第11話:レオナ
斬山ツカサと片平メイは元兼井ケントだった女の子に、ひとまずレオナと名付けて保護下に置くことにした。どうしてレオナかというと、7月生まれのしし座だからという理由だった。
こうしてツカサ、メイ、そしてレオナ、3人の奇妙な同居生活はスタートした。
彼女の歩行訓練は順調に進んでいたが、まだ一人で出歩けることができるようになるまでは時間がかかりそうだった。ツカサとメイが学校に行っている間、レオナはとても寂しがったが、連れて行くわけにもいかず、家でペットのコダマとおとなしく留守番をしてもらっていた。それ以外はなるべく一緒にいて、外出の際も彼女の社会復帰を前提に車いすで家から連れ出した。レオナの車いすを押して買い物をしているところろをはたからみると、仲良し3姉妹のように見えたかもしれない。
「メイ、今日のゴハンはなににするの?」
車いすから目をキラキラささせながら見上げるレオナ。
「ん? 今日はね、ツカサおね―ちゃんの番だよ。レオナちゃんはなにが食べたいの?」
「ボク? ボクは、オムライス!」
レオナは教えてもいないのに自分のことを〈ボク〉と呼称する。これは男の子だったときの記憶のなごり? なのだろうか。
「ですって、ツカサおね―ちゃん!」
メイにおねーちゃんと呼ばれるのは、ちょっとムズがゆい。
「了解よ。食材を買ってくるから、レオナをお願いね。メイ」
「OK!」
ツカサがスーパーの生鮮食料品コーナーに向かう。
「レオナちゃん、お菓子コーナー、見にいこっか?」
「うん! 行く行く!」
ツカサから車いすを託されたメイがレオナを誘うと、彼女の青い瞳にホシマークが輝く。
本日の料理に使う食材をカートに集め終わったツカサが再びメイとレオナに合流すると、男児向けのヒーローフィギュアのついた食玩を手にしたレオナが嬉しそうにしている。
「それ、欲しいの?」
「うん!」
「買いたいの?」
「うん!」
「女の子向けのもあるんだよ。そっちは?」
「ううん。これがいい!」
「ふーん」
どうせなら女児向けの食玩にすればいいのにとも思うが、本人がいいならそれでいいか。やっぱり中身は男の子なのかなと思うツカサだった。
◇◇◇
「レオナ、今日は天気いいから公園に行ってみよっか!」
「うん! 行く! コダマもつれてく?」
「う~ん。いいよ。連れてこう」
「レオナとコダマはすっかり仲良しだね」
この頃はツカサにも少し余裕のようなものが出てきて、レオナに対してオネーサン風を吹かせてみる。
レオナを乗せた車いすをメイと代わる代わる押しながら公園までの道のりを楽しむ。公園につくと緑の芝生にシートを敷いてピクニック気分を味わった。
安上がりだが、木漏れ日やそよ風を肌で感じながらゆったり過ごせば程よい気分転換になる。
「レオナ、すっかり元気になったね」
車いすから降りて芝生の上でコダマと楽しそうに戯れるレオナを眺めながら、メイが嬉しそうに言う。
「そうだね。最初は寝返りすらおぼつかなかったのに。感慨深いわ」
ツカサも同意する。ツカサもメイもやっと一息つけるようになった今日この頃だった。まだ、レオナは一人で歩くことができずに外出には車いすが必要だったが、それでも日に日に元気になってゆく姿に、二人は心の重荷が軽くなってゆく思いがした。
「メイ、ツカサ! あそこで遊ぶ! 連れてって」
「砂場? OK! いいわよ」
近所の子供たちが砂場の砂でダムやお城を作っている姿に興味をひかれたのだろう。
レオナは自ら車いすを降りて砂場に入るとスカートなのにお尻を付けて一心不乱に砂の山を作り始めた。山がある程度大きくなると今度は真ん中にコダマの通り抜けられるくらいのトンネルを夢中で掘り始めた。
そのとき子供たちが砂場に座り込んだレオナのスカートの中を覗き込んで不思議そうに言った。
「おねーちゃん、パンツはいてないの? おもらししちゃったの?」
「パンツ持ってないの?」
ギョッとするツカサ。
「まさかっ!」
ツカサは、ビーチフラッグの要領で慌てて砂場に飛び込み、レオナの開いたお股を閉じる!
