まだ回転力を失っていないローターはアスファルトの路面を削りながらブレードに無理な負荷をかけ続けていく。そしてついにブレードは悲鳴を上げ、へし折れて弾き飛んだ。

ボンネットと言わずルーフと言わずに大小様々な金属片が梶谷の車を打ち付ける。

とどめにへし折れた巨大なブレードの先端がフロントガラスを突き破り、車内に飛び込んできた。

あと30cm、あと30cm右にずれていたら梶谷の頭は跳ね飛ばされて肩の上からなくなっていただろう。

「わあああ!」

全てが一瞬の出来事で叫び声が後からこみ上げる。

だが梶谷はこんな状況にあってなお、理不尽な事故に巻き込まれ愛車がボロボロになったことへの怒りより、自分自身が奇跡的に無傷だったことに、再びこの車に命を救われたことに、神秘体験にも似た感情に心を揺さぶられていた。



同時刻、総合市民病院屋上。


「二人とも、いつまでそうやって抱き合っているつもり?」

ツカサが睨むようにして上から見下ろしている。

「し、死ぬかと思った。あなた、よく受け止めてくれたわ。賞賛に値するわ!」

レイカがボクの上で、お礼? を言い、青ざめた顔をようやく持ちあげた。

「それは、どーも。とにかく無事でよかった」

アイも近づいてきて頭の後ろで腕を組みながら言う。

「でもさ、逃げ道なくなっちゃったお」

「そうね、ここで戦うしかないわ」

レイカを起こすのに手を貸しながらツカサが苦言を呈す。

「A-10、派手な登場の割にはいったい何しに来たのよ!」

「言い方! フッ、でも今回ばかりは否定できませんわね」

「けど、戦力は多いほうがいいよ」

これはまごうことなきボクの本心。

「迎撃態勢を整えないと」

ボクたちはエレベーターシャフトからヘリポートをはさんだ対極に移動した。

ここには大型空調ユニットや貯水タンクなど銃撃から身を隠せそうな遮蔽物が多く設置されているからだ。そしてついにやつらが登ってくる。

ダダダッ! ダダダ!

パン、バン、バン!

ダ、ダ、ダ、ダ、ダ!

ドン! ドン! チュイーン!

敵が屋上に展開するまでそう長くはかからなかった。今度はツカサと共にレイカという強力な助っ人も加わり激しい銃撃戦が繰り広げられる。

「弾をちょうだい!」

残弾数の少なくなったツカサがレイカに要求する。

「手持ちが少ないの! 大切に使いなさい!」

レイカはマガジンごとツカサに投げてよこす。さすが同じ組織のエージェント同士、息の合ったコンビネーションだ。二人の奮闘によって辛うじて敵の進行を防いでいたがヘリを落とされ退路を断たれたことによってボクたちは次第に追い詰められつつあった。レイカからインカムを渡され交戦中でも互いに交信が可能になったボクとアイも当然このまま傍観しているわけにはいかない。ヘリポートのテーブルをはさみ左右に分かれて敵をかく乱するために身を隠しながら移動した。手持ち武器こそないけど配管パイプなどの遮蔽物で銃弾を避けながら敵の懐に飛び込み近接戦闘に持ち込む。ツカサから格闘術を仕込まれていたおかげで今回はボクも焦らずに対処することができた。銃を構えている相手には射線に入らないことを鉄則に、アサルトライフルの銃口を跳ね上げた後は至近距離からみぞおちに一撃をお見舞いする。それで十分無力化することができた。


「こちら、チームアルファ! ネクスターと思しき敵勢力と交戦中! 至急応援を請う!」

「チームアルファ! 今からプレデターを送る! それまで持ちこたえろ! ジョン! 出番だぞ」

「勘弁してくれ! 俺は高いところは苦手なんだ。それにこいつだって陸上戦闘用だぞ!」

「別に空中戦をやろうってわけじゃねえんだ。つべこべ言わずに行け! ミッションクリア後に回収してやるから!」

「わかったよ! もう、どうなっても知らないからな!」

「いいか! やつらの見た目に惑わされるな! 女、子供だからって油断するなよ!」

「わかっている! あいつらとは1度やりあっているからな! けど、見た目だろうが何だろうが、女、子供をヤル趣味はねえんだがな。後味の悪いミッションになりそうだ!」


ボクたちを狙う銃弾が一瞬、緩んだ。統率に乱れが生じたのか敵の中に混乱が広がっているらしい。その分ツカサとレイカにも少し余裕が出てきたようだ。向かいの空調ユニットに伏せているレイカにツカサが話しているのがインカムを通じて聞こえた。

