第17話:夢のテーマパーク
「こちらK-9、HQへ。定時連絡」
「こちらHQ」
「今のところ特に異常なし」
「了解、このままパトロールを続行されたし。オーバー」
夜の闇に漆黒の大型バイクがLEDライトの赤い光跡を引いて走りぬけていく。
数日前、不審な大型トレーラーがこの街に入ったという情報を受け、ツカサは夜のパトロールを強化していたのだ。もうひと回り巡回してから帰ろう。そう思いツカサはバイクのクラッチをリリースすると同時にアクセルを絞る。瞬間、300kgの車重をものともせずバイクは異次元の加速を見せる。風に乗るように軽快な走りと俊敏なレスポンスを可能とする350馬力のハイブリッド水素エンジンを搭載するモンスターマシンだ。前方約200m先の信号が赤に変わりエンジンブレーキを効かせながらブレーキング動作に入る。停止線でピタリと止まると見知らぬバイクが横に並んだ。フューエルタンクの側面に見知らぬメーカーのエンブレムが刻印されている。国内メーカーのものではないらしい。隣に並んだライダーはツカサを意識してかチラチラ視線を送ってくる。張り合う気なのだろうか?
「ふーん。ヴァイパーか。とんでもないモンスターを飼ってるな。スッゲーぜ、カノジョ! 夜のお散歩かい?」
隣に並んだライダーがなれなれしく話しかけてきた。
「……」
「俺も夜にバイクを転がすのが好きなんだ。メーターとLEDライトの光だけが俺の集中力を高めてくれる。闇を切り裂く自由のツバサを付けて、何もかも解き放ってくれる感じがイイんだわ。同じバイク乗りとしてわかるだろ!」
信号が青に変わると男の自己陶酔に浸った言葉をガン無視してツカサはバイクを急発進させた。
「あっ、ちょっと! カノジョ?」
男は慌ててツカサのバイクを追う。
――まさかこのまま付きまとう気なの?――
追走してくる男のバイクをバックミラーで確認し、ツカサは苦々しく思う。パトロール中の行動が制限されてしまうのは非常に迷惑だ。早くなんとかしなければ。ツカサはさらにバイクを加速させ車の間を縫うようにして走る。だが、バックミラーに映る単眼のライトは一向に離れようとしない。まったく振り切れない。この男、かなりのテクニックを持っている。さすがに根負けしたツカサはコンビニの駐車場に入ってヴァイパーのエンジンを止めた。ヘルメットを脱いで、乱れた長い髪に手櫛を通す。
「「うはっ! 思った通りイカス女!」
男はやはりバイクを駐車場に乗り入れてきた。わざわざツカサの隣に並んで停めるとヘルメットを脱いだ。年齢は30代前半ぐらい、鋭い目つきと短めに整えた髪が顔の輪郭を精悍に見せている。アジア系の顔だが日本人ではないらしい。
「あの。何か用ですか?」
「そんな冷たくしないで、カノジョ! 人を、そう! 人を探しているんだ。金髪でツインテールの女!」
「人ですか? なら、交番への道を教えますんで、そこで……」
「いや、いや、いいんだ。忘れてくれ。そんなことより、お茶でもしながらそのバイクの話とかするのはどうだい?」
そら来た! 支離滅裂な話題からの、クイッキーなナンパ!
