第9話 アルフレートとの出会い

「少しばかり、薬草を買い足したい。お前も、見たいところがあれば見てこい。必要なものがあれば教えてくれ。後で買う」


 お店の建ち並ぶ一帯に戻ると、ギルベルトはそう言った。

 特に見たい物もないので、村の中をしばらく無心で歩いていると、すっかり中心部から離れていた。

そこには、また先程のような土手があり、その下に大きな木が一本立っていた。木陰が気持ちよさそうで、何となくそちらに吸い寄せられる。

 土手下へ続く階段を見つけて足を踏み出すと、なぜか足がもつれ、体が宙に浮いた。


(あっ……!)


 階段の一番上から、十数段下の草原まで真っ逆さまに落ちる——はずだった。

 が、ふわりと体が浮いたかと思うと、誰かの腕に抱き留められた。


「ふう、間一髪」


 その腕が私を引き寄せようと力を入れたせいで、勢いづいてそのままごろんと仰向けになってしまう。

 下敷きになったその人が、代わりに衝撃を受けてくれたので、私は無事だったのだけど、


「いてっ!」


 クッションになってくれたその人は、思い切り背中を地面にぶつけたようだった。

 とっさにはね起きて、振り返る。

 一人の青年が顔を顰め、起き上がろうとしている。私は手を貸し、彼を座らせた。


「ごめんなさい! 助けてくださって、ありがとうございました!」


 頭を下げると、彼は「いやいや」と軽く笑った。

 顔を上げると、その空色の瞳が優しくこちらを見ている。

 蜂蜜色の髪に、空色の瞳。優しい雰囲気の、整った顔。少し長めの襟足がお洒落だ。

 清潔そうな白シャツの上には、黄櫨色はじいろのベストを着て、灰緑色はいみどりいろのズボンを履いていており、ブーツは短めで、上部が垂れた犬の耳のように折れている。歳はおそらくギルベルトと同じくらいだろう。


「君が無事なら良かったよ」


 そう言ってから、彼は周囲を見回して、小さくため息をついた。

 オレンジや林檎といった果物がいくつも散乱していた。

 近くには、お腹の中の物をあらかた吐き出してしまった麻袋がしなびたように落ちている。


「もしかして、助けるときに……?」


「ははは、ぶちまけちゃった」


 青年は屈託なく笑った。風のようにさわやかな笑顔。

 私は慌てて、転がったオレンジと林檎を拾い集め、麻袋に詰め込む。


「あ、ごめん! 全部拾わせちゃったね」


 青年は跳ね起きるように身軽な動作で立ち上がり、お尻についた土をぱっぱと払う。

 手を差し出してきた青年に、麻袋を何とか手渡すと、突如、羽ばたく音が聞こえ、空を仰いだ。


「ペペ! 見つかった⁉」


 青年は飛んできた白い鳥に腕を伸ばした。

 ペペと呼ばれた、頭に黄色い冠羽のある白い鳥は青年の腕に着地してから「ギュエー!」と大きい声で鳴く。


「え、やっぱり? はあ……仕方ないね。また地道に探すか」


 ペペは青年の左肩に飛び乗って、羽繕いを始める。

 青年は鳥と会話ができるらしい。この世界には動物と対話できる人間がいるのかと驚きつつ、青年とペペを交互に見ていると、青年は小首をかしげた。


「どうしたの?」


「鳥とお話ができるんですね」


「ああ……何となくね」


 青年は目を瞬かせた後、いたずらっ子のように笑った。


「あの、何か探しものですか?」


 地道に探すという言葉が聞こえたので、探し物をしているのかもしれない

「そうなんだよ。今も探してたところなんだ。俺、この村に買い出しに来たんだけどさ、大事な鍵をこの辺に落としたらしくて。今も、ペペ……この子ね。ペペに探してもらってたんだけど見つからなかったみたい。あとは地道に、地べたにはいつくばって探すしかないよ」


「私も一緒に探します!」


「えっ⁉ いいの⁉」


 青年はぱあっと顔を輝かせた。


「助かるよ!」


 それからしばらくは地道に探した。

 びっしりと草が生えた野原で、小さな鍵を見つけるのは至難の業だ。


「あ、名乗ってなかったね」


 二人でしゃがみ込んで草むらを探しているとき、ふいに青年がこちらを向いた。


「俺、アルフレート。君は?」


「ミアです」


「ミアちゃんか! よろしく!」


 アルフレートは人懐っこい顔でにこっと笑う。

 彼の空色の瞳がキラキラ光って、吸い込まれそうなくらい綺麗だった。

 他の場所を探そうと立ち上がった時、ぼんと腰に水晶玉が当たった。

 そうだ、占いなら見つかるかもしれない。

 私は肩から紫の布を外し、草原の上に広げた。風呂敷中央に水晶玉を転がりださないよう丁寧に置き、その前に正座して、水晶玉に意識を集中させる。


(アルフレートの無くした鍵はどこ? 教えて)