「ここにもじきに機動部隊が介入してくるわよ」

「都会のど真ん中でこれだけ派手にドンパチやれば当然ですわね」

「今をしのぎさえすれば脱出のチャンスはあるわ! HQへの応援要請は?」

「もちろん! その混乱に乗じて次の便で全員脱出ですわ」

このまま押し切れるんじゃないかと感じ始めたまさにその時だった。ボクたちがさっき乗ってきたエレベーターの到着を示すインジケーターが明滅する。

ウィィィィン、ゴウン!

そしてゆっくりと扉が開いた。

フシューー

中から排煙が漏れ出す。ブウンと低くうなる駆動音と紅く光る二つの不気味な眼。

ボクたちのいる高層ビル群一帯に夕闇が迫り、悪夢のような情景として焼き付いた。

「なにあれ? ロボット?」

「あれは、ロボットではありませんわ! パワーフレイムアーマー(強化外骨格)! 

すでに実戦投入されているなんて聞いてませんわ!」

レイカが驚愕している!

「ドライバー(搭乗者)の身体能力を何倍にも強化して出力する鋼鉄の鎧よ!」

レイカとツカサの口調から厄介な相手であることがわかる。

「そう! 通称プレデター。たった一機で戦局をひっくり返すことができると言われていますわ」

「ドライバー自身も強化兵、ドーピングしているんじゃ……」

「でしょうね。まず私たちのハンドガンじゃ、対抗できませんわ」

「悪いけどここからはアイとレオナが頼りよ! お願い。私たちの運命を託すわ!」

「まかせてよ! 中に人が入っているって言うんならちょっとカタめの着グルミみたいなもんでしょ。絶対にここから先は通さないよ!」

怯えているメイを安心させるためにわざと虚勢を張って見せた。

「ねえ、ロストちゃん。この戦いが終わったらキミに話したいことがあるんだけど……」

「レオナだってば。えっ、何?」

ボクはアイの言葉を聞き返す。

「ううん。なんでも。後でいい……じゃ、行きますか!」

「うん!」

 プレデターが前進する。タイミングよく閉まったエレベーターの扉にボディが挟まった。

ガイーン!

鈍い音とともにプレデターは一瞬動きを止めるも、両腕を広げるだけで簡単に扉は後退する。そしてついに無機質なボディがオレンジ色の夕焼け空を背景にあらわになった。

「よーし、プレデター! 邪魔ものは全て排除するんだ!」

「小笠原教授以外、全員、殺せ!」

「イエッサー」

二足歩行により辛うじて人型のシルエットを保っているが頭部ユニットを挟み込むように隆起する両肩のユニットが禍々しいシルエットを作り出す。光の反射を抑え、暗闇でも見える暗視機能付きの赤く光る二つのレンズ、ショルダーアーマーから懸架される重厚な左右非対称のアームユニットなど、見るからにメカメカしい形状をしている。ダークグレーのボディカラーに白いマーキングや部隊マークがいやおうなしに兵器であることを物語っていた。そいつは重々しい動作でヘリポートのステージにはい上がる。物陰に隠れようとする気配など微塵もない。そうする必要などないのだろう。完全にこちらをナメている。いや、そのほうが動きが制限されずに都合がいいからなのか。

バン、バン!

ガキン、キン!

ツカサがステージ上の標的を狙って発砲するが、プレデターはよけようともしない。

全弾命中するが鋼鉄のボディに弾かれて跳弾する弾丸。ハンドガンの火力程度ではボディにかすり傷ひとつつけることはできなかった。

「ダメ! やっぱり9㎜じゃ弾かれる!」

あれが真の脅威になる前に無力化しなければ。あれはまだ人類が手にするには早い代物だ。一般兵はレイカとツカサに任せ、ボクとアイは舞台の上でそいつと対峙した。

「同時攻撃で行こう!」

「オッケー」

ボクとアイはプレデターの左右から攻撃を仕掛けるが、装甲が強固なうえに予想以上の反応速度でこちらの攻撃を無効化する。今度はヤツの攻撃だ。猛ダッシュからの強烈な一撃を浴び、ボクはフェンスにたたきつけられた! 