「結構です。私、このお店に話題のスイーツ、もっちりマロンクリームマンを買いに来ただけなので」
「そっか、なら、それは俺におごらせてくれ。こうしてキミと話ができただけでもラッキィうれしいから」
「ちっ、ちょっと!」
そそくさと話題のコンビニスイーツを購入した男はそれをツカサに押し付けるようにして渡した。
「えっ、あっ……」
「また会えるといいな。俺の名前はジョン。今度はいっしょにお茶でもしよう!」
ツカサはコンビニの袋を横目で見ながら、彼のバイクが去っていくのを見届けた。
「コンビニスィーツって。私もつくづく安すく見られたものね」
毒づきながらも悪い気はしなかった。
夜のパトロールを終えたツカサは彼女のマンションに戻るとバイクを地下駐車場へ止め、コンビニスィーツをおみやげにレオナとメイの待つ部屋へと帰っていった。
ジョンと名乗った男は翌日のパトロールにも現れた。どこからともなくツカサの巡回路に割り込んできては信号待ちのわずかな時間にバイクを隣に寄せて昨夜と同じように話しかけてきた。
「やあ! また会ったね!」
「……」
「どうだい、このまま一緒に夜のツーリングしないか? それとも今夜もコンビニに買い出しかな?」
「あの。悪いんですけど。用事があるので私にかまわないでもらえますか」
ツカサは単刀直入に意思を伝えた。こういうことは先にハッキリさせた方がいい。
「OH、つれないね。こういうのをワビ? サビ? お酢対応というやつかい?」
「1ミリもあってない。それを言うならシオ対応!」
「そう! それ! ザッツライッ! シオだ、シオ。いいキリこみだ」
「ツッコミ! ワザとなの?」
「はっ! これはもしや! ツンからの……」
「デレじゃない!」
「俺たち、妙にマがあうな!」
「間? ああウマか!」
信号が青に変わる。慌ててツカサはバイクを発進させた。懲りずにジョンはつきまとってくる。これじゃ仕事にならない。さっさと巻いてパトロールに復帰しなければ! いつもの通り無駄だと分かっていても車の間をすり抜けたり、信号が変わる直前、加速したりとジョンを振り切るためにいくつか試してみたが、どれも成功しなかった。そして逃げれば逃げるほどこの男の狩猟本能に火をつけていることにツカサ自身は気づいていない。だが、このまま無駄に逃走し続けるのは第三者を巻き込んだ事故にもつながりかねない。
「あっ、金髪のツインテール‼」
「ええっ! どこ? どこ?」
狼狽するジョン。
「あっち!」
とっさに思いついた嘘だったが、まさかこんな見え透いた手口に引っかかってくれるとは思ってもみなかった。あれだけこびりついて離れなかったジョンがいとも簡単に離れて行ってしまった。長い尾を引いて去ってゆくテールランプを目で追いかけながら
「私<金髪ツインテール」の図式を思い浮かべて少し複雑な心境のツカサだった。悪いけどやっぱり次からレオナにも来てもらおうかな……なんて思ったりした。
日曜日、新都市高の生徒6人は湾岸エリアにある最大のテーマパーク、ドリーミーランド、メインゲート前に集まっていた。テスト後みんなと遊ぶ約束をした場所だ。
それに先立つ昨夜、ヒロミチからボクのパッドに連絡が入った。
「どしたの? 急に」
「よっ! レオナちゃん。ここんとこ兄貴の件でゴタゴタしていて悪かったよ」
「それって、そもそも君が謝ることじゃないんじゃない? それでヒロミチ君の兄さん、その後どう?」
「実はさ、細かい話はハショるけど兄貴のやつ家に戻ってきたんだよ。よっぽどのことがあったのか例の宗教団体からはスッパリ抜けてもう一度仕事探すってさ」
「そっか! それは良かったね! うん。うん。良かった、良かったよ!」
「そんなに喜んでくれるなんて、レオナちゃんいいやつだな! ありがとう!」
