第13話 少年カミル

 倒れていたのは、暗緑色の髪が胸のあたりまである、十歳くらいの男の子だった。

 身に着けている砂色のシャツは、太ももまで覆い隠すほど長く、ちょうど腰のあたりで細い紐をベルトのように巻いており、ゆったりした枯草色のズボンと飾りのないブーツを履いていた。

 色白の顔は土で汚れ、荒い呼吸を繰り返している。


「ねえ、大丈夫⁉」


 彼の上半身を支えて、起き上がらせる。


「み、ず……」


 目を閉じたまま、乾いた唇を小さく動かして少年は掠れた声を出した。


「水ね! ギル、水をちょうだい!」


 ちょうど追いついてきたギルベルトが地面に麻袋を下ろすと、水の入った筒を取り出し、栓を抜いてから手渡してくれる。私は左腕で少年の首を支えながら、空いている右手でこぼさないように、口元に筒を近づける。

 少年はごくごくと数口飲むと、もういらないというように顔を逸らした。


「大丈夫?」


「ありがとう……」


 ギルベルトが筒を受け取ってくれたので、私は両手で少年の体を支えた。

 少年は顔を真正面に向けて、ゆっくり瞼を上げた。

 現れたのは見事な琥珀色の瞳で、明るい日差しを浴びた猫のような縦に細長い瞳孔が見えた。

 髪の間から覗く心なしか尖がった左耳には、金色のイヤーカフと、米粒くらいの真っ赤な石のピアスを付けている。


(人間……だよね?)


 その瞳が、私とその後ろで屈みこむギルベルトの姿を捉えた。


「お姉ちゃんたちが見つけてくれたの……?」


 少年はぼうっとする頭を正気に戻すように横に振ってから、私の腕から這い出して、自らの力で地面に座った。

 私たち二人を交互に見やる。


「俺、森に入ったら迷子になっちゃって。水も食料も持ってこなかったから、歩き疲れて……ねえ、一緒に連れて行って。森の外に出たいんだ」


 少年が懇願するようにそう言うので、


「もちろんだよ! 私たちも森を抜けるところなの。ね、ギル」


「……ああ」


 歯切れの悪いギルベルトを振り向くと、眉根を寄せ、腕を組み、どこか胡散臭いものを見るような視線を彼に向けている。


「ギル?」


「あ、いや……お前、歩けるか?」


 少年はすくっと立ち上がって、両手をばたばた動かして、足踏みをしてから、大きく頷いた。


「歩ける! 俺、カミル。お姉ちゃんたちは?」


 カミルは嬉しそうにぴょんんぴょん飛びながら、私たちの名前を聞いてきた。

飛ぶたびに、暗緑色の長い髪が一緒にばさばさと上下する。


「私はミア。この人は、ギルベルト」


「ミアに、ギルベルトね。覚えた!」


 カミルは飛ぶのをやめて、口の両端をぐっと持ち上げて笑う。


「ミアさんに、ギルベルトさん、な」


 ギルベルトがお説教くさいことを言うので、カミルは視線を逸らし、口をとんがらがせたが、すぐに気を取り直し、


「ミア、行こうよ! 夜になる前に出よう!」


 私の手を取って走り出す。

 さっきまで倒れていたとは思えないほど、元気いっぱいだ。

 私は足がもつれないよう、急ぎつつも、注意して足を動かした。


「おい、走るな! 転ぶぞ!」


 後方からギルベルトの声が響いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る