第19話:教授の失態

 「本日未明、新都市大学近辺で初老の男性が意識不明の重体で倒れていのが発見された。救急搬送されたあと、現在はそのまま病院に収容されている。詳しい容態はまだわかっていないがどうやら一命をとりとめたとのことだ。しばらくは事情聴取できそうもないが、恐らく失踪していた小笠原教授の可能性が高いだろう。おっと、今、話せる情報はこれくらいだな」

「ありがとう! 新木さん、恩に着るよ」

行方不明の教授に対する有力な情報がついに出た! 科学専門誌「C&Sグラフ」の記者、梶谷徹は興奮した! 新都市警察署のマスコミ対策班、新木担当官が梶谷に情報を流してくれた。署に足しげく通った甲斐があったというものだ。これぞ記者として培ってきた取材能力(粘り強さ)の勝利だ。どの病院に収容されたかまで聞き出すことができれば完璧だったが、そこまでは教えてもらえなかった。だが、この都市の救急病院はそう多くはないはずだ。探し当てるのはそれほど難しい事ではないだろう。C&Sグラフとの掛け持ちで探偵の真似事をするには限界があるなかでここまで聞きだせれば上出来だ。夕刻までにはまだ間がある。車でならこの都市にあるめぼしい救急指定病院を廻ってみることはできるだろう。梶谷は警察署からほど近くのコインパーキングに止めてある愛車へと向かった。




 怪しい男たちに絡まれていたアイを助けてあげたうえにマクロナルドで奢らされ、挙句の果てに逃げられて、意気消沈したままマンションに戻ってきたボクとツカサは、ソファーに体を投げだしぐだぐだしていた。まだメイは帰ってきていない。二人の会話がとぎれ、メイが戻らないことがそろそろ気になり始めたとき、ツカサのカバンから着信音が鳴った。パッドに出たツカサの顔がみるみる興奮で上気してゆく。

「わかった。すぐに行くから! そこで待ってて!」

「どうしたの?」

「メイから! 見つかったって!」

「見つかったって、何が?」

「教授、小笠原教授が!」

「ええっ!」

「とにかく今からメイのところへ行きましょう!」

ボクたちは制服のスカートなんて気にせず、バイクにまたがった。そしてメイが伝えた病院へと急行した。場所は新都市総合市民病院。45階建て複合ビルの上層階に君臨する新都市医療センターの中枢だ。ロビーに駆け込み高層階行きのエレベーターに乗りこむと総合受付のある38階を目指す。そのフロアでメイは待っていた。

「ツカサ! レオナ!」

「メイ! 教授の容態はどう?」

「うん。まだ意識が戻らないの」

「そう。でも見つかって良かったね!」

「うん! ありがとう。レオナ」

受付で病院職員からは教授は面会謝絶だと告げられるも教授の親族とその付き添いということで半ば強引に通してもらった。うら寂しい夕方の無機質な院内通路を足早に過ぎると、ほのかに漂う薬品の香りに一抹の不安が募る。先を進むメイが、ある個室の前で止まった。ここは集中治療室になっていてガラス越しに中の様子が窺えるようになっている。部屋の中ではバイタル測定装置のケーブルや点滴のカテーテルにつながれてベッドに横たわるやつれた男の痛ましい姿があった。今、医療従事者はいないようだ。本当に教授の意識が戻っていないのかはここからはわからなかったが初めて天才的な科学者の顔を見た瞬間だった。メイは教授の意識が戻ることを期待してか、ガラス越しに話しかける。

「教授、パパ、いったい何があったの? どうして……」

メイの父親を心配する気持ちが伝わってくる。

「あらっ! あなたたちも来ていたのね」

背後から、誰かが声をかけてきた。

「堀江美由紀さん!」

ツカサが応えた。堀江美由紀? どこかで聞いたことのある名前だ。

「あなたたちは、どうしてここに?」

堀江さんはボクとツカサがここにいることにすこし驚いたようだ。

「私が呼んだの」

メイが答えた。メイ自身も堀江さんから教授がここに入院していることを知らせてもらったそうだ。

「そう……教授の容態に何か変わったことはない?」

「まだ、特に変わった様子は……」

美由紀さんの顔がわずかに曇る。

「メイ……大丈夫。きっと、教授は良くなるわ。中に入って教授の近くに行ってあげて」

堀江さんは個室に入るよう促した。

「パパ、いえ、教授はいなくなってから今までどこでどうしていたのかな……」

「その件は私から説明するわ。少し長くなるけどいいかしら」

堀江さんが静かに語り始めた。

「メイ、あなたも知っている通り新都市大学の時期補正予算において、私たちの研究、ネクストヒューマンレイス計画に対する資金援助の打ち切りが決定されたの。でも、今資金を止められるということは、これまでの研究を破棄することに他ならない。そんなことは容認できないわ」