「あたりまえだよ! あれから、ずっと、心配してたんだよ」
「あれから、ずっと?」
「ああ、いや。ところで今日はなに?」
「そうだ! 遅くなっちまったが、テスト明けにファミレスで話してたじゃん。遊び行こうって。んで、明日、ドリーミーランド・ツアーを開催したいんだよ!」
当然、一緒に暮らすツカサもメイもボクの横でこのやり取りを聞いていたが、3人同居の事実を伏せているので、二人ともヒロミチから同様の誘いをもらっていた。
ドリーミーランド内
「やっぱ、相変わらず混み混みだな」
「みんな覚めない夢にとらわれるのが好きなのね」
ヒロミチがドリーミーランドの人気ぶりを率直に表現すると、メイはやや冷めた口調で斜め上から風味豊かなことを言う。大勢の来園者に混じってゲートをくぐると、もはやそこは夢の王国。初めて来たボクの目には見るものすべてが輝いて見えた。まさにドリーミーな世界が眼前に広がっていた。ゲート前広場ではランドの住人達が歓迎のあいさつとばかりに愛嬌を振りまいている。ボクたちは知っているキャラクターの着ぐるみを見つけると、すかさず抱きついては写真を撮りまくった。あっと、ここでは着ぐるみという表現はご法度だ。
「確かに、ここに来るだけでなんだかドキドキ、ワクワクするね」
「そう! でしょ! それがドリーミンッグ・マジックなのよ!」
珍しく興奮気味にツカサは言った。
「ところで、この間ツカサが言ってた、ここに残る教授の足跡っていったいなに?」
「ふふっ、慌てなくてもランド内を周っていれば分かるわ」
完全に目的を見失っているようにみえるけど、ほんと、キラッキラッしてイイ顔してる。うーんその笑顔、守りたい。
「おう、みんな、先に行きたいとこ決めとかないと、まわりきれないぜ!」
榎原のもっともな意見だ。確かに広大なランド内を1日で回りきるのは不可能だ。彼は見た目とは裏腹にドリーミーをこよなく愛する生粋のドリーマーだ。とりあえずハルミの提案でまずはシンプルに乗り物系アトラクションから攻めようということになった。そこでこのランドで最初に攻略すべきアトラクション、ハイパーコースター「キャノンボールストライク」にチャレンジすることにした。これはただのジェットコスタ―なんかじゃない。超ド級のモンスター絶叫マシンだ。トラスフレームに囲まれた球上のコアに一人ずつ乗り込んでハーネスで体を固定すると、足がどこにも触れない不安定な宙釣り状態になる。コアは、地上80mの高さから一気に落下しながらハーフパイプ状のレールを疾走する。アップダウンを繰り返す複雑で予測不能なコースは自由落下のスリルと加速に伴って天地左右、360度から襲ってくるGが体感できる。利用者には身長、体重、年齢などの制限があって誰もが乗れるわけではないが度胸試しに一度は挑戦してみたいアトラクションだ。
ボクを中心に吊り下げたコアがスタートするとベルトコンベアの力で頂点に運ばれてゆく。とんでもない仰角のため青空しか見えない。徐々に頂点付近が近づく。ふいに目の前からレールの先端が消えた次の瞬間、垂直落下が始まる。こうなったらもう誰にも止められない。胃が頭に向かって引っ張られる感覚が襲ってくる。疾走するコアがねじくれたコースに沿ってアップダウンや左右への急旋回を繰り返す。実際に体験してみるとスリルと爽快感のバランスが絶妙なやみつきコースターだった。一見、無軌道に思われる挙動もコンピュータ制御によりトラクションコントロールされているため、ただ振り回わされて不快なだけで終わるということはなかった。後続のカプセルからは絶えず絶叫が響いていたが地上に戻ってきたみんなの顔は何ともすがすがしい表情をしていた。
「俺、まだ足がガクガクしているよ」
「私も、なんか地面がフワフワする」
