第14話:水族館
1-Aクラスの休み時間、手を頭の後ろで組んで微動だにしない笠間ヒロミチに府藤ハルミが近づいていく。
「どしたの? ヒロ。ぬぼーっとマンボウみたいな顔してさ」
「だーれが、ウシマンボウだ!」
「あはは、ウシマンボウはマンボウとは別種だよ。それはさておき、何か考えごと?」
「うむ、よくぞ聞いてくれた。ピグミーシーホースのようにキュートで可憐なハルミさんよ」
「ピグッ? ナニそのビミョーなたとえは! キュートで可憐なところは認めざるを得ないけど」
「最近、妙にさ。みんなで遊びに行ったことばかりを思い出しちまってな……」
「らしくないよ。変に感傷なんかに浸ってないで、またみんなで遊び行けばいいだけの話じゃないの?」
「確かにそうなんだが、ケントが抜けた心の穴をどうやって埋めたらいいか……」
「それ、分かり味。実は私もケントロスかも……」
「彼の代わりというわけじゃないけど、斬山さんの従妹のレオナちゃんを誘ってみるのはどうかな?」
「私は彼女と友達になったよ。レオナちゃんを誘うのアリだよ!」
「今のハルミの言葉が俺の背中を押してくれたぜ! よしっ、彼女を新メンバーに迎えてみるか! ハルミ! 根回ししといてくれないか?」
「りょうかーい。で、具体的には何をするの?」
「ふふふ、ソレは明日のお楽しみよ」
ヒロミチは含みのある言い回しをしたが、現時点では特に何も思いついていなかったというのが本当のところだろう。
翌日、新都市高の6人は笠間ヒロミチの誘いで臨海駅に集合した。
湾岸再開発エリアに指定される同区域では整備計画のもと、ビルや高層マンションが並ぶ。駅周辺以外、高い建物や構造物はそれほど建っていない。駅前から海岸沿いの屋内リゾート「グラン・シェルブルー」の白く輝く巨大ドームまで見通すことができる。
「今日は新メンバーに斬山レオナちゃんを迎えての第一弾お出かけ企画に、みんなよく参加してくれた!」
先に到着していた笠間ヒロミチが出迎える。
「レオナちゃん、転校してきたばかりだし、まだ一緒に遊べる友達、少ないだろ! 今日は一緒に楽しもうぜ!」
「えっ? ああ、うん。誘ってくれてありがとう」
「なあに、いいってことよ! みんなキミを歓迎してるよ!」
と言ってヒロミチはみんなに会話のバトンを渡した。
「こないだ遊びでやった男女混合サッカーの時、俺の無限ドリブルを軽くインターセプトしたろ。ショックだったぜ! あれからこっち、ずっと注目してんのよ」
榎原タクヤもボクに興味を示す。
「レオナちゃん、良く来てくれたね! うれしい!」
ハルミも温かい言葉をかけてくれた。ツカサとメイもソレっぽく歓迎ムードを演じていた。ボクたち三人は一つ屋根の下で暮らすルームメイトだということについてはややこしくなるのでみんなには話していない。
「ところで一つ聞いてもいいヒロ? 別に否定している訳ではないのよ。でもなんで水族館なの? ジミーじゃない?」
ハルミがヒロミチにいまさら本日の目的地「新都市臨海水族館」についての素朴な疑問を呈する。
「ああ、久しぶりにアイツに会いたくなっちまったのさ!」
「アイツ? アイツって? そんな遠い目をしてまで会いたい誰かがいるっていうの?」
「ふっ、知らないか? 俺が子供の時からここに居続けている伝説のアオウミガメ、《沖のチョウロウ》のことをさ!」
「知らない」
「沖のチョウロウって……」
「まあ、それはともかくみんな嫌いじゃないだろ? 水族館。今、魅惑の深海魚フェアやっててさ! ぜってー見たほうがいいって! 見たいよな! みんな!」
「まあ確かに深海魚、キモカワ系カテゴリーとしてちょっと興味あるかも」
ということで、駅前から巡回バスに乗ってさらに埠頭へと向かう。
バスの窓から見える建物の隙間からはキラキラと輝く海面を覗かせて穏やかな港湾が広がる。
バスは程なくして水族館前の停留所に到着した。
ボクらは早速、臨海水族館に入館して海中の世界へと足を踏み入れた。