「人類進化の鍵を解くまでは研究を止めるわけにはいかない。パパの口グセだった……」

メイは横たわる教授のやつれた顔を見つめてつぶやく。

「そうね、そんなとき資金的援助を申し出てくれた、とある外資系企業があったの。教授は渡りに船とばかり早速交渉のためにその企業が拠点としている某国へ単身渡ったわ。幾度か交渉を重ねたけれど、研究成果の独占使用と軍事転用が相手の真意に透けて見えた時点で交渉はとん挫したわ。もはや話し合いの余地はないと思われたわ。でも、彼らは教授をすんなり開放することはしなかった。とんでもないブラック企業ね。限りなく真っ黒、黒な。そこで教授は一計を案じ、相手に対し協力的な姿勢を見せることにしたの。もちろん資金を引き出すまでの表層的な協力だけど」

「それって、相手をだましたってことですか?」

「まあ、ここではビジネス上の駆け引き、と言ってほしいんだけど」

大人って! 大人ってやつは!

「でもさすがに某国を後ろ盾に持つ企業だけあって、なかなか一筋縄ではいかなかったわ。教授は、軟禁状態が続く中で何とか相手に信用されるよう努めたけれど、それから再び資金提供の話を持ち出すことができるようになるまで忍耐強く何カ月も待たなければならなかったわ。そしてついに相手のGOサインを引き出すことに成功し、企業からの送金を確認した後、すぐに次のフェーズに移行したわ。私は教授の脱出をサポートするために現地の研究員になりすまして彼が軟禁されている研究センターにもぐりこんだの。厳しい監視下の元で合流を果たした私たちは脱出に向けて準備を進め、タイミングを合わせて別々のルートで脱出を計ることにしたの。見つかれば消されかねない状況で文字通り命がけの逃避行だった。まさに今まで生き延びることができたのは教授が私につけてくれた護衛のおかげ。それからはまるで映画のようにスリリングな逃亡劇だったわ。その時の詳しい話を知りたければ、スピンオフまで待ってちょうだい」

いや、もう十分いっぱいです……。でも何か妙な胸騒ぎが……。

「それはそうと、今は時間がないの!」

「えっ? どういうことですか?」

「ここへ来る途中、不審なバンが止まっているのを見かけたの。多分奴らの手が回っているのだと思う」

ツカサが弾かれたように窓際に近づいてカーテンの隙間から外の様子を窺う。

「既に包囲されている。バンと大型コンテナを積んだ例の不審なトレーラーも止まっている」

「また人類救済会のイカレた連中なんじゃない?」

「いいえ。ここから確認する限りだけど彼らの動きはかなり訓練されている。今回の相手はプロだわ! 突入してくるのも時間の問題ね」

ボクも会話に加わろうと思い、唯一、知っている敵対勢力の名前を口にしてみたけど、あっさり否定されてしまった。

「巻き込んでしまって悪いけど、一刻も早く教授を安全な場所に移送しなければいけないの」

「美由紀さん、それ早く言ってよぉ」

「ごめんなさい……バックグラウンドがわかった方がいいかなと思って……」

いつになくひっ迫した状況に、みんなの顔に緊張が走る。

「美由紀さん、あなたを信じるにたる根拠は?」

ツカサが美由紀さんに詰め寄る。

「もとよりパパ、いえ、教授は今動かせるような状態ではないと思います! 無茶だわ!」

メイも困惑した様子だ。

「とにかく今、危機的状況にあるということだけは信じてちょうだい」

「私を、置いて、行って、くれ……」

交錯する会話の合間に、苦しそうにあえぎながら途切れ途切れに発せられた小さな声を聞いた。教授の意識が一瞬、戻ったのだ!