と体感後の感想を言うヒロミチとハルミ。二人の表情も九死に一生を得た時のような晴れやかな表情を見せている。ボクに限って言えば実はそこまでスリルを感じなかった。少しばかりヒトより優れた動体視力や三半規管が災いしてかカプセルの次の挙動が読めてしまうためだ。まあ、気持ちのいい加速感が味わえる乗り物という程度だ。どうやらスリルと絶叫を楽しむアトラクションにボクのスペックは相性が悪いらしいが、こうやってみんなで同じ体験を分かち合うことは楽しい。
「レオナちゃん、楽しんでる?」
ヒロミチが自分と同じようにボクもビビっていることを期待して声をかけてきた。
「うん、もちろん! 面白かったよ! また乗りたいな!」
「ああ、俺もだ! だが、わかってほしい。後ろを振り返っている余裕はないんだ。次のアトラクションが俺たちを待っているからな! 急ぐぞ!」
なんともアグレッシブだ。
次はSFコンテンツ「スペース2030」のテーマ館に向かった。
すでに長蛇の列ができていてメインキャラやらエイリアンやらのコスプレイヤーがいたり、キャラクターのぬいぐるみを持った家族連れがいたりで施設に入る前から盛り上がっていた。このアトラクションでは観客が映画さながらにスペースクルーザーの一員となって未知なる惑星を探検するスリルと興奮が楽しめる。長蛇の列ができていたが順々に施設内に吸い込まれてゆき、ボクたちの順番がまわってきた。
みんなが着座するシートの前には巨大なスクリーンが設置され、宇宙船のコントロールルームが再現されている。広大な宇宙の海に浮かぶ星雲や恒星の輝く星々を眺めながら順調に航海は進む。突然スタッフ演じる女司令官の声とアラートが艦内に響く。
「我々の乗艦、外宇宙探査船オルシナス号は救難信号を傍受した。おそらく60時間前に消息を絶った民間貨物船ノストラダムス号から発せられたものと思われる。同空域内で最も近くを航行中の艦船は本艦のみである。よって本艦はこれよりノストラダムスの救助活動に向かう。なお、救助にあたり敵性宇宙生物との接触も想定されるため、戦闘態勢を維持したまま捜索を続行する」
「燃えるアツモリシチュエーションだぜ!」
「ホント、男の子ってそういう設定、好きよね」
男子が求める激アツ設定だ。ちなみにボクも好きだったりする。ただ観客席に座って、スクリーンを観るだけではなく時には宇宙船の進路を妨害するアステロイドベルトをかいくぐり、敵エイリアンの戦闘機を撃墜するといったミッションが所々で発生し最後まで気をゆるめることができなかった。
そんな宇宙探検もあっという間に終わり、前線基地のドックに帰還したボクたちは興奮冷めやらに間に屋外に出ながら今の体験を共有し合った。
「いやー、まさか司令官が敵のエイリアンにパラサイトされていたとはね」
「それそれ! あれにはビビったよな!」
「ああ、意表を突かれたぜ」
「やっとステーションに帰ってこられたと思ったら〈誰か、私を開放して! お願い! 早く!〉だと! んでもって手元のコンソールにタイムカウンターと選択肢が表示されんの! あれは勘弁してほしいよな!」
「まったくだよ! いくら反発していたとはいえ、数々のミッションを乗り越え、俺たちクルーを率いて地球への帰還を成し遂げた俺たちのキャプテンをだぜ! それを自らの手で撃つだなんて! 俺にはムリだ」
「ボクにも無理。っていうか求めすぎだよ! ゲスト(観客)に対して!」
「ゲスト参加型アトラクションとは言え、残酷な話だわ」
「そう言うツカサは、ものすごい勢いでコンソールのトリガーを連打してたじゃん」
「だ、だって、演技とはいえ、あまりにも怖すぎでしょ。閉鎖空間であんな状況になれば、誰だって……」
やっぱりツカサはコワいの苦手らしい。
「ねえ次はさ、新しくオープンしたエリアに行ってみない?」