ゲートをくぐるといきなりサンゴ礁に棲む色とりどりの熱帯魚たちが出迎えてくれる。照明に照らされた小さな魚たちは、まるでショーケースに並ぶきらびやかな宝石たちのようだ。なんかすっごくテンションが上がる。
「見て、見て、あのおさかな、どっかのオッサンのような顔してるー」
「ほんとだ! いるいる、ああいうオッサンいるよ!」
「アハハ、楽しい~」
別の水槽ではソフトコーラルの揺れる水中に静かに漂う色鮮やかな小魚たちが独特の浮遊感を醸し出していた。極彩色の海中をそのまま切り取ってきたみたいな水槽内のディスプレイに思わず引き込まれてしまう。
ボクたちは館内順路に沿って進みながら様々なテーマやコンセプトによって設置された水槽の中の住人たちを覗いていった。
まるで黄色いプラスチックでできたオモチャのようなハコフグとか、思わずなにコレと言いたくなるダンゴみたいな魚とか、つまようじの出来損ないみたいな魚とか、ボロボロの海藻に擬態したオコゼとか。見ていて全く飽きない。
ヒロミチが水槽の中の魚に対抗して目をむき頬を膨らませ変顔を作って、みんなを笑わせていた。
「どうよ! ギョギョッと、パクパク!」
「きゃははは! サイテー」
次のコーナーに移動すると幻想的なクラゲの世界が広がっていた。
照明の光に妖しく照らし出されて水槽内をふわふわ漂うクラゲたち。
透明な傘を眺めていると何となく癒されるというのも頷ける。
「この浮遊感、いいね!」
みんな目を輝かせて蒼く光る水槽の中を覗いていた。
そしてヒロミチお勧めの特別展、魅惑の深海コーナーへと進んだ。
このエリアは今までの展示コーナーとはガラリと趣が変わる。
雰囲気作りもさることながら冷たく暗い海の底に生きる深海生物の生息環境に合わせて照明が一段と落とされていた。
水槽をのぞき込むと怪しく光る奇妙な深海魚たちが群れている。
一見何もいないように見える暗い水槽の中を凝視すると、闇に潜むエイリアンのような深海魚たちが鋭い牙をむき出し大きな目玉をぎらつかせてこちらを見ていた。
不気味だけどある意味ユーモラスな姿の魚影が興味深い。
企画展最大の目玉、巨大深海水槽には全長6メートルのリュウグウノツカイを筆頭に、チョウチンアンコウやフクロウナギ、ラブカやゴブリンシャーク、果てはシーラカンスまでが一緒くたになってアクリルガラス1枚隔てた向こう側にひしめいていた。
ほの暗い水の底から浮かび上がる彼らの姿はまるで異界の怪物のようだ。
中でもひときわ異彩を放つリュウグウノツカイは、頭部の赤い飾りをたな引かせながら暗闇に漂う銀の帯のようにあっちへいったりこっちへいったりしながら水槽の中をさまよっていた。
「ほほう! なかなかグロいな……」
「うん、不気味だけどついつい見ちゃうのよね」
「俺なんか、同じ水槽の中で泳ぐことを想像しちまって、トリハダが……」
「うわわ~それヤダ! 考えたくもない」
ヒロミチの妄想にまじめに同調するハルミ。
「だが、勝負する価値はありそうだ」
「勝負って?」
「釣りさ! 釣り! こいつら光る疑似餌で爆釣間違いなしだな! わはは」
「釣ったらダメでしょう!」
ところで、こういった深海魚たちは個体数が少なく生きたまま捕獲されることは非常に稀だ。加えて深海という特殊な環境下ゆえに長期飼育が難しい。そう言った理由から生体展示は必ずしも好ましいこととは言えない。では今、目の前を横切る深海魚たちはどうなのかというと実は遺伝子操作によって生み出されたクローン生物だ。最もここに限らず昨今の水族館や動物園では研究や繁殖目的以外は種の保存の観点からもオリジナル個体の展示からクローン生物へと切り替わりつつある。もちろんクローンであっても命に代わりはないので適切な飼育環境のもとに飼育されるべきであることは言うまでもない。それら生物は自然界へ流出しないよう徹底した飼育管理体制が必要となる。そしてこの水族館へのクローニングや遺伝子改変の技術協力を行っているのは我が新都市学園の旗艦、新都市大学、小笠原研究チームが担当しているそうだ。