「パパ! 気が付いたの!」

「すまない、メイ」

「パパ、どうして、私に何も言ってくれなかったの?」

「教授、意識が戻ったのですね! お二人の再会に水を差すようで申し訳ないですが、私たちはもう後戻りは出来ません。さあ、退居の準備を!」

堀江さんはみんなの決断を促すように言う。そしてさらに加える。

「まずは時間を稼がないと! お願い! アイちゃん!」

「アイちゃん?!」

ボクとツカサは顔を見合わせた。

堀江さんの呼びかけに合わせて彼女の背後から小柄な人影が現れた。

「かしこまりぃ!」

アイと呼ばれたその少女は、輝くような金色のツインテールをなびかせて、あざとかわいい敬礼ポーズを決めた。

「アイっ! あんた、この間……」

「やっ。ロストくん! また会ったね~。こないだハンバーガーごちそうさま! 早速だけどあなたも手伝ってよ!」

「レオナだってば! って、チョーシよくない?」

「私からもお願いするわ。あなたが例のロストナンバーズであるなら、私たちを助けてちょうだい」

堀江さんからもロストナンバー呼ばわりでお願いされてしまった。この状況下では断るも何も選択肢はなさそうだけど……ロスナンバーズっていったい何のこと?

「わかった。みんなが脱出する時間を稼げばいいんでしょ」

「そゆこと」

「具体的にはどうすればいいの?」

「そうね……。まずはナースステーションを押さえましょ!」

自分の頬に押し当てた人差し指をクルンとかえして上に向けてアイが言う。ウザい娘。

「ナースステーション?」

「進入路になる階段とエレベーターが一望できて適度に身を隠せるカウンターがある拠点防衛に最適なポジションだから」

ツカサが説明してくれた。突然登場したアイへの対抗意識によるものだろうか。

「うってつけだと思わない?」

アイがウインクで返す。

「なるほど! けど窓は? 窓から入ってくるとかは」

「ないない。ここ42階だよ! しかも超強化アクリルガラスだもん。下手に突入を試みようもんならそのヒト、大変なことになっちゃうよ」

「ならいいけど。でもボクたちまる腰だよ。プロの武装集団に素手で立ち向かってなんとかなる?」

ここで初めてアイの目を見た。深く吸い込まれるような淡いブルーの光を放つ神秘的な瞳からボクは眼が離せなくなった。彼女の深遠な瞳を覗くとき彼女もまたボクの瞳を覗き返す。何故だか自分の奥底に眠っていた特別なチカラが目を覚ましたような気がした。自信、いや、勇気が湧き上がってくる。おそらく彼女はボクと同じ、NXRの遺伝情報を持っているナンバーズなんだろう。これは同族間のアイコンタクトによる情報伝達とでも言うべき現象なのか?

「大丈夫だよ! キミはフツーじゃないんだもん。でしょ!」

「また、そんなことを……君はボクの何を知ってるっていうの?」

「フフフッ」

いたずらっぽいアイの笑顔。もうっ、またそれだ。突然後から割り込んできたくせに!

「こんな時に戯れゴトはやめて!」

ツカサがアイとボクの間に割って入った。アイコンタクトが切断されてボクは我に返る。

「おんなじ仲間じゃん。仲良くしようよ」

「何だかよくわからないけど、ボクは番号なんかで管理されるのはイヤ!」

「でもキミの左肩にもちゃんと刻印されてるよ。シリアルナンバー、ゼロゼロが」

「ええつ! ウソ! ほんとに? ほんとだ! こすっても消えないや! どうして今まで気づかなかったんだろう?」

袖をまくり、肩を露出させて確かめると確かにN・X・R-ゼロ(00)と刻印されていた。

「キミもこっち側の人間なんだって」

「こっちがわ?」

その時、激しい騒音と怒声、悲鳴が院内に響き、階下の人々にパニックが起こっていることが伝わってきた。

堀江さんが警告する武装集団の襲撃が始まったようだ。下層階からここを目指して何かが接近してきていることは間違いない。相当な手練れの部隊らしいが、こんな大都市の真ん中で騒ぎになることも厭わないようだ。ツカサはスカートの中の太ももに巻いたホルスターからハンドガンを抜いた。そう言えばレイカもスカートの中に武器のお箸を隠し持っていたっけ。弾の装填および動作チェック後、ツカサは両手でグリップを包むようにして銃を構える。