「それってこの前、大ヒットした
「へえ、それってどんな映画?」
ボクはその映画のタイトルを知っていたけど、話の内容までは知らなかった。
「おい、おい、レオナちゃんともあろうものが、あの国民的映画を観てないなんて! マジか?!」
「うん。観てない……」
「そりゃマズいな」
「まあ待て。ここは俺から話そう」
榎原、観たのか! さすがドリーマー。
「オホン、時は中世ヨーロッパ。とある村の少女が森の中で出会った魔女、通称「バラの女王」と出会うところから物語は始まんのよ。もともと人嫌いで、人里を離れ、ひっそり暮らしていた女王の氷のようなハートが少女との心の交流を通じて少しづつ溶かされていく描写が絶妙なんだ」
「ふーん。それで?」
「いいのか? 全部しゃべっても。ネタバレになっちまうぞ」
「別にいいよ」
「じゃあ改めて話すぞ。ウホン! その後、村の若者と恋に落ちた少女はこの若者との永遠の愛を望み、魔女のチカラに頼るんよ。だが、少女の無垢な願いが悪夢に代わるとき、バラの女王との避けられない哀しい別れが待っているのさ。少女の幸せを願い、自ら幕引きを望んだバラの女王がその時流した一粒の涙は、薄氷のバラとなってそっと森の片隅に咲き続けるんだ」
「そう、そしてこのバラの女王エリアには《薄氷のバラ》を再現した正真正銘本物の透明なバラが植わっているの」
ツカサが榎原の後を継いで言った。
「えっ、それっていったいどういう……」
「ふふっ、驚いたわね! 驚いたでしょ? 無理もないわ。本物のバラの花びらが見事に透明に透けているところを見たら、誰だって同じ反応を返えすわ」
「まだ見てないけど……」
「ちょっと前、ニュースになってたけど“あの花”が本当に見られるのか!」
ヒロミチも興奮気味だ。
ソレ、本物じゃないといけないんですか? 造花ではだめなんですか?
とはこの雰囲気ではとても言えないけど、作り物では再現できない本物のよさ(世界)があるんだろう。
「もう気づいたと思うけど、遺伝子組み換え操作によって生まれた《グラスハート》という品種のバラなの。もちろん、小笠原教授率いる新都市大学研究チームの功績よ」
「なるほど! そうきたか」
果たして、実際に見た一輪の《薄氷のバラ》は言葉では表せないほど美しく儚げだった。花びら一枚一枚がすりガラスのように透けて背景の光を淡く透過していた。
「綺麗だね!」
「でしょ!」
「そして、これもパパの残した研究成果の一つ」
メイがつぶやくように言った。ここで何か教授の足跡につながるようなものを見つけることができればいいんだけど。
その時、にぎやかなマーチのリズムにのってドリーミーキャラたちによるパレードが通りの向こうで始まった。その隊列は徐々にこちら側に向かって移動してきた。
よく見るとパレードの中にひと際、異彩を放つ一団が混じっている。何とも怪しいピエロたちだ。ジャグリングや玉乗り、3mはあろうかという超足長男、口から火を噴く火炎放射男などイカれたパフォーマンスや大道芸を繰り広げながら、時に周りのゲストをイジッたり巻き込んだりしている。一見、サーカス団がやって来た! 的な興行を知らせるプロモーションに見えなくもない。けど、どことなく全体的に異様な雰囲気を漂わせている。ピエロというより滲んだゾンビやドクロとか、中途半端なメイクがかえって不気味さを醸し出していた。ただでさえピエロを怖がる人が増えているこのご時世に季節外れのハロウィン風味などいらないのにと思う。極めつけはイビツなバンパイアが振っているフラッグにはどこかで見たことのあるエンブレム、月を背後に地面に突き刺さった剣のシルエットが浮かぶマークがあしらわれていた。これ、あのアブない団体、人類救済会が掲げてるやつやん! あかんやつやん!