これもまた教授の研究成果が世間に浸透している証なのだろう。
この調子で研究が進むと地球上から絶滅した生物の復活にも成功するかもしれない。
そう、小笠原教授さえいれば。
マンモスとか恐竜とかがナマで見られる日がいつか来るかもしれないと思うとワクワクする。
実はボクたちがこの水族館に来た理由は教授の功績を追えば失踪した彼に関する手がかりが何かつかめるのではないかという期待があったから。それでヒロミチの誘いにのったという側面もあった。
「さてと、そろそろ屋外展示エリアに移るか。休憩できる売店なんかもあるぜ」
ヒロミチの言葉に引き戻された。
館内展示を一通り見終えたボクたちはイルカやアシカなど大型の海獣を飼育する屋外エリアへ移動する。
「そう言えばヒロはアオウミガメの《島のチョウロウ》に会いにきたんだっけ?」
「ちぃっちっちっちぃ。《沖のチョウロウ》な!」
「どっちでもいい……」
とヒロミチとハルミがウミガメの話をしているとき、背後から声をかけてくるおじさんがいた。しわがれたイブシ銀のような声だ。
「ほお、でかくなったな、坊主!」
「あ、あなたは! 伝説の飼育員、ヤマさん!」
ヤマさんと呼ばれたその飼育員さんは少し照れたように帽子のつばを目深く被りなおした。
「伝説はよせやい。鬼籍に入ってるみてえじゃねえか! ところで今日も沖のチョウロウに会いに来てくれたのかい?」
「そうだよ、ヤマさん。彼は元気にしてる?」
「たりめえよ! いったい誰が世話してると思っているんでえ! まずは、行ってその目で確かめてきてやんな!」
「分かった! 今日はみんなにも紹介しに来たんだ」
「そうかい! まあ、ゆっくり楽しんできな!」
「うん! ありがと。ヤマさん!」
ヒロミチと伝説の飼育員さんの会話には旧知の間柄に伝わる親密さがあった。
「あんたって……ホントにココの常連さんなのね……」
ハルミが幼なじみの意外な一面を知り、感心していた。
「話せば長いんだけどさ、俺は沖のチョウロウとヤマさんに命を救われたんだ……」
「へええ、そうなの?」
ヒロミチが遠い目をする。
「ああ。あれは、俺が小1の夏休みに家族で海水浴に出かけた時のことだ。
最初は兄貴と一緒に波打ち際で遊んでたんだけど、何かの用でいったん兄貴だけ海から上がっちまっったんだ。残された俺は浮き輪につかまって波に身を任せていると、引き波にさらわれちまってさ。気が付くとそうとう沖合に流されちまってたんだよ。もう浜も海岸も見えなくなっていて、太平洋ひとりぼっちさ。その時の心細さと言ったらなかったぜ! おまけに足元の海は真っ暗で、底が見えない深さにマジで恐怖したよ。もし浮き輪から手を離しちまっていたら深淵なる海に引き込まれて確実におだぶつだった。その時だよ! 俺の足に何かが触れたような気がしたんだ。 続いて波間に見え隠れしながら特徴ある三角形の背ビレが目の前をスッと横切ったのさ! そう、人食いザメに狙われたんだよ。知ってるか? 奴らは怯える獲物の周りをぐるぐる回りながら、どこに咬みつこうかと攻撃のタイミングを計っているのさ。ついにヤツのヒレが正面から迫ってきた時にはさすがの俺も、もうダメだ! 殺られる! と思いながら気が遠のくのを感じたんだ。
その時、1匹のウミガメがヤツの前に立ちふさがってさ! 名も知らない小学生のために命がけで戦ってくれたんだ。もし彼がいなかったら、俺は確実に人食いザメの餌食になって食い散らかされていただろうさ。その時の闘いの傷が彼の額とヒレに今も残っているよ。激しい闘いの後、いつの間にか気を失っていた俺と瀕死のウミガメはたまたま展示用の魚を採取しに沖に出ていたヤマさんの船に救ってもらって生還することができたというわけさ!」
遠い過去に行っていたヒロミチの意識が戻ってくると、みんなは売店でフランクフルトを買って食べていた。
「ん? ヒロの分もあるよ」
「俺の話…… 聞いてた?」