「バックアップはまかせて!」

うん、フロントはやっぱりボクか……。



 「レオナは教授の上半身を支えて。せーので移すわよ」

有事に備えてツカサとニ人がかりで教授をストレッチャーに移し替え、メイと美由紀さんに後を任せて、ボクたちはいったん個室を離れた。

「状況を見て私はメイたちの護衛に戻るわ」

ツカサが遊撃手を買ってでる。

「りょーかーい! ええと……ツカサだったっけ? アタシの背中は撃たないでよ!」

「あなたじゃ射撃練習の的にもならないわ。それにムダ弾を撃つのは私の主義じゃない!」

「言ってくれちゃって! 後でどっちがレオナの隣に立つのにふさわしいか、決めなきゃいけないようね!」

「は? なっ、なんでレオナ? いっ、いいわ! その代わり必ず生き残りなさいよ!」

「ツカサもね!」

「二人とも軽口はそれぐらいにしておかないと!」

ナースステーションはこの通路の中央付近に位置する。一度通り過ぎてきた場所だ。

「WBFです。ここは危険です。テロリスト集団がビル内に侵入してきています。すみやかに退避してください!」

そこには常駐の看護師さんがいたが、ツカサがWBFのバッジを提示し速やかに教授の居室へ移動してもらった。迅速にご対応いただけたのはバッジの威光というよりは、構えた銃を脅威に感じたためだろう。こうしてボクたち三人はナースステーションを何の抵抗もなく占拠することに成功した。

「武器になるものはないかな?」

「あるわよ、色々とね! 消火器、医療用除菌アルコール、酸素ボンベ、狭心症予防薬のニトロまであるじゃない!」

具体的にどう使うのかはわからないけど、いや、まあ、手っ取り早く言うなら相手に投げつけるんだろうな……。

「消火器は目くらまし、酸素ボンベはバルブを破損させて相手に投げつけることで炸裂させたり、本体をぶつけてダメージを狙ったりすることもできるわ」

「すぉう! ツカサ! それにアルコールやニトロなんかを組み合わせたらもう!

ヤバイ、デス!」

と、言って自分の首を親指で掻き切るジェスチャーと変顔をキメるアイ。なんておそろしい娘……。その顔、やめなさいっ! 

「来たわ! お客さんよ!」

皆のスイッチが入る。

ダダダッ!

タタタタンッ!

初弾は威嚇目的だったとしても実弾であることに違いなかった。階段室にアサルトライフルの発砲音が反響し壁に弾痕を穿つ。逸れた弾丸がガラスパーテーションを粉砕する。実戦経験が乏しいボクは緊張した! ツカサたちは大丈夫だろうか? 普通の女の子なら委縮し、その場に硬直してもおかしくないところだが、アイとツカサはまるで訓練された兵士のように冷静だった。全く心配する必要はないみたい。階下の踊り場に敵の斥候を認めるやいなや、先ほど拝借したアイテムを使ってやつらの統率の取れた動きに混乱を生じさせる。この攪乱作戦はことのほかうまくいった。消火器の煙幕で相手の視界を遮るとフレンドリーファイヤーを恐れて簡単には発砲してこなくなった。そこにライターを着火剤にした消毒用アルコール瓶を投擲すると瞬時に火だるまになって転げまわる者、加えてニトロを巻いた酸素ボンベの炸裂によって仲間を巻き込みながら派手に階下へ吹き飛ばされる者、まるでアクション映画さながらの展開だった。さらに階段室の狭く折りたたまれた閉鎖空間がボクたちに有利に働いたことは言うまでもなく。アイは弾幕の途切れたタイミングを見計らって躊躇なく階段室へ飛び込んでいった。彼女は狭い空間の壁面をうまく使い立体的な攻撃を展開する。強化ヘルメットとゴーグルを装備している敵にコーナーを利用した三角飛びから頭上を急襲する。ここから先にやつらを進ませるわけにはいかない! ボクも起動したAEDを携えて、彼女を支援するために後を追って階段室へ突入する。アイの滞空中を狙われないよう奴らの注意を引き付け、彼女から銃口を逸らす。

「レオナ!」

「アイ!」

ボクたちは呼吸を合わせ、華麗なコンビネーションを決めた。左右からの敵に対し背中合わせに組んだアイとボクは互いの腕をクロスさせ遠心力を利かせたダブルドロプキックを対向する敵にお見舞いする。階段の落差でドミノ倒しになって転がり落ちる敵武装集団。たとえ屈強な男たちが束になって来ても狭い階段室においては必ずしも有利だとは限らない。


 一方、ツカサはボクたちのバックアップと同時に脱出経路を確保するため、エレベーターからの侵入者を排除していた。一時的に銃撃戦となるが、ボクとアイが階段室から戻る頃には制圧を終え、開延長ボタンを押してエレベーターをその場に確保してくれていた。