「今年はハロウィンパーティー、早まったのか?」
毎年秋にランド内で開催されるハッピーハロウィンパーティーに参加するというドリーマー榎原がいぶかしがっている。
「ちょっと、抱きついて写真撮りたいって雰囲気じゃないよな」
ヒロミチも眉をひそめる。だが、そんな悠長なことを言っている場合ではなさそうだ。パレードの隊列から外れたピエロ軍団の向かう先は、やはりここ? ここなんだろうなー。明らかにメイやボクらを狙ってきている。戦わざるを得ないのか? 戦わざるを得ないんだろうなー。
「気を付けて! 来るわよ!」
ツカサがボクに注意を促す。
「ヤツらはどう見てもドリーミーの住人じゃないよね。人類救済会の面々だよね?」
ボクは念のためツカサに聞いてみる。
「おそらく。駄目よ。その名前、軽々しく口にしては! 来るわよ!」
ボクたちをぐるりと取り巻いたピエロたちは物騒な武器を手に手に、ジリジリと包囲網を詰めてきた。風貌やメイクもバラバラでまとまりのないやつらに統率が取れた戦闘ができるとは思えないけど、それぞれユニークなかく乱戦法を使ってくるに違いない。ツカサがメイを自分の後ろに隠すように押しやり、戦闘モードに入った。
「みんな! 下がっていて!」
ハルミとメイを中心に円陣ができあがる。
「なんだ、おまえら!」
榎原、ヒロミチが男子としてのプライドをかけ虚勢を張って女子の前に出るが、やつらは意に介さず間合いを詰めてくる。
「ひゃっひゃっひゃっ」
「ぐへへ」
「うひひひ」
それぞれの手持ち武器をヒラヒラさせ、ジャグリングや得意のパフォーマンスを見せつけながら威嚇を繰り返す。こんなところでアトラクションショーの一部みたいになって目立つのはよくないと思うが、連中はそんなことはお構いなしだ。みんなが優しい気持ちを持ち寄って完成する夢の国を台無しにするような無粋なまねを放っては置けない。護るべき者がいて、一緒に闘う仲間がいる。ボクのテンションは一気に跳ね上がった。刹那、最初に仕掛けてきたのはジャグラータイプだ。あいさつ代わりと言わんばかりに宙に向かって投げ上げていた複数のナイフを規則的に連投してきた。剣先は乱れているが狙いは明らかにメイだ!
「危ない!」
とっさにツカサは身を呈してメイをかばうが血に飢えたナイフは獲物を求めて真っすぐ飛んでくる。
「させるかー!」
ギンッ! ガン! ガン!
乾いた金属音を響かせて弾かれたナイフは、通路わきの植え込みへと消えていった。
「ふう!」
ボクは地面に埋まるマンホールの蓋を盾代わりにして全てのナイフを防いだ。
「アブな! 刺さったらどうすんの!」
「なんだあ? キサマは! やってくれるじゃねえか!」
「先に死にてえのか? 女だからって容赦はしねえぞ!」
やっておいて今さらなピエロたちは口汚くすごんできた。この状況では後も先も関係なくやる気満々だろうに。でも、友達に危害を加えるやつらは許さない! 来るならこいやあ!
「ツカサ! みんなを安全な場所に!」
「無理よ! この人数で四方を囲まれてちゃ! もはや脱出こそ至難のワザかと!」
「確かにそうなんだけど……」
「何をくっちゃべっとるんじゃあ! 黙って死ね!」
チョエヤアーー
ガタイの良いマッチョピエロが奇声を上げるなり、助走をつけて倒立からの連続前転(ハンドスプリング)で肉迫する! 迫力ある大技だが目が回らないのだろうか? 実戦でなんの役に立つのだろうか? ボクは迎撃態勢を取るべくマンホールを握る手に力を込めて身構える。が、突然この人間大車輪が目の前からかき消えるようにいなくなった。
「いったい何が? イリュージョン?」
混乱しているボクの耳にかすかに人の叫び声が届く。
「ああああぁぁぁ」
ドプン!
小さな悲鳴が尾を引て地面の中へと吸い込まれていったかと思うとフィニッシュに水のはぜる音が響いた。地面には黒々とした穴が開いている。そう言えばマンホールの蓋を外したまま手にもっていたんだった。
「へっ! よそ見してっとヤケドすんぞ!」
「えっ!」
ヴオオオ!
「うわわ!」
次に前に踊り出たピエロの口から火炎が巻き上がる! 持っていたマンホールの蓋で炎を抑えつつ接近する。しばらくそのまま耐え続けると炎が止んだ。息が切れたのかハアハアしているそいつの頭上にマンホールの蓋を振り下ろした。
ゴイン!