 とたん、いつもの感覚に襲われ、水晶玉に銀色の錆びた鍵が映る。そして鍵からその周辺の風景へと画面が引いていく。私とアルフレートの姿も映った。


(あ、ここか)


 水晶玉を布に包んで再び肩に下げてから、記憶が消えないうちに急いで今見た場所を捜索する。


「あった!」


 錆びた鍵を拾い上げ、アルフレートの方に掲げて見せた。

 アルフレートは急いでやってきて、鍵を受け取る。


「うわあ! 本当だ! 見つかって良かった! ありがとう!」


 彼は鍵を確認するように眺めたあと、さっとポケットにしまい、私の手を取ってぶんぶんと上下に振った。細身の体からは想像もできないくらいがっしりした手。


「ミアちゃんのおかげだ! でも、よく見つけられたね……さっき、水晶玉覗いてたけど、もしかして、ミアちゃんは占い師なの?」


 アルフレートに占いしているところを見られていたらしい。

 恥ずかしくなって、俯きがちに頷くと、アルフレートは目を輝かせた。


「そうなんだ! すごいなぁ! 俺の仲間にも占い師がいるんだけど、こんなことできないと思う! ミアちゃんの力はすごいんだね!」


「ギュエー! ギュエー!」


 突然、アルフレートの右肩のペペが大きな声で鳴いた。

 アルフレートはぱっと私の手を放し、空を仰いで目を細め、手で日を遮りながら、太陽の位置を確認する。


「いけない。もう行かないと!」


 そう言ったか早いか、木の根元に置いていた麻袋を取りに行く。

 それから急いで戻ってきて、


「手伝ってくれてありがとう。俺、ミアちゃんにはまた会える気がするんだ。……だから、またね」


 さわやかな笑顔を浮かべた。

 風が吹いた。優しくて、どこか温かい、草の匂いのする風。

 彼の髪が風で靡く。その姿はとても綺麗で、まるで映画のワンシーンのようだった。


「また会おうね!」


「ギュエー!」


 アルフレートは片手に軽々と麻袋を抱え、その反対の肩にペペを乗せた姿で手を振りながら走り出した。


(何だか、かっこいい人だったなぁ。あと彼の声も良い声だった。……どこかで聞いたことがある。何のアニメだったかなぁ?)


 聞いたことがある声だったが、咄嗟には声優さんの名前が浮かばない。

 とても心地の良い、伸びやかで、さわやかな声。


(この先も、こんな素敵なイケメンの、こんな素敵な声が聴けるのかぁ)


ニヤつきながら歩き出すと、前からギルベルトが歩いてきた。


「こんなところまで来てたのか」


 ギルベルトはわずかに責めるような響きを帯びた声で言って、アルフレートが去った道を見やる。


「あいつ、誰だ?」


 いつもより低めの声を出す彼を見上げると、どこか不機嫌そうだ。

ギルベルトが知らないということは村人ではないのかもしれない。

 アルフレートの走っていった方向は村と反対方向だ。


「さっき会ったの。階段から落ちそうになったのを助けてくれて。代わりに、彼の探し物を手伝ってたんだよ。アルフレートっていうの。肩にオウムを乗せててね。たぶん、ギルベルトと同じくらいの歳の人だと思う」


「階段から落ちそうに?」


 ギルベルトは眉間に皺を寄せ、私の顔を覗き込む。


「疲れたんだろう。担いでいくぞ」


 私は思い切り首を振る。

 ギルベルトは私の表情から何かを読み取ったらしく、しばらく考え込んでから、手に持っていた干し肉と薬草の袋を肩から掛けた革鞄に無理矢理捻じ込んだ。どうみても容量オーバー。革の鞄がパンパンに膨らんでいる。

 そして、屈みこんで、私の背中と膝の裏に手を回し、一気に抱き上げる。


「ひゃっ!」


「これなら文句はないだろ」


 ギルベルトは村へ向かって歩き出した。


「帰ったら、昼飯だな」


 耳元で響く声に、私は顔を赤くしたが、それに気づかれないように下を向いた。


(何でこういうこと平然とするかなぁ! 恥ずかしいんだってば……!)


 村の人たちに見られませんようにと祈りながら、ギルベルトの体温を布越しに感じて、一人どぎまぎしていた。

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