「何とか第一波は凌いだわね」

「うん、ここは死守しないと」

「いいえ、ここに留まっていてはいずれ追いつめられてしまうわ」

ツカサが深刻な表情で言う。

「でも、周りを包囲されているんなら、今はまだ下に降りていかないほうがいいんじゃない?」

「そうね、だったら上に行きましょ」

「上?」

「そう。屋上」

「それこそ追い詰められるんじゃない?」

「ここは救命救急指定病院よ」

「だから?」

「この病院には救命救急ヘリの離発着用ヘリポートが設置されてるの」

「つまり?」

「だからヘリを使うの」

「ヘリィ!?」



 アイを見張りとしてエレベーターに残し、ボクとツカサはみんなの脱出を支援するためにメイ、堀江さんがいる教授の病室に戻った。

「メイ、お待たせ!」

「ツカサ、レオナ、大丈夫だった?」

「うん。退路はアイが確保してくれているよ」

「さあ、行こう!」

「私はムリ! コワいもん」

メイが首を振る。

「すぐそこのエレベーターに乗るまでだから」

「メイ、大丈夫。あなたは私が守るもの」

ボクらはメイを説得して教授を乗せたストラクチャーを中心に通路を移動する。

途中で拾ったステンレスの医療ワゴンを盾に銃撃戦に備えゆっくりと進む。

もちろんさっきの看護師さんも一緒にエレベーターに乗り込んで屋上階へ向かった。

無言のエレベーターの中、目視で人員を確認する。ストレッチャーに固定された教授、そしてツカサ、メイ、アイ、堀江さん、看護師さん、ボクで7人。こんな大人数で救命救急ヘリに乗れるものなのかなと疑念が頭をよぎる。まあ、答えは程なくしてわかるだろう。47階相当に当たる屋上に出ると、ツカサの言った通り救患受け入れ用のヘリポートがステージのように広がっていた。程なくして、ヘリのローターが大気を打つ規則的な音が近づいて来るのが聞こえてきた。ツカサの呼んだヘリが来てくれたようだ。さすがデキる娘は違う! 彼女の手際の良さには感服するばかりだ。

ヘリは搭乗者の顔が識別できるくらいに接近する。ローターの起こす風圧がビルの屋上を覆う。黒い機体がさらに接近すると威圧感すら感じる。スライドドアの脇に立っているのはオリーブドラブのジャンプスーツに身を固めた女だ。ヘッドセットをしているが風に巻きあげられるゴージャスな巻き髪には見覚えがある。

「A-10!」

長い髪が風圧で暴れないよう手で押さえながらツカサがヘリの女に叫ぶ!

間違いない、レイカ、綾瀬川レイカだ!

何でだろう? 彼女の顔を見ただけで、何でこんなにホッとするんだろう? 安心して涙が出てきた。

「見て。アレ!」

アイがヘリを指さす。

「うん。助かった!」

「そうじゃない、アレ! アレ!」

「ん? んん?!」

何か小さくて黒い物体がヘリと並行して飛んでいる。ドローン? そうだ! マスコミ関連のものかな?

「攻撃型だ! 攻撃用ドローンだ! 着陸中止! 着陸中止! 退避! 退避しろ!」

ツカサも気づき大声で叫ぶ! ヘリに向かって大きく手を振っている。不意にドローンはヘリの後方に回り込んだかと思うと、火の中に放り込んだバッテリーのように爆ぜて大量のワイヤーを四方ハ方に放出した。ワイヤーはヘリコプターのテールローターに絡みつきプロペラの回転を阻害する。反作用の力を失ったヘリは機体が回転し始め制御不能に陥った。

墜落する!

「レイカ! 飛び降りて!」

ボクは叫んだ!

「受け止める! 飛べ!」

屋上よりわずか7、8メートル上空だったが制御不能に陥ったヘリの挙動に振りまわされ搭乗口から機外に投げ出されるレイカ!

遠心力のかかった彼女の体は屋上の端ギリギリに飛ばされていく。

間に合うか! 間に合え!

落下地点を予測して滑り込む。

ズザザザーー


ドフッ!

キャッチした!

ボクは受け止めたレイカへの衝撃を緩和するため彼女と床の間に身を投げ出した。彼女を抱きとめたまま金網フェンスに背中越しに衝突し、そのまま床に仰向けに倒れ込んだ。

ドサッ!

「ふうー、間に合ったー」

コントロールを失ったヘリはぐるぐる回転しながらビルの谷間に沈んでいく。

ボクたちの視界から消え、しばらくすると下界からガシャンという控えめな衝突音が屋上に響く。後から小さな黒煙がひと固まり立ち上り、上空へと霧散していった。願わくばパイロットが無事でありますように。


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