第6話:リゾートからのバイト
週末の駅前、人々が集い賑やかだ。大通りを行きかう人々、これからどこかへ行こうと待ち合わせする人。
もちろんボクたち新都高6人衆もそんなモブの構成要素のひとつだ。
しかし休日にわざわざこうしてみんなと会う機会なんて今までのボクには無かったことで。斬新な試みだ。見慣れた制服ではなくみんなの私服姿に新鮮さを覚える。
特に女子たちの変化には目を見張る。
ちなみに斬山はウエストをベルトで絞った黒の長袖ワンピース、スカート丈短め。
足元は黒のショートブーツでオシャレなおネエさんに。
ハルミはパーカーの上にオーバーオールジーンズ。あえて片方の肩紐を外して着こなし、つばの長いキャップとデッキシューズを合わせてボーイッシュなアクティブカジュアルで。
メイはソフトハットに丈の長いジッパールーズジャケットとシャツ、チェックのミニスカにハイカットのスニーカーをチョイス。
男はTシャツ、アウター、ボトム……以下略。
「要は、無料で手に入れたグランシェル・ブルーの入場チケットの利用期限が迫っていたってことなのね!」
「そういうこと! 親父が会社からもらってきたんだけど、使うタイミングがなっくてさ。まあ、安く利用できるんだから、何でもいいだろ!」
「おい、今日行くグランシェル・ブルーってどんなところなんだ?」
「あのなあ榎原、これから行くんだから、自分の目で確かめればいいだろ」
ヒロミチが榎原を突き放した言い方をする。
「えっと、グランシェル・ブルーは、湾岸再開発の一環で、約30ヘクタールの埋め立て地に建設された全天候型リゾート・シミュレーション施設だって。
野球場3個分が並んですっぽり入る巨大ドーム(シェル)内に再現された常夏のブルーラグーンビーチは、遠浅で穏やかな波と本物の白砂、ヤシの木や熱帯植物などで再現されたアクアリゾートエリア、各種アクティビティが楽しめるマリンスポーツエリア、荒波エリアなどが体感できるんだって」
僕はネットでざっくり調べた内容をそのまま読み上げた。
「まあそんな感じだ。インバウンドを狙っての海外観光客誘致政策の一環だな」
ヒロミチが誰でも言いそうなことを言ってまとめた。
「要するに都心にいながら南国気分が味わえるってわけだな」
榎原はこういう時、自分で調べようとしないところがちゃっかりしているというか王様気質というか。
「でも、楽しみー。うちらだけで簡単に行けるところじゃないもん。今回だけはヒロには感謝だわ!」
「フフフ、愚民どもよ、我の前にひれ伏すがいい! もっと賞賛するがいい!」
「王様、ここ座って!」
「うむ、わかってるじゃないか!」
空いている席にヒロミチを座らせてその膝の上にみんなの手荷物を集めてドッカリと載せた。
「まっ、まて! 俺は荷物番じゃないぞ!」
今日行く屋内リゾート「グランシェル・ブルー」について話しているうちにボクらを乗せた電車は臨海駅に到着した。
ここからはシャトルバスでの移動になるが、既に向かう先に巨大な貝殻を模したドーム型建造物の屋根が滑らかな曲線を描き、青い空に白く輝いていた。
「じゃあ、水着に着替えたら、いったんラグーンコテージに集合な!」
ボクらはこの巨大な施設内ではぐれないよう更衣室前で分かれる前に待ち合わせ場所を決めた。
ロッカーに手荷物を預けて水着に着替える。
ちなみにボクとヒロミチはボクサータイプ、榎原は威圧的な競泳水着を装備した。
熱帯雨林の薄暗いジャングルを模した通路の先へ先へと進む。
視界が開けるとそこはもう常夏満開ビーチ! 屋内とは思えない広大な空間にはUVフィルターを通した陽光が降り注ぎ、南国風コテージや屋台が立ち並んでいる。
空調の風に背の高いヤシの木の葉が揺らいでいる。
サラサラの砂地、波の音、人々の喧騒、陽気で濃厚なレゲエミュージックが流れ、ココナツの甘い香りが漂う。否が応でもアガるシチュエーションだ。
「ヤッホー! おまたせー!」
女子たちだ。彼女たちの露出した肌がまぶしい! まぶしすぎる!