ガハッ!

一瞬意識が遠くなる。

まるでトラックにはね飛ばされたみたいで、すぐには動けなかった。

カバーに入ったアイの攻撃も弾かれ、受け流されている。早く復帰しなければ彼女だけではもたない。ボクはフェンスを伝って立ち上がり、ふらつく頭を振って両足で踏ん張る。

「うわあああ!」

ヘリポートに飛びあがり再び挑みかかる。

今度は裏拳のひと振りで、ガードしていたアイが場外に吹っ飛ばされる。

「あっ!」

「やったな! わあああ!」

ヤツのアームを掴み、怒りに任せて振り回すとプレデターは自陣に向かって大きく後退する。が、左アームをこちらに向けワイヤーを射出する!

ワイヤーは生き物のように伸びてボクの右腕に絡みついた。

「えっ!」

グンッ!

考える間もなく猛烈な力で引き寄せられてゆく。

その先には右アームに装備された鋭利なブレードが待ち構えていた。

だめだ! 回避が間に合わない!

やられる!

「うわあっ!」

グサッ!

ブレードが脇腹を貫き鮮血がほとばしる! だが、自分の血ではない!

「アイ! どうして?」

「だっ、大丈夫、急所は避けた、つもり……ゴフツ!」

「大丈夫じゃないだろ! ちっ、血が! なんでこんなこと! ボクなんかのために」

「君とアタシは、おっ、同じ、だから……」

プレデターはアームをひと振りしてブレードからアイの体を引きはがすとそのまま床に叩き落とした。

「よっ、よくもー!」

ボクは激昂し身震いした。ボクなんかをかばってくれたアイが目の前で深手を負わされたのだ。こんな耐え難いことはない。ええい、今はゴチャゴチャ考える前に傷ついたアイを救助しなければ!

「ツカサ! ボクがコイツを抑えている間にアイを頼む!」

「わかった!」

ツカサはボクがプレデターを押さえつけているすきに足元に滑り込み、アイを無理やり立ち上がらせると肩を貸してメイやレイカの待つ自陣へと下がっていった。

「いてて! 中身が出るう! もっと優しくして!」

「ごめんアイ。でも、とにかく早く止血しないと!」

「ふっ、ここで死んだら犬死にもいいとこだわ! つまんない人生」

「そんなことない! アイ、あなたの死は無駄にはしないわ」

「いやっ、やっぱ、まだ死にたくないんですけど!」

「その調子。あきらめないで! 看護師さん、彼女の止血をお願い!」

「えっ、ええ!」

ツカサはその後すぐに前線に戻っていった。アイを託された看護師さんはオタオタしながらも傷口に圧迫止血を試みる。それが、彼女がこの場でアイにしてあげられる精いっぱいの処方だった。

「アイ! 死ぬなー!」

ここからは文字通りボクとプレデターの死闘となった。異能バトルさながら、躍動する身体と鋼鉄の強化スーツが床を蹴って飛び上がり空中で激突する。着地とともに己の拳、いや体全体を使って無数の打撃を繰り出した。拳が血に染まっても構わない!

「レオナ! 次のヘリが来るまで、それまで持たせて! 引き付けておいてくれるだけでいいから。絶対に無理はしないで!」

「こいつだけは絶対、許さない!」

怒りで我を忘れたボクの耳にツカサたちの言葉は届かなかった。だが、なぜかプレデターは躊躇し一瞬のスキが生まれた。

「アレは、ヴァイパーの彼女?! どうして?」

ドライバーのジョンはツカサに見覚えがあった。

「うおおおお」

そのスキにボクはプレデターに飛びつく!

ガッシャーン!

プレデターと取っ組み合い、あたりを転がったまま明り取り用のガラス天板を踏み抜き、そのまま吹き抜けを落下してゆく。

「レオナ―!」

ズシャ!

天窓から伸びる光の柱をガラス片と埃が降り注ぐなか、ボクは階下のフロアにしこたまたたきつけられ、目の前が真っ暗になった。

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