「あっ、あはは! おねーちゃん、うっかりさんねー。はき忘れちゃったのかなー? あははは……」
「ふーん。バイキン入ったらたいへんなのにね」
「へっ、へへ、なのよね~」
子供たちの純粋な瞳がイタい! ツカサはメイにあたった。
「メイィ! 今日はスカートなのになんでレオナ、パンツ履いてないの?」
「ゴメン! 全部、洗っちゃってなかったの。 まっさかこんなことになるなんて……」
「たっ頼むから…… 腰抜けそう……」
やはり、まだまだ気を抜くこと自体、間違いだったようだ。
「みんな、お昼にしようよ!」
芝生に敷いたレジャーシートの上からメイが呼ぶ。
「わーい!」
「うんうん。キミは素直でいい子に育ったね」
ランチボックスを広げながらメイがレオナによしよしする。
そして砲丸投げの玉のようなおにぎりを手渡す。ズッシリした手応えあるおにぎりは煮卵を芯にチキンライス、ドライカレー、白飯の層を握ってノリで巻いたメイ特性の創作おにぎりだ。一つで十分ですよ。
お弁当を食べ終え、しばらく休んで帰ろうということになった。荷物をまとめ、レオナを車いすに移して公園からツカサのマンションに帰る途中のことだった。ツカサは車いすを押し、メイはコダマを抱いて歩いていると前方から大型犬を連れたジャージ姿のおばさんに遭遇した。明らかにこのおばさんでは大型犬を制御する力が不足しているように思われた。案の定、大型犬はコダマを見るなり猛烈に吠えたてて威嚇する。つなに引きずられるおばさん!
「これっ! スリザリン! 止まりなさい! 止まりなさいって!」
これに怯えたコダマはメイの腕の中から飛び上がって、そのまま車道に飛び出してしまった。
「あっ、ダメ! コダマ!」
逃げたコダマを追って慌ててメイも車道へ飛び出す!
「メイ! 危ない!」
ツカサも叫び、メイを引き留めようと手を伸ばすが彼女にわずかとどかない! 全ては一瞬の出来事だった。
コダマを追って車道に飛び出したメイの目の前には大型トラックが迫っていた!
キキキキーーーー!
悲鳴を上げるブレーキ! だがもう間に合わなかった。
ツカサの心拍数は跳ねあがった!
「キャアーー」
大型トラックはメイのいた地点から、およそ30m通過した路上でやっと止まった。最悪の状況がツカサの脳裏をよぎる。そして緊急停止したトラックの方角を凝視しメイの姿を探した。
路上には黒く長いタイヤ痕が残るが、メイの姿は見あたらなかった。彼女が轢かれた形跡はどこにもない。では、メイはいったい?……
いたっ! 車道を挟んだ向かい側の歩道に彼女を見つけたとき、ツカサは脱力して膝が震えた。
「ええっ?! なんでっ?!」
ツカサは眼を疑った。そこには、レオナがメイを抱きしめてしゃがみこんでいた。コダマも無事だ。今の今まで歩行すらままならず、目の前の車いすに乗っていたはずのレオナがどうやってそこに瞬間移動したのかわからなかった。メイを救ったのはレオナだとでもいうのか?
「ふうっ、危なかった! メイ、大丈夫?」
「えっ、レオナ……いま……」
メイは今、自分の身に起こったことを理解することができずに気が動転していた。そして過去の事故の記憶がよみがえってきてメイの頭の中を様々な思いが巡るうちに、みるみる目から涙が溢れ出てきた。
「うわああああん!」
「メイ、もう大丈夫だよ。安心して。大丈夫だよ」
そういうレオナの声もまた震えていた。
トラックに轢かれる寸前、コダマとメイをとんでもない加速力で救いだしたのはレオナに間違いなかった。そして彼女は覚醒した。
後ほどメイがレオナを診察したところ彼女の認知機能は実年齢程度まで回復しているとのことだ。あとは過去の記憶だが、無理やり掘り起こすのはやめてもう少し様子を見ることにした。ツカサとメイはレオナをここまで女の子として世話してきたが、実のところ彼女に本当のことを、かつて兼井ケントという男の子だった事実を伝えるべきかどうか迷っていた。
◇◇◇
過去の記憶がないボクのことをレオナと呼んで、いろいろと面倒を見てくれるツカサとメイ。気が付いた時にはボクのそばにはいつも彼女たちがいた。
彼女たちの話によるとボクは記憶を失う前、新都市高校に通う生徒で彼女たちとクラスメイトだったと教えてくれた。一緒に遊んだこともある仲だったそうだ。そして、どういういきさつか数か月ほど前、たまたま彼女の自宅を訪れた際に、ボクは何かの拍子に気を失ってしまったらしい。ボクが浴槽で倒れているところをツカサが発見したとき、生まれたての赤ん坊のような精神状態だったそうだ。そんな状態だったボクが今ここにこうしていられるのは彼女たちのおかげだ。その彼女たちのことも自分が何者なのかも全く思い出せないでいる。自分はどこの誰でこれまで何をしてきたのか、何も思い出せないまま生きていくのは不安このうえないことだった。でも、何故かツカサには友達以上の深い絆のようなものを感じる。ひょっとしたらボクの記憶を取り戻す糸口が彼女にあるのかもしれない。
当面、ツカサは帰る場所のないボクのために部屋をシェアしてメイと3人で住むことを提案してくれた。ツカサの部屋にはロフトがあるのでそこをボクのプライベート空間にしてくれることになった。
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