三人ともその愛くるしさ、愛おしさといったらもおお!
ここはできるだけ目に焼き付けておくために詳しく描写しておかねばなるまい。
まずは府藤ハルミだが、白をベースカラーにした花柄の艶やかなセパレートタイプにパレオを合わせたオシャレな水着だ。
決して巨乳ではないがプニッとした胸のふくらみが、自然の豊かな恵みを証明している。これは確かに。以前、貧乳呼ばわりしたヒロミチは失礼だったと思う。
怒られるのも無理はない。
片平メイは水色地にフリルをあしらったこれまたセパレートタイプの水着に浮き輪を装備。
首元から胸のふくらみへと続くデコルテラインをかわいく演出している。
どうしてもここに目がいってしまうのは男の性というもので仕方がない。
メイは水に入ってもいいようにメガネをはずしていた。
メガネをしていない彼女はなにげにかわいかった。
目が悪いからだろうけど、じっと見つめられた日には何かの間違いが起きてしまいそうだ。
本人曰く「ちゃんと見えてる」そうだが、先ほども全く別のグループについていきそうになっていた。
広い施設だけに迷子にならないか心配だ。
斬山ツカサはスク水? いや、ちがう。
競泳タイプ、でもない。
その中間あたりのボディラインピタピタの黒いスイミングスーツだ。
これはこれで飾りけがなくシンプルな分プロポーションに自信がなければ選べない代物だ。それが斬山の抜群なスタイルを存分に引き立たせていた。
隠しきれない胸のヴォリューム、適度に肉付いた小さな肩、キレてる太ももがセクシーだ。どれだけのポテンシャルを秘めているんだろう。この娘は!
いずれにしても男と違い、華奢で丸みを帯びた女の子たちのカラダは保護観察対象だ。
「おいケント! おまえやけに無口だな! まーたエロいこと考えてんだろ!」
「榎原、榎原さん! ヒトはもっと大自然の息吹に真摯に耳を傾けるべきだとは思わないか? そこに言葉など必要ない! 感じるんだ!」
「おっおう! 確かに今の俺たちに言葉なんていらないな!」
「分かってくれればそれでいい。そうだろ! ヒロミチ!」
「だとも! 大自然の恵みに感謝だ!」
男同士の固い絆が芽生えた瞬間だった。
「なんか盛り上がってるわね。男子たち」
「楽しそう」
「まずは拠点を確保しようぜ。
あのヤシの木のとこなんかどうだ?」
「イイね」
「メイ、あんたほんっと、ハミニューにだけは気を付けるのよ!
ここでドジを踏んだらシャレにならないわよ!」
「あはは、ダイジョブだよ!」
ハルミがメイに持ち前の面倒見の良さを通り越して母親のような小言を言う。
「ハッ、ハミ……」
女同士の会話に思わず頬を赤らめる男子たち。
「いやーほんと、ここすごいよ! 水平線なんか本物みたく見えるし、この砂浜なんてどうやって維持しているんだ?」
「まあーあれだ。科学の力ってやつだろ?」
「ちなみにこの水は海水じゃないからな! わざわざ取り込んだ海水をろ過して使ってんだと。だから目も痛くなんないらしいぜ」
「へえーそいつはグッド・ニュースだ!」
「グッド・ニュー……」
「ニュー……」
「……そっ、それより早く遊ぼうぜ!」
みんな気を取り直して水際に向かって歩き出す。
(砂浜では走っちゃダメって注意書きされている)
足元で白砂を踏みしめる音が心地いい。
波打ちぎわに寄せて返す波が素足をくすぐる。
ガマンしきれず波を蹴立てて駆け込むと、水しぶきがほとばしる!
お約束通り水のかけあいっこで飛び散る飛沫、胸元で丸い玉となって転がり弾ける水滴、それらが、みんなの笑顔をキラッキラに輝かせるとびっきりのエフェクトになる。
大型の浮き輪に乗って波にまかせて揺られるのも最高に気持ちいい。
これはもうどこをどうとってもパラッパラ、パラダイス!