「聞いてた、聞いてた! でもあんたが海で遭難しかけたなんて話、今まで一度も聞いたことないわ!」
いぶかしがるハルミを否定するヒロミチ。
「ホントだって! 彼に会えばわかるよ!」
と言われても、ボクにはヒロミチの話がウソかホントかなんて判断できない。
果たして沖のチョウロウは実在するのだろうか? そうこうしているうちにボクたちはウミガメ展示コーナーにやってきた。 この水槽は側面に回ると水面の上から観察することができる。 アクリルガラス越しにプール内を覗くと数匹のアカウミガメやアオウミガメが元気に泳いでいる。その中に、ひときわ年期の入った巨大なアオウミガメがゆうゆうと泳いでいた。そのカメの額には十字の傷があり脚ヒレの先が欠けていた。
「やあ、久しぶり、チョウロウ! 元気だった?」
ヒロミチが懐かしい旧友にでも会ったかのようにこのアオウミガメに話しかける。
するとウミガメも人懐っこそうに水面に頭を出してヒロミチをじっと見る。
この一人と一匹は種族の壁を超えて心が通じ合っているように見えた。
見方によっては胸の熱くなる美しい光景だった。
「おおっ! そいつが沖のチョウロウか? ヒロミチの話どおりだ! おまえの話は本当だったのかよ! 感動するぜ!」
榎原が目をキラッキラさせながらヒロミチとウミガメの心の交流を見つめていた。
彼は意外と純粋だ。
とっ、ウミガメプールの中をひときわ大きな黒い影が横切った。
アカウミガメ、アオウミガメときたら次に来るのはクロなのか?
クロウミガメなのか? クロ? このフレーズ、どこかで!
などと考える間もなくそいつはプールのフチにヒレをひっかけ、水しぶきを上げて水槽から外へ躍り出てきた!
「ぶわっ! なんだ? なんだ?」
プールのフチにいたヒロミチが頭からもろに海水を被り慌てる。
飼育員のヤマさんが目の色を変え、デッキブラシを振り上げてウミガメプールに叫ぶ!
「あっ、コラッ! 水槽の中に入っちゃいかーん!」
突然ウミガメプールの中から飛び出してきたそいつは、もちろんウミガメなんかじゃない。ウミガメは陸上で直立二足歩行などしない。
おおよそカメのマスクを被ったダイバーがウェットスーツの前と後ろに甲羅を模したプロテクターを装着しているといったところだろう。
よくわからないのはなんでわざわざウミガメの水槽に潜伏していたのかということだ。待ち伏せにしてもさすがにヤリすぎ感がある。
慌てて飛び込んできたヤマさんを、階段の下に突き落とす黒いウミガメ。
「うわっ!」
「ヤマさーん!」
ヒロミチがヤマさんに駆け寄り抱きおこす。
「オッ、オレあ大丈夫だ! それよか警備員を呼ばねえと!」
男子のメンツをかけて、榎原が黒いカメの前に立ちふさがる。
「なんだ、てめえは? 旧友同士の心の交流に水を差すとは! どういう了見だ?」
「下がってて!」
息巻く榎原を下がらせて、ツカサはヤマさんが落としたデッキブラシを拾って身構えた。ツカサの強い口調に、かつて彼女とクロパンダとの激闘を目撃した榎原は素直にその言葉に従わざるを得なかった。
一方、カメの方は前ヒレを構えて既に戦闘態勢を整えている。
この湾曲した前ヒレの内側に沿って鎌状のブレードが仕込まれているのが見れば分かる。リーチが短いとはいえ注意が必要だ。互いに間合いを読み合いじりじりと詰めていく。先に動いたのはツカサだった。先手必勝とばかりにデッキブラシのリーチを活かした先制攻撃を相手の脇腹に叩き込んだ。ボスン! という鈍い音が辺りに響く!
クリーンヒットだ。カメは重量が災いしてか思ったほど動きが速くない。
が、甲羅のプロテクターに阻まれてダメージが通らない。
「さすが新型! 何ともないぜ!」
カメの中の人はマスクの下で冷や汗をかきながら強がった。
「固い! こいつ新型の水陸両用タイプだわ!」
ツカサがしびれる手の平を一旦開いてデッキブラシをグッと握り直す。
「やああ!」
両者は突進して互いの剣を交えた。
ガッ!