「アビッ!」
そいつは言葉にならない声を発し、白目をむいて地面に沈んだ。
「ヒデオがやられた!」
「次は誰が行く?」
顔を見回すピエロたち。その間にみんなの無事が気になったボクは隙を見て振り返った。するとそこには身長5mのピエロが長い脚でツカサに肉迫するのが見えた。
彼女も反撃を試みるが、そいつの本体ははるか上方にあって彼女のリーチでは届かない。脚を払おうにも広い歩幅と俊敏な動きでなかなか捉えることができずに苦戦しているようだった。それどころか下手をすると振り上げた長い脚で反撃を食らい大ダメージを受けかねない。
「ツカサ! 伏せろ!」
ボクはマンホールの蓋をフリスビーの要領で脚長男めがけて投げつけた。
何かで観た映画に出てくるヒーローが同じように盾を使って敵を攻撃するシーンを思い出したのだ。
ボキッ!
鋼鉄の蓋は軽合金でできた竹馬の脚をいとも簡単にへし折った。
「ドワッ!」
バランスを崩した脚長ピエロはしばらく空中でもがいていたが棒倒しの棒のようにバタン! と倒れた。もはや自力で立ち上がることは不可能だ。こうなると道に転がった棒っきれほども脅威を感じない。
「いやっ、ちょっと。待って!」
すかさずツカサは華麗なフットボールキックをお見舞いし、地面の上で慌ててもがくピエロを沈黙させた。
「今度は私の番ですね」
また一人、別のピエロがボクの前に出てきた。今度の相手はずんぐりした体形のわりに腰のスイングが妙に滑らかで気持ちの悪い動きのヤツだ。頭皮の具合や腰回りの浮き輪肉からして中身はほぼ中年のオッサンだろう。ヤツが手にしているのはフラフープ? いや、ただのフラフープではない。よく見るとワッカの外周にノコギリ状の刃が取り巻く特殊な武器になっている。それを腰だめに構えているということは当然、脂身のノッた腰回りでブンまわすんだろうな。
「ふふふ、見ていなさい! ちゃんと見ていますか? 私の華麗な技に魅了されながら切り刻まれてしまいなさい!」
と言ってフラフープを腰の高さにセットしなおすと滑らかな腰のスイングを開始する。凄まじい高速スイングから生み出される遠心力によって、ノコ刃のついたフラフープをハイスピードで回し始めた。
チュイィーーン!
チェーンソーのような甲高い音が響く。さらにこの中年ピエロ自体が、コマの軸のように不規則で予測不能な挙動を生み出す。周囲にあった植え込みがカッターによって剪定され、腰の高さで綺麗に刈り取られてゆく。この特技を使って庭師に転向すれば大成功間違いないのに。
「ええい! ちょこまかと! なぜじっとしていられないのですか! 早く切り刻まれてしまいなさい!」
「いやだ!」
イラつき始めたピエロの攻撃が雑になってきた。だが、このまま逃げ続けていてもラチが明かない。もうマンホールの蓋シールドは手元にないし、さすがにかわし続けることが面倒くさくなってきた。ヤツの攻撃を避ける方法は? ある! 一つだけ。
「食らいなさい!」
「そこだっ!」
ボクはタイミングよく刃先を飛び越えると、唯一安全な場所、ヤツの回す輪っかの内側に飛び込んだ。ここならヤツの攻撃がどんなに激しくても当たる心配はない。
「なっ、何を?! アンタッ! 密でしょ! 近すぎるでしょ! ソーシャルディスタンスを守りなさいよ! 早く出ていっ……アビュ!」
0距離から渾身のアッパーカットを放つとフラフープだけをその場に残してオッサンピエロはそのまま垂直に飛び立っていった。残りはあと三人。
「あの女に、ハイパーストリーミング・アタックをしかけるぞ!」
「オウッ!」
今度の奴らはインラインスケートを履いた高機動型のヘビー級ピエロ3人組だ。何を血迷ったのか一直線に並んで突っ込んでくる。スピードスケート競技のチームパシュートのようだ。
シャー、シャー、シャー、シャー!