(先生! 水遊びの中で異性との触れ合いや軽いボディタッチはスキンシップの範囲に入りますか?)
肌の露出度が多い無防備な状態での異性間第一種接近遭遇は、僕にとっては女子に対する果てなき憧れを加速させる貴重な体験だった。
「今度は、アクティビティーエリアに行ってみようぜ!」
「アクアスライダーやりたーい! 一緒に滑ろうよ!」
「うっしゃ! ツインスライダー借りようぜ!」
確かにこういう時は男女の比率が合っていて良かったなと思う。
特にペアリングは決まっているわけではないけれど、列に並ぶ時も何となく疎外感を感じなくていい。
僕たちは男女関係なくペアを変えては、二人一組で乗り込む大型スライダーに飽きるまで何度も挑戦した。
暗いチューブの中をハイスピードで滑り下りるスライダーはスリルと興奮で病みつきになる。興奮といえばメイとペアで滑ったときのことだ。
着水時の衝撃で水に投げ出された彼女が立ち上がると水着のトップスが外れてしまい、波に流されるというアクシデントに見舞われたのだ。
あれほどハルミから注意を受けていたにも関わらずだ。
「イ、イカン!」
「いやああー取って、取ってー」
お約束のラッキーハプニング「ポロリからの~手ブラ」を目の当たりにしたボクは本人以上に動揺したが、なるべくさりげなく水の中からトップスを拾って彼女に渡してあげた。
復旧作業中の彼女を人の目にさらさないようカバーしつつ、見て見ぬふりをする気遣いも忘れなかったつもりだ。
何故だか先ほど榎原が言った“グッド・ニュース!“のフレーズが頭の中を駆け巡っていた。
ひとしきりマリンスポーツエリアで遊んだ僕たちはコテージのレストコーナーに向かった。
「喉乾いちゃったー」
「私も」
「俺も俺も、腹も減ったしな」
ストロベリー、マンゴー、コーラ、カラフルなタピオカ入りドリンクに謎肉トッピングピザやフライドチキンサンド、サラダセットなどがテーブルに並ぶ。
今回はここの入場チケットを提供してくれたヒロミチに感謝して、彼以外のみんなで割り勘した。
それからしばらく、波の音とレゲエをBGMに、まったりした時を過ごす。
これこそがリゾートでの正しい過ごし方だ。
「アクアスライダー最高だったな! 次は荒波エリアに行こうぜ!」
「いやいや、あそこはホント、ハンパないって! ナメないほうがいいって! 特に女子は波にもまれてもみくちゃになるぞ!」
「よしっ、野郎ども! 荒波に挑みに行くぞ!」
「聞いてた? ヒトの話……あっ、でも、榎原には似合ってるかもな」
「なら私たち、ジャグジープールに入って温まりたい」
「ソレ、あり!」
その後、ボクたちはしばらく自由行動を取ることにして、それぞれお気に入りのエリアに分かれていった。
荒波エリア。
やはり男として一度は訪れておくべき心ひかれる場所だろう。
だが、ここに来てヒロミチの言ったハンパない意味を身をもって知ることになった。
このエリアはラグーン全体に行きわたらせるための波を発生させる装置が間近にあり、その装置からは絶え間なく巨大なエネルギーを持つ大波が生みだされている。
主にボディボードや浮き輪利用者のためのゾーンだが、中には敢えて身ひとつで立ち向かう愚か者もいなくはない。
そういったチャレンジャーは無意味な根性ごと、ことごとく荒波に打ち砕かれ、飲み込まれていった。
「がはっ、ごほっ、げへっ」
かく言う僕も大はしゃぎで荒波に立ち向かって行ったものの、波打ち際で押し寄せる波にもてあそばれ、引き波に翻弄され、水の中で上下がわからなくなるほどかき回され、しこたま水を飲んでしまった。
「やっ、やるじゃねいか! 今日は、これぐらいにしといてやんよ!」
砂浜に逃げ帰ると捨て台詞を吐いて、早々と退散することにした。そして冷えた体を温めにジャグジープールを目指す。
ジャングルゾーンを抜けると古代ローマ遺跡風のデコレーションが目を引く温水プールが現れる。