今度は辺り一面に鈍い音が反響する。次の一手はカメが左ブレードをフック気味に放つ。ツカサは寸でのところでデッキブラシを押し出してヤツとの距離を取る。
カメは動きの鈍さとリーチの短さを二刀流でカバーしつつ、ツカサに肉迫する。
この先は互いに乱打戦になった。だがデッキブラシの柄に鋭い太刀筋がガンガン刻まれていく。遂に両断されるデッキブラシ。半分の長さになった片方の柄でブレードを防ぎ、もう一方の柄でカメのくちばしを跳ね上げる。
更に振り上げた柄で手首のスナップを利かせて思いっきりカメの右肩に振り下ろした。
ガキッ!
「いっ痛――」
甲羅のフチに弾かれる。キレれたツカサが太鼓のばちのようにツインスティックとなった柄を振り回してカメをメッタメタに打ち据える。その気迫に押されたカメはついに膝を地についた。
だが、四つん這いになったカメの背中もまた強固な甲羅プロテクターに覆われている。この鉄壁の防御態勢にはまるで攻撃が効いていない。そしてついに息を切らしたツカサの攻撃が止まる。打撃時の衝撃でしびれた彼女の手にはもうほとんど握力が残っていなかった。
「うわっはっはっは! 効かぬなあ」
カメがむっくりと立ち上がってツカサをあざ笑う。このままではパワー負けしているツカサが不利だ。ボクはカメの背後に回って甲羅の襟首を掴んでそのまま後ろに引き倒した。
「グワッ!」
不意を突かれたカメはもんどりうって仰向けに倒れこむ。
「きっキサマ? 後ろからとは卑怯な!」
こうなると強固なプロテクターは諸刃の剣だ。防御力は高いがその分柔軟性と機動力が犠牲になっているカメに腹筋運動は無理だ。
もはや地面にひっくり返ったカメは腹の中心を軽く押さえつけるだけで立ち上がることも体を捻って腹ばい防御態勢を取ることもできない。
手も足も出せなくなったカメを見下ろし、ボクは質問する。
「さてと、もしもし? カメさん。聞きたいことがあるんだけど」
「くっ! 離せ!」
「なんで、ボクたちをそんなに執拗につけ狙うの?」
「知れたこと! その女と小笠原教授はヒトの遺伝子改変という悪魔の所業に手を染めているからだ!」
前ヒレの先をメイに向けて憎々しげに吐き捨てた。メイはキョロキョロ後ろを振り向くがその方角には自分以外誰もいない。
「そんなやつらを野放しにしておくわけにはいかない! 邪魔する者は全て敵とみなし排除する。正義の名のもとに粛清するのだ!」
「へええ、結構しゃべれるんだ。でも一方的に善だの悪だの決めつけられても、あんたたちに何か損害を与えたわけでもないだろうし、大きなお世話なんじゃない? で、どうする? ツカサ」
「もうちょっとやれたんだけど…… まあいいわ。一応聞くけど小笠原教授の居場所はどこなの?」
「はあ? お前たちこそあの男をかくまっているんだろうが」
カメはボクのすらりと伸びた美脚の下でもがきながら声を荒げる。
「オッケー。分かったわ。じゃあ、あとはA-10、いえ、レイカたちに任せましょ」
ツカサは尋問には特に期待するところもないという感じで綾瀬川レイカに電話をかけた。
「ちょっと! 後処理ばかりコチラに回さないでいただけます?」
と不満を漏らすレイカの声がツカサのパッドから聞こえた。しばらくすると作業員風の二人が現れて暴れる黒ウミガメを手際よく拘束し、さっさとどこかへ連れ去っていった。まるでしばらくの間、別の水族館に貸出しのために移送するといった感じで。
「何なのアレ?」
「さあ?」
ヒロミチとハルミが互いの顔を見合わせている。彼らにとっては聞きたいことが山ほどあるのだろうけど、ボクたちが話せることは何もない。
こんなところにもやつらが出没するなんて!
こないだのスーパーに次いでボクたちの平和な日常をこれ以上変な団体に邪魔されてはたまんない!
その日の夜から不穏な先行きを表すかのようにぐずついていた天気は、あっというまに荒れ模様となった。
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