唸るインラインスケント! スピードに乗った巨漢がボクに肉薄する!
「はっ速い! くっ、来るのか?」
先頭のピエロがワザとなのか、目の前でつまづいて倒れ込み視界から消えた。いったい何? だが、そこには2番手のピエロがフラッグの先端についた槍を突き立てようと振りかぶって待ち構えていた! これをジャンプでかわす。えっ? 足、足が! 足元を見ると倒れた先頭のピエロがボクの足首をガッチリ掴んでいた。
「うわわ!」
転ぶ前に踏み出した足元に丁度そいつの頭があったので遠慮なくステップ代わりにして跳躍する。
「おっ俺を踏み台にしたぁ!」
バランスを崩しながらも2番手の顔面に膝蹴りがヒットする。
「ヘブッ!」
構えていたフラッグは空しく空を切った。再び2番手の頭頂部を蹴って弾みをつけ空中へ。そこからしんがりのピエロまでの距離を確認する。そいつはこちらに向けてラッパのようなものを構えていた。
「とりゃーー」
「くたばりやがれ!」
パン!
交錯する雄たけびを切り裂き、乾いた破裂音が辺りの空気を震わす。
ラッパに偽装した本物の拳銃が火を噴いたのだ。弾丸がボクの頬をかすめる。
お返しにしんがりピエロには空中から落下速度を上乗せしたきつーいドロップキックをお見舞いした。
「ドゥフッ」
後方へ吹き飛ばされ地面を転がり沈黙するラストピエロ。
「終わった、のか?」
振り返るとツカサたちも無事だ。あちらも片付いたようだ。
ほっと一息、みんなのところへ戻ろうとした、その時だった。
ボクとしたことがまったくもって油断していた。
まさか倒したはずのピエロが銃で狙っているなんて思ってもみなかった。完全に不意を突かれた。
「死ねえええ」
「えっ?! ヤバッ!」
ズンン! 衝撃音に慌てると、そこにはうつぶせに倒れたピエロが。
そしてその背中の上には見知らぬ少女が輝くような金色のツインテールをなびかせて立っていた。
「あ、あと一息ってところ、で……」
地面に敷かれたピエロは呻くようにそれだけ言うと白目を向いて気絶した。
「あーあ。見てるだけにしようと思ったんだけど、つい手を出しちゃった! いや、足か」
その少女はいかにも残念という感じでジェスチャーを交えてため息をつく。
「えっ、キミは、誰? もしかして今、ボクを助けてくれたの?」
彼女の顔はサイバーチックなゴーグルに隠されていて細かい表情までは読み取れないが、口元には薄い笑みが覗いていた。
「ふふっ、さあてね! ところでキミ、おもしろいね!」
「はっ? なに? 何が?」
「だって、キミはフツー、じゃあないもんね!」
「えっ? どういう意味……」
「次はキミの本気を見せてよね、ロストちゃん。じゃね!」
「ちょっ、ちょっと待って!」
それだけ言うと謎の少女は人混みにまぎれて消えていった。
短い対話だったが妙に引っかかるワードを残して。
そのうちツカサたちもこちらに集まってきた。
「金髪のツインテール!? 今のは?」
ツカサがいぶかしがっている。
「彼女、いったい誰なの?」
「さあ? 知らない。でもどうやらボク、彼女に助けられたみたい」
ツカサも知らないなら、WBFの関係者ではないということか。
「助けられた? そう判断するのは早いと思うわ。けど、金髪ツインテール……どこかで……」
確かにツカサの言う通り、彼女について何も分かってない。でも、悪いやつとは思えなかった。ツカサが自分の髪に細い指先をスッと通す。
「もうこれ以上、時間を無駄にできないわ」
ついに核心に迫るときが来た! 深刻さがひしひしと伝わってくる。
「いよいよ始まるのか!」
「ええ。早く次のエリアに行かないとキングオブバイキングのアトラクションが始まってしまうわ!」
「そっかぁ……」
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