この辺りの照明は暗く落とされ、水の中から照らす間接照明と気泡によってゴージャスで妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「ケント君も来たんだ! 早く入りなよ! カラダ温まるよ!」
他の利用客に混じって、ジャグジープールに入っているハルミ、メイ、斬山の女子三人を見つけた。
僕は彼女たちの側に座り、冷えた体を温水の中に沈める。
プールの底から噴き上がるバブルの絶え間ない刺激と適度な温もりが心地いい。
これはハマる。
さらに水着の女の子たちに囲まれて、ちょっとしたハーレム気分が満喫できるというオマケもポイントが高い。
今日はもうこれだけで十分元を取った気分だ。(入場料はヒロミチ持ちだけど)
帰り支度のために荷物を取りにラグーンへ戻ると、穏やかな波打ち際一面がオレンジ色に染まっていた。
今、まさに太陽が水平線に沈もうとしているところだった。
もちろん本物ではなく遥か対岸の壁にプロジェクションマッピングによって映し出された演出による夕暮れなのだが、オレンジ色の温かみのある光はついこの間デパートの屋上でみんなと見た本物の夕焼け空を思い出させるのに十分だった。
帰りの電車の中で軽い疲れを抱え、みな黙っているとヒロミチが口を開いた。
「なあ、みんな! 次回のプランはどうする?」
「……最近、私たち遊んでばかりね。もちろん今回チケットを提供してくれたヒロには感謝だけど……」
「仲良く遊ぶことはよきことじゃねーか」
「それはそうなんだけど、実際、遊んでばかりもいられないのよ」
「よく寝てよく食ってよく遊ぶ! メリハリが大事ってことだな!」
「勉強とか学校行事とかに加えて金銭面もね!」
「確かに……実際お小遣いが……」
僕も同意する。
「問題はそれよのう…… どこかに割のいいバイトでもないかな……」
「あのう……」
珍しくメイが控えめに手を上げる。
「どしたん? メイ?」
「新都市大の研究室で週明けに引っ越し作業があるんだって」
「ほほう、それで?」
「それで、人手が欲しいんだって。バイト代、弾むって言ってた」
前のめりになるヒロミチ。
「マジで? いくらだね? お嬢さん!」
「新都市大学ならうちらの学校の目の前だし、放課後集まってさっさと片付けちまえば、簡単に終わるんじゃないか?」
榎原も乗り気なようなのでボクもひとまず同調してみるとする。
「それ、いいかも!」
「みんなどうせ空いてるでしょ。やろうよ! んで、バイト代出たら新都市大の名物カレー食べ行こうよ」
今ハルミの言った新都市大学の名物カレー……。
噂には聞いたことがある。
何でもプレートのセンターに山型に盛ったアツアツのライスを活火山に見立てて、火口の窪みに半熟タマゴの黄身を落とし、その上からグツグツ煮込んだレッドホットチリカレーのルーを一気に流し込む。
溢れ出たルーはさながら溶岩流の如く、山肌ならぬライスの裾野を駆け下りて、添えられたブロッコリーの樹木をなぎ倒し、ジャガイモの岩をゆっくり呑み込んでゆく。
最後にプレートを真っ赤なルーのマグマが満たしていくという圧巻のパフォーマンスが見ものの、通称「大噴火カリー・ヴォルケイノ」のことだ。
このメニューに注文が入ると、厨房のおばさんは何故だか溶接用のゴーグルを持ち出して来て装着すると言ういわくつきの一品だ。
当然、辛さも大噴火間違いなしの激辛だそうだ。
話のネタに大自然の猛威とやらをぜひ体験してみたいと思っていたところだ。
おっと、連想するだけでも辛さが脳内再生されていく。
とにかく、その場の雰囲気というか同調圧力というか、僕たちは内容を詳しく聞いてもいない単発バイトについて“やる”方向で話がまとまった。
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